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11 イアイスの森の魔

それは巨大な蛇だった。


大岩を粉砕し、巨木をなぎ倒しながら、猛烈な死臭を漂わせたその蛇は現れる。


全身を黄と緑のグラデーションがかかった鱗で覆われていて、その胴回りは木の幹より太く、全長はもはや計り知れない。頭部にいくつも垂れ下がる触角は赤く、ドレッドヘアを思わせる。かぎ爪のついた腕もあるが体に比べて小さく、後ろ脚はなかった。


二つに割れた舌をちろつかせて、は虫類特有の縦に切れた目でメルを見下ろしている。


スライムクイーンでさえ丸呑みにできそうな巨体をメルは見上げる。


「くっ、コイツの仕業か……!?」


今、またメルの目の前で小さなミルクスが体をけいれんさせたあと、地面に倒れ動かなくなった。


「毒か……!?」


見れば周囲一帯の空気がよどんでいる。魔力と毒を帯びた空気だ。


毒、そしてこの巨体。



毒蛇竜ヒュギエイア……!



メルは父ザックスの魔物学の授業を思い出す。毒蛇、スネークバイトの特異種、毒蛇竜ヒュギエイア。かつて村を七つ滅ぼし、騎士団さえも壊滅させたという伝説を持つ毒蛇。


何よりも厄介なのが猛毒の呼気を吐き出し、周囲を満たす『毒霧結界』(どくぎりけっかい)。この結界内に入ると耐性を持っていないかぎり、全身から血を吹き出して死ぬという。



メルは本能的に袖で口元を覆う。しかし時すでにおそく、メルも致死量の毒の空気を吸い込んでいた。全身に悪寒が走り総毛立つ。


「がっ……はっ……!」


少しでも吸い込んだ空気を吐き出して延命を図るが、全身の血管が凝固し、心臓がはねあがる。メルは髪を振り乱し、のたうち回る。


しかし、しばらくして体に異変がないことに気づく。


「ん……?あれ、特になんともないな」


「あ、そっか。『ダメージ吸収』があるから、毒は効かないんだった」


確かにメルは毒を吸い込んだ。気管支から血管へ。血管から細胞のすみずみまで毒性物質が行き渡る。しかしチートスキル『ダメージ吸収』はメルに害なすすべてのものを無効化する力がある。刃物が肌にささるのと、毒性物質が細胞を破壊するのとでなんら変わりはなく、あらゆる物理法則や等価交換を超え、それを無に帰すのだ。


というわけでダメージがあったように思えたのはただの思い込みだった。ゴーレムたちも当然、毒は効かないので健在だ。


「よ、よくもビビらせてくれたな、このトカゲ野郎」


自分の早とちりを目の前の化け物に転嫁して、メルはタンカを切る。


一方、毒蛇竜ヒュギエイアだが困惑している。毒を吸い込んでも平然としている、この二足歩行の小さいのと、同じく二足歩行の自分を取り囲んでいる土くれに対して。


今までどんな生物も自身の毒に、偉容にひれ伏してきたのだから無理もない。


そんな様子を見てとり、メルは自分の意向を相手に告げる。


「お前がどう思うが、こっちの判決は決まっている」


「『死刑』だ」


周囲には動物、魔物の死骸が無数に転がっている。死をまき散らすためだけに存在する生態系の破壊者の証だった。百歩譲って捕食するならまだしも、死骸をその巨体の蛇行で踏み潰している。


先ほどメルにすり寄ってきたミルクスも血ヘドを吐いて倒れ伏していた。メルは桜色のくちびるをかむ。


世界に仇なすもの。メルは目の前の蛇竜をそう定義した。


「かかれっ!ゴーレムたちよ!」


ゴーレムたちはよってたかって毒蛇竜を攻撃する。クレイナイトは土の剣で切りつけ、マッドゴーレムは石でめったうちにする。毒蛇竜はちょこまか動くゴーレムに対応できず、ゴーレムを一体かみ砕くごとに、他のゴーレムから数十の切り傷や打撲を受けていた。



メル、及びゴーレムが苦手とするのは防御力や再生力の高い相手だ。ゴーレムの攻撃力を上回られたら手のほどこしようがない。


逆に得意とするのはこの毒蛇竜のような攻撃偏重タイプだ。『毒霧結界』は確かに通常の生物からすると脅威だが、ゴーレムたちには通用しない。強い攻撃スキルだけに頼り、防御スキルは持ち合わせていないような魔物はカモでしかない。



紫色の血が流れ、森の地面に海を作るころ、毒蛇竜は思い出していた。自分がいかにして『毒霧結界』を獲得したかを。



生まれ故郷の薄暗い洞窟が大雨で水浸しになりエサがなくなった。極限まで追いつめられ毒蛇たちは共食いをはじめ、一人生き残ったのが自分だった。最後の同胞を喰らったとき、体は大きくなり、周囲には霧が立ちこめる。それから出会った生物は自然とひれ伏し、自分の口に運ばれるエサとなった。


それと同じことが今、起きた。



ぎしゃあああああああああああ!!!



毒蛇竜が咆吼するとその傷が見る間にふさがっていく。


「なっ、再生……?」


毒蛇竜は死のふちまで追いつめられ、新たなスキルを獲得した。ヘビは再生の象徴であるが、それを地で行くような再生速度だった。再生ついでに赤黒い飛膜の翼がメキメキと生えてくる。



『毒蛇竜』はクラスアップし『天蛇竜』となったのだ。



完全回復した毒蛇竜が首を大きく振りかぶった後、上半身を地平すれすれになぎ払うように振るうと、ゴーレムたちは粉々になり、地面にぶちまけられた。


最後に残った小さな獲物を喰らうためにそのアギトを大きく開く。


無数に並ぶ尖った牙が、小さなメルの体を貫かんとしたその瞬間。


毒蛇竜の体は宙に舞い上がった。



「くくっ、思ったより軽いなぁ、トカゲ?」



毒蛇竜を宙に浮かせたのは地面から生えた土の拳の一撃だった。その『拳』は、地面ごとせりあがり全容をあらわにする。


地面から姿を現したのは黒く輝く鎧を持った巨大な騎士だった。その巨体は毒蛇竜とならぶほどだ。漆黒のヘルムのアイガードの下にはゴーレムに共通の一ツ目が赤く光り、左腕にはこの森の木から作られた『霊樹の剣』を左手に持っている。いくつもの木の幹が絡まり合い刃の形を成す霊剣だ。


「征け、ゴライアス!」


メルは『魔力効率運用』を解除し、『魔力集中運用』に切り替え、この『ゴライアス』を錬成したのだ。黒く輝いているのは魔力が高濃度に凝縮された時に見られる現象だ。ただひとつのゴーレムのために持てるすべての魔力を注ぎこんだそのステータスは、これまでのものの比ではない。



『自動再生A』『瘴気耐性A』『劣化耐性A』『衝撃耐性A』『魔力抵抗B』『虫特攻B』『のけぞり耐性A』『毒無効』『茨のトゲB』などなどエンチャントもマシマシ。



二つの巨体のぶつかりあいは木々をゆらし、空気を震わせ大地を振動させる。


毒蛇竜の牙が鎧に食い込むも、逆に牙が欠け砕ける。反撃の刃を見舞う。その刃は深く食い込み裂傷を作る。そしてその傷は再生しない。 霊樹の剣の付与効果『再生無効』によるものだ。体に巻き付くも力づくで解かれ、地面をのたうちまわる。


追いつめられた毒蛇竜が目をカッと見開くと、閃光が発生した。蛇竜族の得意とする『パラライズゲイズ』、雷属性のマヒ効果を付与する閃光攻撃だ。


「土に雷は効かないんだよなぁ」


メルのしたり顔のとおり、ゴライアスはマヒすることなく活動を続ける。しかし、その様子がおかしい。闇雲に剣を振り回すようになった。


「ちっ。閃光耐性も必要だったな」


閃光で目を潰されていたのだ。メルは舌打ちすると術式を起動する。自律操作から手動操作に切り替える。


「ゴーレム、フルリンク100%!」


メルの身振りがそのままゴライアスの動作となる。巨大ロボを操縦しているような感じだ。


ゴライアスは毒蛇竜の中腹に霊樹の剣を突き刺し地面にくぎ付けにした。毒液の血ヘドを吐き散らしながら暴れ回るが、決して剣が外れることはない。剣の刃が枝分かれし、毒蛇竜の体を巻き込んで地面に根を下ろしているからだ。さらに傷口が再生し剣と傷口が癒着する。


黒き巨腕が毒蛇竜の口に侵入し、内部から上顎と下顎をつかむ。そしてそれを目いっぱい左右に引き裂いた。


毒血の雨が降り、口からまっぷたつに裂かれた毒蛇竜はついに絶命した。


「終わったか……」


メルがゴライアスを分解して、ふっと一息つくとレベルアップの効果音が脳内で連続で鳴る。

雑魚を狩って上昇した分の三倍くらいレベルが上がった。メルはレベルアップもかない、新型ゴーレムの実戦テストも果たせたので、気分は上々、とはいかなかった。


あたりにはおびただしい数の死骸が転がっている。メルの胸に怒りと悔しさ、そして空虚が去来する。


その時だった。


ピコン。


レーダーの探知下限を下げるとかすかに光点が点滅する。まだかろうじて生きているものもいるようだ。森が持つ魔力が『毒霧結界』の威力をわずかに和らげていたのだ。


「そうだ、コイツの血で血清を作れば……」


土で作ったすりばちとすりこぎで、毒蛇竜から採取した血を薬草とこねあわせる。出来たペースト状の霊液をゴーレムたちを使い、瀕死の生物たちに飲ませる。


動物や魔物たちは息を吹き返した。足取りはふらついていたり、起き上がれないものも多いが命だけは取り留めた。メルはほっと胸をなでおろす。午前中に教本で得た錬金術の知識が早速役に立った。


テレッテレン!


再びレベルアップ音がけたたましく鳴り続いたのでメルはぎょっとした。どうやら回復行為でも経験値が上昇するようだ。


メルが帰還しようと、森の入り口まできたところで、岩の上の葉っぱの上に果実が置かれているのを目にする。マンゴーのようにも見えるが霊気を帯びていることが感じ取れた。


毒蛇竜を倒したことへの森からのごほうびだと思い、ノータイムでメルはそれをかじる。


「うん、うまい」


実はこの果実は『アンブロシア』という不死をもたらす、神々の食べ物だった。しかしメルはすでに『不死』スキルを持っているので、代わりに生命力と魔力が二倍になった。メルは気づくよしもなかったが。


森の外でティシエがクレイウルフに話しかけているのを発見する。


「わんちゃん、もう一回森の奥まで連れてってよ。メルが心配だわ」

「くぅーん……」


「ごめん、ティシエ。ボクなら大丈夫だよ」


ティシエはメルの姿を確認するとパッと立ち上がり駆け寄る。


「メル、大丈夫だった?なんだかすごい不吉な気配と魔力を感じたけど」

「うん、もう倒したよ」

「あの死体を作った犯人を?」

「うん。それよりティシエ、これ飲んで」


メルは毒蛇の霊液が入った小瓶を差し出す。


「え、なにこれ」

「ティシエも毒の空気を吸い込んでたかもしれないから」


「え、毒の空気?むしろその液体が毒に見えるけど」


「うっ、言われてみたらそうだけど……」


健康体にこの刺激の強い霊液が入ったら確かにどうなるか分かったものではない。メルは別の方法を提案する。


「分かった。じゃあ調べるから|魔力探査≪エコー≫波打たせて」

「えっ……」


|魔力探査波≪エコー≫とは相手の体に微弱な魔力を打ち込んでその反響具合で状態を調べる手法だ。


「だ、だめよ。そんな……」


ティシエはほほを染めて、胸を腕で隠す。


「いいから手をどけて」

「は、はい……」


メルの語気に押されてティシエはゆっくりと腕をおろす。メルはティシエの胸に手を当て、魔力を放つ。ぽにょんと柔らかい感触が手を伝うがメルがそれどころではなかった。


「んっ」

「ごめん、痛かった?」

「いいえ……」

「よかった。魔力に乱れはないね。なんともないみたいだ」


メルは胸をなでおろす。


一方、ティシエは純潔を奪われたかのような面持ちだった。


メルは書物で学んだだけなので知らなかった。エコーは相手の魔力の状態を克明に知ることができる。魔術師にとってそれは恥すべきことである。


そのため通念上、たとえ親から子へでも物心ついていない幼いころでもないかぎりエコーなど使用しないのが普通だ。ましてや知り合って数日の他人にエコーを打たれるなど貴族の令嬢としてはあるまじきことだった。


そうとは知らず、メルはティシエがもじもじしているのは、胸を触られたから恥ずかしがっている程度に思っている。


「ほら、帰ろう」

「うん……」


二人はピックルに乗って草原を駆け、王都への帰路につく。


メルは万が一の時に備え、少量の『毒蛇の霊液』をペンダントのロケットに入れておくことにした。


ティシエはメルの腰に手を回しながら物思いにふける。第一印象ではおとなしそうな子だと思ったメルが予想より勝ち気で大胆だったことにおどろき、そして胸の高鳴りが止まらない自分に戸惑う。



一方、王都の騎士団本部で頭を悩ませているものがいた。


『十二聖騎士』(ラウンドパラディン)の一人、『聖水』のアクエリアだった。異名のとおり、神聖術と水の魔術に精通し、騎士団の回復・補助部隊の隊長を務めている。


自分の執務室で秀麗な眉をひそめ、豊かな乳房を机に乗せ、今度の討伐戦の計画書とにらめっこをしている。


毒蛇竜ヒュギエイア。とりよせた文献によれば百年に一度現れるとされる『魔災』級の化け物。その討伐作戦を練っていた。本来は洞窟に住むとされるが、何らかの理由で王都近郊のイアイスの森に現れ、薬師や狩人がすでに何人か犠牲になっている。


イースタン王国では以下のように魔物や災害の危険度を分類している。



『獣災』 村が滅びるレベル。

『魔災』 城が滅びるレベル。

『竜災』 国が滅びるレベル。

『神災』 世界が滅びるレベル。



イアイスの森に毒蛇竜、現れる→薬師が薬草取れなくなる→薬草が高騰→町の癒やし手や教会の癒やしの施し、さらには自分たち回復部隊の仕事が増える(今ここ)→討伐しなきゃ!


ということで騎士団にある十ほどの部隊のうち、三部隊が協力して行う大規模な討伐戦の計画を立てているのだった。しかし相手は『魔災』級。ありったけの耐毒装備と合同詠唱による毒霧結界の中和、騎士たちに持たせる回復薬、万全の準備をしても損害は免れないことをアクエリアは予見していた。


「何人、犠牲になるのかしら……」


その時、部屋の扉が勢いよく開き、アクエリアの部下の女騎士が入ってきた。


「た、大変です!アクエリアさま!」


「なんですか、今より大変なことなんてあるのですか?」


普段は穏やかなアクエリアも心労からつい、言葉にトゲが出る。


「そ、それが、毒蛇竜が、死体で発見されました……!!」


「な、なんですって……!?」


「老衰?それとも病気で?」

「いえ、それが口から腹にかけて真っ二つになっているとのことで、何かおおきな力に引き裂かれたような……」

「そんなことが……」


後日、調査しても下手人は分からなかったが、他の強大な魔物が現れたわけでもなさそうだった。仔細は結局分からずじまいだが、危機を回避できたことにアクエリアは神に感謝の祈りをささげた。



一方、メルはそんなことはつゆ知らず、就寝前にベッドでステータス欄やスキル欄を見ているととんでもないものを見つけてしまった。



「なんじゃ、こりゃああああ!?」



『聖なる乙女』 呪い無効 神聖術の威力補正。



動物たちを瀕死から救った時に獲得したスキルのようだ。その乙女ちっくな名前にメルの体温がかっと高くなる。


なんだよ、これ!なんでこんなこっぱずかしいネーミングにするんだよ!『愛護精神』とかじゃダメなのか?うわーん、これからスキル欄開くたびにこのスキルが目に入るじゃないかー。ばかばか。


ベッドでジタバタともだえているメルを、窓から差し込む月明かりが優しく照らしていた。



―獲得したスキル―


ゴーレムエンチャント付与 B→A 素材が持つ効果を引き出し、ゴーレムに付与できる。

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