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8 いくら煙をふかそうとも、夢には決してたどり着けない

8 いくら煙をふかそうとも、夢には決してたどり着けない


 大分アルラウネも落ち着いたようだった。

「まさか、私がこんなちびっこに魅了されるなんて。あなた、魅了のスキルとか持ってないわよね。」

「ないよ。でも、これはもともと僕という特別な人間が持っていたものかな。昔っからお姉さんたちに可愛がられちゃって。同じ年代の子に嫉妬されちゃったよ。男の子にも女の子にも。」

 天性の女ったらしのようだった。悔しい。

「でも、男とおかまとの三人旅もいいね!気が楽だ。」

「そんなものか?」

「うん。やっぱり、理想のアイドルっていうのは窮屈だからね。」

 子どもなんだから、のびのびと生きるべきなのだろう。もしかしたら、元の世界でもずっと窮屈な生活を強いられていたんじゃないか、と俺は考えたりする。

「で、悪魔に会いに行くってことだけど、具体的にはどの悪魔に会いに行くのさ。」

「悪魔って、一人じゃないのか?」

 そんな時、ぽつり、ぽつりと雨粒が俺たちを襲う。今度は正真正銘の雨だった。雨が降りそうな空模様ではなかった。空は晴れていた、と思ったら、急に暗くなってくる。そして、ゴロゴロと重苦しい音を立て始める。

「山の天気は変わりやすいってことさ。天気が変わるってことは山に近いってことじゃない?」

 緊張感のない声でスライムが言う。

「そんなことより、急ぐぞ!」

 俺は走り出す。

「どうしてそんなに慌ててるの?」

 アルラウネは不思議そうに言う。

「雨だぞ。雨宿りできるところを探さないと。」

「僕たちはモンスターだ。別に気にしなくても――」

「お前ら、それでも俺より長くここにいるのかよ。」

 俺は焦りながら言う。

「土砂崩れにでも巻き込まれたらどうする。生き埋めでずっと生きていくなんて勘弁だ。」

 今さらながら気が付いたように二人は走る。怪物は万能だから、危機が迫るってことに鈍感になっていくのだろう。

「でも、すぐに土砂崩れなんて起きないでしょ。」

 アルラウネは顔を雨で濡らしながら言う。鳩のフンが激しい雨で落とされていく。

「そうだな。ここは広葉樹も多いから、すぐには起きないだろうが、元の世界と違って、工事も何もしていない。何が起こるかは分からない。」

「尚更山に近づくのは危ないんじゃない?」

 スライムが言う。

「時間がないんだ。すぐ止むことを祈って、進もう。」

 だが、雨は勢いを増すばかり。一時間以上走っても山にはたどり着かない。そして、山から水が噴き出し始めていた。

「鉄砲水!?」

「いいや。ただ、水が流れているだけだが、急ごう。ここにも水が押し寄せてくる。」

 雨で足場が悪くなってきている。これはスライムの村に引き返すべきだったかと、俺は後悔した。だが、今から戻っても遅い。道はだんだん坂道になってきている。それ故に、水も勢いを増している。

「家があればいいんだけど。」

 激しい雨に打ち付けられて、スライムは言葉を発しづらそうだった。

「あるほうが珍しいんだろ?」

 だが、俺も早く雨宿りができる場所を探すべきだと思っていた。手足が冷たくなり始めている。このままここで動けなくなっては危ない。

「みんな、体調は大丈夫か?」

「僕は大丈夫だけど・・・」

 スライムはアルラウネの方を見る。アルラウネの顔は青ざめていた。

「私はダメかも。根腐りしちゃう。」

「どこか洞穴とかないかな。」

 だが、洞穴もいつ崩れるか分からない状況だ。

「うん?あれは?」

 雨で視界が遮られる中、俺は明かりを見た気がした。

「もしかして、家か?」

 俺たちは期待して駆けだす。そこには洋館が建っていた。

「どうしてこんなところに洋館が?」

「今は早く雨風をしのごう。アルラウネが危ない。」

 アルラウネの足はふらふらとしている。俺たちはアルラウネの肩を担ぎながら、洋館へと向かう。

「ごめん下さい。」

 明かりが部屋の中に灯っているはずなので、誰かがいるはずである。だが、返事はない。

「仕方がない。勝手に上がらせてもらおう。」

俺たちは軋む木製の扉を開けて中に入る。

そこは大きなロビーだった。アニメでしか見たことのない、大きな階段がある。だが、部屋中真っ暗で、いかにも幽霊屋敷という感じだった。聞こえるのは、外からガラス窓を打ち付ける激しい音のみ。ピカリと光る雷光は屋敷にある胸像や肖像画を不気味に浮かび上がらせる。

「もりのようかん、だね。」

「やめろよ。あのシリーズは何気に怖いんだから。」

 俺たちはとにかく休める場所をと、部屋に入る。部屋は寝室のようだった。

「なあ、スライム。幽霊のモンスターとかいないよな。」

 俺は怖気づきながら言った。部屋は洋風で、調度品はかなりいいものだとは思うが、そんなことより、その調度品が雰囲気を醸し出して、尚更怖さを引き立てる演出をしている。

「会ったことはないけど、いるんじゃないかな。」

 ははは、と笑うスライムの顔は強張っている。仕方ないだろう。子どもの頃の俺は今よりも怖がりで、暗闇を見るたび、貞子のようなお化けが出てくるんじゃないか、ってビビってたから、この歳にすれば、まだ度胸のあるほうだろう。

 ひとまず俺たちはアルラウネを寝室に運ぶ。始終アルラウネは「水酔いしたー。」なんて喚いていたが。

 とりあえず、この洋館の主に挨拶すべきだと思ったので、主を探す。懐中電灯もないので結構暗い。音もなく無表情の男が出てきたら、本気でちびりそうだ。

 明かりの高さから言って、二階に誰かいるのは明らかだった。幅の広い階段を上がって、二階へと向かう。そして、部屋の前でノックする。扉からは明かりが漏れている。

「すいません。」

 だが、返事はない。俺はスライムの顔を見る。

「なに?」

「お前が開けろよ。」

「びびり。年上なんだから。」

「お前の方が強いだろうが。」

 目を赤くしているスライムを見て、仕方なく扉を開ける。

 突然眩しくなったので、俺は目を細める。

 そこは、アルラウネを寝かせたのと大きさはあまり変わらない部屋だった。寝室はない。机や椅子はあるので、書斎かなにかだろうか。

 そこには男がいた。

 黒い衣服。それはアルラウネと同じく、女が着たら煽情的になる官能的な服装。だが、着ているのは、中肉中背の男。結構体格はがっしりとしていて、肩幅がある。雰囲気的に、喧嘩になったらぼこぼこにされそうだ。

 そして、口にはなぜかキノコを加えている。毒キノコそのもののイメージの赤い斑点のついたキノコだった。そして、そのキノコは煙を上げていた。

「おまえら、誰だ?」

 部屋を揺るがすような重低音。だが、口調は怒っている風でもなく、ただ単に俺たちの素性を聞いているだけのようだった。

「すいません。ちょっと雨がひどくなってきたので雨宿りをさせていただきたくって。」

 俺はなるべく丁寧な口調で言った。

「ああ、俺はここの主じゃない。それと、ここから早く出た方がいいぞ。もうすぐ主が帰ってくる。」

 股を大きく開き、煙草のようにキノコをふかしている姿は不良といった感じだった。服装が女ものでなければだが。

「あなたは一体――」

「俺はサキュバスだ。それと、もう、遅い。」

 突如として、窓が開き、雨風が吹き付ける。明りは消えてしまった。ごうごうという風が響く中、音もなく気配もなく俺たちの目の前に、髪の濡れた、白いワンピースの女が現れる。

「私の屋敷に勝手に入り込むなんて、なんて無礼者かしら。」

 女は怒っているようだった。

「サキュバス。あなたは何をしていたの?あなたは警備員として雇ったのよ。」

「雇われた覚えはないな。お前が勝手に俺を閉じ込めたんだろうが。」

何事もないと言った風に、低いワイルドな声でサキュバスは答える。

「ふん、いいわ。あなたたちは生きて還さないから。」

 部屋の机や椅子、本棚が宙に浮く。それを女は俺に投げつける。念動力というやつだろうか。いよいよ幽霊じみている。

「おい、スライム。なんとかしろよ。」

 家具の衝撃に耐えながら俺は言った。

「僕、戦うの、嫌だし。それに、お姉さんは僕を殺さないよね。」

 いつもの調子の笑顔でスライムは女に微笑みかける。

「ええ。そこの小汚い男だけ殺すわ。サキュバスもそこの坊やも私の好みだもの。でも、ここに閉じ込める。」

「それは困ったな。マンティコア、僕のためにお姉さんを懲らしめて。」

「勝手な野郎だ。」

 俺は打ち付けられる家具を防ぐのに一苦労だった。衝撃はあるものの、痛みはそれほどない。マンティコアの体は伊達じゃない。俺は腕で顔を守りながら突っ切る。そして、女の腹を狙い、力加減をして、殴る。だが、俺の拳はするりと女の体をすり抜けてしまった。

「なんだと?」

 俺を地面に打ち付けるようにタンスが上から俺を殴りつける。床と板挟みになり、俺は大きく息を吐きだす。

「そいつはゴーストだ。物理攻撃は効かない。」

 男は興味なさげに俺に言う。

「どうしろっちゅうんじゃ!というか、お前も助けろよ。」

「いや、俺はサキュバスだから、お前らより力は弱い。俺もここから出たいのはやまやまなんだがな。」

 俺はタンスをどかし、立ち上がる。そして、再び家具のラッシュ。どうも他の部屋からも家具を持って来ているらしい。家具が俺の頭上でダンスを踊っている。

「どうすればいい。」

 俺はキノコをふかしているサキュバスに聞く。

「まあ、幽霊を退治するなら、お経とか、塩か。他には知らん。」

 塩なんてどこにもない。なら、お経だ。

「かんじーざいぼーさー。」

「私をバカにしてるの?」

 頭上に浮かんだあれこれが俺に襲いかかってくる。これは痛い。俺の体からは血が噴き出した。そして、力尽きて倒れる。体を相当な振動が襲い、立っていられなかった。まだ、内臓が暴れているような気がする。

「はあ。頑張ってくれよ。俺も出たいんだから。」

 どいつもこいつも無責任な。

 と、地面に転がった時、俺は妙な匂いを嗅ぎつける。脳が揺さぶられるほどの刺激臭。これは――

 サキュバスがキノコをポイ捨てする。その瞬間、部屋中に火が回った。妙な匂いの正体はガソリンかなにかだったのだろう。そして――俺の体も炎に包まれる。

「熱い!」

 ふざけんなよ、とサキュバスを見るが、サキュバスは部屋を出て行くところだった。スライムもチャンスとばかり部屋を出て行く。

「お前ら!」

 ゴーストは苦しんでいた。地縛霊とかそういうのだろうか。とにかくチャンスだ。俺も燃え盛る体の火を消そうとしながら、部屋を出る。

 階段を降りていくと、部屋から熱風が噴き出していた。そして、他の部屋にも燃え移っていく。階段を降りていくとき、スライムがアルラウネを負ぶって出て行くのが見えた。

 屋敷を出ると、雨は小降りになっていた。屋敷の炎は雨に晒されて、勢いが小さくなっている。

「お前、なんてことしてくれるんだ。」

 俺はサキュバスに言った。雨に焼けた肌がさらされ、日焼けしたように痛い。風が吹くたび、波風に染みるように刺激が伝わってくる。

「まあ、みんな仲良く逃げられたんだから、いいじゃねえか。」

 まあ、俺はそのうち治るだろうからいいけど。

「でも、初めから屋敷を燃やすつもりだったんだろ?俺たちを巻き込む前に逃げられたんじゃないか?」

 俺はサキュバスに質問する。サキュバスは静かに焦げた屋敷を見ていた。

「俺だけだと逃げられそうもないからな。すぐに消されて終わりだ。まあ、考えついたのがお前らがこの屋敷に来てからだから。」

 なるほど。準備をしていて出られなかったということか。

「意外とやるじゃねえか。」

 俺は素直にサキュバスに感心していた。

「ところで、お前は男の精力を吸ったりしないだろうな。」

「安心しろ。それはない。」

 まあ、こんな厳つい男に襲われるなんて、考えただけでゾッとする。

「ねえ、マンティコア。そんなことより、サキュバスに聞いた方がいいことがあるんじゃない?」

「うん?なんだ?」

 俺は何を言われているのか分からなくて、スライムに問う。スライムは呆れたように息を吐いた。

「サキュバスってのは悪魔でしょ?」

 そう言われて、やっと気が付く。これはチャンスだ。

「サキュバス。聞きたいことがあるんだが。」

「なんだ?」

「天使の呪いにかかったヤツがいて、呪いを解いて欲しいんだ。」

「それは厄介なものに呪われたな。」

 サキュバスは難しい顔をする。

「それでこんなところに来たわけか。残念だが、俺では解呪できない。」

 そう言われて、俺は肩を落とす。

「だが、ブエルであれば解呪できるかもしれない。」

「ブエル?」

「まあ、病気やなんやらを治す悪魔だ。」

「連れて行ってくれないか。」

 俺は頼みこんだ。なんなら、土下座をしてもいい。

「まあ、恩人でもあるしな。いいだろう。案内してやる。だが、ブエルが引き受けるかどうかは保証できないぞ。」

「恩に着る。」

 そして、俺たちはサキュバスの案内でリバー魔ウンテンに向かった。






 ゴーストについて

 能力値は筋力D(F)、防御力EX(F)、速さEX(F)となります。特殊能力もまた、EX(F)。カッコ書きの理由として、ゴーストは聖水やら除霊の力がないと退治できなかったりするからで、そういうのがあるとすごく弱い。また、攻撃はサイコキネシス的なポルターガイストなわけだが、それも生前ものを動かせたほどの筋力しかない。速さEXとなっているが、これは壁をすり抜けられるからで、移動速度は怪物中最も遅い部類に入る。また、これらのステータス上昇が特殊能力ではあるが、太陽のもとではそれらを発揮できないどころか、昼になるとほとんど動けなくなってしまうし、彼女は動く気などないでしょう。

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