7 いくらショタが羨ましかろうと、最強の存在には太刀打ちできそうにない
7 いくらショタが羨ましかろうと、最強の存在には太刀打ちできそうにない
まだ、陽が上る前。空は藍色だが、うすぼんやりと明るい色が混ざり始める。
鳩がまだ日が上っていないにもかかわらず、くるっぽくるっぽ、とうるさい。それは思わず耳を覆いたくなるほどにうるさかった。
「鳩、多くないか?」
「そうね。」
アルラウネも辟易しているようだった。耳を手で覆っている。
「今日中にはリバー魔ウンテンにたどり着きそうね。」
「ああ。帰りを含めると、明日には立っていたいな。」
ぽちょん。ぽちょぽちょん。初めは雨が降ってきたのかと思った。いいや、思いたかった。すぐに違うことに気が付いたが、俺の脳内が現実を受け入れることを拒んでいたのだ。
生温かな感触。ねっとりとした粘り気。そして、鼻につく酸味。
「アルラウネ・・・」
アルラウネは真っ白になっていた。きっと俺もアルラウネと同じく真っ白。乳白色に覆われたおっさんは、新種のUMAのようだった。
「今晩は鳩鍋にしましょうか。」
「無駄なことはよせ。」
俺だって、糞まみれにしやがった鳩を憎んでいた。でも、意味がないことだ。
「最悪よ。こんなので悪魔に会ったらバカにされちゃう。」
「そうかもしれないな。」
だが、どうすることもできなかった。
俺たちは前に進んでいく他はない。
俺はリバー魔ウンテンを見る。木が生えていない、茶色の岩山が見える。あそこに悪魔が住んでいるのだという。かなり雰囲気が出ている山だった。
陽が上り始めて、霧が出る。頬を冷たくする霧で、俺は少し気持ちを取り戻す。頬を撫でる冷ややかな感触が気持ちよく、鼻から喉を通り、肺へと到達する感触は清涼感そのものだった。都会暮らしがストレスだったサラリーマンがずっといたい場所第一位だろう。奇妙な怪物たちが出なければの話だが。
霧が晴れていくと、森の向こうに光が見える。開かれた場所があるのだろう。土の感触は以前のまま。恐ろしい蛇女がいる心配はない。
「何か声が聞こえるわ。」
アルラウネが言った。
「怪物、か。」
また戦闘になると、リバー魔ウンテンから帰る時間がなくなる。ただでさえ、悪魔という怪物がいることが確定しているというのに。
何も語らない木々を抜けると、そこには村が広がっていた。
「村、ね。」
「村、だな。」
丸太を組み合わせて作られた家々が軒を連ねていた。その村の中心に人々が集まっている。
「村とかってないはずじゃなかったのか?」
「私もそう聞いてたけど・・・スリラーパークの全容が分からないから、カリテ様はあんたに調べるように言ったんじゃない?」
アルラウネもどこか放心状態だった。久々に文明というものを垣間見て、俺たちはどこか取り残されたような気分になっていた。きっと、未開の民族が高層ビルの並ぶ都会を見た時というのはこんな感じなのだろうと思った。
「あら?客人かな?」
人々、というか、全員女だが、女たちに囲まれていた人物が言った。その言葉に、女たちはモーゼの死海渡りのように道を開けていく。
そこから進んでいくのは、体中にキスマークを付けた、小さな少年だった。
「ようこそ、僕の村へ。鳩のフン、さん。」
屈託のない笑顔。だが、周りの女たちはバカにしたように笑っている。
「こらこら、お姉さんたち。バカにしてはいけないじゃないか。糞も森にとっては重要な資源だよ。人としては、最低だけど。」
にこやかな笑顔のままバカにしてくる。
「なあ、俺たち、バカにされてるんだよな。」
なんだかちぐはぐで、俺は反応に困ってしまう。だが、アルラウネはなぜか鼻息を荒げている。欲情してるのか?ガキに。
「ねえ、スライム様あ、もっと私たちを蕩けさせてください。」
女たちが少年に懇願するようにせがってくる。なんだか、腹が立つ。
「こらこら。そちらの童貞さんが物欲しそうに見ているよ。相手をしてあげれば?」
「いやよ、汚らわしい男なんて。やっぱり、ショタが好き。」
「もう、お姉さんたちは甘えんぼさんなんだから。」
そう言って、スライムと呼ばれた小学生は頭を下げてきた女たちの頭皮を優しく撫でる。
「お前、俺のことバカにしてるな?」
俺は歯をむき出しにして言う。
「あ、本当に可愛そうだ。童貞だったんだね。」
「さいてー。童貞が許されるのは小学生までだよね。」
「マジキモーい。」
小学生は早すぎだろうが。
「童貞をバカにしたこと、後悔させてやるぜ。」
そして、スライムを倒せば、女たちが俺に寄ってくるという打算もあった。
「闘うつもりなのかい?僕は闘いが好きじゃないんだ。」
「スライム様、優しい。」
呆けたような声が聞こえてくる。
「みんな、危ないから退いていて。」
はーい、と女たちはスライムから離れていく。
「さて、君ごときが僕を倒せるかな?」
「ほざけ。スライムなんて死ぬほど倒してきたさ。」
むしろ、どれだけ遭遇して飽き飽きしたと思ってる。後半は面倒臭くなって尻尾を巻いて逃げまくったさ。
「無知というのは本当に罪だね。」
スライムからは殺気が発せられていない。俺は戸惑ったが、あのスライムの呆けた面なら、殺気を出せないのも当然だ。
俺は全身に血をたぎらせる。体に活力がみなぎる。そして、一瞬で決着を着けるつもりで駆けだす。
そこで、俺は間違いに気が付いた。
得体のしれない何かが、俺を襲う。それは今まで感じたどんな気配よりも暴力的で、自分というものが一瞬で消されてしまった。
「ほう、これが君の心臓か。」
俺の目の前では信じられない光景が広がっていた。スライムの手にはドクドクと脈打つ、赤色の臓器。それをスライムは口を開けて、一口で飲み込む。
「味はまあまあだ。どんな種類のモンスターなんだろう。名前を聞くのを忘れていたな。」
駆けだした俺を胸に、目にも止まらぬ速さでスライムの腕が伸び、心臓を抉ったのだった。自慢の速さが負けるなんて。
「バカな。」
「まだ立っていられるとは。再生能力が高いのかな。でも、戦えないだろう?君の名前は?」
「マンティコア。」
「ああ、道理で。そこそこ能力が高いようだ。でも、竜に並ぶ世界最強の魔物、スライムには勝てないって分かったでしょ?」
スライムは殺気を出せなかったのではない。出すまでもないと分かっていたのだ。だが、スライムがここまで強いなんて、嘘だろ。
「それとも、僕に負けられないほどの何かが君にあるのかな?」
そうだ。俺は負けられない。負けてなんかいられないんだ。こんなところで立ち止まっていてどうする。俺はヒュドラを助けるんだ。
「こんな、ところで、負けるわけにはいかない!」
俺の体は動き出した。心臓が無くても動けるだなんて、もう人間じゃないんだな、と俺は自覚する。そして、油断しているスライムの顔面に向かって拳を――
スライムの鞭のようにうねる手が俺の頬を撫でる。それだけで、俺の頭はスイカを銃で砕くように霧散した。
「まさか、もう目覚めるなんて。」
俺の顔を真ん丸の太陽が照らしていた。白い光が心地いい。
「俺はいつまで寝ていた。」
「まだ今日だよ。」
スライムは笑顔で答える。
「普通なら、心臓を抉られた時点で負けを認めるんだけど、君は負けを認めなかった。すごい信念だ。僕の負けだよ。」
ぴトン、と携帯の着信音。
「僕はね、絶対に信念を曲げないものには勝てないんだ。だって、死ぬまで負けを認めないんだもん。」
「そう言えば、他の女たちはどうした。」
「彼女らは追っ払った。この村も僕にはもう不要だから。」
「もしかして――」
「いいや、殺してはいない。まあ、滅多なことでは死なないけど。でも、普通は頭を潰したら死ぬよ。君の中のマンティコアに感謝するんだね。君を生かしたのは彼だ。」
「俺の中のマンティコア?」
よく分からない言葉だった。
「それより、このおじさんどうにかしてくれないかな。」
アルラウネはスライムに飛びつこうとして、背後から伸びたスライムの体に突き飛ばされる。
「あはっ。イケナイ趣味に目覚めちゃう。」
「いや、もう目覚めてるだろ。」
女装はれっきとしたイケナイ趣味だ。
「こういうタイプにも絶対勝てない。はあ。困ったもんだ。」
やれやれ、とスライムは肩をすくめる。
「君はいつまで寝ているんだい?早く起きないと。君にはやることがあるんだろ。さあ、急ごう。」
「待て。」
俺は立ち去ろうとしたスライムに声をかける。
「どういう意味だ、それは。」
「僕もついていく、ってこと。」
「どうしてだ。」
「つまらないことを聞くね。」
俺は立ち上がる。
「確かに、もてはやされるのはいいさ。でも、面白くもなんともない。というか、飽きちゃった。君たちと行った方が面白そうだ。僕だって少年だから、冒険には憧れるさ。」
「まあ、碌なもんでもないがな。」
また、仲間が増えた。そろそろ、女が入ってもいいとは思うが、俺なんだから仕方ない。元の世界でもとことん女っけがなかったもんな。
「目を覚ませ、アルラウネ。」
俺は地面に転がっているアルラウネを蹴飛ばす。
「行くぞ。」
アルラウネはまだ夢見心地ながらも、歩いてきた。
そうして今日も前へと進んでいく。
スライムについて
有名RPGにて最弱と言われる存在。HPも3くらいしかないと言われますが、今作は最強の存在。種族として他と群をぬいているので、「竜」と同列に扱われたりします。人間の姿は金髪碧眼のスーパーショタ。神のごときスーパーオーラを出している。小学生高学年くらいの体つき。
能力はALL、EX。測定不能。本気を出せばどこまでもいける。特筆すべきは防御力で、実はマイナスとさえ言える。硬さは少しもないが、柔らかいので、どれだけ殴ってもダメージはない。倒す方法はないので、どこかに閉じ込めて封印するほかにない。また、魔術系統の耐性はEX。基本的に効かない。例外は魔物特攻もちの勇者の能力。
ほかにもスライムの亜種がいるそうである。メタスラとかでたら、どうしようもないよね。あはは。