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15 いくら押し寄せる波が激しかろうと、筋トレを忘れてはいけない

15 いくら押し寄せる波が激しかろうと、筋トレを忘れてはいけない


 波の音がする。その音はどこか遠くから聞こえてきているように聞こえるにも関わらず、砂浜の時よりも荒々しい音を立てている。

「このガキ、起きねえな。傷は塞がってるってえのに。」

「ガキという歳でもあるまい。しっかりとした成人だ。」

「はげっ!?」

 俺は驚いて目を開ける。薄い雲が星々を覆い隠していた。

「ここは一体――」

「oh!目を覚ましたか!」

 ゴリマッチョは俺を締め上げようとする。

「や、止めてくれ!死ぬ!冗談じゃなしに。」

「貧弱だな。」

 ゴリマッチョは肩を大袈裟にすくめる。

「いや、お前がゴリゴリなだけだろ。」

「鍛えてますから。」

 ゴリマッチョに締め上げられた時の体の硬さは鋼のようだった。それはボディビルのように見せつける筋肉ではなく、しっかりと実務に沿った、使い込まれた体であることを現していた。

「脂ぎってる、と思いきや、意外と汗はさらさらだな。」

「余分なものは入っていないからな。」

 Hahaha!とゴリマッチョは大袈裟に笑って見せた。

「ところで、お前は一体誰なんだ。さっきは助けてくれてありがとうな。」

「俺はマーメイド。人魚姫だ。」

「姫というより肉だるまだな。」

「肉だるまじゃない。筋肉だるまだ。」

「どっちでも一緒じゃないか。」

 俺の目の前には焚火が焚かれていた。周りの様子から察するに、ここは海の近くの森の中のようだった。

「お前も無事で何よりだな。」

「だから、お前ではないと言ってるだろう。馴れ馴れしい。」

「すまないな、ハレイシャ。」

 俺はいつもご機嫌斜めな勇者様に言った。

「ハレイシャも筋肉だるまに助けられたのか?」

「hahaha!そんなに褒めないでくれ。」

「どちらかというと貶してるんだが。」

「まあ、そんなところだ。」

「このメスゴリラはお前を追ってここまで来たんだ。」

「余計なことを言うな!」

 ハレイシャは剣でマーメイドを斬りつける。しかし、マーメイドは人差し指と中指でハレイシャの剣を受け止めた。

「な――バカな。」

 そう言ったのは俺だけだった。

「鍛えてますから。」

「ふん。」

 ハレイシャは不機嫌そうに矛を収める。

「で、結局魚は釣れたのか?」

「あれだけ白鯨に暴れられて魚など寄ってくるものか。」

「それもそうか。じゃあ、今も腹が減ってるのか?」

「いいや。このゴリラに魚を分けてもらったのでな。」

 ハレイシャは顎でマーメイドを指す。

「そうか。マーメイド。ありがとうな。」

「どうしてお前が謝るんだ。」

「だって、お前、感謝とかできないだろ?」

「ふん。」

 今度は矛やら武器が飛んでくることはなかった。

「それよりもお前にはやることがあるだろ?」

 ハレイシャは俺に言った。

「やること?」

 そこで俺は船を守らなければならないことを思い出す。

「マーメイド。少し話があるんだがいいか?」

 いつの間にか会話からはずれ、独りでに筋トレを始めていたマーメイドに俺は話しかける。

「それよりも、俺はお前の名前を知らないぞ。」

「それは失礼した。」

 マーメイドは怒っているわけでもなく、筋トレを続行していた。魚の下半身でスクワットってどうやってやっているんだろう。

「俺の名前はマンティコア。本来なら、毒を吐く俊足の獅子の怪物だ。」

「wao!それは胸筋が滾るな。出来ることなら一度お手合わせ願いたいものだ。」

「すまない。今の俺は怪物の力を使えなくてな。」

「そこのところはそのメスゴリラに聞いている。」

 メスゴリラ、ではなく、ハレイシャは俊足の槍をマーメイドに食らわせる。しかし、マーメイドは人魚の足で難なく槍を躱す。

「お前の身体、一体どうなっているんだ。」

 唖然としている俺にマーメイドは言った。

「鍛えてますから。」

「マーメイド。お前、それしか言えないわけじゃないよな。」

「君も、鍛えれば、パーフェクトボディ!」

「意味があまり変わってない!」

 話のあまり通じないタイプの人間なのだと俺は悟った。

「ところでだ。どうも俺はモービィ・ディックとマーメイドが知り合いのような気がしたんだが、会ってるか?」

「that’s muscle!」

「その通りってことだよな。」

「ああ。俺とあの白鯨は百年来のライバルだ。」

「そんな昔から!?」

「これは冗談でもなんでもない。ずっと俺とあいつは戦ってきた。未だ決着はついていない。」

「そうなのか。じゃあ、どうしたら船を無事たどり着かせることができるのか教えてくれ。」

「わからん。」

「即答!使えない!」

「いやあ、今まで何となくで戦ってきたから。」

「それはそれで凄いよな。あの白鯨相手に。」

「白鯨も脅威ではあるが、この海には白鯨以外にも敵がいる。俺はそいつらとも戦ってきた。」

「なんだって!?」

 白鯨だけでも手一杯であるのに、それ以外の敵となると厄介だった。マーメイドの口ぶりから言って、未だそいつらとも決着がついていないのだろう。

「白鯨の他にも、セイレーンとスキュラという怪物がいる。」

「そいつらは一体――」

「この海の覇権を争う怪物たちだ。」

「じゃあ、そいつらの手先であると間違えて俺たちを襲ったのか。」

「いいや、違うな。」

 マーメイドははっきりと断言した。

「その三人は昔に停戦協定を結んでいる。互いに干渉しないというものだな。」

「じゃあ、なんでマーメイドはあれだけ必死で海を守ってるんだ?」

 あの執拗さは俺からしてみれば、何かに執りつかれているような、そんな印象を与えた。

「あれは俺を狙ったんだ。」

「どうして?」

 そう言えば、何故マーメイドと白鯨が争っているのかも謎だった。

「それは俺が魚を捕るからだ。」

 その言葉を聞いて、俺は疑問を持つ。

 焚火にはこんがりと焼けた美味しそうな魚が串刺しにされていた。

「怪物は食べなくても生きて行けるだろ?」

「ああ。」

「じゃあ、なんで魚を捕ってるんだ?」

「それは、魚を捕るのが趣味だからな。」

「・・・」

 別に悪い事ではない。そう。怠惰な雰囲気がはびこっているスリラーパークで趣味を見つけるということはとってもいいことだ。だが――

「全ての原因はお前かよ!」

 モービィ・ディックはマーメイドが魚を捕るから怒ってたんじゃないだろうか。

「hahaha!その通りだ!」

 俺は嘆かずにはいられなかった。

「だが、俺は乱獲というほど捕ってはいない。環境破壊にはならないだろう。むしろ、そちらの方が生態系的にいいはずだが。」

「というと?」

「この土地には捕食者が少ないんだ。つまり、魚を食べる動物が少ない。だから、少しは手をかけてやらないと、生態系は崩れてしまう。」

「でも、独自の生態系ができてるんじゃないのか?」

「それはない。」

 胸を貝殻で覆った筋肉だるまはそう断言した。

「俺がこの土地に来てから百年、毎年のように今の時期になると青潮や赤潮が起きている。」

「なんでこんなところで。」

「さあな。恐らく赤潮や青潮が起こっていることに白鯨は頭を悩ませているんだろう。普通ならば起きるはずもないんだが。」

「捕食者が少なくて起きてるってことはないか?」

「うーん、どうだろうか。俺にはわからん。だが、確か、ああいうものは生活排水がどうのって聞いたことがあるような・・・」

「そうだった。確か公害みたいなものだったな。」

 そう。普通では起きないような出来事なのだ。

「じゃあ、それを解決すれば襲ってこないんだろうか。」

 だが、そんな問題を簡単に解決できるとも思えない。

「ちなみに、食べもしないのに魚を捕ってるから白鯨が怒ってるってことはないよな。」

「hahaha!十分にあり得る。」

「結局お前が悪いんだろうが!」

 俺が関わるヤツはやはり碌でもない。

「私が置いてきぼりなんだがな。」

 不機嫌そうに、それでいて、なんだか寂しそうにハレイシャが口を挟む。

「なんかあるか?」

「私はお前らの話を少しも理解できないので、話を元に戻させてもらう。今はどうやって船を白鯨から守るか、だろ?」

 そう言われて俺は本題を思い出した。マーメイドを見つめる。

「そんな目で見ても、俺の筋肉はやらんぞ?」

「いらない!というか、話がそれるから!」

 俺は小さく咳払いをして話す。

「マーメイド。船を守るために協力してくれるか?」

「何を今さら。俺は初めからそのつもりだが?」

 驚いたような顔でマーメイドは腹筋を始める。

「ありがとう。だが、どうしたものか。」

「手はないでもない。」

 腹筋を続けているマーメイドが言った。

「なんだって!?」

「つまりは誰かが囮になればいいんだろう?」

 マーメイドは簡単に言ってのけた。

「俺は囮にならないぞ!」

 俺はハレイシャを睨んで言った。まだ根に持っているんだぞ、俺は。

「ああ。お前では無理だ。というか、今のお前では船さえ守れないだろう。」

 何事もなくマーメイドに言われるので、俺は少し落ち込んでしまった。能力も碌に使えない俺では勝てる見込みさえないのだ。

「だから、鍛えろ。そうする他に手はないだろ。」

 その言葉はひどく妥当に聞こえた。

「でも、時間が――」

「時間がなくとも鍛える。でもな、一つ、懸念材料がある。」

 マーメイドは腹筋を止め、次は腕立て伏せを始めた。

「さっき、この海には三人の怪物がいると言っただろう。白鯨と戦っている間、あいつらが割って入ってきたら、俺は確実に負ける。」

「でも、協定があるんだから、介入はしてこないんじゃ。」

「俺が白鯨との決着をつけられないのはそのせいだ。セイレーンは傍観を決め込んでいるが、スキュラはことあるごとに介入してきてな。この百年間、それの繰り返しだ。」

 パワーバランスの問題ではないか、と俺は考える。所謂三竦みというやつなのだろう。そのスキュラという怪物には白鯨が倒されては困る理由があるのだろう。

「つまり、俺たちはスキュラを足止めすればいいのか。」

「だから、お前にはできないと言っている。」

 マーメイドはテキパキと腕立てをしながら言った。片手の小指だけで体を支えている。

「じゃあ、どうすれば――」

「はあ。」

 ハレイシャは溜息を吐く。

「今のお前にもできることはあるだろう。」

「なにが。」

 ハレイシャはできの悪い教え子に対し嘆くような溜息を吐く。

「つまりはこの筋肉はこう言いたいのだろう。白鯨との戦いを邪魔しないようにこちらも協定を結べと。」

「muscle!俺が話そうとするとどいつもこいつも問答無用で攻撃してくるからな。」

「そりゃあ、その筋肉じゃあな。」

「いやあ、照れるじゃねえか。」

「褒めたわけじゃない!」

 どうもマーメイドは筋肉とつけば褒められていると勘違いするらしい。

「しかし、なるほどな。それなら俺にもできないことはない、か。でも、白鯨と並ぶ化け物と交渉ってのはな。」

「そのために鍛えるんだ。筋トレと並行してお前たちには交渉に行ってもらう。」

「んな無茶な。」

「でも、必要だろう。」

 ハレイシャはクールに言ってのけた。

「まずはそのセイレーンというやつが妥当じゃないか?」

「そうだな。ずっとどこかに籠ってるやつだから、出会うのは難しいかもしれないが、スキュラは凶暴だから、まずはセイレーンの方が妥当だろう。」

 そして、マーメイドは俺を見て言う。

「そうなると、マンティコア。お前は今すぐに筋トレだ。時間はないからな。」

「本当にやるのかよ。」

「私は寝るぞ。」

 そう言ってハレイシャは茂みの中に入って行く。

「まずは基礎からだな。その弛んだ脂肪を筋肉に変えていくんだ。」

「マジなの?」

「本気と書いてマッスルだ!」

「話通じねえ!」

 俺は夜通し筋トレをする羽目になった。


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