14 いくらお腹が減っていようとも、怪物なんかに助けられるもんじゃない
14 いくらお腹が減っていようとも、怪物なんかに助けられるもんじゃない
無事再生を終えた頃にはもう夜だった。
「今までで最速の治り具合だね。」
目を覚ました俺にスライムは言った。
「くそっ。やっぱり呪いのせいか。」
今まで最高クラスの能力を持っていた俺は、今はもう、普通の人間と変わらないということだった。それはなんとなく分かっていた。暑さでばてていた時点で大方気がついていたはずだった。
「呪いを二倍受けたんだものね。そりゃあ、回復も遅くなるわよ。普通の呪いは防いでたんじゃなくて、マンティコアの獅子の力で相殺してたんでしょう。」
「すまねえな。迷惑かけちまって。」
「本当だ。これで囮にしか使い道がなくなったわけだ。」
「ひどいな、お前ら。」
「あんたが寝ているうちにワイバーンが来て、お嫁さんは船で来るみたいだよ。」
「船で?」
俺はあの白鯨を思い出す。あいつは海に近づく者はだれであれ襲うと言っていた。そんな場所に船で行こうなどと正気の沙汰ではない。
「白鯨の野郎をどうにかしないとな。」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃ、船が危ないからだろ。」
俺はアルラウネの問いに当然のことのように答える。
「バカじゃないの?あなた。」
「全くだ。」
「ホントにね。」
「なんでだよ。」
別におかしなことを言ったつもりはない。
「だって、名前も顔も知らないやつなのよ?助ける義理なんてどこにもないじゃない。」
「お前ら、それでも人間か?」
「怪物よ。」
そう。それが当然なのだ。
「特に、今のあんたは下手すりゃ一生生き返らないかもしれない。あの時マンティコアの力を使ってたからなんとか生き残ったんでしょう?自分の命と知らないやつの命、どっちが大切なのよ。」
「そりゃあ、自分の命だろ。でも、船の奴らは俺たち以上にどうしようもないだろ。船の上であんな怪物と戦えってのか。」
「ほっとけばいいでしょう?」
その言葉は俺をひどく不快にさせた。確かに、俺は自分の命が惜しい。でも、襲われている船を想うと、自分の命惜しさと見捨てたという罪悪感が心の中でないまぜになって、ぐるぐるぐると渦巻いている。船酔いよりもひどく酔いそうだった。
「私は帰るわ。あんなの、戦いようがないじゃない。」
「でも――」
「ヒュドラの時は逃げられそうもなかったから戦っただけ。私はアンタよりも何もできないのよ?」
「俺もだ。特に俺は空を飛べるだけの怪物でしかない。俺も降りるぜ。」
「僕は最強だけど、あれは完全に倒せるレベルじゃないよ。残念だけど、野垂れ死には一人でしてね。」
「お前ら・・・」
だが、奴らの気持ちもよく分かる。そうだ。助ける必要なんてないんだ。
「そうだな。俺も好きにするさ。だから、お前らは帰ればいい。俺は船を迎えに行くから。」
「あんた!今はあんたは人間と変わらないのよ!戦ったら死ぬの!それを分かってるの?」
「十分わかってるさ。」
白鯨に殺されかけた恐怖は消えることはない。今でも手足の震えが止まらない。気を抜けば狂ってしまいそうだ。
「分かってない!そこの木に括りつけておこうかしら。」
「俺たちは他人だろ?何をムキになってるんだ。」
俺はバカにするようにアルラウネに言った。途端、鞭が顎を撃ち抜く。アルラウネの鞭だ。俺は天高く飛ばされ、柔らかな砂地にぼとんと落ちる。とてつもなく痛かった。
「なんなら、動けないくらいぐちゃぐちゃにしてあげましょうか?」
「やめろ、アルラウネ。」
サキュバスがアルラウネを止めた。
「俺たちは赤の他人だ。お前はムキになり過ぎる。確かに、この若すぎるバカには虫唾しか走らないが、俺たちには関係のない事だろう?」
アルラウネは舌打ちをして去っていく。サキュバスも同様だった。残ったのはスライムだけだった。
「お前は行かないのか?」
俺はぶっきらぼうにスライムに言った。
「行くよ?でも、何か一言言っておきたくて。」
スライムは俺に近づいてくる。
「僕はね、君たちを見てるのが楽しかったんだ。だから、おもちゃを失ってちょっと残念な気分。」
スライムの言葉の空白を埋めるように、さざ波が静かに音を立てていた。
「だから、死なないでよね。僕の大事なおもちゃ。」
別れ際にスライムは倒れている俺に砂をかけていきやがった。
ほんと、なんて奴らだ。
なるべく浜に近づかないようにしながら、船が来るかどうかを観察していた。辺りを歩いて分かったことだが、砂浜のある場所は意外と少ない。多くは岩がごつごつしている岩礁みたいな場所で、その岩と岩との少しの間だけに砂浜は広がっているようだった。
一体船はどこにたどり着こうとするだろうか、と考える。海から来るということはきっと大きな船だろう。でも、大きな船ではこんな浅瀬までは来れまい。確か、今の漁船とか大きな船は港につくはずだ。その港はコンクリートで固められていて、元は浅瀬だったに違いない。だったら、あんまり現代の知識は役に立たなさそうだった。なら、昔の船はどうして来ていた――
「そうか。小舟を出していたのか。」
海賊とかが小さな船を出して浅瀬に来るとかの描写をどこかで見たような気がした。浅瀬で、それも岩がごつごつしている岩礁では船に穴が空く。だから、少し離れた所で錨を下ろして小舟で上陸するのだ。だから、どこかの砂浜に来る可能性は高い。しかし、木々の開かれた場所では白鯨に見つかる可能性が高い。
いや、待てよ。そもそも白鯨はどうやって獲物を見つけているのか。一般的なクジラの食料は確かプランクトンのはずで、それらは普通に口を開けていても食せる。だが、プランクトンのいっぱいある場所を目指すこともあるだろう。
俺は想像の中で海の中に入って行く。
そこにはたくさんのプランクトン、つまり、動物性の微生物。それらは蟹の幼生だったりするはずだ。今、一匹の小さな魚がプランクトンの群れを見つけた。その魚の行動を見て、多くのプランクトンを餌にする魚が群れを作っていく。そこに大きなサメが泳いでいき、魚たちをぐるぐると囲み、一か所に集めていく。魚たちは海面近くに上っていく。その魚たちを狙って、海鳥が海面へと急降下し、水面を荒げていく。サメは魚が四方に去っていくのを見て、慌てて魚を追う。そんな時、白い巨体が騒がしい場所を見つけて泳いでいく。サメはその大きさに恐れをなし、逃げ去る。
そして、白鯨は海面を大きく揺らし、残ったプランクトンを一口で平らげた――
その時、海面が水しぶきを上げた。
白鯨だ。白鯨が潮を吹く。その近くには海鳥が飛んでいた。
そう。それは生物学的には正しいのかもしれない。でも、俺たちのことを察知できたのはそれでは説明できない。白鯨は俺たちをどこかで見ていたのか。だが、そんな気配もなかったはずだ。俺たちは海の中にさえ入っていない。
「いや、そんなはずは――」
俺は白鯨の能力を予想し、それはない、と頭を振る。だって、そうであるならば、俺たちは絶対に見つかる。どころか、船はいち早く察知され、沈められてしまうだろう。
「海の言葉を知る能力とでもいうのか。」
それは実際に言葉を聞くなんてものではないだろう。猟師の勘みたいに、風向きとかそういう些細なもので魚の群れの移動を察知する能力。数多の事象を観測し、それを本能として体が覚えているのだ。だが、野性の本能を有した化け物ならできて当たり前だろう。
「どうしても勝ち目はない、のか。」
せめて船と連絡が取れれば、別の海域から上陸することもできるだろう。だが、殊に海の上では勝ち目がなさすぎた。
「空を飛べる、サキュバスがいれば――なんてな。」
ないものねだりはどうしようもない。いや、もともと俺は一人では何にもできないのだ。ミノタウロスの一件でもそうだった。みんなの協力なしでは何もできなかった。初めの頃もそうだ。アルラウネがいなければヒュドラの本体まで辿り着くことさえ難しかっただろう。
「どうしろってんだ。くそっ。」
俺の居場所も知られている可能性は高かった。自然は全て敵だ。白鯨は鳥の些細な動きからでもこちらの居場所を知ることができるだろう。襲いかかってこないのは、ここが陸だからだ。
せめて攻めにくいところで待機しよう、と俺は岩礁に向かう。岩礁は白鯨自体が傷付くので、近寄っては来ないだろうと考えた。
世の中、絶対に信じたくないものがあるだろう。例えば、クラスの美少女の部屋の汚さとか、外面のよさとは裏腹の乱暴さとか。そういうのが俺にもあった。
今、目の前で人が倒れている。うつ伏せになった後姿はどこか見覚えがある。見覚えがあるから目を背けたいのだ。その人影は一向に動く気配もない。打ち寄せ、岩にぶつかった際の飛沫がその人物にかかるが、一向に目を覚まさない。
俺は近くの木の枝、木の枝と言っても小さな枯れ木だが、そいつをぽきっと折って、その人物をつつく。反応がない。ただの屍ですね。
「腹減った。」
その人物は唸るように口にする。
「腹減った。」
そして、意識を失うように倒れ込んだ。
「ああ、もう!」
俺はその人物を引っ張って、森の中に引っ込む。鎧を着ているせいか、その体はとてつもなく重かった。
「腹が減った。腹が・・・」
そいつは目も見えてないようで、しきりに譫言を呟いている。
「食うものって言われてもな。」
怪物は食事を採らなくても死にはしない。なので、何が食えるものなのかわからない。とにかく、食べられそうなものを探して回ることにした。
常緑樹は果実を落とさない。生えている草も砂地のものは食べられはしないだろう。少し奥に入って行って、食べられそうな果実を探す。
「果実なあ。」
そんなもの、ある方が珍しいだろう。スリラーパークには怪物以外の生物も生息しているので、果物を実らす木々もあるだろうが、極端に少ないだろう。
俺は歩き回って、やっとこさ果実を見つけた。それはなにかの果実で、赤い実をしていた。甘い匂いがする。それを手に取ると、簡単につぶれてしまい、中から蟻やら昆虫が顔を出す。
「とはいえ、贅沢はできねえだろ。」
俺は熟れ過ぎた実を潰さないように気をつけながら、むしり取り、運んでいった。
「おい、食い物だぞ。」
俺は放置していた人物に声をかける。だが、反応はない。
「はあ。俺は死神にでも憑りつかれているのか。」
溜息を吐きながら、俺は果実をそいつの口元に持っていき、果汁を絞って口を湿らせてやる。
「食い物!」
すると、そいつは狂ったように起き上がり、俺の手から果実を奪い取る。そして、獣のようにかぶりついた。
「注意した方がいいぞ、勇者様。」
「う、なんだ、こりゃあああああ!」
勇者は悲鳴を上げて、果実を放り投げる。
「虫が!白いうねうねの・・・うげえええ。」
勇者は口の中のものを吐き出そうとするが、吐くものもないので、喉からは何も出てこない。
「ここいらにはそんなもんしかないんだ。我慢しろ。」
俺は飽きてた顔で勇者を見た。
「お前は――」
勇者はようやく俺のことに気が付いたようだった。
「確か――」
「マンティコアだ。」
「そうだ、それだ。で、何をしている。」
勇者は警戒したように体を緊張させる。だが、うなされるほどの空腹なのだろうから、碌に戦えはしないだろう。
「腹が減って死にそうだったのを助けたんだよ。」
別に恩を売るつもりはないが、弁明として勇者に伝える。
「そうか。世話になったな。」
勇者は立ち上がろうとするが、ふらついて倒れそうになる。それを俺は支える。
「まだ体力が回復していないだろう。」
「うるさい。これ以上、怪物の助けを――」
勇者はめまいでも感じたのか、力なく座り込む。
「ごめん。その果物ちょうだい。」
「ああ、全部食え。俺は食わなくても大丈夫だから。」
勇者は力なく果実を頬張っていく。
「虫には気をつけろよ。」
「ああ。」
勇者は虫をつまんで捨てて果実を食べる。
「で、どうして私を助けたんだ?」
疲れ気味の顔で勇者は俺に言う。まだ果物を半分以上残していた。
「別に助ける気なんてなかったよ。ただ、倒れていたら心配するだろ?」
「怪物のくせにお人よしだな。」
「そうだな。それと、それ、全部食っていいから。」
「お前は?」
「いや、怪物は何も食わずとも生きていける。だから、食え。」
そう言うと、勇者は残していた果物を食べ始める。
「便利な体だな。」
「そうだな。」
「あと、マズい。もっとマシな食い物はないのか。」
「文句言うなよ。ったく。」
どいつもこいつも、もっと俺に感謝してもいいと思うがな。
「私はお前の敵だ。これには毒もないようだし。一体何を考えている。」
「そんな警戒すんなって。俺はお前を倒そうだなんて思ってないし、そもそも俺たちは入り込んできた人間を追い出せとは言われてるが、殺せとまで言われてないんだ。」
「なんだと!?百人もいた私たちをことごとく殺戮していったのはどこのどいつだ。」
「気性の荒い奴もいるんだろ。少なくとも俺が殺したのはミノタウロスになったアイツだけだ。初めて怪物を殺したよ。」
俺は自分の掌を見る。それは人間のもので、果実でべとべとになって汚れている。そこを小さな蟻が這っていた。
「それに、今の俺は怪物の力を使えない。お前の呪いのおかげでな。」
「なんだと?」
「俺はもう人間とほとんど変わらないんだ。今、体をばらばらにされると多分死ぬ。それだけだ。」
無力な自分は嫌いだ。無力な自分は嫌いだ。無力な自分は嫌いだ。でも、無力だからどうすることもできない。
「そうか。」
それっきり勇者は黙り込んだ。
「私はひと眠りする。襲うなよ。」
「誰が襲うか!」
勇者は鎧を脱ぎだした。俺は思わず目を逸らす。
「今の私はお前と同じで碌に力を使えない。寝ている時なら、人間の力でも殺せるだろう。」
「殺しはしねえよ。」
「だが、私はいつかお前を殺すぞ。」
「誰かを殺すよりは殺される方がいい。」
「甘ちゃんが。」
勇者は吐き捨てるように言った。そして、すぐに寝息を立てる。
「まったく、俺も寝てえよ。」
怪物は眠らなくてもいい。というか、眠れない。ただ、目を閉じるだけだ。俺は寝転がる。空には星が輝いていた。森の中よりも空が広い。
いつの間にか夜になっていたことに、今さらながら俺は気が付いた。
「そう言えばお前はどこから来たんだ。」
「お前にお前と言われる筋合いはない。」
話しかけるとすぐに否定される。勇者様は気難しい。
「じゃあ、勇者様。」
「勇者様、か。そういうのはお前くらいだろうよ。」
少し辛そうな顔で言っているように俺には見えた。
「どういうことだ?」
「私は勇者の落第ということだ。聖教の天使の力を持ちながら、魔物退治にしかそれは使えない。」
「でも、あの四人の天使は相当強かったじゃないか。」
俺は自分を串刺しにしやがった勇者の召喚した四人の天使を思い出して言った。
「本来勇者というのは一人で軍勢を相手にできるものだ。だが、私はそれほどの力はない。あの天使四人で軍勢を取り押さえることさえできないだろう。」
「お前、じゃなくて勇者様も碌に動けないみたいだしな。」
「お前、勘付いていたのか。」
「え?まあ、そりゃあ。」
隙あらば本体を攻撃しようと思っていたので、そのことには気づいていた。
「ふん。気に食わない。あと、私にはハレイシャという名前がある。」
「久々の登場過ぎて忘れてたよ。」
「余計な短編を挟むからだ。」
「作者も他の作品に疲れて久々に手を出したからな。」
だが、天使を召喚せずに戦うハレイシャは相当に強かったと思う。
「そのままで戦った方が強いんじゃないか?」
「まあな。天使の武器を全て使えるからな。だが、お前らを除く怪物たちは相当な使い手だった。五人も相手にはできなかったのでな。正直、隙を見て逃げるほかないと思った。」
「そういうこと、言っていいのかよ。」
「どうせ今のお前では私を碌に倒せまい。」
「で、そろそろ本題へ。お前はどうやってきたんだ?もともとこんなちんけな場所に住んでいたわけじゃないだろ?もしかして、船出来たんじゃないか?」
「ふん。その通りだ。」
「随分と不機嫌なようで。」
だが、船で来たということは白鯨を避けて来ることができたということではないのか。
「白鯨・・・って言っても知らないか。白いお化けみたいにデカい鯨とは逢わなかったのか?」
「ああ。直接はな。遠目から暴れているのは見た。」
「じゃあ、襲われなかったのか。」
「だが、船がどこにもないところを見ると、とっくの昔にぶち壊されたらしい。」
ハレイシャは恨みがましく唸った。
「暴れていた、か。別の標的でもいたのかな。でも、そうなるとなんとかなるか。」
「何の話だ。」
俺はハレイシャに事情を話す。
「嫁だと!?腐っているのか、お前は。こんなご時世に気楽な。」
「俺も望んで嫁なんて貰うわけじゃないが。でも、何も知らずに襲われるのは可哀想だろ。」
「・・・まあ・・・いいさ。できればなのだが・・・その、な・・・怪物に頼るのもあれだし、敵同士なんだからあれなんだけど・・・」
「なんだよ。要件を早く言えよ。」
「お前はデリカシーと言うものがないのか。レディに失礼じゃないか?」
「・・・レディですか・・・」
俺の出会うレディはハレイシャを始めとして、碌な奴らがいない。むしろ、男色に転向しようかと本気で考えるレベルだった。
「船に、乗せてってくれないか。私は何とかして帰らないと、こんなところ、住めないし、何より――」
そんな時、ハレイシャの腹が空腹を訴えた。
「腹が減る、と。」
「貴様――」
「おい、剣を振るのは止めろ!今度は本気で死ぬから。」
何故か涙目になっている勇者は悔しそうに矛を収める。すると、剣はどこかに消えてしまった。
「とにかくまともな食い物はないのか!」
「いやあ、そう言われても。」
恐らく、このスリラーパークには植物は原種しかいない。家畜などいるわけもない。そう言えば、ここで見たのは化け物じみた人間と鳥くらいの動物だけだ。鹿や猪はいない。大抵果物などは品種改良などで食べられるように改良されている。柿がいい例である。柿には甘柿と渋柿がある。あれはもともとは渋柿しかなく、甘柿は品種改良されたものだ。渋柿は干し柿にすると食べられるが、かなり時間はかかる。市場に並んでいる果物は甘く大きな実をつけるよう改良されたもので、もともとの果物は甘くなく、実が小さいものが多い。
「化け物は何も食わないし。」
「じゃあ、化け物の嗅覚で何か探せよ。」
「能力が使えないって言っただろ?それに、ライオンは肉食だから、肉しか探せないだろ。」
なんで俺はサバイバル生活をしているのだろう、と思った。確かに、初回に大分そこを悔いたものだが。
「本気でゼロから異世界生活を始めるとは思わなかったあああ!」
「腹減ったんだあああ!」
何故だか俺たちは無意味に叫び出した。
「ともかく、何か探すぞ。」
「私は敵だぞ?体力を取り戻したらお前を殺す。」
「今さらだろうが。それに、腹減った腹減ったってうるさいインデックスたんをどうにかしないとな。」
「そのインなんとかは知らないが、今度言ったら本気で殺す。」
「分かったから、槍を収めて。」
俺は涙目になって訴える。だって、痛いのやだもん。それに、あの槍は痛いとかそういうレベルじゃない。痛みを通り越したその先にトリップする。そんな体験二度としたくはない。
「食うもの、か。なんかあるかな。」
そんな時、俺の鼻腔をあの海の無駄に生命力のある匂いが襲う。何もかもが塩漬けされて保存されているような、少し清潔な、それでいて無数の死骸が蠢いているそんな匂い。
「いや、とんでもなく目の前に食料の宝庫があるじゃないか!」
「どこだ!どこにあるんだ!」
「落ち着け。あと、よだれがこっちまで飛んできてる。」
「ふん。ふん。ふん。」
「お前、じゃなくてハレイシャ。それを口癖にしようと思ってるな?」
「ふん。ツンデレというやつだ。」
「いや、よだれ垂らしまくりで、腹減ったとしか言ってない女の子はツンデレではありません。あ、でも、少しくらいデレてくれても。」
「ふん。ふん。ふん。」
「それは槍を振り回す音だ!?」
ハレイシャは相当な槍の使い手であるように槍を振り回し続けていた。
「だが、海に近づけばお前たちのようにあの白鯨が来てしまうだろう。」
「そうだな。」
そう答えて、ふと俺は違和感に襲われる。
俺、白鯨に襲われたこと言ったっけ。
「なんで俺たちが襲われたことを知ってるんだ?」
「そのくらい予想できる。」
「どうして?」
「白鯨のことを知っているのがその証拠だ。」
「でも、さっきお前たちって言ったよな。でも、ここには俺一人しかいないぞ?」
「あれに襲われて、人間そのもののお前が生き残っているのだからな。よくもまあ、あんな噴射の中、生き残っていたものだ。」
「なるほど。見てたな、ハレイシャ。」
「何故バレた。はっ!?」
ハレイシャは急いで口をふさぐ。だが、遅い。
「見てたんだな。初めから最後まで。」
「そうだよ!なんか悪いかよ!」
「いや、急に逆ギレ・・・」
「むしろ、お前らが襲われたのは私のせいだよ!魚釣ってたらなんか急に来たんだよ!」
「お前のせいか!」
俺はなんだか悲しくなる。なんだろう。俺って尻拭い以外させられてないんじゃないか。
「ともかく、魚を取ろうとしたら白鯨に襲われるんだな。やっぱり、俺の予想は当たっている訳か。」
「どういうことだ?」
「恐らく、あの白鯨はこの一帯の海を認知できる。海を荒らす者を放っておかないわけだ。」
「くそっ。動物性たんぱく質!」
「いや、待て。俺を食おうとしているな、その目。カニバリズムはダメだろ。」
そう言った途端、急にハレイシャは顔を俯かせる。
「人を食ったのは一度じゃない。」
それはとても苦しそうで、俺はなんだか気の毒になった。
「我らの大陸ではな、春が来ずに大飢饉になった。だから、人が人を食うなんて日常茶飯事だ。ここに来る船の途中で食料が尽きてな。それでどうしたと思うよ。」
「食べたんだな。」
「そうだ。そうだよ・・・死んだ船員を食べた。とんでもなく生臭いというか、死体の味がしたさ。でも生きるためにはそうするしかなかった。これじゃあ、どっちが怪物なのかわかりはしないな。」
「それは、気の毒に。」
そんな簡単な言葉で言い表せるものではないと分かっていた。俺にはハレイシャの辛い気持ちは分からない。だから、心のこもってない言葉しか返せなかった。
「でも、目の前には生肉がある。きっと死体よりうまいぞ――」
「いや、待って!ダメ!」
「冗談だ。」
「その涎を拭いてから言えっての。」
ハレイシャの様子はどうみても冗談ではなかった。絶対に俺を食うつもりだったに違いない。
ハレイシャに食われる前に食料を見つけなければならないと俺は感じた。
「手先は器用なもんだな。」
木を使って器用に釣り竿を作るハレイシャに俺は感心した。釣り竿なんて手作りしたことがない。
「このくらい簡単だ。さて、後は糸だな。」
ハレイシャは再び俺に襲いかかってくる。
「な、なんだよ!まだ食う気かよ!」
「残念ながら、私はお前のいやらしい肉を食べるつもりはない。」
「いやらしいって――いや、食おうとしてるじゃん。」
覆いかぶさってくるハレイシャを俺は避ける。ハレイシャの顔は飢えて俺を食おうとしていた時とは違い、真面目そのものだが、顔と行動が一致していない。
「動くな!」
ハレイシャは足を巧みにさばき、俺を地面に突き飛ばす。そして、俺の顔すれすれに剣をぎ面に突き刺す。
「少しでも触れると呪いにかかるぞ。」
「いや、冗談じゃないって。」
ハレイシャは俺の体に馬乗りになり、その端正な顔を俺に近づける。確かに恐ろしいが、その、顔が近いです。勇者様。
「痛くしないから。」
「いや、そんな意味深な言葉――というか、言う方逆だよね!それ!」
ハレイシャの体が鎧に包まれているので、感触はごつごつしている。とんでもなく残念だった。
ハレイシャはゆっくりとした手つきで俺の服を拭い去て行く。その顔は少し緊張していた。
「ハレイシャ――」
ハレイシャは俺のシャツを手に取ると、いきなり破きだした!
「何してくれてんの!」
「ふん。糸を取っている。」
「あの一連の動作はそれだけのもの?」
「それ以上の何がある。」
俺は疲れはてて、そのまま地面に仰向けになっていた。空は青い。白い海鳥たちが、空を旋回していた。
「重いので退いてくれません?」
「ふん。済まなかったな。」
ハレイシャは面倒くさそうに俺から身を引く。
「お前は座布団くらいにはなる。」
「人の言う言葉とは思えねえ。」
「私は人ではない。勇者だ。」
どれだけ勇者であることに誇りを持っているんだか。
「んで?勇者様?なんで勝手に人の服で釣り糸を作ってるんですか?」
「ふん。お前が了承しないだろうと思ってな。」
「するわけねえだろ!」
「なんだ?私の服を使おうというのか?」
「そっちの方が読者サービスかと。」
「たわけ!さっきまで男しか登場しなかった、ホモホモしい小説だろう、これは!」
「くっ。言い返す言葉がない・・・」
ハレイシャは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「お前が上半身裸の方が女性読者も喜ぶだろう。」
「え?マジで!」
「ああ、すまん。間違えた。男性読者の方が喜ぶよな。」
「すんごく鳥肌が立ったんですが!」
「女性を喜ばせるなら、もっとマシな体になってから言うんだな。」
「どうせ肉と骨でしかないですよ。」
「肉でなくて、脂肪・・・腹減った。」
「余計なことを言ってしまった!」
とはいえ、ハレイシャにはもう俺を食うという選択肢はないようだった。
「エサとかはどうするんだ?あと、釣り針とか。」
「針を使うだと?贅沢な。糸の先につけるのは木の枝先と葉で十分だ。」
そう言ってハレイシャは近くの木に近寄り、枝の先をぽきっと折る。そして、その先についている葉を丁寧に千切りだす。そして、ほとんと葉脈だけになった葉と釣り針代わりの枝ができた。
「すげえな、ハレイシャ!それ、仕掛けだろ?虫に見せるんだ。」
「このくらい、子どもの頃に習わなかったか?川のないところで育ったか。」
「いや、あったけど、そんな面倒なことしなかった。全部売ってあったし。」
「こんなものを買うとは、お前は貴族か何かか?道楽が過ぎる。」
「はあ。まあ、異世界ではそうなんだろうな。俺はスリラーパークの外以外は知らないし。」
「ふん。まあ、どうでもいい。お前は砂浜の辺りを歩いていろ。水でじゃぶじゃぶして遊んでいろ。」
「一人でそれやると寂しいんだよな・・・それと、白鯨が来るじゃん。」
「当たり前だ。そのために砂浜で遊べと言っている。」
俺は恐る恐る、参考までにハレイシャに尋ねる。
「あの、勇者様?ご冗談だとは思いますが、私めに囮となれとおっしゃっているので?」
「ふん。その通りだが?」
「あははははは。」
俺は全速力で逃げようとする。その行く手を阻むように斧を手にした鎧の天使が現れる。
「そういう使い方、ずるくない?」
「ここで首を落とされるか、白鯨の餌となるか。好きな方を選ばせてやろう。」
「どっちにせよ死ぬじゃん!というか、魔物倒しの勇者なら、白鯨を仕留めろよ。」
「流石の私でも、あの巨体は無理だな。刃が通らん。」
「役立たず!うわお!」
俺の首を狙わんとする天使の斧を俺は身をかがめて間一髪で躱す。
「いいな。やれ。」
「はい。よろこんで・・・」
どうして俺はこんな目にばかり遭うのか理解できなかった。きっと凶星のもとに生まれてきたんだ、とそんな風に理解するしかなさそうだった。
「あっははは!?楽しいなあ!?」
俺は海ではしゃいでいた。一人でじゃぶじゃぶと水をあれこれやっている。
ふと、過去を思い出した。
俺はグラビアアイドルが海辺でこうやってわちゃわちゃやってる動画に度々お世話になっていた。もしかしたら、グラビアじゃなかったかもしれない。ここ最近アイドルが多いもんな。ちゆ12歳。とかなにそれって感じだろうな、多分。
「今の子、知らないもんな。バーチャルネットアイドル。」
ハレイシャは岩山で釣りをしている。一人で独り言ほどつらいものはない。
「はーたん、寂しいな。」
すると、俺の顔面目掛けて正確に槍が飛んでくる。
「本当に死ぬからね!今の俺、不死身じゃないから!」
全身びしょぬれになりながら、俺は海に飛び込む。槍って投擲武器だもんな。
俺は海の浅瀬で浮かんだ。暴れるように言われているものの、少しくらいはいいだろう。
海の水は生温かかった。温泉、とまではいかなくても気持ちがいい。照り付ける太陽。喉がカラカラになる、にがりの多い海水。それでこそ海だという感じだった。ああ、これで海の家でもあったらなあ、そんな風に思っていると、どこからか声が聞こえてくる。
「海の家―、海の家だよ。美味しい何かが君を待ってるよ。」
「幻覚か?」
だが、幻覚とは思えないほどの香ばしい匂いが充満している。俺は海底に足をつけ、立ち上がる。砂浜を見ると、そこにはいつの間にか屋台が出ていた。
「見間違いじゃないよな。」
異世界生活とは程遠い、とんでもなく俗っぽい屋台が見えて、なんだかがっかりする。ともかく行ってみることにした。
「じゃっじゃーん!お客さんだね。何を食べていく?」
流木でくみ上げたような屋台に流れ着いた船のマストのような屋根で覆った屋台だった。何故だか物凄く炎が燃え盛っている。顔に熱気が当たって熱い。だが、それこそが屋台だという感じがする。
「何があるんですか?」
屋台の親父、改め、ビキニ姿のお姉さんに声をかける。恐らく怪物なのだろうが、その明るい笑顔と物騒なスリラーパークとのテンションとの違いに、思わず警戒を解いてしまう。
「烏賊に犬に後魚かな。」
「犬、ですか・・・」
あの愛らしい動物を食べるのはちょっと気が引ける。
「何にする?あんちゃん?」
「じゃあ、お姉さんで。」
俺は何を言ってしまっている!だが、そう言いたくなるほどにお姉さんは魅力的だった。短めの髪にバランスの取れた胸。それがビキニによってむき出しになっているので、とんでもなくいい感じだった。大き目よりもこのくらいのバランスの良さがいいのだ、と性にもなく三次元に恋い焦がれた。
「あら。あんちゃん。私はちょいと値が張るよ。」
「でへへ。」
なんて照れ笑い。
だが、俺の耳は不吉な音を拾う。海面が破裂するほどの轟音。俺は海に目をやった。そこからは海を二つに割らんばかりの水の流れが俺たちに襲いかかってきている。
「あれは、ハイドロポンプ!?」
白鯨の必殺技だった。あの水流の恐ろしさを思い出す前に、俺はお姉さんを抱きかかえて、砂浜から逃げる。
「あら。強引。」
「すいません!でも、そんな呑気にしてる暇ないっすから!」
お姉さんを抱え、全速力で駆けた。それでもぎりぎり躱せた程度で、水流の勢いに吹き飛ばされる。
「こんなタイミングで襲ってくるなんて。」
「いやあ、それは私のセリフなんだけど。」
気が付けば俺はお姉さんに覆いかぶさる形になっていた。
「すいません。」
「もう、謝ってばっか。」
「いや、それより早く逃げて!」
「あんちゃんはどうすんの?」
「時間ぐらいは稼ぎます!」
俺はお姉さんを置いて、砂浜を駆け巡る。大分遠くから射撃をしたようだから、本体がここに来るまでには時間がかかるだろう。とはいえ、白い姿が目に見えたら、すぐに砂浜まで辿り着く速さを持っている。ますます怪物じみている。ヒュドラなど可愛いものだった。
「確かにヒュドラは可愛かったけど!」
こんな時は軽口しか出てこない。白鯨はこちらの動きを察知しているのか、先読みしているのか、何発もハイドロポンプを放ってくる。
「どうしようもないじゃん!これ!」
助けを呼びたい気分だが、生憎、この状況を打開できる仲間など存在しない。できるだけ森に近づきつつ、砂浜を横断しなければ。しかし、俺の姿を確認できるほどに白鯨は視力がいいのか。
「くそっ!森の中まで逃げられない!」
斜めに移動しようとするが、斜めに移動すればそれだけ横に移動する距離が短くなる。ハイドロポンプは森を割るほどの威力であるから、森に入り込んだところで無差別に砲撃を食らえば森の中でも危ない。もうすぐ岩山が見えていた。そっちの岩山はハレイシャのいる方とは逆の岩山だった。
「このまま岩山に逃げれば、もしくは。」
そう思った瞬間だった。横目に白い色が映る。それは海面を優雅に移動していた。
「あら。そんな希望に満ちた目をするなんて。」
白い衣服の少女を見た瞬間、俺は嵌められたのだと気が付いた。今遠くから砲撃をしているのは白鯨の巨体の方で、本体の方は近くから俺を観察していたようだった。これで、どうして遠距離から俺を狙うことができたのかという謎が解明された。
「エレガントに、死に絶えなさいな。」
モービィ・ディックは俺の胸のあたりに手をかざした。
「ハイドロ・キャノン。」
瞬間、俺の体を水圧の弾丸が貫く。
反対側から、赤い色に染まった海水が体を貫く。海水とともに、俺の体の中のピンク色をした組織が出て行く。
「痛いじゃねえか、くそったれ。」
「あら。なかなかの不死身の怪物なのね。」
体に大穴の空いた俺をうっとりとした目でモービィ・ディックは見た。
「お前だって、似たようなものじゃねえか。」
俺は咄嗟にマンティコアの力を開放していた。それ故にまだ生きてはいるが、いかんせん、その場から動くことさえできない。塩水が体に染みて、もう痛みなんて感じる余裕さえない。
「レディに向かって失礼でなくて?」
モービィ・ディックは俺の命を刈り取ろうと再び俺に手をかざす。
「待て。お前は一体何が目的なんだ。俺たちはお前の住処を荒らそうとか、そんなことを考えているんじゃない。」
「ごめんなさい。私、あなたみたいなむさくるしい男の人が海水に浸かっているだけで吐き気がして。あなた、臭いわよ。きちんとお風呂には入っていて?」
「いや、入ってない。」
モービィ・ディックは俺の足を水の槍で貫く。俺の足はそれだけであらぬ方向へとねじ曲がってしまう。
「待ってくれ。悪かった。もう近づかない。だけど、この近くに船が来るはずなんだ。それだけはどうか襲わないでくれ。」
その言葉を発した瞬間、モービィ・ディックの顔はとてつもなく妖艶になる。
「なるほど。あなたの命は取らないで差し上げますわ。」
「え?」
「だって、その船を沈めた時のあなたの絶望に満ちた顔を眺めてみたいですもの。今のあなたもなかなかいい顔をしていますけど、まだまだ絶望が足りない。でも、その船を目の前で沈めてしまったら――ああ、甘美で蕩けてしまいますわ。」
モービィ・ディックは恍惚に浸ったような顔を見せた。それはとても魅力的であったが、今の俺を支配しているのは、白い皇女に対する恋心ではない。
ただ純粋に目の前の白い悪魔に対する怒りだった。
「てめえ、てめえ!」
ここから一歩も動けない。でも、一発ぐらい殴らないと気が済まない。誰かが傷付く姿を見て、それに快感を得るなんて、最低過ぎる。怪物もここまでくれば最悪だ。
「何かしら。私に――」
女の子を殴るなんて最低だと思う。俺は最低な奴だ。
能力を解除して俺は一歩進み、モービィ・ディックをはたいていた。流石にグーでは殴れない。
「何を致しますの!?あなた、女性に手をあげるなんて!!」
俺はその場に倒れる。怪物の力でなんとか生きながらえていたのに、その力を解除するなんて正気の沙汰ではない。でも、そうしなければ気が済まなかった。
急いでマンティコアの力を呼び覚ますが、もう遅いだろう。それに、モービィ・ディックは俺を絶対に許さない。海に沈められたら本当に死んでしまう。
やっぱり俺はこんな人生を歩むのか。二度目の人生もここで散らしてしまう。
俺の目に浮かんでいるのは走馬灯ではなく、何故か異様な姿だった。
上半身はゴリマッチョ。下半身は魚のそれ。それは紛れ来なく人魚――
「HAHAHA!!少年!モービィ・ディックに一泡吹かせるとは、中々だな。」
気持ちの悪いゴリマッチョは俺を振り向いて言った。そして、俺を見ながら、手にしていたトライデントでモービィ・ディックのハイドロ・キャノンを防いでいる。
「人魚姫!」
モービィ・ディックはエレガントさの欠片もない声でゴリマッチョあらため人魚姫に言う。水流を防いだゴリマッチョはトライデントをモービィ・ディックに向かって振るう。モービィ・ディックは後ろに下がらざるを得なかった。
「くそっ。いらっしゃい!白鯨!」
モービィ・ディックは叫んだ。
「手負いではあの巨体の相手はできんな。ここはひとまず引き下がるとしよう。」
ゴリマッチョは手負いの俺を抱えて、宙を飛ぶ。足が魚なのにどうしてそれほど跳躍できるのか不思議だった。
俺は小さくなっていくモービィ・ディックを見つめながら、息絶えた。




