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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

セーブ&ロードのできる宿屋さん

『月光』の就職活動 セーブ&ロードのできる宿屋さん短編

作者: 稲荷竜

この物語は『セーブ&ロードのできる宿屋さん』の短編です。

本編を十一章まで読むか、書籍を4巻まで読んでから読むことを強く推奨いたします。

「そういえば母さん、仕事は見つかった?」



『月光』はその時覚えた心臓が停止するような感覚を、いつまでも忘れないだろう。

 思い出す――この宿屋『銀の狐亭』に世話になる時に、自分が目の前の彼とかわした言葉を。


『三月ぐらいは置いてくれ。いざとなれば出資者を捜すゆえ……』

 つまり『仕事は探すから三ヶ月待って』ということである。



「……………………………………………………………………………………」

「どうしたので、母さん?」



 ――やばい、探してない。

 いや、色々と理由はあるのだ――詳しく語るのもめんどうになるほどの、色々な理由があるのだ。その理由の中には『行方不明になった人を捜していた』とかもある。


 理由を添えつつ正直に『まだです』と言ったら、許してくれるだろうか?

 ――いや、ダメそうだ。


 目の前、カウンターの向こう側で豆を炒る男は、一見すると穏やかな優男だ。

 しかしてその実態は三代女王時代にいたとされる拷問官どもが裸足で逃げ出す、『人のカタチをしているだけの、人ならざる常識で生きる生物』である。


 アレクサンダー。

 人からは『アレク』と呼ばれることの多い、ほがらかな笑顔を浮かべたこの青年に、優しさを期待してはならない――尋常な、人みたいな、常識的な、優しさを期待してはならないのだ。

 だから『月光』はごまかすことにした。



「あれは四百年ほど前のことじゃったかのう……」

「どうしたんだ、いきなり」

「わらわを愛した男がおった。そやつはな、色々条件はつけたが、わらわの生活を保障してくれたものよ……」

「はあ」

「当時のわらわはな、己に自信がなかったものじゃ……それゆえにどのように愛をささやかれようとも、それに応えることがかなわんかった……今思えば当時の夫にも、そして息子にも、悪いことをしたと――いや、今さら思うまでもなく、当時から思っておったものじゃ」

「……」

「わらわはな、愛が怖ろしかったのじゃ。他者に甘え、ゆだねることを、怖れておった――それはとりもなおさず、わらわが自身に価値を認めておらんかったということじゃ。『わらわには人に愛されるほどのモノはない』とな。……道理じゃがな。目標を叶える道筋さえ見えておらんかったのじゃから……」

「……」

「しかし、ここでの生活はなんというか――そういった『怖れ』とは無縁じゃ。ありのままでいることができる……これは素晴らしいことじゃな」

「そうかもしれないねえ」

「アレクよ。わらわは今、わらわだけの人生を謳歌しておるぞ」

「……」

「お前のお陰じゃな。ありがとう、我が――最後の息子よ」

「……」

「……ふん。がらにもないことを述べたわ。ではな、わらわはもうそろそろ眠るぞ。外が明るくてまぶしいゆえにな」

「母さん、仕事は見つかってないようですね」



 ごまかしきれなかった。

 昼から息子の店で酒を飲み、そのまま息子の経営する宿屋の一室(不法占拠)で眠ろうとしたあたりが失敗だったのだろう。

 もっとも、不法占拠の方は、いざとなれば実力で排除してくる系ご子息なので、黙認はされているのだろうけれど……



「働く気があるなら、ウチのクランから仕事の斡旋はできると、前々から言っているんだけど……」

「うーん、アレクよ、この際だから、わらわの正直な本音を話したいと思う」

「なんだい?」

「わらわはな――働きとうないんじゃ」

「……」

「いや、そもそも、わらわは一般的な職業で金を稼いだことがない。この長い人生、だいたい男に貢がせるか男に養わせるかという感じでな……これだけ長いこと労働をしてこんかったんじゃ。今さらできるわけがなかろう?」

「……」

「冷静になって考えてもみよ。わらわじゃぞ? 尻尾が十本で、いつまでも十歳とかそのぐらいの外見年齢で、銀色の体毛の狐獣人のわらわじゃぞ? こんなわらわが、そのへんの市で野菜とか売っておったら、貴様、どう思う?」

「いや、別になんとも」

「『見た目と仕事内容が合ってないな』って思うじゃろ?」

「いや、別に」

「じゃからな? わらわにはな、もっとこう、見た目に合った、高貴で雅な仕事がいいと思うんじゃが……わらわの求める雅な仕事はな、なんと、求人が出ておらんのじゃ」

「…………」

「ゆえにわらわは、働かないのではない。働けないのじゃ。わかったか、アレクよ」

「いや……」

「そもそも、五百年も生きた母親を働かせるとか、それはもう虐待じゃろう? ああ、年齢のせいかのう、目がかすむのう……節々も痛いし……力もな、ほれ、こーんな細腕じゃろう?」

「なるほど」

「わかってくれたか」

「つまり――視力と継続的な関節へのダメージ、それにSTRの数値が問題で仕事をすることができないと、そういうわけですね?」



 アレクがにこりと笑っていた。

 そして口調が丁寧なものに変化していた。


 ああ、知ってる――これ知ってるヤツだ。

 前やったヤツだ!


 なんとかせねば。

 このままでは――修行(ころ)される!



「待てアレクよ。貴様はどうしてそういう解釈をするんじゃ。なんていうかこう、いたわりとかそういうのは……」

「しかし母さん、母さんはいつ死ぬかわからない身だ。俺がいなくなったあとだって、生き続ける可能性はあるでしょう?」

「……まあ、ないでもないが」

「そんな時に『節々へのスリップダメージがある』と訴えたところで、相手にしてくれる人がそばにいるとは限りませんよね?」

「限らんかもしれんが、口調を仕事モードにするのはやめんか。なんていうか、怖いんじゃ。あと『節々へのスリップダメージ』とかいう意味不明表現をやめよ」

「大丈夫ですよ。母さんの提示した問題は、すべて解決することができます。そう、修行ならね」



 ――修行。

 彼がそういう表現で提案する行為は、ある方面で大評判である。


『生命を見つめ直すいい機会になった』とか、『命の大切さに気付くことができました』とか、『なにか開眼した』とか、そういう方面である。

 修行者たちは強力無比な能力を得る代わりに、心の大事ななにかを失う――それがアレクの課す修行(ごうもん)なのであった。


 一回やれば充分だ。

 一回やれば、『修行』という言葉を聞くだけで体が震える。


『月光』も一回やっている。

 当時のことは、思い出すのもきついので具体的になにをやったかは考えないようにするが、とにかくなにかが迫ってきて怖くて怖くて生物の本能として逃げようとするのだけれど生命を守るという行為が修行者の気に障ったらしくて命を守るのはいけないことだから覚え込ませるために魂が苦痛ですりつぶされるような毎日で森の中川のせせらぎ鳥の声肉が指先からそげ落ちて自分が大自然の一部となって――



「母さん?」

「――なんじゃ!? わらわの体にはもう削ぐものはないぞ!?」

「なんの話をしているんですか……」

「……む、記憶が混濁しておったようじゃな……」

「記憶の方にもダメージが? さすがにそれは修行では治せませんね…………いや、待てよ」

「貴様が待て。貴様が待て! 考えるな! はい! 頭を動かすの、いったん、やめ!」

「じゃあ修行するっていうことでいいですかね?」



 頭を動かすのをやめた結果、アレクの頭ではそうなったらしい。

 どうやらなにも考えないと『とりあえず修行』となるような思考回路らしい。

 理解ができない。



「なぜそうなる……? わらわは、もう修行とかやじゃよ? だってほれ、もうわらわ、そんな大それた目標もないしの? これ以上鍛えてどうするんじゃ? 腹筋が六つに割れたわらわとか見たいのか?」

「この世界の人は見た目とステータスが必ずしも一致しないので、ステータスを直接鍛える俺の手法だと、STRと体つきが比例することはまずないですよ。なので、腹筋は割れません。割りたいならそういう修行方法をご提案させていただきますが」

「貴様だと腹を包丁で切って『ほら、割れた』とか言いそうじゃな……」

「それは『割れた』じゃなくて『切れた』ですよ。なにを言ってるんだか」



 アレクは肩を揺らして笑った。

 楽しそうである。

 どうやらツボだったらしい――どうしてだろう、会話のたびに息子との心の隔たりを感じるのは。



「まあとにかく――母さん、ではSTRを鍛えつつ、関節痛に効く修行をしましょうか」

「関節痛に効く修行!? 貴様、そんなことができたのか!?」

「この世のすべてのダメージには対処法がありますからね。痛みとは、慣れることで無効化できます」

「いやっ……! いや! それは、無効化ではないじゃろう!? ただの鈍化ではないか!?」

「『感じなくなる』という意味では変わりませんよ」

「いやじゃ! いやじゃああ! わらわは痛みを感じていたい! 痛みが好きなんじゃ!」

「結構。では今回の修業は好ましく終われるかもしれませんね。では今回やる『ポキポキ君』という修行についてご説明させていただきますが……」

「せんでいい!」

「おや? では、いきなり修行場で? かまいませんが……」

「そうではなかろう!? 今のわらわの態度見てくりゃれ!? 修行に乗り気に見えるか!?」

「みなさん、俺の修行をするとなるとそういう態度になりますね」

「そうじゃろう!?」

「そしてみなさん、その後、しっかり修行をしてくださいますね」

「…………」



 そうじゃのう。

 アレクの修行を受けた者どもは、みんな最初激しく抵抗するのだが、会話の中でいつの間にか修行を受けるのが決定事項にされてしまい、そのままけっきょく修行するのだった。


 アレクは『学習』している。

 それはおおよその人類にとって好ましからぬ学習であった。



「それにしてもよかった。母さんの社会復帰については、実のところ、俺も頭を悩ませていましてね……いや、まさにあなたがおっしゃった通り、長いあいだまともな仕事をしたことがないというのが、あなたが働く上でネックになっているのではないかと、心配していたところですよ」

「……」

「それが『目のかすみ』と『関節の痛み』と『腕力の不足』さえどうにかすれば社会復帰できるだなんて、予想より簡単で、安堵しています」

「いや、さっきのはほれ、なんて言うか……そういう感じではなかろう? そういう文脈ではなかったであろう?」

「つまり、他にも働けない理由がある?」

「……いや」

「この際ですから、まとめておっしゃってください。――治しましょうね、全部」



 アレクは笑っている。

 このあたりが、彼の一番厄介な部分なのだが――

 文脈も空気も読まない彼の行為は、すべて『善意』で行われる。

 だから――



「……いや。ない。なんも、ない。もう、なんも……」



『月光』はこれ以上の『働けない理由』を述べられなかった。

 だって、言い訳を重ねれば重ねただけ、『では全部治しましょう』と言われるから――すなわち、修行が増えるだけだから。



「では久々ですが――修行を、しましょうか」



 彼は笑う。

『月光』も、もう、笑うしかなかった。

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