64 お別れ
みんなが引き取られていく日になった。この3日で、一応ケヴィンには色々教えておいた。勉強というよりは、心理学を。大人がどう思ってるか、見抜く方法。社交界じゃ役立ちそうだから。
まぁ、本当はとても酷なことを教えたんだけどね。人を信用できなくなるから。でもね、信用できない方が、貴族になってから成功するよ。人間としては、辛い人生かもだけど。
私からの残酷な選別だよ、ケヴィン。残酷で、とても便利で、人生を良くも悪くも豊かにしてくれる、ね。
「ほら、泣かないのケヴィン。泣いてたらつけ込まれるよ」
「な、なにに……?」
「この世でなにより怖いものに。だから決して、人前で泣いちゃダメ。ああでも、絶対に信頼できる相手なら、いいよ」
今年で5歳、今はまだ4歳。だけどこの子なら、理解できる。
「……イア姉ちゃんなら、リィ兄ちゃん?」
「そうだね。……ケヴィンもそういう人がいたらいいね」
「いると思う?」
「私は神じゃないから、知らない。それに、思い込んだらそれが真実になる」
いなかったら、「この人だ」と思い込んでしまえばいい。見たいものしか見ずに生きている生き物なんだからさ、人間って。
しばらくうつむいたケヴィンが顔を上げると、もうしっかりした顔になっていた。そして、どことなく私に似た微笑みを浮かべた。
そう、それでいい。人間の本心を知って絶望しながら、嘲笑って、決して本心を知られず、生きろ。人を食ったような笑顔で、慇懃無礼な言葉で、優雅な態度で、騙せ。
人の言動なんか、無視しろ。心を動かしたら、負ける。情を持つなら、責任を持て。信じたのなら、殺されても自分の責任。
……4歳児に教えることじゃないよね。自分でも思う。でも、4歳のとき、私はもうこれを知っていた。
「いつかまた、ケヴィン」
「……再び話せる確率は、とても低いけど。合ってる?」
「正解だよ。本の引用も忘れずにね。頭がよさそうに見えるから。って頭いいけど、ケヴィンは」
今のは、『月詠』という本の引用だ。引用って大事だよ、貴族の基礎教養らしいし。
「ナーサリー・ライムも忘れずに覚えること」
「はーい」
にこやかに振られた手に、私も振り返す。会えることは、きっとないんだろうけど。まぁ、元気ならそれでいいよ。




