9.生活
「ふぁぁ・・・・・」
・・・・・体が痛い。
僕はその気弱な性格故か、慣れない場所で寝るといつもこうなる。寝ている間に無意識に力が入っているのかもしれない。
痛いのを我慢して起き上がる。
この部屋には洗面所も無いので、一回廊下にに出てつきあたりの公共トイレ兼洗面所に行かなければならない。
どのみち、朝食を摂るために外に出るので、その時に洗面所は使う事にする。
特に荷物が無いから、このまま出ても良かったけど、周囲の人に不審に思われるし、衛生的にも好ましく無いので、服を着替える。服はカルが貸してくれたものだった
階段を下りて受け付けに行くと、出逢った時と同じ様に立っているカルがいた。
「お、やっと起きたか。おはよう!」
「お、おはよ・・・。朝から元気だね」
「おう!元気が売りのこの宿だからなっ」
親指を立てながらニッと白い歯を覗かせて笑うカルトス。
なんだか、妙に様になっている。
「う、うん・・・。あ、ところで、『やっと』って言ったけど、今何時?」
「ええっと、今はだな・・・3-1時ってとこだな」
カルは僕の問いに、後ろの壁に掛けられている、時計の真ん中にデカイ宝石が埋め込まれている様な円盤を見て言った。
「・・・・・・・・・・・・。」
(あ、あれ?なんかよくわかんない時間が聴こえた様な・・・。)
「どうした、レノ。聞いてたか?」
「ご、ごめんカル。もう一回言ってくれない?」
「ああ、今は3-1時ってとこだ」
「・・・・・・・・・。」
(さ、サンノイチジって何・・・・・?)
「お、おいレノ。お前今日どうした?白目剥いて頭から湯気出てんぞ・・・」
「・・・・はっ!こ、ここはっ!」
「俺の店だぞ・・・」
「あ、カル・・・。や、やあ!奇遇だね!」
「『やあ』じゃねえよ!どうした、大丈夫か?・・・・・いや、大丈夫なわけねえよな」
「ううん、もう大丈夫。心配かけてごめんね。ところでところで、時間に関して詳しく教えてくれない?」
「マジか、お前。子供でも知ってっぞ」
「うん・・・、お願い!」
「しゃ、しゃあねえなぁ」
「ありがとう!」
レノアの助けを求める瞳に見つめられ、断れなかった、お人好しのカルトスであった・・・。
「こ、これお願いします」
「はい!ご注文、承りました〜!少し待ってて下さいね〜」
宿から出て歩いたら、この匂いに誘われてこの店に来てしまった。まあ、何を食べるか決めて無かったから、別にいい。
店といっても、中で食べるのでは無く、そこで貰うだけの屋台の様な形式だった。というか、カフェやレストランといった類いの店は今まで歩いていても、一回も目にしなかった。
(にしても可愛いなぁ〜)
今も他のお客さんの接客をしている女の子。恐らく、この店の子だろう。そう言っても、まだ10歳そこそこに思われる。
背はその歳の平均ぐらいで、肩のところで揃えられた髪は後ろで1つに結われている。その綺麗な茶色の髪は彼女の明るさにピッタリだ。
(その歳から店の手伝いだなんて・・・なんて親孝行なんだ...。僕はまだしてないのに・・・)
店の斜め前で彼女を見ながら待っていると、その視線に気付いた彼女は、ニコッと笑った。
(うん、可愛い)
それに対してレノアは、同じ様な笑顔で返す。
それを見た彼女はまた仕事を再開した。
接客は彼女がしていたが、もちろん作っている人は別にいた。側から見ても、店にいるあの3人は家族だと思うだろう。
実際に彼らは家族であった。
(仲がいいなぁ、僕の家族とは大違いだ)
「お待たせしました〜!どうぞ!」
「あ、ありがとうございます!」
店のすぐ傍で自分の家族の事を考えていると、僕の名前が呼ばれたので店の前に行く。すると、あの女の子が頼んでいた物を渡してくれた。出来たてホカホカだ。
「またお願いしま〜す!」
食べ物片手に帰ろうとすると、後ろから声が聞こえた。あの子だ。
僕は振り向かずに、片手を挙げて手を振った。
(一回でいいからこれしたかったんだよね!やった!できた!)
見えないけど、また仕事を再開しているんだろう。
カッコよく手を振れた事とあの子を思い出して、レノアは思わず頰がほころぶ。
気分が良いのでこのまま外で食べることにした。
場所は先程の店から少し歩いた所にある、ちょっとした広場だった。木が植えてあり、その周りを囲むようにベンチが一周している。木漏れ日が気持ちいい。
包みを開けて中を見る。
そこには湯気を立てるホットドックの様な食べ物があった。
(おお〜、おいしそう!)
ここの字は読めないし、メニューに写真が載ってないしで、どんな料理か全然分からなかったので、前の人が頼んだ物と同じ物にした。
これで口に合わなければ、料理がおかしいのでは無く、それがここの普通で、レノアがおかしい事になる。もしくは彼の前に居た人が・・。
とにかく食べてみる。
「せーのっ!3、2、1っ!」
自分しか居ないのに『せーの』とか言ってしまった事は忘れよう・・・。
「お、美味しい・・・!」
それは素朴な美味しさだった。
何かが練り込まれ、工夫と手間を感じるパンは柔らかく、肉に負けない程味がしっかりしている。野菜と肉も新鮮でジューシーだ。
(よかったぁ、美味しくて)
決してあの店を疑っていたわけでは無いレノアだが、心配だった食べ物が普通を通り越して、美味である事に安心した。
不安要素が無くなったレノアは、食べながらカルトスに教えて貰った事を復習する。
この世界の時間は、1日を8つに割って、それぞれをもう10分割。8つの方を『1』『2』『3』で表して、もう10分割した方を『-1』『-2』『-3』で表らしい。
という事は、大きい方は3時間間隔、小さい方は18分間隔という事だ。勿論、1日が24時間と仮定した場合の話だ。24時間では無いなら、根本的に違ってくる。これは明日、ちょっと実験をしてみることにした。
そして、その時間を表すのが、カルが見ていた円盤状の物だ。名前は、『時間常時表示常人可視計測魔法装置』だ。略して『時計』・・・・・・。
どうやって略したらそうなるのかは不明だけど、そこは置いておこう。
ちなみに、『常人』と付いているのは、意味があって、この世界の時間は空にある鉱石&微生物を併せた『空要素』の状態で決まる。そしてその状態は、1日に8回大きく変化し、その間にも小さく10回変化するらしい。
しかし、その変化が小さ過ぎて、人では感知出来ない。稀に感知出来る人はいるが、せいぜい大きい方だけだから、『常人』にも『可視』出来るという意味で付いた名前らしい。・・・なんて安易なネーミングなんだろうか。
まあ、僕が同じ立場だったら、もっと可笑しな名前になっていただろうからこれ以上は止めておこう。
っと、話を戻そう。
空要素は1日に幾度か変化する。そして、その変化を利用したのが、この世界の時計だ。
時計の真ん中には空の鉱石と同じ物が埋め込まれ、その周りに発せられる微力の魔力の変化を計測して、時間を表すのだ。
だから、時計の針は、1日に80回動く事になる。
これがカルから教わった事だ。とても複雑でわかりにくい。
考えているうちに、朝食も食べ終わってしまっていた。
(さて、これからどうしようか・・・)
特にする事も無く、その場でボーっとする。
子供たちが無邪気な笑顔を浮かべ、楽しそうに遊んでいる。その向こうでは、お母さん同士が談笑中で、辺り一帯に暖かな光が射し込んでいる。
とても平和で微笑ましい光景だ。いっそ写真にでも撮っておきたい。
(あ、ケータイあるじゃん)
『カシャッ』
一瞬、子供たちがこちらを見たけど、笑って誤魔化した。
子供たちもすぐまた遊びを再開する。
ケータイがある事を忘れていた自分に驚いたが、まあ無理も無い。使う場面が1日以上無かったのだから。
ベンチから立ち上がり、腕を伸ばす。
「ふぅ」
(んー、帰ろっか)
する事が本当に無いので、帰ってゆっくりする事にした。
その後はほんとに何も無く、ある意味平和な時間だった。窓の外から聞こえる声は暖かく、聴いていて気持ちがよかった。
ベットに横になっていると、そのまま寝てしまった。
「・・・・・ノ・・・きろ」
(・・・・・ん?)
「レノ、起きろ」
「・・・ん?・・・・・ってええっ!」
『ゴンッ!』
「「いったぁー」」
起きるとそこには、僕の顔を覗き込むカルの顔があった。ビックリした僕は、つい起き上がろうとしてしまい、カルと頭をぶつけてしまった・・・。
「って、何でここにいるのさっ」
「い、いや、もう夜だってのに下りて来ねーから」
「夜?・・・・・何時?」
「6-5時だ」
(6の5って事は・・・7時30分頃か)
「そうなんだ。じゃあ、食べに出掛けるよ」
「おう、その方がいいだろうな。よく食って来いよ!」
「あ、カル?」
「なんだ?」
「おすすめの店ってある?」
「ああ、それなら――」
外へ出て、レノアは驚いた。なんと、すぐ目の前に店があったのだ。例によって屋台形式だった。
(朝には無かったのに・・・・・)
カル曰く、この店は夜だけの営業らしい。ここの料理目当ての人がもう既に列を作り始めていた。
慌てて列に入り、順番を待つ。
そういえば、ここの人はみんなマナーが良い。誰も抜かそうとはしないし、絡まれる事も無かった。まあ、それに越した事はない。
安全第一だ。
頼んだのは朝と同じく、前の人と同じ物にした。
しばらく待って、料理を受け取る。
渡してくれた人の頭に、獣耳がある事に驚き、そして、凄い所に来たと改めて実感した。
夕食は部屋に帰って食べた。
朝のホットドック(仮名)も美味しかったが、同じぐらいこの料理も美味しかった。
クリスマスの時に食べる様な骨付きの肉にソースをかけた物と、芋を蒸して潰した物があった。
(まあ、焼き鳥とポテトサラダポテトのみ、ってところかな)
文字が読めないので、仮名を付ける。
肉は何の肉は分からないが、柔らかく、ソースとの相性が抜群だった。ポテトは、それ自体に味は無いものの、肉に乗せて一緒に食べると、それぞれがお互いの味を高め合い、何とも言えない美味しさとなった。
「ごちそうさまでしたっと」
日本の文化が意外と定着している事に気付き、自分でも驚く。その一方で、『無意識に言えたぜっ!』みたいな達成感もあった。
(さてと、今何時かな〜)
部屋の壁に掛けられた時計を見る。
(えーっと、1、2・・・・・7の6?かな)
文字や数字は読めないが、時間は針を数えれば分かった。
(ってことは・・・10時48分か、じゃあ寝ようかな)
横になり、目を閉じる。
瞼の裏には今日1日の出来事が深く刻まれていた。