17.遠征〈2〉
「おーっし!これから訓練を開始する!今日はいつもの様な事を行うが、明日は今まで習ったことを、モンスターとの実戦に活かしてもらう!
しっかりと気を引き締めておくように!ちゃんと復習とイメージトレーニングしとけよ~!では、別れて訓練開始!」
森に入り、目的地に着いたレノア達は、昼食を摂った後、いつもの様に武器ごとに分かれて訓練する事になった。
レノアと他の数人の生徒の担当は、勿論ハンズさんだ。
この遠征には、教師兼護衛として、現役のハンターであり、ここの臨時教師でもあるこの人達にも来てもらっていたのだ。
流石に、校長と事務の二人でこの人数と荷物をまとめ、護るのは困難だろう。
「全員揃いましたね?それでは、前回の復習から始めていきます」
「「「はーい」」」
ハンズさんが先頭に立ち、模範を見せる。そして、それに倣い、同じ動きをして身体に覚えさせる。
身体が覚える事で、咄嗟の時でも身体が勝手に動くそうだ。映画などで良くある事だが、現実には無いだろうとレノアは思っていた。
しかし、今目の前にいるハンズさんは、実際にこれで助かった事があると言う。
あまり、馬鹿にしない方が良さそうだった。だが、一朝一夕で出来るようになる事も無く、何年もの年月を掛けてやっと、勝手に身体が反応するかどうか、といった所だ。
正直、一生やっても出来ない可能性だってあるのだ。しかし、こうして誰もが真剣に取り組むのは、『可能性は0では無いから』だった。
ハンターという職業は、収入も身の安全も不安定な職業である。しかし、成功すれば、通常では考えられない額の報酬が貰える。言わば、ギャンブルなのだ。
そんな職業故に、ハンターは、命を護る事の出来る可能性があるのなら、それを取り入れてクエストに望んでいた。
一獲千金を狙っていても、死んでしまったら元も子もないのだから当然だ。
そういう訳で、ハンターは必ずと言っても良い程、誰もがこのような訓練方法をしていた。
そうして、何種類かの動作を繰り返していると、ハンズさんが次の指示を出した。今度は、二人一組ペアになっての練習だ。
互いに向き合い、交互に剣を振り、そしてそれを剣で受ける。そうする事で、己の剣の間合いや、剣を受けた時の剣同士の角度の付け方などを身に付けるのだ。
『カンカン!キンッ!』
各々の音を響かせる剣とその主。この場に居る全員が、剣と同じ様な輝きと鋭さをその目に宿している。
それは真剣であり、怖くもある目だった。中には、『異常者』といったオーラを放っている者も存在している。誰もが真剣そのものだった。
ただ一人を除いて・・・。
「とうっ、たりゃ!おお〜!今のカッコ良かったよね!」
他と違う目の輝きを宿す者、レノアだ。
目は輝いている。いや、輝きまくっている。しかし、他の生徒の輝きとは違い、レノアの輝きは、初めてのオモチャで遊ぶ幼子のそれだった。
「お前さ、何でそんな無邪気に楽しんでんの」
相手をしていたエーデンが、耐え切れなくなり、レノアに問う。
「え?だってかっこ良いじゃん」
何言ってんの?当たり前じゃん、と顔に書いてあるレノアにエーデンは、やっぱか、と思う。
「あ、ああ。それはまあ分かるんだけどな?俺が言いたいのは、お前が入学してからも、この訓練は何回もやったのに、何でそう毎回毎回ハイテンションなんだ、って話事だ」
「んー、何でって言われても・・・憧れてたからかなぁ」
自分でもはっきりして居ないだろう。首を傾げて答えるレノア。
それを見たエーデンは、
「そっか・・・憧れ、か」
目線を下に向け、声のトーンを落とす。
そんなエーデンには気付かずに、目を輝けせ、剣を振るうレノア。彼はまだ知らなかったのだ。『光があれば闇がある』という事を。
「「「「おいしい〜!」」」
シルフィを除いた、班のメンバー全員が口を揃える。シルフィが作る絶品の料理は今夜も健在だった。
「わ、私なんか、まだ全然・・・」
「前も言っただろ、これマジでうまいって。家のメシが食えなくなるかも知んねえぞ、これは」
「だね〜。俺もそう思うよ〜」
エーデンとルカの二人が、フォローに入る。エーデンはシルフィの為に大袈裟に言ったのかも知れないが、彼女の作る料理は、本当に家でのご飯が霞んでしまう様な美味しさであった。使い方を誤れば、中毒者を出してしまいそうだ。
「ところでさ、明日はモンスターとの実戦だよね?僕自身ないよ・・・」
「大丈夫だよ、レノ!私達が居るんだから!」
「そーだよ、レノっち!あたしが居れば、千人力だよっ!」
ガッツポーズを極めるアリスとシーナ。それだけでも、今のレノアには十分だった。
「そうだね、がんばるよ!」
六人のメンバーの中でただ一人だけ怯えて居たレノアが、戦う意志を見せた。
「よし、じゃあみんな、明日は頑張ろうぜ!」
「「「おおーー!」」」
それを見たエーデンは、より士気を高める為に、音頭を取った。それに合わせて、六人で拳を空に突き上げ、声を出す。その顔には、恐怖の色など微塵も浮かんで居なかった。
街外れのとある森の中で、朝から大きな声が響いていた。
「おーっし!今日は予告通り、班ごとにモンスターと実戦をして貰う!今までの訓練を思い出して奮闘するように!
だだし、無理のし過ぎも駄目だ!危ない時は、各班のリーダーに持たせてあるこれを空に打ち上げるように!いいな、死なない程度に頑張れよ!以上、解散!」
解散を合図に、各班はそれぞれの方向へ足を向ける。その中には、勿論レノア達も居た。
『モンスターとの実戦』と聞けば、危険なものだと思われるが、この辺りでは、そう滅多に強いモンスターが出る事は無く、新米のハンターでも倒す事が出来るレベルのモンスターしか出ないと言う。
『超強いモンスターとの決闘』を危惧していたレノアはそれを聞いて安心した。ここらはゲームで言う、『始まりの町からちょっと抜けた、雑魚キャラしか出てこない草原』という様な感じらしい。
それぐらいなら、みんなもいるし大丈夫だ、と思っていたレノアだが、今は考えを改めていた。
「うわぁぁああ!助けてぇぇええ!」
「おい、レノア、逃げずに戦うぞ!」
「で、でもっ・・!あれだよ!?あれだよ!?」
レノア達が、最初に遭遇したのは、
・・・巨大なナメクジだった。
体長はゆうに3mを超え、身体にはヌルヌルの体液を纏っていた。
それを見た女子達は、一気に闘志を失い、男子三人で挑もうとすると、レノアが女子と同じ様な反応を見せたのだ。
しかし、レノアだって男の子だ。決して、最初からこの様な反応を見せていた訳では無い。最初は、エーデンやルカを差し置いて、やる気全開で突っ込んだレノアだが、巨大ナメクジの体液を頭から浴びせられ、その闘志を消されてからは、すっかり弱気になっている。それに合わせ、その一部始終を見ていた女子達は、気力を根こそぎ失い、精神的にダメージを負っていた。レノアはもっと酷いだろう・・・。
しかし、倒す以外に方法は無かった。逃げると言う方法もあるにはあるが、今回は相手に認識されてしまっている上に、攻撃も仕掛けている。モンスターが追ってこない筈は無かった。
それらをレノア達、『ナメクジ恐怖症発症者』に伝えたエーデンは、何とか戦闘に参加して貰える事になった。
その説得の間には、ルカがヌルヌルになりながらもモンスターの気を引いていた・・・。
参加すると言っても、正面に突っ込んでくれる訳も無く、後方支援のみだった。シルフィは元々魔法師なので、ナメクジに効果的である炎属性の魔法を使い、通常では前衛と中衛である、アリス、レノア、シーナ達は、ルカから渡された投げナイフをナメクジ目掛けて投擲した。
何とか倒し、一時休憩とする事にしたレノア達。班全員がそれぞれいろんな意味で疲れていた。肉体的にも、精神的にも、金銭的にも・・・。
ルカは、何も考えずに投げナイフを3人に渡したが、今まで扱った事の無い彼らが、そう易々とモンスターに当てられる訳が無かった。元々6本あったナイフが、戦闘が終わった後、2本に減っていた。投げナイフも武器である為、意外と高価な物である。全員で探したものの、ここは森の中。見つけられる事は無かった。
3人で謝ったが、そう簡単に気持ちを切り替えられる筈も無く、ルカはその後はずっと落ち込んでいた・・・。
そして、集合を告げる魔法が打ち上げられ、各班はそれぞれの面持ちで集合する。ある者は笑顔を咲かせ、ある者は装備を失った為落ち込み、またある者は、ヌルヌルとしていた・・・。
「おーっし!これで遠征の全日程が終了だ!どうだ、モンスターは!それぞれ色んな事があっただろうが、まあ最初はそんなもんだ!気にすんな!ただし、この経験を次に活かせるようにしろよ、それをしなければ、この先成長は望めないぞ!いいな!」
「「「はいっ!」」」
「では、これから街へ引き返す!準備が出来た班からここに集合するように!では、解散!」
モンスターとの実践が終わり、満身創痍な生徒達。しかし、山を登れば下りなければならない様に、遠征が終われば、街に引き返さなければならない。それは、疲れきった身体には辛かった。また、お風呂にも入れない為、汚れた者は、服を変えるぐらいしか出来なかった・・・。
そうして、行きと同じ道を辿り一泊し、翌日には街に着いた。今日と明日はこのまま休みとなっていたので、レノアはみんなと別れ、アリスと共に、カルトスの元へ帰る。
実に10日ぶりだった。この世界の暦は日本と同じく太陽暦だった為、1週間と少しだ。
学校の休みは不安定ものの、週に1回は必ず休みがある。しかし、今回は、買い物に行ったり、遠征があったりした為、少し長くなったのだ。
カルトスの元を離れ、学校に入学してから、初めて帰る。あそこはもう、レノアの『第2の家』となっていた。
10日前とは逆に通る道は、また違う景色を見せてくれた。店が立ち並ぶこの雰囲気が久しぶりな為か、レノアは郷愁を感じていた。
休み事なく歩き続け、やっとの事で帰ってきた。すると、カルトスの宿の隣には大きな空き地が出来ていた。レノア達が学校に通っていた間に何かあったのだろう。
レノアはそれを後で聞く事にして、アリスと共に宿の扉を開いた。