おまけ「佳正君の冒険」
おまけ 【 佳正君の冒険 】
―某日 某所
とある休日のこと。
一人の青年が、スキップをしながら街中を歩いていた。
黒を基調とした上下の服装を身に纏い、青年はただニコニコと笑いなが、暗くて狭い路地裏まで足を運ぶ。
路地裏の途中で、一匹の仔猫を見つける。黒猫だ。
仔猫に近づく怪しい青年に怯えた様子をみせたが、青年が腰を曲げて手で招くと、すぐに懐いた。
「かーわいいっ。やっぱり動物はいいよね~。」
目を細めながら気持ちよさそうに身を委ねる仔猫だが、路地裏に現れた黒い影に怯え、青年の手から逃げる様に走っていった。
「あーあ。行っちゃった・・・。」
残念そうに言いながら、曲げていた腰を真っ直ぐに伸ばし、手をポケットに入れる。
「おいこら。てめぇ、『黒の王子様』寺内佳正だな?」
黒い影の正体である数人の男たちは、青年、寺内佳正にガンをつける。
ぶかぶかのパーカーに腰パンという格好の男たちは、佳正にナイフを突き付けるが、佳正は平然としている。
「聞いてんのか!?ああん!?」
リーダー格の男が、佳正の耳元で大きな声を出して威嚇してくる。
それを聞こえないもの、或いは雑音の一部だというように、佳正は鼻歌を歌いながら男に背を向けて、路地裏を進んでいく。
「くそっ!!!やっちまえ!!」
男の掛け声で、他の男たちも一斉に佳正に襲い掛かる。
・・・が。一人一発というシンプルな決着だった。
「俺って、やっぱりこういうの合わないのかな~。」
男たちを殴った方の手を摩りながらも、佳正は鼻歌を歌いながらどんどん足を進めていく。
繁華街を歩きまわり、街並にはあまり似合わないような小さめのデパートに到着すると、佳正は何かの紙切れをチェックする。
「ここか。」
満足そうに笑うと、そのデパートの中に入っていく。
休日だけあって、すごい人の数だ。
タクシー代わりに連れまわされている父親が、疲れたようにコーヒーを飲んでいる。荷物持ちをさせられている父親も退屈そうに休憩スペースで煙草を吸っている。
買い物に夢中の母親や娘たちは、何が楽しいのかキャッキャキャッキャ笑いながら、買い物をしている。
何時間連れまわされているのか知らないが、子供が疲れたようで、大泣きしている。それを宥めている母親は四十代と思われるが、服装は二十代だ。
孫たちと久しぶりの再会を果たしたことで満足している老夫婦は、母親が買い物をしている間、面倒をみているが、子供はママ、ママと言いながら泣いているため、複雑そうで、困ったような顔をしている。
ランチを食べているカップルは、男の方が小食であるようで、ドーナツを二つほどしか食べていないが、女の方は何ラーメンかをガッツリ食べていた。
そんな色んな人達を素通りしていく間に、佳正の存在に気付いた人は、目を真ん丸くさせたり、会釈をする。
佳正は目もくれずに、エレベーターで一気に三階まで上がる。
エレベーターの中で、佳正は玩具を前にした子供のように、目をキラキラと輝かせている。
―ああ・・・。早く着かないかなぁ・・・。
目を閉じて深呼吸をし、再び目を開いて三階になるのを大人しく待つ。
チンッ・・・
高い音を出して扉が開くと、佳正は足早に一直線で目的の場所に向かう。
「・・・着いた。」
目の前の看板に書かれている文字は、『迷宮迷路~襲いかかる敵を誰よりも早く倒して出口を目指せ!~』だった。
「おっ、お一人様・・・ですか?」
佳正の登場に驚いた受付の人は、若干猫背だった姿勢をピンッと伸ばし、言葉を慎重に発していく。
「そうだよ。見れば分かるでしょ?」
棘のある言葉を返し、料金を支払うと別の鼻歌を歌いながら迷路の入り口をくぐる。
「キャー!!」
「うわァァアァ!!!」
などといった叫び声をBGM代わりに聴きながら、至極楽しそうに一人で歩く佳正に、『敵』と思われる怪物の格好をしたバイトが現れた。
3Dになって飛び出してくる妖精は味方のようで、佳正に『勇者の剣』とやらを拾えと言ってきた。
バイト・・・じゃなくて敵が、佳正を見て一瞬怯んだように見えたが、それは置いといて、妖精のことなど全く無視して敵を蹴り飛ばす。
「へぇ・・・。最近の迷路ってすごいな~。3Dで喧嘩売って来るし、迷路全体が凝ってるな~。」
感心しながらも、バイ・・・じゃなくて敵を蹴り飛ばしていく佳正は、色々な加工が施されているであろう壁や床、さらには倒したバイトを観察する。
思っていたよりも内部は広くなっていて、行き止まりを経験することなく前に進んでいけば、怪しげな井戸から、地獄へと誘うような音楽が流れている。
「・・・貞子?」
今までは、西洋風のゲームの主人公設定だったような内容だったのにも係わらず、今更になって日本に舞い戻ってきたのかと、頭を傾げる佳正。
《ワタシノカオヲカエシテ・・・ワタシノカオヲカエシテ・・・》
「・・・取った覚え無いんだけどね。」
テープで流していることを知っていながらも、淡々と返事をし、井戸から出てきた女の子の人形を携帯のカメラで撮る。
「うんうん。西洋人形ね。確かに気味悪いよね。日本人形も不気味さを持っているけど、西洋人形も何とも言えない気味悪さを持ってるよね。でも、井戸から西洋人形って何でかな?あ、井戸に落ちて死んだっていう設定なのかな?でも、外国に井戸ってあるのかな?井戸にも色々種類があるけど、やっぱり古井戸が一番怖いって感じるよね。それって貞子の影響?てか、幽霊とかオバケとか科学的に証明出来ていないものを怖がるっているのも、どうなんだろうね?あ。科学的に証明できない事だから怖いのかな?でも俺は見たこと無いし、俺の周りにもそんな奴いないしな~。しかも、意味不明で覚えも無い言いがかりをつけられて、それで嫌がらせするって、どんだけ暇なんだろうね?その幽霊とかオバケってさ。」
長々と自分なりの考えを並べているうちに、西洋人形は井戸に戻っていて、三回目の登場をしていた。
少し歩くと、今度は昔殺された英雄が話しかけてきた。
《私と共に剣を取ってくれ!君ならあの悪魔のような怪物も倒せる!さあ!『勇者の剣』を持って、いざ行こう!》
バーチャルの世界だけあって、イケメンの英雄が出てきた。
佳正は英雄の前を素通りし、『悪魔のような怪物』=最後の敵と認識すると、口元を弧にして笑みを浮かべる。
最後の敵は、映画のスクリーンのようなところから、やはり3Dで現れてきた。
決闘の場所には雨が降っているようで、壁や天井の仕掛けから水滴が出てきて、佳正の顔や服を濡らしていく。
「ああ。だから、カッパが売ってたのか。」
受付の隣の自販機で売られていたカッパを思い出して納得すると、画面上に出てくる敵の急所を数か所蹴る。
正直な話、ストレス発散に来ていた佳正にとって、怪我をさせずに済む喧嘩はこの上ない、極上の、究極の幸せな時間だった。
《お前ごときに~・・・この俺様が~!!!》
ギャーッと騒ぎながら崖を落ちていく怪物を見ることなく、佳正は出口を出る。
「・・・。あーあ。意外と普通だったな・・・。」
そう言って、一階までエレベーターで降りると、買い物を始める。
牛乳とヨーグルトと冷凍食品とパンと詰め替え用のコーヒーとお刺身と納豆とカップ麺一箱と温めるだけでいいご飯一箱とスパゲッティの麺・蕎麦・うどんを各五袋とビターチョコレートのお菓子とクランチチョコとトイレットペーパー六ロール入っているものを買った。
会計を済ませる前に、携帯で自分のところで働いている青年を呼び寄せる。
しばらく待って青年が息を切らせて佳正の前に来ると、佳正は会計と荷物持ちを頼んで、さっさとビルから消えていった。
一人残された青年は、重たい荷物を何とか駅前の超高層ビルの最上階まで運んだようだ。
「ていうか、見てたなら助けてやれば良かっただろ。」
『有馬定食屋』と書かれた暖簾をくぐって、中にいた男が、目の前でパソコンをいじっている男に喋りかける。
「まあ結局、ブラックは自由奔放だということが確実になったよ。」
「・・・最初から分かってたことだろ?そもそも、有馬が迷路に行ったことも吃驚だよ、俺は。」
「ブラックを尾行したら迷路に入っちゃったんだから、仕方ないだろ。大須賀も行ってみなよ。まあ、怖がりの大須賀は一人で入れないだろうけど。」
「なっ!!」
有馬はパソコンの『ブラック佳正』と打たれたフォルダを開けて、今日収穫した情報を入力する。
数日後、佳正は有馬に尾行されていたことを、口を滑らせた大須賀によって知らされる事となった。
「・・・有馬くんも、やってくれるね。」
「悪ィ・・・。有馬。」




