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ダリア  作者: うちょん
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モザイク

     命というものは、儚いからこそ、尊く、厳かに美しいのだ。   トーマス・マン




































          第三話   【 モザイク 】





















  『孤独な群衆』

  アメリカの社会学者・デイヴィット・リースマンの『他人指向型』の考え方である。

  


  確かに、今の時代、異質なものは取り除かれてしまう。排除。

  一人を嫌って、周りとの同化を好む。一方で、同じ服は嫌だとか言っている。行動や思考に関しては同一を望みながらも、自分を主張したいと思っているようだ。

  『群衆』なのに『孤独』?と、違和感を覚える人もいる事だろう。しかし、そういうことを頭に置きながら、人間を観察するのは非常に楽しい。


  電車の中で携帯を使う人を良く見かける。かくいう智久も使う。

  メールだけならともかく、何の躊躇いも無く、電話をする人もいる。イヤホンから音漏れしている若者もいれば、化粧をしているOLもいて、マスクもせずに咳をするサラリーマンもいる。とにかく大人ぶって話をしている子供や、子供を注意しない親もいる。

  智久はそんな電車から早く降りたかった。そして、新鮮な空気を吸いたかった。

  駅について、足早に改札を抜ける。途中で抜いた女性からは、化粧の濃さを象徴するような臭いがして、息を止めていた。




  勝負を仕掛けるために準備をしに、某ビルの前に来た。まあ、某ビルとは示したが、分かる人には分かる通り、佳正がいるビルだ。

  ビルの最上階で仕事をしている佳正だが、一階下に住んでいるらしい。ビルの内装を、マンションのようにして、文字通り“豪華”な部屋となっている。職場と同様で、その階全てが佳正の部屋となっていて、その部屋で待つように言われた。

そんなに広い部屋が必要なのかと思ったが、趣味で集めてる本、それもマンガから、小説に参考書、何が書いてあるのか分からない文献や新聞の切り抜きなどなど・・・。それが部屋の二分の一を占めていた。

  部屋の隅にあるクローゼットには、何枚も同じ服が入っているし、たまに違う服が混ざっていると思えば、色違いなだけの同じ感じの服だった。

  そして、ダブルベッドがどーんと、クローゼットの前に置いてある。なぜか枕は三つあって、そのベッドの脇にちょこんとある小さめの机には、携帯とパソコンが置いてあった。その机が置いてある後ろの壁にはコルクボードが三つ掛けてあり、いろんなメモが貼ってあった。

  佳正が上階から降りてきて、自分の部屋へと戻ってきた。いつものTシャツにコートを羽織った格好で、机の上の携帯をポケットに入れる。パソコンを持ったと思ったら、そのままゴミ箱に入れた。

  パソコンは燃えるゴミでは無いし、だからといって燃えないゴミとして出しても、収集車に持って行ってはもらえないんだけど・・・。

  「有馬くんと大須賀くんは?」

  「外にいる。」

  「此処で一緒に待ってても良かったのに。」

  ドア付近の壁に寄りかかっていた智久は、背中を離して佳正の方を見る。佳正はいつものようにニコッと笑いながら、ドアノブに手を掛けドアを開ける。智久も部屋を出て、外で待っている二人のところへ向かう。

  そこへ行く途中、エレベーターの中で、佳正に問いかけた。

  「まだ百%利堂が敵だと決まったわけじゃねえんだぞ。いいのか、お前。」

  そう。利堂が怪しい、利堂が内通者であると推測し、さらには佳正の職場から盗聴器なんかが見つかったから、それは確信へと繋がった。・・・わけなのだが、利堂がやったという証拠は何一つ見つからない。防犯カメラを確認したところで、利堂が部屋に入って行くのも出ていくのも、全然おかしい話では無い。

  指紋を調べてみたが、やはり残っていなかった。見つかる事まで想定していたんだろうか。真意は分かりかねるが、利堂が一番怪しいのだから、仕方ない。佳正のパソコンのパスワードも知る可能性が高く、その技術に優れていて、尚且つ人当たりが良よくて佳正との相性がいい奴は、竜牙と空閑からしてみれば、イイ道具だったんだろう。

  「智くん、何を今更言ってるの?まーくんの正体に気付いた時から、こうなる事は予想してたよ。それに、まーくんは嫌いじゃないけど、プライベートの情報まで掴まれたのを、俺は黙って見ている事は出来ないからね。」

  「喧嘩は喧嘩でも、命懸けだぞ。向こうは喧嘩じゃなくて、殺し合いをしに来てるのかもしれない。佳正が、妹のことで他人を信じなくなったのは分かるが、これは世間に対する復讐でも何でもないんだ。牢屋行きになる可能性だってある。」

  「・・・。俺は人を信じて無いわけじゃないよ。」

  エレベーターが一階について、音を出しながら扉を開く。佳正が歩き出し、その後を智久がついて行く。その背中からは、佳正がどういう表情をしているのかは、分からない。

  「俺は、“自分を”信じてないんだ。」

  そう言うと、佳正の目の前の扉が開いて、佳正は外へと吸い込まれていった。智久もその後を追っていき、有馬と大須賀に落ち合った。

有馬は横型ショルダーバッグを右肩から斜めにかけていて、その中にはパソコンやら資料、他にも携帯から財布から入っている。

大須賀はラグビー型のナイロンボディバッグを背中にかけていて、有馬と同様、携帯に財布・資料が入っている。違うのは、パソコンでは無くて、カメラと現像した写真が入っているくらいだろう。

  「で?どこに行くんだ?」

  大須賀が佳正の背中に質問した。佳正は足をピタリと止めて、くるりとこっちに向き直した。

  ―まさか、何処に行くのか考えて無かったとか、何処に行けばいいのか分かんないとか、今になって言わないよな・・・。

  「俺達は街をブラブラするよ。そうすれば、向こうから勝手に近づいてくるから。」

  「何か仕掛けたのか。」

  智久の問いかけに対して、佳正はニッと笑っただけだった。また智久達に背を向けると、歩き出してしまい、とりあえずその後をついて行くことにした。

  歩き始めてすぐに、有馬が智久に話しかけてきた。

  「俺とブラックで、その利堂って奴が良く使うサイトに、色々書きこんだんだ。もちろん、複数の奴になりすまして。」

  空閑が利用するサイトでも良かったのだが、空閑は用心深いし、そういうとこからの情報はあまり信用しないだろうと判断したかららしい。利堂なら、小さな事でもとりあえずは竜牙と空閑に報告するだろうと言う結論に達したようだ。

  まあ、その書きこんだ内容と言うのは、警察が拳銃を一般人に売りつけているという噂が立っているだとか、麻薬捜査官が密輸ルートを特定し、囮捜査を行うだとか、そんなもん。

  本当は、竜牙と空閑の家族の事を軽く流しても良かったんだけど、証拠を消されても面倒だから、そこまでは書かなかったという。

そこまで書けば、少なからず、今までのような行動は取れないだろう。街中で拳銃をぶっ放したり、ヤクに蝕まれた身体のままで街をふらついたり・・・。警察全部が敵に回ったとしたら、それは簡単な事ではないが、今はそうではないと信じるしかない。

「あれを書いたのが俺達だっていうのは勘づいてると思うから、消しに来るのも時間の問題。こっちからわざわざ出迎えに行く義理はないし。」

「警察に嗅ぎつかれたら、俺達が檻の中かもな。」

有馬は智久の右斜め後ろを歩いていて、欠伸をしている。大須賀は智久の左斜め前を歩いていて、両手を頭の後ろに持ってきている。このフォーメーションは、昔からの癖なのだろうか。

  「ねえ、何でそんな形で歩くの?なんか不気味。」

  佳正に言われて、有馬と大須賀も気付いたらしい。やっぱり、癖になっていたんだろうか。

  「あ。ホントだ。いつもの歩き方してたな。」

  大須賀が後ろを向いて笑った。流れで、智久も後ろを見ると、有馬はやっぱり欠伸をしていて、智久達に見られているのが気に障ったのか、眉をピクリと動かした。

  「・・・気になるなら止めるけど。」

  拗ねた子供みたいな事をいうもんだから、笑いそうになった。それは大須賀も同じだったようで、正面に向き直して、歩き出した。

  「気になんねえよ。ちゃんとついてこいよ。」

  智久がそう言って、大須賀の後に歩く。佳正が智久の隣に来て、ニコニコしながら聞いてきた。

  「いつからこういう歩きなの?」

  「さあ?三人で歩くときは、気付くとコレになってる。」

  「へえ。仲良いんだね。」

  厭味なのか、本心なのかは分からないが、佳正は口元を弧にして笑う。智久も気になっていたことがあり、直接本人に聞くことにした。

  「佳正とレオナは、本当に妹の事だけで喧嘩したのか?前に『白黒はっきりつける』って言ってたけど、どういう意味だ?」

  智久の問いから逃げるように、話題をドラマの話に変えようとしたから、自分の足で佳正の足を軽く蹴った。

  「逸らすな。」

  ケラケラ笑いながら、コケそうになった身体のバランスを取った佳正は、ポケットに手を突っこんだまま、歩き続けた。ココで転べば、少しは人間らしいと思ったんだけどな、と心の中で思ったものの、この歳で転ばれてもなんか見たくないな、とも思った。

  「レイちゃんとの喧嘩の理由は第一にソレだよ。それは嘘じゃない。一番腹立たしいのはレイちゃんに対してなのか、自分に対してなのか、それは俺にも分からない。レイちゃんと白黒つけたい事は、単にどっちが強いかってことだよ。俺とレイちゃんは何度も喧嘩したけど、その度に警察が来ちゃったり、暴力団が仲裁に入ってきたり、後は智くんたちの喧嘩で吹き飛ばされた奴に邪魔されたりしたから。」

  ―・・・。

―謝ればいいのか、笑えばいいのか、それとも説教すればいいのか分かんねえよ。

  そもそも、なんで学生の頃の喧嘩を、暴力団が仲裁すんだよ。暴力団の喧嘩に巻き込まれる事はあっても、仲裁されることなんて奇跡だろう。どんだけハードでデンジャラスでバイオレンスな喧嘩を繰り広げていたのだろうか。

  ―もしかしたら、その暴力団が、イイ暴力団だったのか?え?イイ暴力団ってなんだ?




智久がどうでもいいことで頭を抱えていると、佳正が智久に向かって言った。

  「なんか、俺達の喧嘩がスゴイみたいになってるけど、それよりも智くんたちの喧嘩の方が、激しかったんだからね。なんせ、道歩いてて、いきなり血だらけの人が匍匐前進で大通りに出てきたり、智くんとすれ違った暴力団が礼儀正しく一礼してたんだから。」

  「・・・んなわけないだろ。暴力団だぞ?俺そのころ学生だろ?」

  そんな事実を認めるわけにはいかなくて、いや、認めても良かったんだけど、常識的に考えて、それは有り得ないだろうし、あってはならない事だ。

  「「あったよ。」」

  有馬と大須賀が声を揃えて答えてきた。二人は、それが日常茶飯事だったため、あまり気にしていなかったという。

―確かに、この街に戻ってきてコンビニに行った時、同じくらいの奴がヤンキ―に囲まれているときも、借金取りを見かけてガン見してたときも、俺と目が合うとピシッと姿勢を正していたような気がする・・・。そのときは、誰か上の人でもいたのかと思っていた。それにしたって、学生ごときに頭を下げるような暴力団って・・・。

  「まあ、智くんはそれほど強かったんだよ。暴力団相手だろうと、何でもしでかすヤンキ―だろうと、正義を語る警察だろうと、自分の仲間に手を出した奴らには、痛い痛い愛の鞭を贈ってたからね。もっとも、智くんの仲間に、警察沙汰を起こす奴も、犯罪に手を染める奴もいなかったけど。そこは、智くんがちゃんと指導?してたようだからね。」

  噂が一人歩きしているわけでもなさそうで、智久は俺がよく分からなくなった。有馬も大須賀も佳正の言っている事を否定しないし、特に驚く様子も無かった。

  自分の事を、自分以外の人間の方が知っているというのは、なんだかむず痒いというか、気持ち悪いと言うか、なんとも釈然としないものだ。覚えていないものはしょうが無いと諦め、智久達はただ目的も無く歩き続けた。

  サラリーマンが行き交う大通りから、店が立ち並ぶ繁華街、女たちが声をかけてくる裏通りに、野良猫や野良犬が餌を探している路地裏、親子が遊ぶ公園まで色々と見てきた。そして、先日亡くなった仲間の墓参りにも行った。




  「おや、君は・・・。」

  智久達が一斉に振り向くと、世話になった住職がいた。年齢はよく分からないが、とても安心出来る空気を纏っているその人は、智久達の顔を一通り見ると、墓へと視線を移した。

  「あんときは、ありがとうございました。それから、無理言ってすいませんでした。」

  身体を正面に向けて、謝罪と御礼を綴る。智久の言葉と動作に合わせるようにして、有馬と大須賀、佳正も礼をした。

  住職は柔らかく微笑むと、これから何が起こるのかを見透かしたように、真剣な眼差しを向けてきた。枯れた花に、燃えカスしかない線香、水は少ししかかけていない。粗末だと思っただろうか。

  「また、ここに花を供えに来てくれますね?」

  傍から見れば、花の一本でも変えろとか、線香くらい買ってこいとか言われそうな光景なのだが、智久達にとって、今ソレをする事は出来なかった。

  殴り合いの喧嘩、警察に捕まるくらいの可愛い喧嘩ならまだしも、今回の喧嘩は、今までのとはわけが違う。相手は権力を握っていて、金で人を動かせる。拳銃を持っていて、ヤクで頭がイカレタ奴だっている。殺さないと殺されるだろう。

  でも、それは出来ない。智久がするのはあくまで“喧嘩”だ。相手がこの喧嘩をどう思っていようとも、智久にとってはただの喧嘩なんだ。いつもより本気を出さなきゃいけない喧嘩。ただ、それだけだ。

  智久は、またフッと柔らかく微笑んだ住職を真っ直ぐ見た。

  「これから何かあるのでしょう?それが終わったら、花を供え、お線香をあげ、水をかける心算なんですね。なにがあるのかは分かりませんが、命だけは大切にしてください。」

  住職はそう言い残すと、智久達に背を向けて、寺の方に戻って行く。心地いい風が走り抜けていく中、智久は住職の背中に一礼した。万が一の事があっても、あの人なら墓参りしてくれそうな気がした。そういう事は考えたくないが。

  「・・・じゃ、戻るぞ。」

  寺から出れば、そこはいつもの街。来た道とは逆の方へと進み、ある店の前で立ち止まった。

  そこは有馬の定食屋。・・・なのだが、どうも様子が違う。というよりも、明らかに違う。

  その理由は簡単だ。店がめちゃくちゃに壊されていたのだ。扉はバットか何かで壊されたのであろう。ガラスが店の中に散らばっていて、中に入ってみれば、机も椅子も壊されていて、厨房の方も荒らされていた。有馬の親父さんが大切にしていた暖簾も、靴で踏みつけられた上に、切り裂かれていた。

  「・・・となると、大須賀んとこも佳正んとこも、俺んとこも?」

  有馬のとこだけ狙うわけないから、きっと今頃他のとこに行って荒らしているに違いない。まあ、それも想定内であるから、みんなを集めて、大事なものも持ち歩いてるわけなのだが・・・。

まさか、こういうチンピラみたいな事をするとは思っていなくて、多少は驚いた。一昔前のいじめのような事をして、智久達を怒らせようとしているのか、それとも別の狙いがあるのか・・・。まあ、それはそれでなんとかしよう。

  「有馬、大丈夫か?」

  何も言わない有馬に、大須賀が聞いた。有馬はいつもの眠そうな目のままでいて、店を眺めながら、ため息をついて答えた。

  「ま、直せばいいだけだし。この借りはきっちり返すし。」

  それを聞いて安心した智久達は、こっちからも喧嘩を仕掛けた方がいいのかと考え、GPSであいつらの場所を特定することにした。

  有馬がパソコンを取り出して調べている間に、大須賀はカメラで壊れた店の風景を撮った。佳正と俺はヤフオクで落札した『指紋採取セット(本格的な)』で、取れそうなとこを見極めて指紋採取をした。それを汚さないようにしまって、あとで有馬に鑑定してもらう事にした。

  警察でもないのに、指紋を特定することが出来るのかと疑問に思う人もいるかもしれないが、有馬だからできるのだ。智久達が集めた、そういうノウハウを持った人からの情報や、ハッキ・・・まあ、色々なところから収集した情報の塊が、あの有馬のパソコンなんだ。

  「出たよ。多分、大須賀の家を出たところかな。西の方に向かってる。」

  「よし、じゃあ行くか。」

  ・・・とは言ったものの、西だの北だの言われても分からないから、智久は大人しく佳正についていく。大須賀の家の近くまで来たところで、有馬の足が止まる。この周辺にいることを察した智久達は、辺りを見回す。




  カラカラ・・・と音がして、後ろを向くと、約五〇人・・・下手したら百人いるかもしれないガラの悪い連中が立っていた。その手には、なぜかボコボコのバットや、光るナイフ、でも拳銃を持っている奴はいない。バットやナイフ程度ならなんとかなるだろう。

さらに、智久達が向かおうとしていた道にも同様の奴らが立っていて、どいつもこいつもニヤニヤしている。

  パッと見た感想としては、ムカつく、といったところだろうか。金髪や茶髪までなら可愛いもんだけど、目の前のこいつらの髪の毛はカラフル過ぎて眼がチカチカする。

赤やピンク、緑や紫にゴールドのメッシュときたもんだ。なんの集団なんだ、目を眩ませようとしてるのかと、深読みしたくなるほどカラフル過ぎる。だから何かムカついてしまう。

  智久は別にカラフルを毛嫌いしているわけじゃないし、それは個人の自由だから何も言わないけど、常識の範囲内の色にしてほしかった。髪を染めているんだから、そういう色も売っているんだろう。

そして、自分の好きな色なんだか、好きな奴が好きな色なんだか、もしくは目立つためだけに選んだ色なのか、それも知らない。

・・・だが、見ていて気分悪い。人には人に合った色があるだろう。日本人には日本人に合った色があるだろう。黄色と黒を交互にしている警戒色の奴は、一番理解しがたい。

―そこまでしなくても、誰もお前になんて近づかねえよ。

  智久があからさまに嫌そうな顔をしているのを見て、バットを握りしめ出した。

  こいつらにまで拳銃を持たせれば、自分たちの足がつくと考えたんだろう。空閑の考えそうなことだ。自分が巻き込まれるのは嫌な癖に、いろんな奴を巻き込んで、事を荒立てるのが好きな奴なんだ。賢明といえば賢明なんだが。

  「さてと、どいつからブン殴りゃあいいんだ?」

  「最終的には全員殴んだから、誰からでも一緒じゃねえの?」

  「怖~い!」

  佳正だけがケラケラ笑っていて、それが相手にとって気に入らないようで、いきなり佳正にバットで襲いかかった。当たったのか当たって無いのか、最初は分からなかったけど、当たってない事が判明した。佳正が腕でバットを止めていたのがちらっと見えたからだ。

  「俺に襲いかかったってことは、何されても文句は言えないよ?それも分かってるんだよね?」

  ニッと口元が笑ってはいたものの、相手を捕えたその眼は、狩りをするハイエナのようだ。相手から視線を逸らす事無く、バットを止めていた腕でバットを掴み、相手の脇腹に一気に突く。

  急にきた痛みで足がふら付いた相手に、容赦なく顔面パンチを送る。鼻が折れたんじゃないか、いや、顔面骨折したんじゃないかと思うくらいの豪快な音が聞こえた。細身でよくあんな力が出るもんだと感心する。

  まさか襲いかかった巨漢の男が、その半分ほどしか無い佳正に一撃でやられるなんて、智久でも思って無かった。お天道様でも思って無いと思う。

  佳正の強さをよく知らなかったというのもあるだろうけど、そもそも佳正の喧嘩の風景なんて、見る機会が少ない。いつだって傍観者だった奴の実力は、智久には計り知れない。

  まあ、レオナなら知ってるのかもしれないが・・・。考えてみれば、レオナと互角にやり合えんだから、強いっちゃあ強いんだろう。ただ激しく動いて喧嘩するのが、面倒なだけなんだろうか。




  特攻隊長らしき男が倒されたから、一瞬後ずさりをしていた連中が、沸点を超えた怒りをぶつけに来た。人数は多いものの、それほど強くは無い。手加減してやる理由も無い。

  佳正は、殴った奴からバットを奪って有馬に投げた。バットを竹刀として使えと言う事だろう。有馬にもソレは伝わったようで、構えに入った。有馬が弱いと勘違いしている奴らが、数人で襲いかかるが、見事に撃沈・・・。

  スピード・体重・瞬発力・武器の重さなどから導き出した、総合的な攻撃力を判断して、狙うべき部位や順番を計算してる。集中力が断トツなはずだ。目の前のものにしか意識を集めないわけじゃなく、風の僅かな動きや、人の気配を感じながら、相手が何処から来るかを予想しながら竹刀(正確にはバット)を振る。

  智久も適当に倒してはいるが、大須賀が大丈夫かと思って確認してみる。すると、大須賀はなぜか相手を正座させていた。そいつらはどうも、もともと智久達の仲間だったようで、腕組をしたりため息をつきながら説教をしているようだ。

  その大須賀を後ろから殴ろうとした奴がいたから、智久はそいつの首根っこを掴んで、近くの壁に顔面から押しつけた。めり込んだ顔が、どういう顔かは見えなかったけど、まあ興味無いから別に何だって誰だって良いだろう。

  「平気か?」

  「おう、悪いな。」

  まだ腕組をしている大須賀の足下には、一〇人か、それ以上の奴らが文句も言わずに正座をしていた。そして、智久が大須賀の近くまで行った途端、一気に土下座をしてきた。その綺麗に揃った土下座は、気持ちよくもあり、気持ち悪くもあった。

  智久が驚いていると、大須賀がまた続けた。

  「いいかお前ら。そんな風にいつまでも金金金って生きてるから、今みたいな立場に留まってんだろうが!五十嵐に土下座を続けろ!そして一発ずつ殴ってもらえ!五十嵐の一発は、この俺からの一発だと思え!さあ!五十嵐、こいつらを殴ってやれ!」

  「・・・・・・・・・・・・は?」

  ―とりあえず殴ればいいみたいだが、どうして俺が殴んなきゃいけないんだ。

  突拍子もない事を言われても、と困ったものの、いきなり智久の前に一列に並び始め、元気よく『お願いします!』と言われた。大須賀の方を見れば、大須賀は大きく頷いた。

  何頷いてんだよ、と大須賀に一撃喰らわそうとしたが、諦めてこいつらを軽く殴る事にした。

―殴るのだって疲れんだかんな・・・。

  殴り終わると、大須賀のもとに戻り、みんなで大須賀を取り囲む形を取り出す。

  「「「兄貴と呼ばせてくださいっ!!」」」

  「いいぞ!許す!」

  ―なんなんだ、この茶番劇は・・・。

なんか分からないけど、大須賀がこいつらの上に立ったらしい。大須賀にはこんな能力・・・才

能?があったのかと初めて気付いた。

―しかも何許してんだよ。そういうことをするために喧嘩してんじゃねえぞ・・・。

  目の前で繰り広げられる理解しがたい行動の数々に、智久は頭を悩ませた。

大須賀が昔から年下、年上に係わらず好かれやすいことは知っていたが、こうも簡単に敵を取り込むとは思っていなかった。

  「智久。」

  「あ?」

  有馬に呼ばれて振り向くと、有馬が掛けていたショルダーバッグを投げられた。顔面ギリギリで受け止めて、頭に?を浮かべながら有馬を見る。有馬はバットで相手を薙ぎ倒しながら、智久に叫んだ。

  「それ持って、先にココ離れて。ブラックも一緒に行って。俺と大須賀、それに大須賀を兄貴なんて呼ぶ馬鹿な連中と、ココはなんとかするから。」

  「お、それがいいな。ほら。」

  そう言って、大須賀も自分の荷物を智久に渡してきた。智久はパソコンもカメラも使いこなせないというのだが、そうも言っていられない。佳正も同じことを思ったようで、智久の方を見た。

  「・・・わかった。でも・・・。」

  バッグに入っていた携帯を二人に投げた。連絡が出来なくなったら、どうしようもない。

  「それは持っとけ。」

  有馬と大須賀は携帯を受け取って、自分のポケットにしまった。大須賀を兄貴と慕う連中が出来たことは予想外だが、こいつら相手に無駄な体力を使うわけにもいかなくて、智久と佳正は、情報の入った二つのバッグを握りしめてその場を後にした。

  正直、不安が残る。後ろ髪を引かれる感覚があった。

  それは喧嘩に勝てるか勝てないかという事だけじゃなくて、警察に捕まらないかとか、一般人を巻き込まないかとか、実はあいつらは拳銃を隠し持っていて、撃たれやしないかとか・・・。

  それは強い弱いの問題ではない。智久が巻き込んだこの喧嘩で、犠牲者や逮捕者が出てはいけないと考えているからだ。

勿論、警察にお世話になるかもしれないが、それも避けたい。出来るだけ人に見られないように喧嘩を終わりにしたい。それだけだった。

  本来、智久が責任を取れば解決する話だ。もともと智久がこの街を統制していたのだから、佳正やレオナもこんな事に巻き込まれる事は無かったはず。智久が記憶を失わずに、この街で生活を続けていたなら、智久が代表して一人で喧嘩したって良かったのだ。

  でも、現実問題、巻き込んでしまった。有馬も大須賀も佳正もレオナもその他の連中も。死ななくて済んだ奴らがいた。あの時、何が何でも突き放しとけば、こんな事態を招く事は無かった。




  五分くらい小走りすると、駐在所があった。警官が外に立っていて、何やら無線で連絡を取り合っている。もしかしたら、あっちの喧嘩が通報されたのかもしれない。もしそうなら、竜牙達が見張っていたのだろうか。

  智久と佳正は、警官がたまたま通りかかったシートベルトをしていない車に目を奪われているうちに、そそくさと駐在所の前を通り過ぎた。智久とか佳正、レオナ辺りは、警察に顔がワレてるから。とは言っても、誰一人として、殴り合いを見られたわけじゃなくて、ただ係わっているという点から、逃げてるというのか、避けてると言うのか・・・。

  特に、智久は警察に殴りそうになったことがあると聞いた。今警察に構ってる暇はない。面倒な事は一つでも多く排除して、今からの喧嘩に備えなければいけない。

  正義感を掲げていることは素晴らしいとは思うが、それを逆手に取ってる奴もいると思うと、本当に虫唾が走る。

警察と一般人では、世間はきっと警察の言う事の方を信じるだろう。それを見越した上での行動なら、それは許し難い。

  「さて、智くん。すごく不愉快な視線を感じるんだけど、気のせいかな?」

  「・・・安心しろ。俺もだ。」

  佳正と意見が一致したところで、その分かり切った視線の正体の方を向く。

  そこには、金髪を掲げ、左中指に指輪、ネックレスまでした竜牙宗介と、黒の短髪を持ち、ガムにパソコン、音漏れしたヘッドフォンを首に掛けた空閑珪がいた。

それに加えて、茶髪を携え、左耳に二個と右耳に一個のピアスをした、利堂雅孝。

  竜牙はヤクのせいか、目がイッてる。その手にはまだ拳銃は握られてはいない。空閑が利堂にリボルバー式の拳銃を一丁手渡したと思ったら、智久達の方に歩いてきた。いつものような笑みは無く、真面目な顔というか、無表情というか、とにかく感情が読み取れない顔つきだった。

  「やっぱり、まーくんはスパイだったんだね。」

  微妙な空気を打ち破ったのは、誰であろう佳正だ。利堂が近づいてくるのと同じ距離で、佳正も近づいて行く。

  「ああ。やっぱバレてたんだ。あんた、何考えてんのか分かんないからさ。」

  「お互い様でしょ。まーくんだって、作り笑いしてるからよく分かんなかったよ。」

  智久が佳正の方に行こうとすると、足下に一発撃たれた。それは利堂からじゃなくて、空閑からの発砲だった。やはりサイレンサー付きだ。サイレンサー付いてるのってカッコいいとか少し思ったが、そんなこと決して口にはしない。

  佳正に向けられた銃口と冷たい視線は、今この場の空気を一変させた。

  竜牙はもう拳銃が撃ちたくて仕方ないようで、フラフラしながら、空閑に縋っていた。空閑は面倒臭そうに、竜牙を落ち着かせる。それでも言う事を聞かない竜牙に、ため息をつきながら拳銃を手渡す。・・いや、拳銃は拳銃でも、先日使っていた改造銃だ。そしてオートマチック式。

  それがどうやって作られるのかなんて智久には分からないし、拳銃自体に興味を持った事がない。硝煙反応が出ないようにする方法があることは知ってるし、街中で使うもんじゃないことも知ってる。ちなみに、リボルバー式とオートマチック式を知っているのは、ルパンの影響だ。

―その常識中の常識を覆して、こんな街のど真ん中で使う馬鹿がいんのかよ。目の前にいるけど、馬鹿っていうか、狂ってる奴らだから。

 智久の後ろでは、佳正と利堂の一騎打ちが始まっている。利堂が武道と拳銃を上手く使い分けていて、佳正は武道では勝っていると思うが、弾に当たらないように反応する度、顔が歪んでいた。

  ―まあ、俺は俺でやるしかないってことか。

  そう判断した智久は、とにかく二人を視界から外さないようにした。どっちが撃って来るにしても、当たったら最後だ。人間である以上死ぬだろう。

  竜牙がなりふり構わず撃ちだした。壁や地面、空に向かって放たれた弾は、勢いよくめり込んだ。やっぱり威力がケタ違いだ。普通の拳銃なら途中で止まる可能性もあるが、あの銃の威力だと、骨も筋肉も貫通しそうだ。

  拳銃の弾を使い切ってしまった竜牙は、空閑に弾丸を求める。弾切れした改造銃を振り回しながら暴れ出した竜牙は、空閑にも手に負えないようで、ため息をついていた。

  傍から見れば、とても気持ち悪い画になっている。男が男の足に縋っているのだから・・・。

  竜牙が空閑から離れて空砲を天に向かって撃ち続ける。




  「危ねーだろーが。んなもん振り回してんじゃねえよ。」

  竜牙の動きが止まる。その理由は、改造銃を握りしめている腕の、手首の部分を強く握られているからだ。誰がって、そりゃあ・・・。

  「レオナ!」

  紛れもなく達見レオナだ。どうしてこいつが此処にいるんだと思った。それに、佳正も気付くと同時に不機嫌な顔をした。

―レオナには今日のことは何も言っていないはずなのに、ピンチの時に出てくるなんて、ヒーロー以外の何物でもないぞ!

  レオナは、掴んでいた腕を思い切り捻って、片手で突き倒した。それによって、竜牙は前のめりに倒れて、顔面を地面にぶつけた。その動作をしながら、この場の状況をみて、すぐに把握出来たようだ。目を細めてため息をつき、この場を去ろうと身体を反転させたら、竜牙がその足を掴んだ。

  一連の動きが華麗過ぎて、ただの通行人のようにも見える。

  「うわあぁああぁあぁあああぁっっっ!!!」

  レオナの足を潰すほどの力で握りしめ、近くの壁に叩きつけた。すごい破壊音が聞こえてきて、埃のような煙も立っている。

竜牙は空閑から交換用を受け取ると、オートマチック特有の素早い再装填をした。その動作が気味悪かった。

  ―薬って怖いな、絶対やらねぇ・・・。

  「・・・ってえ。」

  レオナが腰を押さえながら智久の方に歩いてきた。足を重心にして、遠心力の力で叩きつけられたせいで、背中や肩に多少ダメージを喰らったようだ。それでも、表情としては余裕そうで、痛いという顔はしているものの、犬に軽く噛まれたような感じだ。

  一方の佳正は、レオナが吹っ飛ばされたのを見て、楽しそうに笑ってた。

  「レイちゃん笑える。綺麗に壁にダイブしたね。」

  「うるせえよ。俺はただたこ焼き食いに行くとこだったのに、なんでこんな目に遭わなきゃいけねえんだ?」

  「日頃の行いが悪いからだよ。」

  「はっ。それならお前には負ける。」

  なんだかこの二人が喧嘩を始めてしまいそうで、それを阻止しようとした智久だったが、その必要は無かった。竜牙が復活したことで、レオナの標的は、とりあえず竜牙に戻ったからだ。

  苛立たしげに、本当に苛立たしげに竜牙を睨みつける。

  「しつけえ野郎だな。」

  一旦視線を竜牙の持っている改造銃に移し、視線をまた竜牙の顔に戻す。

  「正当防衛だからな。過剰正当防衛ではない事は理解しておけよ。」

  そう言うと、レオナは何の躊躇いも無く突っ込んでいく。

最初はどうしたもんかと思ったが、よくよく考えてみれば、こいつは暴力団の番犬だ。暴力団の番犬ということは、相手も暴力団だろう。暴力団が使ってる拳銃は、そのほとんどが改造銃だと聞いた事がある。

だから、レオナにしてみれば、改造銃はそれほど恐れるものではないのかもしれない。

  そんな悠長な事を考えていると、空閑が引き金を引く音が聞こえた。バッと見ると、智久を狙って撃ってきた。間一髪で避けて、智久は空閑と喧嘩することに決めた。

  「五十嵐智久。しょうがないから、俺が相手してやるよ。」

  「そうかよ。悪いな。」




  「さすがだね、まーくん。俺に隠れて射撃の練習を欠かさなかった成果だね。」

  「そこまで知ってて、なんで早く咎めなかったんだ?同情か?」

  「同情~?するわけないでしょ。まーくんに如何なる理由があっても、俺に刃向かった以上、完全な敵と見なしてるから。敵に情けは無用でしょ?」

  佳正が馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、両手の肘と手首を曲げて、首をフルフルと左右に振っている。

雅孝は、そんな佳正の行動にも慣れているようで、腹は立たないようだ。両耳のピアスが嫌に妖しく光る。見た事のない不敵な笑みは、今まで佳正が見てきた雅孝のものでは無かった。

  サイレンサーをつけても意味の無い拳銃故に、撃つごとに、発見される危険性が増すということなのだが、そんなの気にしていないようだ。この場所のせいかもしれない。

  警官さえも知っているか分からないような裏通り。普通そんなことがあってはならないが、此処に来るためには、人一人が通れるくらいの細い道を通るか、二m以上はある草むらを抜けてくるか、もしくは道の前にたむろしている水商売の姉ちゃん達をくぐってくるしかない。

  雅孝はピアスをいじりながらも、佳正に銃口を向けるのを止めない。挑発するかのように笑うだけである。

  「じゃあさ、俺がどうやって空閑さんたちと連絡取ってたかも分かってるんだよね?」

  「そんな事?携帯もパソコンも二台ずつあるじゃない、まーくん。青の携帯と赤の携帯。それにそれぞれ青と赤のカバーをかけたパソコン。連絡してた内容も言って欲しいなら言ってあげるよ?」

  二台の携帯とパソコンを常に持ち歩いてはいたものの、青の携帯とパソコンは、鞄の中の隠しポケットに入れていて、佳正にバレることは無いと思っていたようだ。それに、超薄型の上に小さめのパソコンだから、本人も少し驚いたようだった。

  赤という派手な色を、佳正たちの前で使う事によって、青を目立たない保護色として用いていたのだろう。鞄の中は黒の布で覆われているから、多少隠しポケットのジッパーが開いていても、それほど目につく事は無い・・・はずだった。

  「まーくんの情報収集能力は、そりゃあ一般の人と比べると高かったよ。でもね?上には上がいるんだよね、コレが。」

  得意気に話し続ける佳正を、口元で弧を描きながら見つめる雅孝。二人して何を考えているのかさっぱり分からない。挑発し合っているのか、ただの思い出話をしているのか。

  「俺より上なんて、そんなの空閑さんしかいないと思うんだけど。」

  確かに、空閑のパソコンの知識は半端じゃないし、どうしてIT会社に勤めていないんだと聞きたくなるくらいの技術も持っている。雅孝にしてみれば、一番が空閑で、二番は自分なのだ。

  この二人が組めば、情報で敵う者はいない。・・・はずだった。

  「いるんだよ?世の中には。ほら、俺だってこの世で一番『王子様』が似合うと思ってたけどさ、同じくらい似合う人がいるしね。」

  「・・・それに関しては、俺は知ってたけど。」

  なおも睨み合いが続き、雅孝は赤のパソコンと携帯を取り出して、地面に投げつけた。顔に似合わず乱暴に投げつけたもんだから、携帯もパソコンもヒビが入った。それは証拠として残るんじゃないのかと佳正が様子を窺っていると、雅孝はニッと笑った。

  「もう必要ない指紋も消したし、情報も復元できないようにした。もうただの不燃ゴミだ。」

  「携帯は身元がわれるんじゃないの?それとも、竜牙くんのお父さんに頼んだのかな?」

  「・・・いや、竜牙の家族に違いは無いが、父親じゃない。」

  余裕そうな笑みの雅孝に、疑問符を浮かべる佳正。なんせ、雅孝とこういうやり取りはした事がないため、まだ様子を見ている状態だ。

相手がどう出るか、何を考えているか、今までの雅孝に関する先入観を捨てなければいけなかった。

  「父親意外に頼れる人なんて、竜牙にいるの?ああ・・・。そうか。竜牙の母親か。」

  「・・・!なんでそれ・・・」

  まさかそこまで知っているとは思っていなかった雅孝は、明らかな動揺を見せた。

その様子を見て、佳正は満面の笑みを浮かべる。崩れかかった精神なら、一気に崩してしまえばいい。

  「竜牙の父親は結構な情報が入って来るんだけど、母親の話が一向に出てこないから、気にはなっていたんだよね。それに、上には上がいるっていったでしょ?謎の母親のことを調べてもらってたんだよ。知り合いにね。」

  「知り合い?あの有馬とかいう奴か?」

  嬉しそうに笑う佳正。有馬の実力を最初から信じていたわけじゃない。半信半疑だったけど、智久に賭けた甲斐があった。

  有馬のメカに対する知識も技術も、群を抜いていた。言葉通り、能ある鷹は爪を隠していたのだ。趣味でパソコンをいじっているだけだと思っていたそいつは、人間離れした素早さでキーボードを叩き、冷静な判断力で物事を見極め、必要な情報と不必要な情報を区別する。

  さらには、パソコンだけでなく携帯の方も強い事が分かり、本当に機械全般は一通りいじれることも分かった。それだけでもすごい衝撃を受けていたのに、ハッキングや、警察内部にいなければ出来ないような操作を、いとも簡単にこなしていた。

  ―ビンゴだ。

  心の中でそう思っていた。

利堂のことは、情報収集に長けてるから雇ったまで。自分よりも情報を集められる人材が欲しかっただけなのだから、有馬を見つけてしまった佳正にとって、利堂はもういなくても困らない存在ではあった。

  「まーくんよりも空閑よりも、有馬くんの方が上だね。誰が見てもそう思うと思うよ。まーくんも知ってるんじゃないの?空閑が作ったパソコンを守るソフトが、有馬くんによって全部突破されちゃったこと。」

  「・・・。」

  初めて聞いたのだろうか。余裕そうだった表情が一変して硬くなり、口元も逆弧を描く。

その不機嫌さは、誰が見てもわかるものだったのだが、一人だけ、たった一人だけは、それに気付いていない。もしかしたら、性格上、気付かないふりをしているのかもしれない。

  この、寺内佳正だけは―・・・

  「ハハハ。やっと歪んだね~、まーくんの顔!いつも笑顔の人ほど、歪んだ時の表情って見応えがあるんだよね~。」

  佳正の言葉によって、雅孝の眉間のシワがどんどん深くなっていく。引き金に指をかけ、佳正の頭を狙う。その指を引けば、簡単に佳正を殺す事が出来る。

  「まあ、折角まーくんとこうやって敵になれたわけだし、俺に言いたい事があれば言ってもいいよ?俺も遠慮なく言わせてもらうけどね。」

  「・・・そうだな。あんたも竜牙さんも同じような人種だったし、それほど気にはしてなかったけど、強いて言えば、かなり自分勝手な人だな。我儘。唯我独尊。自分では動かない癖に、人のことは顎で使いまくる。かなり迷惑だった。まあ、それは竜牙さんと空閑さんも一緒だけど。ご飯にしたって俺に全部払わせるし、好きなだけ食って出て行っちまうし、携帯に連絡してもほとんど放置してあって出ないのは、責任感に欠けると感じた。それからお風呂も長い。歌を歌うのもいいけど、何の歌かはっきりしてほしい。自分が暇だからって、忙しい俺にちょっかい出すのも止めてほしかった。夜な夜なコンビニに行って、必要以上の経費が飛んでいった。給料に関しては文句は無い。」

  「・・・まーくん、相当溜まってたんだね。」

  自分で招いた結果のくせに、他人事のように雅孝を同情の目で見ている佳正。不憫だとでも言いたそうな顔をしているが、その原因が自分であることを理解しているのかは謎である。

  雅孝は、言いたい事を言いきったようで、とてもすっきりとした表情になった。今までの疲労を蓄えた表情は何処へやら・・・。佳正を狙っている銃口も、さっきより正確に額を貫く準備をしている。

  ―あとは引き金を引くだけ・・・

  雅孝が集中するのが、佳正にも伝わり、一気に緊張が走る。

  ―ドンッ

  渇いた音が耳に響く。雅孝が撃った弾は、佳正の頬擦れ擦れを通り過ぎた。

  「・・・次はちゃんと当てる。」

  「お~、怖い怖い。」

  二人の間に冷たい風が吹き抜ける・・・。




  「・・・。」

  「みーんな死ねばいいんだよ!!キャハハハハ!!!この銃で、俺が殺してやるよ!!」

  レオナの前には、狂った男が一人・・・。それをどうするわけでもなく、ただ眺めていた。腕組をして、単調な歌を聴いているかのような涼しい顔のまま、未だピクリとも動かない。

  「あー、世界なんて無くなればいいんだよ!俺に従わない奴は、全員コロス。ジジイもババアも、ガキだって殺せばいいんだよ!そうすれば、あー・・・なんて素敵な世界があるんだろう・・・。俺がこの手で世界を変えるんだ・・・。そうだ。一掃すればいいんだよ!世の中なんて!!どうせくだらない奴ばっかり生きてんだ!!!!早く世界が壊れないかなー・・・。」

  「・・・。はあ。」

  どうでもいい演説を、かれこれ十分弱聞かされているレオナは、宗介を放っておいてもいいのではないかとも考えたが、改造銃を持っている人間を野放しにしておくのは、モラルに反すると思い、今この場に留まっている。

もしも相手が佳正であれば、無視を決め込んで去ることも出来るが、相手はヤクの中毒者だ。

どうせこの街で暴れたら、いつか自分が番犬をしている暴力団から、静かにさせろという仕事がくるのだ。それならばいっそのこと、今此処で痛めつけておこうという考えだった。

  それにしても、いつまで自分主役の舞台は終わるんだろうと、宗介の方を見ていた。

  宗介は先程から、改造銃片手に握り締め、両手を天に仰がせながら大声で話し続けている。たまに、通りかかった猫や飛んでる鳥に向かって撃っていたけど、足がフラフラしていて、全く狙

いが定まっていない。

レオナの方にも流れ弾が飛んできて、その度に頭を傾けたり、多少足を動かして避けている。

  冷静さを失った一般人も面倒な存在だが、冷静なままの異常者も面倒なものがある。

  「だーかーらー・・・。あんたも俺のために死んでくれるよな?俺のために今此処で心臓撃ち抜かれてくれるよなー?」

  「・・・。」

  さっきからあまりちゃんと宗介の話を聞いていなかったレオナは、それが自分に向けられたものだとは思っていなかった。ただ冷めた目で宗介を観察していて、気だるそうに身体を壁に預けて、また欠伸をする。

  たこ焼きを食べ損ねたレオナは腹が減っていて、無駄な体力を使わないようにする。

  頭の中では、タンパク質や糖質、脂質を欲しがっている声が聞こえる。早く養分をよこせと急かしてくる。それを宥めながら、なんとか空腹に耐えていた。

  「・・・俺、何してんだろ。」

  ポツリとレオナが呟くと、宗介は銃口をレオナのこめかみにセットした。鼻が触れそうなくらいまで近づいてきて、ずっと笑っている。それが異常であることは一目瞭然なのだけど、止める術は一つしかない。

  「ばィバ~イ?た・つ・み・れ・お・な・ちゃ・ん?」

  ―ブチッ・・・

  瞬間、何かがレオナの中で切れた。レオナ自身にも分からないソレは、一気に脳を目覚めさせて、身体まで動かした。

  宗介が引き金を引くよりも一瞬だけ早く、レオナが反応した。

  弾はレオナの髪の毛を掠っただけで、見事なアッパーを宗介に喰らわした。

顎が外れたかもしれないが、そんなことは今のレオナにとって、本当にどうでもよかった。レオナにしてみれば、今のは単なる悪ふざけ程度の力でしか殴っていないからだ。

  宗介が、自らレオナの地雷を踏むような真似をするから、こうなったのだ。自業自得だ。




  小さいころから、レオナは自分の名前が嫌いだった。

カタカナってだけでも十分変なのに、加えて女みたいな響きだからだ。顔が女の子っぽかったというわけでも、女兄弟に囲まれていたわけでもない。単に、母親がレイちゃんと呼びたかったからだそうだ。

  それがレオナにとっては気に入らなかった。

中学に入れば一気に背は伸びて、顔つきも一段と男らしくなっていった。故に、隠れファンクラブなどというものも存在していたが、それは本人は知らない。女子生徒からの人気もある上に、成績優秀・運動神経も抜群なのが、先輩方からは気に入られない材料となってしまった。

  それで放っておけばいいのに、レオナの性格も喧嘩を売られる要因となっていた。

  クールでいて、与えられた仕事はきちんとこなす。いじめられてる人がいれば、助けに入る。これに関しては、本人は助けていると言う自覚は無く、ただ昼寝の邪魔をされたからとか、そういう理由だ。

  さらには、意外と優しい面があるということなのだが、これに関しても、本人はそういう心算は全くない。早く仕事を終わらせたいからとか、見ていて要領を得ないと感じるからとか、その程度の理由で行動した事が、周りから見ると『優しい』という言葉で表現されるようだ。


  高校でもソレは同じだった。

成績が良いのに、地元の高校で済ませると言う面倒臭がりな性格は、中学でレオナに喧嘩を売っていた奴らからすると、とても不愉快なものだった。中学同様に人気はあるし、というか更に上昇していたことや、成績も相変わらずいい事。そしてなにより、喧嘩が強い事・・・。

  相手側はいつも本気で、素手だったのがいつしかバットに変わり、さらにはハサミやカッターを持ち出すものまでいた。それでもレオナの表情に焦りの色が見える事は無く、毎回冷静にかわしていた。その光景を見た女子生徒によって、どんどん噂が広まり、人気を独占していった。

  ・・・そんなとき、レオナの前に現れたのが寺内佳正だった。

小学校のときから知ってる存在ではあったが、同じクラスになったことも、同じ部活になったこともないため、初めましてといえば初めましてだった。

  レオナの前ににこやかに現れた佳正だったが、初めて話しかけてきたかと思えば、人を見下しながら罵ってきた。

  「俺の妹に手、出さないでくれる?」

  第一印象としては、意味不明だ。いきなり来て、何を言っているのか分からないその男は、その次の瞬間に喧嘩を申し込んできた。

馬鹿な奴が一人増えただけ・・・。そう思ってた。

  「おい、あれ、もしかして・・・。A組の寺内だ!」

  ―・・・誰だ?寺内って?

  まあ、そんな感じだった。少し有名な奴なんだということは、野次馬のざわつき具合で理解したものの、やはり喧嘩を申し込まれる理由が納得いかない。

  

  そして、決着はつかなかった。レオナは今までの奴らとは感触が違う事にすぐ気付いた。

佳正も同じことを感じたようで、その日から二人は学校で有名な存在となった。

レオナは勿論、佳正も人気が出るようになり、巨大勢力が二つ誕生したのだ。

  その頃から、佳正は何かにかこつけてレオナのところに顔を出すようになり、『レイちゃん』などと、気安く呼びだした。

レオナは最初無視をしていたが、佳正は妹に近づけないようにするためなのか、毎日しつこくレオナに付き纏っていた。



  結果として・・・。レオナは、自分の名前を『ちゃん』付けで呼ばれるのが大嫌いである。

  「てめえ・・・。さっきから五月蠅えーんだよ。何なんだよ、何で俺がてめえのために死ぬんだよ。意味分かんねえよ。」

  宗介への苛立ちなのか、それとも苛立ちの根本となった佳正への苛立ちなのか、それはレオナ本人にも分からないが、とにかく目の前にいるこの意味不明な男をぶっ飛ばさなければ、レオナの気は治まらない状態にある。

  「改造銃持ってったってなー・・・、勝てねえんだよ、てめえは。」

  レオナのスイッチが入った。今までレオナの周りを囲んでいた、ヤル気のない、色であらわすなら紺色のような空気が、メラメラと燃え上がる炎の赤へと変わった。

  宗介はそれを聞いて、発狂した。絶対警察が駆けつけるだろうが、というレオナの気持ちも知らずに、喉が裂けるほど叫んでいる。十秒くらいで脱力した宗介は、今度銃を自分の頭にくっつけて、首をかしげる。

  「あー?俺が殺すって言ってんだろーが!!」

  自分の頭から、標的をレオナに変えて引き金を引く・・・―




  「いいの?有馬と大須賀の方の心配しなくて。」

  「ああ。あいつら、ああ見えて結構しぶてえーんだ。そう簡単にはやられねーよ。」

  「過大評価しない方がいいんじゃないの?生きる事を期待してたら、死んでたときに受けるショックは大きいよ。」

  「なんだ、心配してくれてんのか。」

  こんな淡々としたやり取りが続いて約十分・・・。

  珪は相変わらずガムを噛んでいて、難聴になりそうなほど音量が出ているヘッドフォンを首にぶら下げており、黒の短髪が微かな風になびいている。珪自身の拳銃は無いのかと智久が思っていると、ズボンの腰あたりにつけてあるチョークバックから、小型拳銃の代名詞である『デリンジャー』だった。もっと正確に言うと、『レミントン・ダブルデリンジャー』である。

  小型なのはとても便利で、ポケットにまで収まる掌サイズの拳銃だが、二発までしか装着できない。利点があれば欠点もある。それは仕方ないことだ。

  どちらかというと、あまり肉弾戦に向かないように感じる空閑珪という男に纏わる噂は、あまり聞かない。宗介と共に行動していることで、なんとかその存在を知っているというぐらいなものであり、もしも一緒にいなければ知る事は無かっただろう。

  しかしこの男、誰に教わったかは知らないが、かなりの実力者であった。

  大須賀と有馬からの情報によると、この空閑珪という変な男は、数々なスポーツや趣味をしていたようだ。柔道、剣道、弓道、茶道、華道、サッカー、野球、バスケ、バレー、テニス、ラグビー、ボクシング、フェンシング、空手、チェス、将棋、囲碁、水泳、乗馬、スキーなどなど・・・。

  しかもそれらほとんどでプロと張りあえるという。柔道では黒帯、将棋では六段、剣道では五段、弓道では四段、ボクシングでもWBCライト級でチャンピオンの経験があり、空手も黒帯を持っているという情報だ。飲み込みが早いのか、持って生まれたものなのか、はたまた努力の賜物なのか、それは分からない。

  「そういや、色んなので検定とか持ってっけど、射撃は無えのか?」

  ふと、頭の中で巡らせていたスポーツを思い返して、そこに『射撃』がないことに気がついた。拳銃を持っていて、まさか射撃の練習してませんとか無いだろうと考えたのだろう。

  先日、実弾を撃ち、それがカメラに命中した事を思い出し、独学で出来るようなものではないだろうから、宗介の親にでも頼んで練習させてもらっていたのかという推測を立てていた。

  「射撃なんて練習しなくても平気だよ。的を狙って集中して、あとは銃に振り回されないように気を付ければいいんだから。それに、射撃場で撃ってたって何も楽しくないだろ。隣もまたその隣も同じように構えて、銃によってはゴーグルもつけて、耳当てもしてさ・・・。なーんか、萎えるんだよね。そういうの見てると。」

  珪は努力なんてしない奴だと判明した。飲み込みが早い奴で、怖がらないでやるから上達も早いのだろうか、それもそれで怖い気がするが。

この男は、人が努力をしている意味が分からない人間であった。自分が何をやってもすぐに出来てしまうからだろう、人が一生懸命に練習しているのを見ているのは、さぞかし謎めいているのだろう。その才能故に、挫折を味わったことの無い人間。

  智久が、同じような人間を頭に浮かべていたことを、珪は知らない。

『達見レオナ』も、同じように頭もいいし、何をやっても出来てしまう人間だと知っている。

大須賀は生粋の努力家であり、有馬もコツコツと上達していく方だ。佳正にしても、出来ないことは出来ないと言うし、よく手伝ってと頼んでくる。出来るのかもしれないが、日々の継続は欠かさない・・・と信じている。

  レオナだけは、努力をしているのかしていないのか判明しかねる。

佳正によると、いつも退屈そうに欠伸をしていて、体育も積極的では無かったと言う。いつ勉強しているのかも分からないけど、試験では上位だった。

  ・・・これだけを聞くと、珪と同じような奴なのかと思うが、違う。断言するが、違う。

  これも佳正が言っていたこと・・・というより、佳正の妹、『麻衣』が佳正に伝えた事を、そのまま智久に教えていた。

  レオナは何でも出来るわけではなく、人知れず、目に見えない努力をしていたのだ。

  勉強は、学校が閉まるまで図書館で本を広げていて、分からない事は人に聞くのではなくて、教科書を何度も読み直してなんとか自分で解いていたという。人に教えてもらうのが癪なのか、話しかけること自体が面倒なのか、単にそういう性格なのか。

  スポーツにしても、やった事の無い事でも、とりあえずはやってみる。見よう見まねでやるが、最初は失敗もあって、休憩中とかに、体育館の隅とか運動場の隅で、黙々と練習していたというのだ。自分の目で見て、相手のいいところを見つめると、それを真似しようとする傾向があるようで、とにかく観察・実践を繰り返す。

  まあ、これだけのことを見ている佳正の妹もストーカーかと疑いたくなるが、これらに関しては、佳正もその現場を度々目撃していたという。

  「・・・一見同じに見える人間でも、違うもんだよな。」

  智久が頭の中でレオナを浮かべながら、目の前にいる珪と比べていた。珪だって、本当は努力しているのかもしれない。でも、結果的に違う人格の人間となっている。

  「誰と比べて言ってんのか知らないけど、俺の方が優れてるって受け取っていいんだよね?」

  ああ、こういう自意識過剰なところは佳正に似ている、と智久は思いながらも、なぜか今となっては、佳正の方がまだ可愛く見えてくる。錯覚だろうか、幻覚だろうか、気のせいだろうか。

  「・・・いや、お前の方が劣ってる。」

  「・・・は?」

  優劣で言うなら、自分は『優』であると思いこんでいた珪にとって、智久の『劣ってる』という発言は灯油をまかれた導火線に、火を付けられたも同然だった。表情らしきものを持っていなかった珪の顔には、幾つかの不機嫌を窺える要素がそろっている。

  例えばソレは、眉間に刻まれたシワであったり、例えばソレは、ピクピク動く頬であったり、例えばソレは、より強く握られた拳銃であったりする。

  その反応が思いのほか面白くて、智久はフッと口角を上げて微笑んだ。珪にとっては、自分が『劣』のレッテルを貼られるのは、何よりも屈辱的であったため、智久を思いっ切り睨みだした。

  ―こんなもんか・・・

  精神的に崩れやすい奴ほど、その感情が手に取る様に分かる。その崩れる土台となる部分さえ分かってしまえば、後はどうにでもなる。

  「・・・五十嵐智久。お前はもう過去の英雄。今からでも平穏な生活は取り戻せる。未来は俺達に任せて、早々と隠居生活した方が利口だと思うけど。」

  「・・・。別に俺は昔も今も英雄の心算はねえよ。それに、この歳で隠居生活は早えーだろ。空閑にも竜牙にも、この街を任せる気はさらさらねえし、俺は街のためなんてこと思ってねえよ。」

  「じゃあ何?仲間のためとかいうの?そういう人間だったんだ。」

  「仲間のためか・・・。それも違うな。」

  智久は、珪が握ってる拳銃の軌道から逃げようともせず、ただじっとその場に佇んでいる。

  「俺が喧嘩すんのは、いつだって自分のためだ。それが結果として、誰かのためになってるのかもしれねえけど、俺に言わせりゃ、自分の存在を確立するための行動であって、それは誰のためでもない。」

  「へえ?なら、今回も自分確立のために、命張ってるっていうの?そういうのを『馬鹿』っていうんだよ。」

  「そうだな。俺はお前やレオナみたいに頭は良くねえし、だからといって有馬みたくコレっていう特技も無い。大須賀みたいに人当たり良いわけでもねえし、佳正みたく誰かのために喧嘩してるわけでもねえ。」

  朧気な記憶の中を駆け巡る事柄は、まるで智久自身を否定しているようだった。ただ自分の力を示すためだけに傷付けていた日々も、“怒り”という感情がよく分からないままに振り回していた拳も、智久にとっては退屈な日常でしかなかった。

  何が良い事で、何が悪い事なのか。



  力に屈し、権力に跪き、金に群がり、命に縋る馬鹿で愚かな大人へと自分もいつかなることを、智久は嫌がっていた。いつまでも子供でいられない事は知っていても、表面だけ着飾った汚い世界に、足を踏み入れるのは至極苦痛を伴うものであった。

  大人は『夢を見ろ』と言ってた。

それなのに、都合が悪くなると『現実を見ろ』に変わる。夢も現実も見たくなくなった時、人はどうすればいいのだろうか。

行き先が無いレールの上で立ち往生のままいれば、周りの奴がどんどん通り過ぎていく。

  どうしてみんな、そんなに急いで大人になりたがるんだろう。

  「俺は、何も変わってねえ。」

  「何一人で言ってるの?過去の思い出にでも浸ってるのか知らないけど、五十嵐。お前もあいつらもみんな、捕まるか死ぬかだ。どっちがいい?」

  珪の嘲笑うような笑みにも見向きもせず、智久は静かに珪を見つめ返す。

  ひねくれていた自分を受け入れてくれたのは有馬と大須賀で、本能を呼び覚ましてくれたのは佳正とレオナだ。ほかにも、智久を変えてくれた人、理解してくれた人もいる。

  「人生ってのは、生きてみねえと分かんねえもんだな。」

  自嘲気味に笑えば、珪が引き金に指をかけて、一気に引く。

  ―俺は今、死んで後悔しないか?




  ―ドンッ・・・

  サイレンサ―付きでない拳銃は、音を思い切り出して撃たれた。その拳銃を撃ったのは、両耳にピアスをした茶髪の男。そして撃たれたのは、黒をベースにした服装の身軽な男。

  雅孝が撃った弾は、佳正の髪を少し掠めただけで、そのまま壁にめり込んだ。弾の周りには多少亀裂が入った。

   佳正は避けた勢いのまま雅孝に突っ込んでいったが、雅孝も機敏に反応し、再び引き金を引く。が、しかしそれも佳正は簡単に避ける。

  弾軌道から逃れた佳正は、雅孝の真っ正面に来て一発顔面を殴る。驚いた雅孝が発砲するも、時すでに遅し・・・。その銃弾は虚しく宙を舞う形となった。

  「まーくん、俺の事甘く見て無い?こう見えても、バック転とか出来るんだよ?」

  よく分からない自慢のような事を言う佳正は、いつものようにケラケラ笑っている。

  吹き飛ばされた雅孝は仰向けになって倒れていたが、ゆっくりと上半身を起こした。腕で鼻をゴシゴシとしながら、ため息をつき、残りの下半身にも力を入れていく。立ち上がると拳銃を構え、佳正を睨んだ。

  一方で、雅孝がゆっくりと起き上がっている間ずっと、ビール瓶入れの上に足を組んで座っていた佳正は、スタッと降りてニコッと笑った。

  「相変わらず・・・人の神経を逆撫でする笑顔で出迎えてくれる。」

  「そお?生まれつきだから、許してよ。俺にもどうしようもないからさ。」

  余裕そうな表情を崩さない佳正に対して、眉がピクッと反応する雅孝。

  次も同じように撃ったところで佳正に避けられてしまう。だからといってあからさまに軌道を変えれば、それこそ当たらない。佳正が避けられないように撃つしかない。

―・・・タイミングだ。

  佳正がクルクルとターンをして遊び始め、途中で目が回ったように足下をふら付かせた。

  ―ここだ。

  冷静にそう判断した雅孝は、後ろにヨロける佳正の後頭部を狙って撃つ。今度は当たるだろう。前には身体を動かせても、後ろに反らす事は困難だろうと考えたのだ。

  もう会う事もないだろうと思い、ヨロける佳正に背を向けた。・・・途端。

  「油断は禁物だよ、まーくん?」

  すぐ自分の後ろから聞こえてきた声の主の正体を確かめるのに、時間はかからなかった。

  驚愕?恐怖?そんなものではない。額からも背中からも、脳からも冷や汗が出ている感覚に陥った雅孝は、拳銃の引き金に指をかけながらバッと振り返った。

  そこには確かに佳正がいた。

血も出ていない。幽霊でもない。では何故?あの状態でどうやって銃弾を回避出来たというのか理解出来ない雅孝に、佳正は口元だけを笑みに変えた。目は全く笑っていないだけに、その笑みはいつも以上の恐怖と異常さを相手に与える。

  佳正の額にぴったりとくっついている銃口。このまま引き金を引けば、それこそ確実だろう。

  「なんで俺がさっきので死んでないのか、疑問に思ってるでしょ。教えてあげようか?」

  佳正は、自分の置かれた状況を理解できているのかと聞きたくなった雅孝だったが、今はそれよりも、何故生きているのかを知りたかった。何年も佳正の近くで行動を観察していたけど、本質を見極める事は出来なかった。

  「俺が回転に強いって、忘れてない?あれくらいで目なんか回さないよ。演技だよ。え・ん・ぎ。」

  目を細めて笑う佳正だが、やはり目の奥は笑ってなどいない。顔に影が出来ているせいか、余計に怖く感じる。

  説明すると、目が回っていると思わせた佳正は、足下をワザとふら付かせた。雅孝が撃ってくることを予想していたため、軌道を見極め、バック転をして避けたのだ。ひょいっと。

  ―やっぱり、この人は敵に回すべきじゃなかった・・・。

  後悔だけが雅孝を纏う。

  だが、まだ銃弾は一発残っている。生身の人間を相手にしている以上、心臓か頭を撃ち抜けば、一撃で死ぬだろう。どちらかでいい。当てる事が出来れば、それで終わりだ。

  ―一気に引くんだ・・・。

  自分に言い聞かせるように深呼吸して、佳正の呼吸を感じ取り、その時を待った。

  ―今だ!

  佳正の額に当てた銃口から銃弾が飛び出し、途端に血が自分の顔に飛び散ると判断して、目を瞑る。流石の佳正でも頭を撃ち抜かれただろうが、さっきのこともあるし、ちゃんと確認しよう。ゆっくり、ゆっくりと目を開ける。

  「反撃開始でいいのかな?」

  そこには無傷の佳正がいた。

おかしい、絶対おかしい。不発なんてあり得ないし、まさか弾を入れ忘れていた?いや、空閑が入れたのだから、それも違うはずだ。だったらなんで?

  雅孝の頭は混乱し始めていて、血流が思考をより効率化しようとすればするほど、頭に血が上る症状に見舞われた。

佳正の額が、人間では解明できないくらいに硬い?通り抜けた?それとも弾き返した?佳正はもしから宇宙人なのか?などと、もはや冷静な思考も儘ならない。

  「まーくん、もしかして知らないの?あ、そうか。その拳銃、初めて使ったんじゃない?」

  「???」

  プチパニックに陥っている雅孝は、佳正の顔をじーっと見つめながらも、目を見開き、口も顎が外れるくらいに開けている。

  「まーくんが今持ってる銃はね、『S&W M36』っていう種類で、一般のリボルバーよりも小型化されたことで、装弾数も通常の六発じゃなくて、五発なんだよ。もう五発撃ち終わったでしょ?それに、その銃は実戦には向くけど、精密射撃には向かないって言う欠点もあるんだ。だから、まーくんの狙った軌道通りに俺に向かってたわけじゃないんだよ。・・・分かった?」

  佳正の前で、尻と両手を地面について腰を抜かしている雅孝は、佳正の言う通り、その銃を使ったのは初めてのようで、信じられないというように呆然としている。

  雅孝と目の高さを合わせるようにしてヤンキ―座りをする。そして、さらに追い打ちをかけるようにして、佳正は雅孝に告げた。

  「それでさ・・・。覚悟は、出来てるんだよね?まーくん?」

  恐ろしくも冷たい笑みを見せると、佳正は雅孝の胸倉を掴み、その身体を天に掲げた。怯えた顔で見下す雅孝と、不敵な笑みで見上げる佳正・・・。

  その細い腕からどうしてこんな力が出るのかとか、仔猫でも持ちあげているかのような表情を浮かべる佳正に対して、何を言っても許してはもらえないと瞬時に理解した。佳正に幾ら命乞いをしたところで、いつもの笑顔で却下するに決まっている。



  宗介とも珪とも仲が良かったわけじゃないし、小・中・高と学校も違うし、特にこれと言った接点があるわけでもなかった。

  昔からパソコンやゲームといった類には強かった雅孝だが、だからといって家に籠ってずっと遊んでいるわけではなく、外で遊ぶことの方が多かった。

  学校の授業では、先生よりも知識も技術も持っていたために、寝ている事が多く、授業態度のところだけが異様に低い評価だった。雅孝が得ている知識のほとんどはパソコンを媒体として得たもので、尚且つそこからより確実な情報のみ選別するのだ。

  理論的におかしな事や、つじつまが合わない事、他人の推測・推論などというものは、思考を遮る邪魔なものだし、頭に入れるだけ無駄だと考えていた。

  高校ではITを学びたくて情報工学を専攻していた。

そこでも雅孝のずば抜けた知識と技術は、物足りなさを感じていた、そんな時・・・。

  ある日、そんな雅孝のもとに一つの話が飛んできた。

  それは、一週間後にある『情報処理コンクール』に出てみろ、という先生からの言葉だった。

雅孝は最初は面倒だと思っていたし、何より、そんなものに出たところで、大した相手もいないだろうと感じていたのだ。先生は興奮したように話を続けるが、雅孝にとってはノイズのように聞こえた。

  あまりに先生やクラスの人間にしつこく『出ろ』と言われたので、雅孝は『暇つぶし』として出ることにした。だからといって、それまでの間に何かするということもなく、ただ一週間という時間が過ぎるのを待っていた。

  


  ―一週間後・・・

  気だるさと共に会場に着いた雅孝は、学生服で賑わっているなか、一人私服と言うラフな格好で受付を済ませた。

  始まるまでにまだ時間があり、それまで会場内にある椅子に座って待つことにした。

どいつもこいつも同行してきた先生と楽しげに話していて、逆に先生がいない雅孝が不思議な目で見られていた。

  ため息をつきながら天井を見上げ、周りの雑音も掻き消そうとしたとき、隣にいた男子生徒が『あっ!』と叫んだ。

その次の瞬間には会場中がざわつき始めて、有名人でも来たのか?と思った雅孝は呆れながら目を向ける。

  そこにいたのは、一人の青年・・・。

黒の短髪にどこかの学校の学生服を着ているが、その着こなしは一言で言うなら『だらしない』のだろう。雅孝の学校は学ランで、成績としては中の上くらい。  

一方のそいつは、爽やかな青を基調としたブレザーを着ているのだが、中に来ているYシャツの襟は第三ボタンまで開けられていて、その襟がブレザーの外へと出されている。首にはヘッドフォンが掛けられているし、ガムを噛んでいる。

  そいつは、椅子に座ると足を組んで本を読み始めた。傍らにパソコンを置いてはいるものの、一向に触る気配は無い。

  ―何でみんなはあいつが来た時騒いだんだろう・・・。

  そんな疑問はすぐに解消されることとなった。

  コンクールは一度にやるのではなく、トーナメント式になっていて、一応勝ち上がるごとにレベルは上がっていくようだ。トーナメント表を確認もせずに、雅孝は欠伸をしていた。

  雅孝の相手は、勝ちあがっても勝ちあがっても大したことはなくて、大いに落胆した。

  ―やっぱ、こんなもんか・・・。

  そう思っていた雅孝だったが、決勝でその考えは一気に崩れさる。

  『空閑 珪』

  その男にあっさりと負けた。負けたという表現は適切でないのかもしれない。知識も技術も、その男に敵わなかった、と言う方が適切だろう。

  周りでその様子を見ていた奴らは、ほんの少しの差だ、と思ったのかもしれないが、雅孝は違った。今まで味わったことの無い『敗北』という感覚は、雅孝にとって『絶望』を与えるだけだった。

  結果『二位』となった雅孝だが、そんなものはいらないと感じていた。

幾ら同じ賞状を貰っても、輝きだけが異なるメダルを貰っても、何も嬉しくは無かった。空閑珪もなぜか同様の表情をしていて、それが雅孝をより苛立たせた。

  会場を足早に出て、学校に報告すれば、『良くやった』と褒められた。

  ―どこが、『良くやった』なんだ?

  腹に収めた言葉をグッと飲んで、その日は家に帰った。

  次の日、学校から帰る道の途中の公園の前で、声をかけられた。

  「こんにちは。利堂雅孝くん。」

  その聞き覚えのある声に、雅孝は顔を上げて睨んだ。

  青のブレザーをだらしなく着て、ガムを噛みながらパソコンをいじっていたのは、珪本人だった。その場を通り過ぎようとした雅孝の腕を思いっきり引っ張って、公園のベンチに座らせ、前もって

買ったのであろうコーヒーを渡してきた。

  「利堂雅孝。七月一二日生まれのかに座のA型。身長は一七六㎝、体重六四㎏で藍桐高校の情報工学部情報工学科在中の三年生。出席番号は三二番、成績評価は『授業態度』を除いてA。家族構成としては、サラリーマンの父親とデパートでパートをしている母親、それからゴールデンレトリバーのメスを一匹飼っている。それから・・・」

  そこまで珪が言葉を綴ると、今まで目を見開いて聞いていた雅孝が急に叫んだ。

  「待てよ!・・・・なんでお前がそんなことまで・・・。」

  見えない恐怖が背中をなぞっているような気持ち悪い感覚になり、珪を睨みながらも、その答えを待つことしか出来なかった。

  「なんで?俺が天才的なプログラマーだから。ま、もっと正確に言うと、趣味としてやっている個人情報の裏取得方法を試してみたから・・・かな。」

  パソコンをいじりながら、雅孝の方も見ることなく淡々と話す珪。ひとつひとつの動作に気が緩められず、身構えるままの体勢を取っている雅孝。

  「そんな警戒心むき出しにされても困るんだけど。俺はただ、君に協力してほしいだけなんだよ。あのコンクールで二位を取った君にね。」

  ―覚えていたのか。

  正直、興味無さ気にパソコンをいじっていた珪は覚えていないだろうと思っていた雅孝は、『二位』という単語が出てきたとき、ピクッと反応してしまった。

  「いつも張り合いの無い奴らばっかりでさ、俺もつまらなかったんだよね。でも、君は多少楽しませてもらったし、実力も申し分ない。・・・どうだろう?俺達と手を組む気は無い?」

  「俺達?」

  急に複数形になったことで、雅孝は混乱し始めた。

  すると、公園の近くに止まっていた一台のバンの扉があき、そこから金髪の青年が出てきた。

一体何事かと思っていると、その男も珪と同じブレザーを着ていることに気付く。ブレザーの前ボタンは全部外されていて、Yシャツも第二まで開けている。

  「どう?表に出される情報だけ信じるか、自分の目で見た裏情報を信じるか・・・。それは君次第なんだけど。」

  不思議と雅孝に迷いは無かった。

  そんなの答えは決まっていると言わんばかりに、目を輝かせた。

  珪が差し出した手を握り返し、それが地獄の淵に叩き落とされる結果に繋がろうとは、この時の雅孝には知る由もなかった。



  「しばらく寝ててね~。」

  ビリっと、体中に電気が走ると、雅孝はクタッとなった。そのまま佳正は雅孝を地面にゆっくりと下ろし、鞄の中から青の携帯とパソコンを取り出して、足下の金属網のふたを開けて、その下にある排水溝に投げ捨てる。

  ポチャンと虚しい音が聞こえると、ふたをしっかり閉めてポケットに手を突っ込む。

  「あ。」

  思いだしたように、近くに置いておいたバックを開く。バックの中にはパソコンが入っていて、それの電源を入れてフォルダを開くと、数々の裏情報や証拠が詰まっている。

  ニッと笑うと、佳正は鼻歌を歌いながらその場を後にした。




  宗介の撃った弾は、レオナの後ろの壁に一直線に走る。

  レオナは、避けるために動かした首をもとに戻し、宗介にかかと落としを喰らわす。

勢いよく地面と抱き合った宗介は鼻血が出ていたが、倒れると同時に引き金を引いたため、レオナの足下に弾がめり込んだ。

  倒れた宗介の手から改造銃を取ろうと近づくと、バッと顔をあげて拳銃をレオナに向ける。

  ジャンプして、そのまま宗介の背中に着地すると、片足を宗介の腕に乗せて、拳銃を蹴り飛ばす。拳銃はクルクルと回転しながら、向かいの壁にぶつかって止まり、その場で壁に向かって暴発を繰り返す。

  「うあぁああぁあぁぁぁああああぁぁあぁあ!!!」

  レオナの足下で暴れる宗介を全体重をかけて押さえつけるが、流石にヤクをやってる奴は恐ろしいもので、火事場の馬鹿力と同様の力を出してくる。

  バランスを崩しそうになるレオナだが、崩したらまた面倒なことになると分かっているため、なんとか力で抑え込む。

  ヤクが切れたのだろうか、息遣いを荒くして地面に爪を立てながらもがいている。爪が剥がれそうになって血を出しているのを見て、『可哀そう』とかそういう感情では無くて、『んなもん見せんな』という気持ちになったレオナは、宗介の首根っこを掴み、地面から壁へとぶつけ直した。

  ぶらん、と垂れている両腕を後ろでまとめて、ゴミ置き場にあった結束バンドできつく縛りあげる。両足も同様にして縛りあげ、舌を噛んで死なれても困るので、これまたゴミ置き場に捨ててあったハンカチ(出来るだけ綺麗なの)を口に押し込んだ。窒息しない程度に。

  あっけなかった宗介を眺めながら、やっぱりヤクに手を出すのは御免だ、と思った。

  ふと、気配を感じて後ろを向くと、佳正がニコニコと笑いながら近づいてきた。

  「早かったね、レイちゃんも。流石だよ。」

  「ヤクやってない竜牙なら、もうちっと手応えあったんだろうけどな。いつも俺が相手してる連中をほとんど変わらねえよ。」

  壁に背中をつけながら、膝を曲げて地べたに座っているレオナ・・・の隣の倒れている宗介の上に乗っかった佳正。

  「久しぶりじゃない?こうして、レイちゃんと並んでゆっくり話すのなんてさ。」

  「・・・あったか?こんなこと。」

  「ああ。じゃあ、初めてかもね。」

  宗介が起きようとすると、佳正は雅孝同様に首筋に電気を走らせる。

  「・・・なんでそんなおっかねえもん持ってんだよ。」

  レオナの言う『おっかないもん』。それは、佳正がポケットに隠し持っていた“スタンガン”である。使い終えると、またポケットにしまいながら笑いだす佳正。

  「なんでって~、御身用だよ。俺、レイちゃんみたいに暴力的じゃないからさっ。こういうの持ってないと、俺の手が痛くなるでしょ?」

  佳正の冗談めいた本気の話を聞き流し、レオナはため息をつく。それを気にもせずに、思い出話を始めた佳正に対して、膝に肘をついて頬杖をつくレオナ。

  「幼稚園のお遊戯会の時、俺のクラスは確か・・・白雪姫だったな。王子様の役頼まれたんだけど、毒りんご作れる魔女やりたいって言ったんだよね~。なのに、魔女は女だって言われてさ。しょうが無いから七人の小人やってたよ。レイちゃんとこは何やった?」

  佳正の唐突な話の内容と質問にも、レオナは冷静に答えを探す。

  「あ~、何だっけな。オズの魔法使い?」

  「レイちゃん何役?トト?かかし?ブリキのきこり?ライオン?東の悪い魔女の手下の猿?」

  「・・・よく覚えてんな。」

  佳正の記憶力に感心したレオナだが、そんな昔の話を覚えているわけはない。適当に受け流そうとしたのだが、驚愕の事実を聞く。

  「あれ?レイちゃん覚えてないの?幼稚園からずーっと高校まで同じ学校だったのに。流石に、大学はレイちゃんの学力についていけなくて違うとこだけど。あ、そうそう。ちなみに、レイちゃんの役はエメラルドの都の門番Aだよ。突っ立ってるだけなのに、歓声浴びてたから覚えてるよ。」

  なんで余計な事まで覚えてるんだ、と文句を言いそうになったレオナだが、佳正の事だから、自分より目立っていた人物として覚えていたんだろう。

  「高校の時の文化祭で、八組の岩柿らが組んでたバンドのライヴのときだって、ギター担当が風邪ひいて休んでさ、俺に頼めばいいものを、レイちゃんに頼んでてさ。レイちゃんも最初は嫌がってたんだけど、B‘sの松本さんに憧れてたもんだから、レイちゃんもギター弾けてさ。それでライヴに出れば女の子の悲鳴のような大歓声を独り占めしてたんだよ。・・・覚えてない?」

  「・・・松本さんに憧れてたのは覚えてる。」

  あまり俗世間の物に興味を示さないレオナだが、B‘sの松本さんの演奏は好きで、ギターは無いけど、ギターのコードとかを勉強したり何度も演奏シーンを見て研究していた。

  というか、どうしてレオナが松本さんに憧れていたと言うことを知っているのか、そっちの方が気になったレオナだが、佳正は馬鹿にしたように笑って話を続ける。

  「やんなっちゃうよね。俺と言う人間国宝級の輝きを持つダイナマイトがいるのに、中心にいるのはいつもレイちゃんでしょ?俺、不登校になりそうだったよ。あ、嘘だけどね。楽しい学校ライフを送ってたよ。」

  「・・・自分がダイナマイトな存在っていう自覚あったんだな。」

  色々とツッこむところはあっただろうに、佳正が自分の性格を認識していたことが何よりの驚きだったようで、レオナは冷静に返した。

  「麻衣に喧嘩は止められてたし、レイちゃんと初めて会って喧嘩するまでは、俺は大人しい学生だったからね。麻衣にレイちゃんが好きだって聞いた時は、一瞬何語を喋ってるんだと思ったよ。なんでレイちゃんなのか聞いたら、なんて言ったと思う?」

  「・・・さあ。」

  自分の会話に無理矢理レオナも参加させようと、レオナの方に顔を傾けて、口を開くまで待っていた佳正。レオナが目を瞑って渋々返答すれば、待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに笑い、また正面を向いて話し出す。

  「『お兄ちゃんと正反対だから』だって。どう思う?自分の妹ながら、失礼な事を言うなと思ったよ。ほんとにやんなっちゃう。今までお兄ちゃんお兄ちゃんと後ろをついてきて花よ蝶よと可愛いがってきたのにさ。この仕打ち。あ、甘やかして育てたのは俺だけだよ。両親は結構厳しいからね。麻衣に変な事吹き込んだのかと思って、レイちゃんに喧嘩売ってみたけど、まさか引き分けになるなんて予想してなかったよ。それに、家に帰れば『達見先輩に怪我させたお兄ちゃんなんて嫌い』って言われたんだよ?怪我させられたのは俺もなのにさ。どうして?」

  「・・・知るか。お前がシスコンだからじゃねえのか。」

  「シスコン?馬鹿言わないでよ。確かに麻衣は可愛い妹だったけど、そこまでじゃないよ。別に彼氏を連れてきてもいいし、嫁に行くって言われても構わない。彼氏に帰れなんて言わないし、嫁に行くなとも言わない。っていうか、早めに嫁に行って欲しいしね。そうじゃないと、自立出来ないでしょ?」

  もはや、何からダメ出しすればいいのか分からないレオナは、佳正のぼやきを大人しく右から左に流すことにした。

  少しばかり眠ろうかと、目を瞑ったまま意識を手放そうとしたら、

  「ちょっとレイちゃん。起きてよ。」

  頭をペシッと叩かれたレオナは、とても不機嫌そうな顔をして佳正を見る。

  どうして自分が、佳正のどうでもいい世間話に付き合わなきゃいけないのかと、すでに眠るという指令を脳に出してしまったレオナにとって、佳正の話はただの妨げでしかない。

  「レイちゃん、まだ喧嘩は終わってないんだからね。俺がレイちゃんと昔話を懐かしむためだけに、こーんな辛気臭いところで二人になったと思うの?」

  「違ったのか。」

  心の中の言葉をついつい言ってしまったレオナだが、佳正はレオナから反応があったのが嬉しいようで、ニコリと笑った。

  普段から会話が無い二人であって、レオナもベラベラ話す方では無いため、会話が成り立たないことがしょっちゅうだ。それがこうして何度も返事が返ってくるのが、佳正にとっては新鮮であり、最初で最後かもしれないという貴重な感じもあった。

  「有馬くんのパソコンに入ってる情報なんだけど、此処のファイルだけパスワード必要でさ。智くんなら分かるんだろうけど、今忙しいでしょ?レイちゃんなら分かるかなって思ったんだけど。」

  「・・・なんでだよ。一番話した事ねえ俺が知ってるわけねえだろ。」

  「大丈夫だよ。頭が良いっていう接点があるんだから。」

  倒れてる宗介・・・の上に座っている佳正の隣に置いてある、というよりも、佳正がさっきの場所から持ってきたビール瓶入れを、レオナの前に置き、そこの上にパソコンを置く。

  「・・・。」

  目の前に出された、パスワード画面のままのパソコン。

  ぼーっと画面を眺めながら、何を考えているか分からない顔をしているレオナに、佳正が告げる。

  「一緒に入ってたメモにはね、ただ数字が並んでて、あとON/OFFって書いてあるだけ。」

  「読め。」

  「何を?」

  「数字だ。」

  ヤル気のない空気を身に纏ったまま、レオナの口調が少し強まったように感じた佳正だが、相変わらず欠伸をしているので、気のせいかと思った。

  「いくよ。『19551028194051719552441950811』・・・だけど。」

  目を瞑ったままのレオナに話しかける佳正だが、言い終わっても口を開こうとしないレオナの頭を叩いてやろうかとも思ったが、大抵こういうときは考え事をしているので、レオナが起きるまで待つことにした。

  ほんの数秒してから、レオナが口を開いた。

  「今から言う。『1110110100101110011000110110010100001100001101010001001011011』・・・やったか?」

  「・・・レイちゃん馬鹿でしょ。最初に1と0しか使わないって教えてくれればいいのに。あ、開いた。やっぱり此処に一番重要な情報入ってた。で?さっきのなんなの?」

  「ただの二進法だ。」

  「二進・・・ああ。なんか習った記憶はある。」

  「紙に書いてある数字は、全部パソコンに纏わる人物のものだし、ON/OFFっていうのは、パソコンが情報を処理している方法。電流がONとかOFFとかって意味だ。数字とON/OFF、それにパソコン好きな有馬とくりゃ、還元するしかねえだろ。」

  「へー。」

  ま、いいや、と情報を読み出した佳正を殴りたいと思うレオナだったが、眠気に襲われたため、また目を瞑る。

  「しょうがないな。五分だけだよ。」

  レオナは、言われてすぐにノンレム睡眠に突入。

  「・・・レイちゃん、そんな特技があったんだ。」




  そのころ、智久と珪は睨み合いを続けていた。

  珪が引き金を引くほんの少し、時間にしてコンマ数秒前に、智久は反応して避ける。そういう状態がもう数回繰り返されていた。

  珪が握っている銃に意識を集中はするが、所詮人間。どんなに俊敏に反応出来ても、避けられないものがある。

  何度目かのため息をついたところで、智久は自分の足から流れる赤い液体に目を向ける。

  ―やっちまったな。

  珪の撃った弾の軌道から避けられた。そう思った矢先、もう一丁の拳銃を出して撃ってきた。珪は、拳銃を三丁ではなく、合計四丁隠し持っていたのだ。

  「宗介の改造銃は暴発する危険があったからね。一丁多めに貰っておいた。」

  右足の太もも部分に一発・・・。それだけで済んだのが、不幸中の幸いだろう。普通の人間であれば、他の部位にも数発撃たれていてもおかしくは無い。

  足の感覚が鈍くなっているのが分かるが、今の智久にはどうすることも出来なかった。

  「ハンデだからな。しょうがねえよ。素手でやり合えないんだもんな?そういうものにばっかり頼って相手を服従させてたお坊ちゃんは。」

  鼻で笑いながら、貧血気味の身体を踏ん張られている智久の挑発も、珪にとっては単なる強がりにしか聞こえなかった。どの道、このままの状態が続けば、出血多量で気絶、もしくは死ぬだろうと分かっているからだ。

  「止血しなくていいの?待っててあげるけど。」

  「結構だ。血が多すぎて困ってたから丁度いい。」

  腕組をしながら、なんとか立っている智久は、徐々に激しくなる痛みの中で、過去の余韻に浸っていた。



  ―四年前

  当時、五十嵐智久は高校三年生の一八歳。

  学校へは真面目に毎日通っていたし、成績も中くらいには入っていた。

  喧嘩っ早いわけでもなく、普段は無気力でだらんと過ごすような人間だった。

  好きな場所は屋上・・・ではなく、あまり人が来ないような裏庭とか、体育館の裏とか、校庭の隅の木の下とかだ。とにかく、一人が好きだった。

  有馬と大須賀とは、家も近くて良く遊んでいた。対照的な二人だが、対照的だからこそ居心地が良かったのかもしれない。

  ガラが悪いわけでもなく、目つきが悪いわけでもない。派手なことをするわけでもなければ、地味すぎるわけでもない。ましてや、自分から喧嘩を吹っ掛けるような真似はしたことがない。

  それなのに、なぜが気付くと喧嘩をしている。

  もう一度言っておくが、智久から喧嘩を吹っ掛けた事は無い。

  ただ、そういう人目のないとこで昼寝をしていれば、いじめとかカツアゲとかリンチにも出くわすし、それだけならまだしも、時には先生と生徒の秘密の恋愛にも遭遇してしまう。

  そんなとき、智久は昼寝の邪魔になるかならないかを判断してから、行動に移すことにしている。まあ、大抵の場合、邪魔になるのだけれど・・・。

  しかたないから、場所を変えようと動くと、智久まで巻き添えを喰らう。そのため、抵抗の一環として相手を殴ったり蹴ったりする。相手が数人いるのだから、仕方ない行動だと思う。

  しかし、その強さゆえ、智久の噂は一気に広まった。

  ―クラスの奴がいじめられてるから、助けてくれ。

  ―俺の彼女が先生にセクハラを受けてるから、一緒に来てくれ。

  ―この間出会い系で会った男に金を取られたから、なんとかして。

  ―先生との浮気がバレて、ヤンキ―の彼氏に狙われてるから、助けて。

  ―隣のクラスに奴にカツアゲされた。金を取り戻してくれ。

  だの、色々だ。

  正直、どれもこれも智久には関係ない事だったし、助けたところで何のプラスにもならないのだが、智久よりも大須賀が熱くなっていた。

  「五十嵐!お前、ソレ、行かなきゃ男じゃねえぞ!」

  だったらいっそ、男で無くていいとまで思ってしまった智久に、追い打ちをかけるように呟くのが有馬であった。

  「智久の無駄に強い力なんて、他に使うとこないでしょ。」

  カチンとくるような台詞なのだが、小さいころから智久の事を見ている二人からしてみれば、面倒だと言っていても、手を貸してしまうのが智久だという考えだった。

  結局、『コレで最後だ』を繰り返す事・・・数十回。学校で、その名を知らない人はいないという存在になり、街中での喧嘩にも手を貸すようになってしまった。

  その強さが半端ではなく、日に日に強さが増しているのも目に見えて分かるくらいだった。

ヤンキ―はすでに相手にならないほどで、暴力団と最初にやり合ったのは、良く覚えていない。

拳銃を持っているおじさんを相手にしていても、智久は冷静に睨み返すだけで、その威圧感に押されて後ずさりしてしまうほどに・・・。



  そしてある日、事件は起こった。

  智久がいつものように昼寝をしていると、裏庭の方から人の声が聞こえてた。

  またどっかのクラスの奴らが、いじめだのカツアゲだの、もしかしたら愛を育んでいるのだろうかと思い、昼寝を再開しようと目を閉じる。

  「・・・さのっ・・・るくち・・・よっ!!」

  「・・・?」

  聞き覚えのある声だったことで、自然と身体を起こしていた。

  ―大須賀?

  すぐに立ちあがって、裏庭の方に近づく。気配を消すわけじゃないが、自然と音をたてないように歩いていた。

  そこには、四人の男に囲まれた大須賀がいた。

  四人の男が何処のクラスの奴かなんて知らないが、大柄なその身体は、柔道部かラグビー部あたりだろうかと推測しながらも、その中心で抵抗している主の姿はなかなか確認できない。

  声からして大須賀である事は間違いないと思うのだが、智久は様子を窺っていた。

  「おい。例のあいつ呼べよ。お前、友達なんだろ?あいつのせいで、俺は彼女と別れることになったんだ。」

  「俺だって、センコーに呼び出しされっぱなしだ。一発くらい殴ってやりてぇしな。」

  「ってかさ、この際だから、骨の一本くらい折ってもいいんじゃねえ?それか、イイ顔に傷でもつけてやろーぜ。」

  「ハハハ!そりゃあいいな!」

  下卑た男たちの声の中から、混じって聞こえたのは、やはり大須賀の声だった。

  「俺に用か。」

  智久は四人組みの前にダルそうに姿を現した。半分しか開いていない目に、ポケットに入れたままの左手と、頭をかいている右手。欠伸をしながらの登場だが。

  「うっひょお~。カッコいい~。ピンチの時に颯爽と現れるヒーローじゃん。」

  そう言いながら、一人の男が大須賀の首に腕を回す。大須賀は顔に痣をつくっていて、どうしてきたんだと言うような顔を智久に向けていた。

  そんな大須賀の気持ちに気付いていながらも、しれっとした態度の智久に、リーダー格の奴が声をかけてきた。

  「五十嵐智久か・・・。いやなに、手前が殴らせてくれればいいだけの話なんだよ。大事なお友達をこれ以上傷だらけにしたくはねえだろ?」

  「殴られる理由が見当たらねえんだが。」

  「てめえっ!しらばっくれんじゃねえぞ!!最近じゃあ街中でも暴れてくれてるようじゃねえか、ああん!?」

  「・・・それ、怖がらせてる心算か?」

  相手を怒らせるような事をワザと言っているわけではなく、普通の人なら口に出さないで心の中で留めておくものを、率直に聞いているだけなのだ。言いかえれば、とても素直な人なのだ。

  しかし、それがワザとであると思っている相手には、何を言っても無駄であろう。

  「こいつぅぅっ!!絶対ぇブン殴る!!!」

  「落ち着けよ!・・・それじゃあ、取引としようじゃねえか、なあ?」

  「取引?・・・ああ、大須賀を解放する代わりに俺を殴らせろって事か?」

  「そうだ。俺らはお前を殴れればそれでいいんだ。簡単な取引だろ?仲間想いの五十嵐智久君よお?」

  なんだか、こういうマンガの中で起こりそうな事に、まさか自分が巻き込まれるとは思っていなかった智久は、少し楽しいような、少し面倒なような気持ちが入り混じった感情を抱いていた。

  もともと、自分に関係ない事に首を突っ込んだ事がきっかけで、そのせいでまた他の無関係な事に巻き込まれていく。

  ―でも、今回はちょっと違う。

  智久が、大須賀を、巻き込んだからだ。

  いつもなら智久が巻き込まれる側だから、傍観者として無視しても良かった。あるいは、頼まれた事だから自ら巻き込まれる道を選んだ。

  今回、智久は巻き込まれた『被害者』ではなく、巻き込んだ『加害者』としての立場から、どう動くべきかを考えなければいけなかった。

  「・・・分かった。殴ればいいだろ。」

  ため息交じりにそう告げると、一人の男が大須賀を羽交い締めにし、他の三人が手をポキポキ鳴らしながら近づいてくる。

  「殴られたくねえとこはあるか~?ギャハハハ!!!やっぱ顔か!?顔に傷はつけたくねえよな~???」

  「おい待てよ~。まず、誰から殴んだ?」

  「坂下から殴れよ。一生モンの痣でも作ってやれよ!」

  ―別に誰からでもいいから殴れよ。

  誰が殴るだの、何処を殴るだの、どのくらいの力で殴るだのを醜い顔で笑いながら話し合う男たちを、智久は呆れたように見ていた。

  「五十嵐ッ!」

  大須賀を羽交い締めしていた男の顎に、思いっきり頭をぶつけて逃げ出した大須賀は、智久に向かって叫んだ。

  「俺はなぁ!!五十嵐に助けられるほど落ちぶれちゃいねーんだよ!!!馬鹿にすんのも大概にしろよな!」

  「・・・。」

  急に浴びせられた罵声?に目を丸くする智久。そしてすぐにニッと笑って、笑いだした。

  「なっ・・・なんだ?頭がイカれたか?」

  男たちは顔を見合せて、智久が笑い終えるまでただ唖然と立っていた。

  「ったく。大須賀に言われたら終わりだな。」

  自嘲気味な笑いが落ち着いてきたかと思うと、今度は血に飢えた獣のような目で男たちを睨んだ。

  男たちは一歩後ろへ後ずさりしたが、そのうち一人が痺れを切らして、智久に向かって拳を振り下ろした。それによって我に戻った他の男たちも、一斉に智久に襲いかかった。

  ―刹那・・・。

  大須賀は・・・いや、襲いかかった男たちは世にも恐ろしいものを見た。

  目の前にいる一人の男は、動物の本能をむき出しにするかのように歯を見せて笑い、ギラリと妖しく光る瞳の奥で眠る野獣が、今、目を醒ましたかのように、男たちを視線で貫く。

  生温い風が吹きつけられて乱れる髪によって、妖しさが増していく。

  自分よりも大柄な男たちを相手に、智久は手加減無く体当たりの攻撃を仕掛ける。



  気付けば、智久は頭から血を流しながら立っていた。あれだけ暴れたにも係わらず、息一つ乱す事ないまま、足下に倒れている男たちを見下す。

  「やべ・・・。貧血起こしそう。」

  豆知識として・・・。低血圧の智久は、レバーを好んで食べる傾向がある。

  フラリと倒れそうになっている智久のもとへと駆けつけた大須賀は、目を輝かせていて、大型犬が尻尾を振っている幻覚が見える。

  ―末期だ。これは末期だ。貧血の末期だ。ちゃんとFeを飲もう。

  「すっっっっっっっっっっっっっげえぇえぇぇえええ えぇ  ええぇえ!!!!」

  どうして途中で途切れたんだろうと、いつもの冷静な智久ならツッコンだのかもしれないが、今の智久にそんな気力は無く、一刻も早く何か食べて早く寝たいだけだ。

  「やっぱ、五十嵐は強えーな!鬼ごっこの逃げ足も大したもんだと思ってたよ、俺は!何に対してかは知らないが、将来有望なイイ男だ!!」

  なぜか大須賀の方が威張る様に胸を張って喋っている。そんな大須賀を眠そうな目で見ながら、智久はため息をついた。

  くるりと踵を返して、とりあえず保健室にでも行こうかと思った智久。

  「あー・・・俺、保健室行くわ。」

  「お?あ、そうだな。それがいいな。」

  そう言って、大須賀は智久の後をついて行くために走って行く。

  もう少しで保健室だというとき、智久が急に倒れた。前のめりになって倒れたもんだから、大須賀が急いで担いだ。その時、丁度有馬がパソコン室から戻ってきて、二人で智久を運び、保健室の扉を開ける。

  どうやら、喧嘩している最中に後ろからも殴られたようで、その症状が、時間が経過してからあらわれたようだ。

  救急車で病院まで運ばれた智久が目を開けた時には、すでに記憶が吹っ飛んでいた。

  



  「そうだ。そうだった。あんとき頭打ったんだ。」

  ボソリと呟く智久に、珪は首を捻る。そのまま、物思いに耽っている智久に向かって引き金を引く。

  無言で放たれた弾は、真っ直ぐに智久を貫く・・・はずだった。はずだっただけで、貫きはしなかったのだ。それは、智久が避けたからという簡単な理由。

  「やっぱ納得行かねえよな。」

  「は?」

  さっきから訳の分からないことを口走る智久に、怪訝の意を示す珪。足を撃たれて精神がおかしくなったのかと心配していると、智久が珪の方へ歩いてきた。

  珪は銃を構えて迎えるが、智久は玩具の拳銃を前にしているかのようにどんどん前に進んでいく。

  珪が威嚇射撃をするが、それでも一歩ずつ確実に近づいてくる。

  ―どういう神経してんだ・・・

  智久の読めない思考に対して多少の苛立ちを見せる珪だが、数秒、視線を落としてから再び前を向いたとき、智久が視界から消えていた。

  フッと力が抜けて、辺りを見渡そうとしたら、腕に痛みを感じた。

  智久が、珪の拳銃を持っている方の腕を蹴り飛ばして、拳銃を吹き飛ばしたのだ。珪が目を逸らした一瞬の隙に後ろに回り、起こした行動だ。

  珪がもう一丁の拳銃を突きだそうとすると、手には拳銃が無かった。何も握っていない手を見つめながら、智久を睨む。

  「あれ?もしかして、コレ探してる?」

  いつの間にか、智久の手には二丁の拳銃。それらを、大須賀から預かったバックに、『証拠品』と書いてある袋の中に、銃弾と一緒に入れる。自分の指紋がつかないように、手袋までしてから拳銃に触れていた。

  「足怪我してんのに、何でそんな動きがとれんだよ。」

  「俺が知るか。んなの自分の兄貴にでも解明してもらえ。」

  「五十嵐、お前にはもう何の価値も無いよ。このままずるずると生きていくぐらいなら、いっそのこと今此処で死んで、人生なんて考えなくて済むようにしてやるよ。」

  「それが、そうもいかねえんだよ。」

  袋をバックにしまい、手袋も外して一緒にしまう。バックのジッパーもしっかりと閉じると、智久はよっこらせ、と立ちあがって珪の方に向き直った。

  その目は珪をみているわけではなく、珪を鏡のようにして自分自身を見ているようだ。

  「俺も、それでいいと思ってた。別に、俺の存在価値を考えたところで無駄だってことも分かってたし、自分にとって人生ってもんが、どうしようもなくつまらなくて、楽しい人生送ろうって思っても、何が楽しいのか結局分からないままだ。生きてく事に関して、それほどこだわりを持ってるわけでもないのに、なぜか嫌な事とか気に入らない事ってあるもんでよ。それってつまり、自分では気づいてないだけで、生きる事にこだわりがあるってことだろ?こうしたい、あれがしたい、こうなりたいってよ。人間ほど我儘で自分勝手な生き物はいねえけど、それを制御する事も変える事も出来るのが人間だ。そういうものに生まれてきちまったんだから、腹ぁ括ってよ、良くも悪くもなる人生ってやつに喧嘩売りながら、生きてくしかねえじゃねえか。」

  何かがふっ切れたように語る智久と視線を交わしながら、珪は自分の中から沸き上がってくる感情に気付かないようにしていた。

  ―ムカつく・・・。

  死人のような瞳をしていた目の前の男が、いきなり諦めたと言うように人生について語り出した。それも、ポジティブな文章ばかりであることが、珪の神経にとっては虫唾が走るものとなり、体中の血液が逆流しそうなほど気分を害する結果を招いた。

  珪はそんな智久から目を逸らすことはせず、どうやったら智久を黙らせる事が出来るのかと模索していた。

  噛んでは膨らませて遊んでいたガムを、紙に包んでゴミ箱に投げ、ヘッドフォンを首から外した上に音を消してバックにしまい、パソコンに集中した珪を、智久は眺めていた。

  いつになく集中しているようで、数分もの間、智久の方を見ることも無く淡々と作業を続けていた珪だったが、ピタッと手を止めると、パソコンに目をやったまま口を開く。

  「ああ・・・。そういうこと。もう宗介の母親のこともバレてんだ。」

  その言葉の意味が理解できない智久は眉を顰めるが、珪はなおも続けていく。

  「なんだよ。切り札持ってんならさっさと出して欲しかったけど。」

  「切り札・・・?何の話だ?」

  パソコンをしまい、ため息を何度もつきながら智久を一睨みして、両手を顔の横に上げて降参のポーズを取った。

  珪のいきなりの降参に、智久は罠かとも思ったが、どうやらそういう事ではなさそうだ。

  「どうせ捕まってもすぐに釈放してもらえるし、捕まっても何の問題もないよ。あ、でも宗介の両親が捕まって起訴にでもなったら、俺ん家から金出すようか・・・。まあ、それもしょうがないな。」

  「・・・なにが切り札なのか俺には分からねえけど、お前の家族も竜牙の家族も全員逮捕してもらう。それに、大須賀がマスコミ側の人間として情報公開もする。」

  「保釈金出してくれる奴なんて、ごまんといる。」

  「出してもらえるか?お前が俺達の街を呑もうとしたように、俺達もお前らの周りを徹底的に崩す。お前らを弁護してくれる奴も、金出してくれる奴も、権力に呑まれる奴も、もういない。お前らがコソコソと犯罪を犯してくれたおかげで、その分敵も増やしてくれたからな。」

  珪の前にまで歩いて行き、鼻がぶつかるくらいまで顔を近づけてニッと笑う。

  次の瞬間、珪の足が智久の脇腹を狙って風を切ってきたが、智久は当たっても何ともないような顔をして、珪の襟首を掴む。

  珪の身体はそのまま宙に浮いて、それほど身長差が無かったのに、智久の腕の半分ほどの長さだけ、珪が高い状態となった。

  見下しているのは自分なのに、見下されているのは自分だという妙な気持ちになった珪。

  今までの経験上、ふいを突けばどんな相手であろうとも、確かなダメージを与える事が出来たというのに、目の前で自分を片手で持ちあげている男には、全く効いていないようだった。

  「・・・言っとくけど、一応効いた。」

  そうは言ってるが、余裕そうな表情は少しも歪まない。

  ニィ、と笑うと、智久は珪を思いっきり投げた。ボール投げでもしているかのように、軽々と一人の男を飛ばした。

  珪も受け身の姿勢を取ろうとするが、そんな暇さえ与えない智久の蹴りが来たのは、珪が壁に向かって飛んでいる最中の事。

  壁に激突した珪が、体勢を立て直そうとしていると、すでに目の前には智久が立っていて、珪は久しぶりに『恐怖』と対面した。動こうとして脳に指令出すが、伝達が上手く行われていないのか、身体は言う事を聞かない。

  「!!!」

  声を出すのも儘ならない珪の襟元を、今度は両手で掴んだ。

  「死んで詫びも出来ねえ奴が、人の命弄ぶんじゃねえよ。」

  腹から空気を集められるだけ集めて、何とか声を出そうとしている珪だったが、自分の身体が震えているのを感じた。

  腕も、足も、心臓も激しく鼓動が鳴り響く。逸らそうとしても逸らせない視線の先にいる、『五十嵐智久』という男を、なぜ敵に回してしまったんだろうと、後悔する。

  人間という、組織の中でしか自分を見出せない奴らなんか、簡単に跪かせることが出来ると考えていた珪にとって、脅威としか言いようが無い存在があり、その存在が現に今、自分の目の前にいるという偶然か、必然か、それらを受け入れる余裕も無かった。

  ―金や権力、情報でなんとでもしてきた。

  ―その俺が、たかが喧嘩で負ける?有り得ない。

  ―はったりだ。きっと誰かが俺を助け出してくれるはずだ。

  「まあ、まだ甘えが抜けないような手前に負けるってのは、佳正に殴られるよりも若干癪だしな。」

  「・・・っざけるな!!」

  ―まだチャンスはある!

  そう思って、距離が近い智久の後頭部を殴ろうと、無意識のうちに掴んでいた手のひらサイズの石を、思い切り振りあげた。

  「そっちがな。」

  ―ガンッ!

  珪が石を振り下ろすその前に、智久が珪に得意の頭突きで最後の攻撃とした。

  頭を後ろにカクン、と倒した珪を見て、ちゃんと気絶したかを確認する智久だったが、足を撃たれていたことを思いだし、急いで止血を始める。

  大須賀のバックに入っていたハンカチで、自分の足のふとももの付け根ちょい下あたりをギュッと縛る。

  足から血が出ているのを眺めながら、さっきの頭突きで頭も痛いことに気付く。

  「ハハッ・・・。誰かのためなんて、やっぱキレイ事だよな・・。」

  朦朧とする意識の中で智久は、誰かが自分の名前を呼んでいるのが聞こえた・・・。





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