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ダリア  作者: うちょん
1/6

黒と白

 生きることは病であり、眠りはその緩和剤、死は根本治療。    ウェーバー
































                         登場人物

                             五十嵐智久

                             寺内佳正

                             達見レオナ

                             利堂雅孝

                             空閑珪

                             竜牙宗介 


































          第一話     【 黒と白 】





















  ―なんとも退屈な日だった。路地裏では喧嘩をしているし、街のあちこちには暇を持て余した男どもがうようよ。どうせ、女のケツでも追っているんだろう。

  ―この街には噂がある。お化けとか、都市伝説とか、そういうものでは無くて、ある人物の噂。

―街を自分のものと断言し、街でそいつに刃向かえば、命の保証は無いという。信じているわけではないが、興味はある。そいつがどんな奴か。




  コンビニで、パンとおにぎりと弁当と飲み物を買ってきて、夜道を歩き、アパートを目指して

いた。都会はどうも馴染めない。人とぶつかっても、謝る人なんかいない。みんな上手い具合に避

けていく。人が沢山いるのに、人がいないみたいだ。

  ふと、視線を感じて後ろを見た。でも誰もいなかった。気のせいかと思って、また歩き出した。

また感じた。

いる。誰かいる。でも、その姿を確認することは出来なかった。何度も何度も振り返った。一体アパートにつくまでに、何回振り返ったことだろうか。時間の無駄と言うか、靴が少し減った気がする。

  アパートについて、部屋に入る時にちらっと横目で闇の中に紛れる人影を見た。あいつか。

男か女かも分からないけど、はた迷惑だ。ストーカーだろうか。

部屋に入っても、しばらくは電気をつけなかった。カーテンからそっと外の様子を覗いてみたけど、誰もいなかったし、気配もかんじなかった。

ふう・・・とため息をついて、電気をつけ、ビニール袋を机の上に置いた。そこから飲み物を取り出して、一気に飲み干した。テレビをつけてニュースを見る。買い物をしている間に、震度三ながらも、地震があったことを知った。携帯電話に何件か連絡が入っているのは、そのことだろう。

全件消去。即消去。いちいちこんなもの確認してらんない。

テレビを流しながらパンやらおにぎりやら弁当やらを食べる。最近のお気に入りは、明太子のスパゲッティなのだが、売っていなかった。みそ汁も飲みたい。自炊は面倒臭いから、炊飯器すら無い。

  なんにせよ、今日も収穫は無かった。あの噂は本当なんだろうか。そんな奴、いないような気がしてきた。




  次の日、いつもと同じ時間に、いつもと同じ電車に乗るが、行先は昨日よりもちょっと先。

一個だけ先の駅で降りて、改札を抜けて、東口を出て、あてもなく真っ直ぐ歩いていた。

すると、先の十字路に人混みが出来ていて、どうしたのかと思い、近づいて野次馬に聞いた。

  「何かあったんですか?」

  「ああ?あいつら、やられたんだとよ。」

  「やられたって?誰に?」

  「『白の貴公子』だよ。」

  ―何だそれ?もしかして、噂の奴か?

もっと聞こうとしたが、警察が来てしまって、それどころではなくなった。

  街を行ったり来たりしていたら、お昼になってしまった。

近くにあったマックに入って、中を見渡してはみたが、座れそうに無かったため、持ち帰りにして、公園のベンチに座って食べた。そのベンチと背を向け合うようにあったベンチには先客がいて、携帯電話で喋っていた。別に盗み聞きする心算は無かったが、聞こえてくるものはしょうがない。

  「で?どうだった?・・・え~?俺、串刺しになりなくないし~。ああ、あいつ?何だっけ?・・・そうそう。ソレ。ホント、消えてくんないかな~。」

  ―どういう会話してんだよ。それにしても、周りの目が痛い。俺を見ている?

散歩をしている人も、のんびり井戸端会議していた人も、お昼を買ってきた帰りのサラリーマンも、なぜかこのベンチから一定の距離を取って歩いている。

さらにこっちを見ながらコソコソ言っている。

なんだか気まずくなってきて、その場から逃げるように去ろうした。その時・・・、

  「でさ、盗み聞きするなんて、いい度胸してるよね~?」

  「はい?」

  因縁をつけられた。

後ろのベンチからその声が聞こえてきたから、コーラを飲みながら後ろを振り返ると、そこには自分と同じくらいの年齢の男が一人、ベンチの背もたれに肘を置いて、身体をねじる様にして、こちらを見ていた。黒い髪の毛はサラサラしていて、黒いTシャツを着ている。

  「きぃーみっ。何?俺に消されたい?」

  「・・・いや、俺盗み聞きとかしてないです。」

  「ふーん?でも、さっきの俺の会話、聞いちゃったでしょう?」

  「聞いたって言うか、聞こえたっていうか。」

  ―完全に絡まれた。本当、こういう奴って本当に迷惑なんだよなぁ・・・。俺にはそんなつもりないのに、勝手に因縁つけて喧嘩売ってきて、要は暇人なんだろうな。

  「君、最近四丁目にある二階建てでグレーのアパートに住み始めた、確か・・・『五十嵐智久』君、かなぁ?」

  驚いてコーラを落としてしまった。それがズボンに思いっきりかかった。

―後で手洗いしないとダメかな、コレ。安物だけど、履きやすいし動きやすいから重宝してたのに。

  「それ、何?」

  「は?ああ、カメラですけど。」

  「そんなの見りゃ分かるよ。何か撮ったの?それとも、これから撮るのか聞いてるの。そんくらい分かるでしょ、普通。君、馬鹿なんだね。」

  ―なんだこいつ。俺じゃなかったら殴られても可笑しくないとこだ。よくもまあ、こんな横暴で傲慢な性格で此処まで来れたもんだ。言っても無駄そうな人だから、言わないでおくけど。

  「まだ何も撮ってませんよ。俺は噂が本当かを調べてるんです。それの証拠を収めるために、このカメラを持ち歩いてんですけど。」

  「噂って?」

  「この街を牛耳ってる奴のことです。噂では、そいつに目をつけられるとボコボコにされるとか、そいつの仲間にリンチされるとか、最悪殺されるって聞いたんです。でもなぜか、それのお陰で街の秩序が保たれてるっていうんで、興味があって。」

  「へ~。俺も聞いたことはあるけどね~。ま、今日はこれから焼き肉に行くから許してあげるよ。じゃあね、『五十嵐智久』君?」

  そう言うと、その男はふらっと立ち上がり、こちらを見てニコッとしてどっかに行った。

携帯をいじりながら、またどこかに電話しているようで、耳元にあてると、また周りに聞こえるくらいの声で話していた。

―聞かれたくないような内容なら、聞かれないように気をつけろよ。

  タオルでズボンについたシミをふいて、やっぱり落ちない事が分かり、諦めてベンチを後にし、俺は再び噂について目撃証言を集めることにした。

  街をフラフラ歩いていて、何も事件が起こらなかった。良いことなんだが、それもそれでつまらないというか、探してる奴は見つからない。少しでも騒ぎがあるところにと思って、耳を澄ませて、視野を広げて探しているはずなのだが。




  「乱闘だー!!」

来た。野次馬共が向かう方へ向かう。

野次馬の一人として、智久もその乱闘場面を覗きに行く事にした。今までとは野次馬の人数が違うことから、そこに自分の探してる奴がいることを察知した。

  「ひいぃぃぃっ!!すっすまねぇ!か、金ならやるから、勘弁してくれ!!」

  もうすでに鼻血を出し、顔に青痣を作りながら、ひたすら謝り続ける金髪の男と、その男の胸倉を掴んで、一度身体を持ち上げそのまま勢いよく地面に叩きつける男。

痛そうだ。何せ、抵抗すら出来ないほどの傷を負っていて、プラス力任せに投げつけられ、プラス人間が逆らえない重力によって、金髪の男の身体は宙を舞い、落下。

  「てんめぇ!!やりやがったな!!」

  あの金髪の男の仲間なのだろうか、今まで唖然と見ていたかと思えば、パイプを持って襲いかかった。

金髪野郎をやっつけた男は、笑うでもなく怒るでもなく、ただ無表情に見下してながら立っていて、振り下ろされたパイプを片腕で制止すると、男の腹に拳を入れた。ぐおっと見苦しい声というか断末魔の叫びをした男は、倒れた。

  「おい、あれが『白の貴公子』か?すげぇな。」

  さっき聞いた単語が再び聞こえたことで、直感的に感じた。

こいつが智久の探してた奴だってこと。

野次馬がなんやかんや言いだして、五月蠅くなってきたと思ったら、その『白の貴公子』がこっちをふらっと見てきて、すごく睨まれた。一瞬にして場は凍りつき、みんな足を動かし始める。

  そんな中、この絶好のチャンスを逃すまいと、智久がそいつに近づいて行くと、周りには、止めろと言われたけど、この好奇心は誰にも止められない。怖いとか不安よりもソレが勝っていたのだから、仕方ない。

  「あの、写真撮ってもいいですか?」

  カメラを目の前に差し出しながら聞いてみたけど、反応が何も無かったから、もう一度言おうとして口を開いたら、やっと声が聞こえた。

  「お前もこいつらと同じにしてほしいのか。」

  「・・・それは嫌です。」

  その男は、やっぱりさっき公園であった男のように、智久と同じくらいの年齢に見える。

髪の毛は黄土色で少しハネてる。それが髪型なのか寝癖なのかは分からない。白いYシャツを第二ボタンまで開けていて、明らかに不機嫌であることが見てとれる。

  「あなたが噂の牛耳ってる人ですよね?」

  言ってから気付いた。何てことを口走ってしまったんだろうと・・・。後悔してもどうにもならず、その男が自分を凝視しているのが分かる。

正確に言えば、凝視しているのに加えて、睨まれている。睨みあっているわけではない。智久は睨んでいないから。それでも、周りからしてみると、睨みあっているように見えているらしく、男はただの命知らずの馬鹿になっていた。

  「あっはははは!!最高!」

  急に笑い声が聞こえてきた。その声はどこかで確かに聞いたことのある声だったけど、なぜか思い出したくないという本能に従って、思い出すことを止めた。

智久の前でさらに不機嫌になっていく『白の貴公子』に対して、さらに笑いだすそいつ。

  「あ、君はさっきの!この街に来て早速こいつに目をつけられるとはね~。さっきの台詞、もう一回言ってよ!牛耳ってるって!」

  何が面白いんだか知らないけど、今それどころじゃない。この男をカメラに収めたい衝動と、此処から一刻も早く逃げたい本能との葛藤が続いている。

周りがざわめき出したことにも気づくのが遅れたが、その内容にもっと驚いた。

  「おい!『白の貴公子』と、『黒の王子様』が揃ってるぞ!!」

  「こんな場面、滅多に見られないぜ!」

  「どれどれ?きゃー!!ホントだ!」

  何やら、有名な二人のようで、その二人に挟まれて一体何をしてるんだろうと思い、そこから立ち去ろうとしたら、行く手を阻まれた。

  「俺、帰ります。」

  「なんで~?レイちゃん撮りたいんでしょ?」

  「・・・いい加減その呼び方止めねぇと、その首へし折るぞ。」

  「やってみなよ~。俺、負けないし~。」

  ―なんだかこの二人を見ていると、とある小説に出てくる二人を思い出す。確か、タイトルは『デュラララララ・・・』?あれ?何か違う気もしてきた。まあ、いいや。

  「あれ?」 

  ―そういや、さっき野次馬が『白の貴公子』と『黒の王子様』って言ってたよな?きっとこの目つきの悪い黄土の髪の奴が『白の貴公子』なんだろうけど、『黒の王子様』って誰のこと?え、もしかして俺のことか?最近こっちに来たばっかりなのに、もうそんな異名がついてしまったのか?

―いや、というよりも『王子様』って、あまりにネーミングセンスが無さ過ぎる。今時それは無いだろう。寒気がするんだけど。

  「『黒の王子様』って、誰のことですかね?」

  智久の言葉に、周囲の野次馬はもちろん、目の前の係わり合いたくない二人までもが、目を丸くしていた。

―そんな顔されてもさ、俺他所者ですから。

  「五十嵐智久君?レイちゃんが『白の貴公子』ってことは知ってたんでしょ?」

  「いや、さっき知りました。多分そうかな、と思ったんで、声をかけてみたら当たりだっただけの話です。」

  どうしたというのだ。視線が痛いのに、そこから動くことが出来なかった。それは、目の前にいる二人の眼が、智久が背を向けたその瞬間、狩りに来そうな獣の眼をしていたから。

いつもなら面倒事は回避するために、好奇心で駆けつけても、気配を消して帰っていくというのに、それが出来ないなんて、なんて面倒なんだろう。

  「へぇ?俺達のこと知らなかったんだぁ?」

  「え?みんな知ってるんですか?」

  ―まただ。また怪訝そうな目で見られている。けども、どうすることも出来ないってのに、はた迷惑だ。この街の人たちはみんな変だ。

  「そっか。じゃ~、自己紹介でもした方がいいのかな?ね?レイちゃん?」

  「勝手にしてろ。俺は帰る。」

  「あれま。じゃ~、俺もか~えろっと。五十嵐智久君、じゃ~ね。」

  ―自己紹介すると言ってその後すぐに帰るなんて、自由人だな。ここに取り残された俺はどうすればいいんだよ。都会ってこんな感じなのか?いや、この街がそんな感じなのか?




二人がそれぞれ真逆の方向へ歩いて行ったあと、今までいた野次馬はすぐにいなくなって、なんかいつもの寒い路地裏に戻った。智久がこれからどうしようかと考えていると、誰かが近づいてくるのを感じて振り返った。

  「お前、すごいな。あの二人を知らないなんて。」

  そいつは、茶髪で左耳には二個、右には一個のピアスをつけていて、紫のネットボタンジップパーカーを着ていた。ポケットに手を突っこんだまま、こっちに向かって歩いてくる。

  「俺、最近こっち来たばっかりで。さっぱりわからないんですけど、あの白いYシャツ来てた人が『白の貴公子』ですよね?」

  「そ。正解。で~も、問題はその次。」

  「次って?」

  「もう一人いたろ?」

  ―ああ。あの公園で会った奴のことか、と分かったけど、あいつはいきなり因縁つけてきた奴であって、それだけだ。

  「あいつが、『黒の王子様』だ。知らなかったんだろ?」

  「え、あいつが?」

  ハハハ、と笑うその男は、智久にゆっくり話そうと言ってきて、最初は困ったけど、行くあても無い智久は大人しくついて行くことにした。

男はとりあえず喫茶店に行こうと言って、足早に歩く。

  「何飲む?」

  「ブレンドコーヒーで」

  「OK。カフェオレ二つ。」

  「俺の意見必要ありました?」

  ―話を聞かない人なのか、俺の意見は完璧スル―しやがって。カフェオレが届くまでは携帯いじってるし、カフェオレがきてからも五分くらいはずっと無言だった。何で俺を誘ってカフェオレを飲みに来たんだよ。

  「ふー。じゃ、まず何から話そっか?」

  「話す気あったんですね。」

  心の声が出てしまった。自分から誘っておいて放置とは、女の人には好かれない行為だと思うけど、それを助言する義理もないと思って、カフェオレを飲み続けた。

  「あ、俺は利堂雅孝。二二歳だけど、この街のことならなんでも俺に聞いてよ。」

  「はい。あ、俺は五十嵐智久です。二二歳です。さっきの事なんですけど、その『白』と『黒』って何なんですか?噂の街の支配人みたいな人なんですか?」

  「ああ。あの二人の事だな。俺らと同じ二二歳なんだぜ?」

  利堂という男が言うには、この街にはもともと強い暴力団がいたらしく、その暴力団が、この街にまで縄張りを広げようとしている他の暴力団から、この街を守っていたらしい。それでこの街は平穏を保っていた。

  でも、その暴力団の親分がいなくなってからというもの、力も弱まっていき、この街は侵略されつつあった。若頭を筆頭に、なんとか抵抗を続けていたようだが、なかには敵の暴力団に寝返る者まで出てきてしまって、衰退の一途を辿った。

  そこに現れたのがあの二人。

『白の貴公子』と呼ばれていた男は、本名『達見レオナ』二二歳。現在は過激派の街の番犬として名を馳せているらしい。収入は、暴力団から奨励金みたいな形で貰ってるとのこと。頭脳明晰で、良い大学を出たにも係わらず、頭を使うのが嫌いとのこと。

  一方、『黒の王子様』と呼ばれていたのは、本名『寺内佳正』これまた二二歳。

こっちは自由人で、番犬ほど忠実ではないという。『この街を愛してるから』とか言って、あの独特の笑みで喧嘩を吹っ掛けて、相手が暴力団だろうが何だろうが街の秩序を乱す奴をボコボコにするって、目を光らせてるようだ。智久が感じた視線って言うか、ストーカーもソレだろうと言われた。

収入は謎だけど、多分女の情報とか、大企業から中小企業まで幅広い情報、時には警察の不祥事の情報を流すことで、得ているのだという。




  この二人は、最初のころ『西の番犬』と『東の喧嘩屋』って言われていたらしいが、なんか気に入らないとかで、利堂が変えたらしい。

  「一回、あの二人が喧嘩したことがあんだよ。『黒』が『白』の暴力団の一人に手を出したとか出してないとかでな。街のど真ん中でだぜ?警察まで止めに入ったのに、簡単にのされちまって。結局・・・四時間くらいやってたのかな。兎にも角にも、あの二人のお陰でこの街に手を出そうっていう輩はいなくなったわけだ。」

  「じゃあ、あの二人が今は仕切ってるんですか?」

  「ん~・・・。仕切ってるわけでは無いんだけどな。各々が勝手に至る所で制裁してるだけだからな。助けあうなんてこともしねぇ。」

  「それなら、もうこの街は安泰ですね。」

  智久がそう言うと、グイッと顔を近づけてきて、すごく逃げたい衝動に駆られたけど、後ろには背もたれがあるため、逃げられなかった。

  「それが、今ある噂がある。」

  もう噂はいいよ、と思ったんだけど、利堂があまりに目をキラキラさせてくるもんだから、何とも言えなくなってしまった。大人しく聞くとしよう。

  「その二人に対抗するグループがいるらしい。」

  「対抗?」

  「そうだ。その二人の事はよく分からないんだ。なんせ、この街の奴らじゃないからな。その二人もそれぞれ違う街の奴なんだけど、この街を縄張りにするために手を組んでるらしい。ま、縄張りに出来たら、半分コにでもするんだろうな。その二人も相当強いらしいし。」

  あの二人にさえ係わりたくないのに、同じような奴らがいるなんて、本当に面倒臭い街に来てしまったのかもしれない。それに、この街にこだわる理由も分かんないし。そんなに良い街だとは思えない。

  「この街にこだわる理由って何ですか?」

  「・・・それはな、この街が中心にあるからだ。中心にあるこの街を操れるってことは、ここを拠点としてもっと手広く出来るからな。」

  その意味の真意が読めなかった智久は、だんだん興味が無くなっていて、早くこの街から遠ざかりたいとだけ考えていた。

  「ヤク、拳銃、女、金、名声、それが欲しいんだよ。どいつもこいつも。」

  「この街では簡単に手に入るんですか?確かに街自体は大きいし、金回りはいいんでしょうけど、そんなものが欲しいんですか?」

  「あのな、ある程度の力があれば、暴力団の番犬としても働けるし、警察の用心棒としても雇われる。金が集まれば、また武器を仕入れて力が増す。そして女はついてくるし、ヤクも簡単に手に入る。そしてまた金が手に入る。それの繰り返しだ。」

  「じゃあ、あの『白の貴公子』もそんな感じなんですか?」  

  「いや、あいつはそんなの興味は無いと思うぜ。あいつは生活の金が必要なだけだからな。だからこそ、そんな理由で街をのさばる連中が嫌いなんだ。」

  ―ああ、あの人は偉い人なんだ。

  「『黒』の方も同じでさ、この街で生まれ育ったもんだから、変な規律持ち込んだり、ヤクとかを街に一歩でも持ち込んだ日には、あの世行きだな。」

  智久はあの二人を勘違いしていた。ただの喧嘩馬鹿かと思ったけど、そうじゃなかった。

それぞれやり方は違っても、やる理由は同じなんだ。

  「あ、電話だ。ちょっと御免よ。」

  利堂の携帯が鳴って、なにやら楽しげに話している。長電話で、その間に智久はブレンドコーヒーを頼んで飲んだ。どれくらい経ったころか、利堂が席を立った。

  「俺、迎えに行ってくるから。待っててくれ。」

  智久に拒否権は無いのか。はい、ともいいえ、とも言っていないのに、サッと店から出ていってしまった。

―本当にマイペースな人だ。疲れないだろうな、あの人。




利堂が迎えに行くと言って、出ていってからもう二〇分。することもなく、コーヒーも飲み干したため、水を飲んでいた。トイレに行って戻ると、丁度利堂も戻ってきたところだった。

  「遅くなったな。ほら、ご対面。」

  何がだ、と思ってふと利堂の後ろにいる人に視線を送ると、そこには思い出したくもない、因縁をつけてきたあの男が立っていて、ニコニコしていた。

  「やっ。ま~た会っちゃったね。運命かな?」

  「俺、寺内さんの手伝いしてんだよ。情報集め。」

  ―なんてこった。

智久は頬を引き攣らせて無理に笑った。席に座ると、また注文するのか、利堂がメニューを出した。でもそれは佳正に渡され、佳正はメニューを一通り見ると、一気に注文を言った。

  「ホタテとエビのトマトクリームパスタ、カボチャとコーンのグラタン、ブラウニーと季節のフルーツ盛り合わせパフェ、ほうじ茶。」

  洋風が好きなのか、和風が好きなのかさえ理解に苦しむ注文だし、そんなにこいつ食えんのかって思ったけど、智久は見守ることにした。

店の女の子は、頬を赤らめながら注文を聞いていて、いつまでもポワ~ンとしている女の子に向かって、佳正はニコッと笑って一撃。

  「見てる暇があるなら、一秒でも早く持ってきてくれる?」

  女の子は謝って、マッハで厨房に注文を言って、早く作るようにとさえ叫んでいた。そして厨房の人もマッハで作っていて、皿が何枚か割れる音もした。注文の品を持ってきて、それはそれは綺麗に並べて、頭を九〇度まで傾けて立ち去った。

  「で?何か用なの?」

  「俺は用無いです。」

  ―きっぱり言ってやった。本当に無いから。こいつが『黒』だろうが何だろうが、もうどうでもよくなってきた。ややこしいことに巻き込まれる前に、俺は脱出しよう。いざ、脱藩!!

  「え?俺の手伝いがしたいって?助かるよ。五十嵐君ってイケメンだから、女の子がいっぱい情報くれると思うよ。」

  「いやだから、俺は用無いです。今の空耳ですよね?俺は『黒』にも『白』にももう興味が無くなりました。勘弁してください。」

  「ハハハ。何コレ。なんか刃向かわれてる?初対面の奴にこんなこと言われたの初めてだよ。俺の誘いを断るなんて、なかなか出来ない事だよ。五十嵐君最高。」

  会話が成り立っているのか疑わしい。言葉のキャッチボールは出来ているのだろうか。完全に出来てない。なんかお互いが勝手に投げて、ボールだのファールだのになっている。

  「もう帰ってもいいですか、利堂さん。なんか知らないですけど疲れます。この人と話をしてると。」

  「酷いな~五十嵐君。俺だって暇じゃないんだからね。今日だってこれから女を連れ去ろうとした奴らをボコリに行くんだから。あ、一緒に来る?」

  「俺の話し聞いてました?耳大丈夫ですか?それに、正々堂々とボコリに行くって言う人について行きたくないんですけど。」

  頬杖をついて窓の外を眺めていたら、外がなにやら騒がしくなってきた。最初は佳正のせいかと思っていたけど、そうではないらしい。




群がった野次馬の隙間から、喧嘩をしている人が見えた。

佳正もそれに気付いて、全部食べ終え会計を利堂に押しつけると、颯爽と店を出ていった。

  「ね?俺にそんな態度取っていいと思ってんの?俺を誰だと思ってる?麗しの竜牙宗助様だぜ?」

  「おっ、お前ら何か、『白の貴公子』と『黒の王子様』にやられればいいんだ!!」 

  智久も現場に向かった。尻もちをつきながらも、目の前にいる男を指差し、いきがっている。

目の前にいる男は、金髪。短いながらも後ろで一つ縛りをしていて、左手の中指には指輪が光り、自信家の臭いがプンプンする容姿に加え、首元に輝くネックレス。智久の苦手なタイプ。

  「『貴公子』?『王子様』?プッ。何だよそれ。ギャグ?そんな奴、俺様がぶっ飛ばしてやるっつーの。」

  「誰をぶっ飛ばすって言ったのかな~。」

  金髪野郎に向かって足を進めていく佳正。その瞬間、野次馬がワーッと歓声をあげ、改めて佳正が街の用心棒?としての役割を果たしていることを知る。

  「あ~れま。あんたが『貴公子』?それとも『王子様』の方かな?」

  「お・う・じ・さ・ま。どう見たってそうでしょ?俺以外が王子様なんてあり得ないし~?」

  自信過剰で面倒臭いのが顔を合わせたもんだ。会話はのんびりとしているはずなのに、空気がピリピリしているのを感じる。緊迫した現場。少し遅れて利堂が来た。

会計を済ませようとしたら、十円足りなくて智久に助けを求めようとしたけど、智久はもう店を出ていて、必死で知り合いに電話して借りたようだが、今はそんなことどうでもいい。

  「ふ~ん?ここでは有名人ってわけか。『黒の王子様』?」

  「そうかもね。俺、人気あるから。」

  ―自分で言うなよ。言わなければマシなのに、全くどいつもこいつも自信過剰な連中が集まった街だ。

  「で?君はこの街でな~にしてんの~?誰であろうと、この街の秩序を乱すなら、許さないけど?」

  佳正がそう言うと、金髪野郎は前髪をかき上げる仕草をした。現場にいた女の何人かが、それを見てキャーキャー言っていた。

―え、あんなのがいいのか?キザなんだけど。

  「そうだね。この街のアイドルになるんだから、自己紹介くらいしておかないとね。

竜牙宗介。ピチピチの二二歳。身長は一七八㎝、体重は秘密。ちなみに、バレンタインでもらう本命のチョコレートの数はざっとトラック一台分かな~。ファンクラブなんかも出来ちゃって、ホントに困ってるんだよね~。」

  ―知りたくもねぇ事までベラベラとよく喋る奴だな。

  「まあ、誰でもいいけどさ~、早くどっか消えてくんない?俺、ちょっとイライラしてきちゃったよ~。どうしてかな~?」 

  ―合わねぇんだよ、あんたら。性格が絶対に合わねえんだよ。どっちも自分が一番だと思ってるから、話は先に進まねえし人の話も聞かねえし、最後は自慢で締めくくるのとか、本当に止めてほしい。

利堂が佳正の許へ行こうとしたときに、もう一人の男が現れた。金髪野郎を見つけるとため息をついて近づいた。




  「おい、こんなとこで油売ってんじゃねぇ。何してんだよ。」

  どうやらこの男は金髪野郎の仲間のようだ。黒の短髪をしていて、さっきまで聞いていたのであろうヘッドフォンを首にかけて、ガムを噛んでいる。何度も膨らませてはしぼませて、を繰り返している。

  「なに。君もその俺様男と一緒?わざわざ潰されに来てくれたの?」

  佳正がガム野郎に話しかけた。ガム野郎はこっちを向いて佳正を観察すると、鼻で笑った。

  「ああ、あんたか。『黒の何とか』っていうのは。」

  鼻で笑われたのが癪に障ったようで、佳正の表情が一瞬だけど歪んだように見えた。分が悪いというのか・・・。

そういえばさっき喫茶店で利堂から聞いた二人って、もしかしてこいつらの事かと思い、確認しようと利堂の方を見たら、何やら調べ物をしていた。

邪魔しちゃ悪いとも思ったけど、何だか嫌な感じがして、智久は人混みをかき分けて野次馬の最前列まで進んだ。

  「『王子様』ね。君もこの街の秩序乱す心算なら、許さないよ?」

  「安心してくださいよ。貴方が手を出すまでも無く、この街はあっという間に俺達の手で俺達のものにしてみせますから。」

  「そーそー。そういうこと。さっすが珪ちゃん。頼りになるな~。」

  「へぇ。言うね~。なら、ここでやってみようか?」

  佳正が勝負を持ちかけた。直感的に止めた方が良いと思って、智久はつい前に出て叫んでしまった。利堂も智久に気付いたようで、驚いていたし、佳正も同様。

  「あの、そういうのなら、違うとこでやってもらっていいですか。ここ大通りなんで、すごく迷惑なんですよね。」

  正直、この喧嘩なんか横目で見て通り過ぎることも出来たんだけど、なぜだかそれが出来なかった。言ってしまったんだから、もう後には引けない。

  「え?何あいつ。俺様に向かって言ったの?今。迷惑?この超絶美少年が大通りで何しようが、お前に関係ないだろ?」

  ―まあ、そうなんだけど。本当にいちいち突っかかって来る奴だな。面倒臭いのは嫌いなんだよ。そういうの察してほしいもんだ。

金髪野郎が俺に近づいてくる。髪の毛をサラッとかきあげたくらいにして、スポットライトを浴びているモデルのつもりかよ。




―もうダメだ。別に俺が殴られて済むならいいんだけど、そういう事が無いように、今までひっそりと生きてきたって言うのに、こいつらのせいで・・・。

  でも、いつまでたっても拳が降ってくることは無くて、その代わりに振ってきたのは、聞き覚えのある声だった。

  「何してる。」

  それは、レオナだった。智久に向けられていた拳を、掌で受け止めていた。金髪野郎も驚いたように目を見開いたかと思うと、すぐにニヤッと笑った。

  「これはこれは。こっちが『白の貴公子』さんね。クールだこと。」

  「・・・。誰だ。鼻につく野郎だな。」

  ―はっきり言ったし。みんなが思ってることを、早速代弁してくれたよ、この人。ありがとう。

  「この街のトップの二人に会えたから、もういいや。珪ちゃん、今日は帰ろうか。」

  「そうだな。この程度の街ならすぐ手に入る。」

  そう言って二人はこの街から出ていった。見てはいないけど、出ていったんだと思う。出ていけ。




利堂がやっと佳正の許に行って、レオナにも挨拶をした。パソコンを持っているから、調べ物が終わったんだろう。それを佳正に報告している。

  「竜牙宗介、二二歳。北を拠点としてる奴ですね。中学校の頃に女を買ったこともあります。高校では若くして暴走族のリーダーになり、ヤクを売ってます。自分でやってるわけではないようですが、父親が警視庁で勤めていて、何度も事件や事故をもみ消してもらってますね。大学には入ったんですが、暴力沙汰を起こして退学処分を受けてます。」

  「ふ~ん。困った子だね。で?もう一人は?」

  「はい。空閑珪、こっちも二二歳。南を拠点としていて、中学校の頃から高校の頃まで成績優秀、大学にもトップで入っています。一方で人と接するのを嫌う面があり、友達と言える友達はいません。父親は某政治家、母親は有名弁護士、長男・幸一は医者です。」

  ―なんていうか、二人ともすごい経歴なんだ。その二人がどうやって巡り合ったのかなんて知らないけど、よく仲良くなれたもんだ。

  「で~?レイちゃん、どうする?あの二人、な~んかムカつくんだよね。」

  「俺からしてみればお前もムカつくんだけどな。」 

  「まあね。同感。でも、さ。俺の方が『王子様』でしょ?」

  「話が噛み合わねえと感じるのは俺だけか?」

  ―いや、正常なんです。やっぱりこいつは人の話を聞かない人なんだ。その人について行ってるから、利堂さんも話を聞かないマイペースな人間になってしまったんだ。

  「とにかく、何があろうと、お前とは絶対に手を組むことは無ぇ。」

  レオナはそういうと、どこかへ行ってしまった。智久もそろそろアパートに帰ろうかな、と思っていた矢先、佳正に声をかけられた。

  「で?五十嵐君は~、俺を手伝ってくれるんでしょ?いや~頼もしいな~。」

  「いやいやいや、俺、一っ言も言ってませんよね。人の話をちゃんと聞いてくださいよ。」

  「まーくん。五十嵐君をよりしくね。」

  ―勝手なこと言って、勝手にどっか行くな。

佳正が野次馬の方へ向かうと、自然と野次馬が避けていって、野次馬の花道らしきものが出来る。

―どう考えたっておかしいだろ。なんでそんな扱いされてんだよ。

  「はいはい。じゃ、俺らの本拠地に行こうぜ。」

  利堂に肩を抱かれて、そのまま力任せに歩かされた。




歩いてどれくらい経っただろうか。三〇分くらいか?多分。

利堂に連れてこられたのは、天高―く聳え立つビル。オートロック式のドアを開けて、エレベーターで最上階まで上がる。最上階は全フロアが一つの部屋になっているようで、ドアは一つしか見当たらない。利堂が指紋認証システムに指を置くと、ドアが開いた。

  「じゃ、まあ、その辺座ってて。」

  「はい。」

  その辺って・・・。ソファが部屋の真ん中にドンとある。いや、ポツンとある?

向かい合うようにして、四つ並べられていて、その中心には透明のテーブルがあった。とりあえず窓に近づいて、外を眺めてみた。

高い。すごく高い。

  「やっ。五十嵐君。いや、これからはそうだな~、智くんがいいか。」

  「馬鹿と煙は高いところが好きっていいますよね。」

  「智くんって何気に毒舌なんだね~。覚えておかなきゃ。」

  「なんか気分悪いです。気持ち悪いんじゃなくて、気分が悪いです。」

  「遠まわしに、俺が嫌いって言いたいのかな?智くん、まず俺の方見ようか?」

  こんな会話を続けるのも疲れてきたから、しょうがなく佳正の方を見た。気付かなかったが、部屋の隅に大きな机と椅子があり、その椅子に座っていた。

くるくる回る椅子で、佳正は智久が自分の方を見るまでずっと、クルクルクルクル回っていた。これは、窓ガラス越しに見えた。楽しそうに笑いながら回ってた。

  「俺は誰にも従わない。何処にも属さない。自分のやりたいようにやる。」

  「ハハハ。智くん、レイちゃんみたいな事言うね。すごく立派な心掛けだとは思うんだけどさー、それじゃあ俺を敵に回すかもしれないよ?」

  「考え直せよ、智久。お前絶対に寺内さんを超えられる!顔でも!人気でも!」

  「まーくん?一回消えようか?」

  なんで自分がこの佳正につかなくちゃいけないのか。なんだか面倒事を押しつけられるだけでなく、それ以上になんかありそうで、退散したかった。

  「大体、人をつけて住所から名前から調べて何が楽しいのか俺には理解不能だ。それに、あんたを尊敬してるわけでも、ましてや崇拝してるわけでもないのに、どうしてあんたのために俺が動かなくちゃいけない?全く持って無関係だ。よって、俺にはあんたに手を貸す理由は何一つもない。」

  貴重な時間を無駄にされた。智久は人生を自分のために捧げると決めている。いや、もちろん将来ソレは変わっているのかもしれないけど、今のところ変わる要素は何もない。しかも、別に人気者になりたいとか、人の上に立ちたいとか、そういう理想も欲もない。

  「智くんて、理論的なんだね。俺、そういう人って好きだよ。理屈っぽい人は少し苦手なんだけどね。」

  「とにかく、俺の時間の使い方は俺が決めます。」

  「うん。それでもいいよ。『王子様』につく『騎士』ってとこだね。うわ、カッコイイ。」

  日本語が通じているのか、本当に疑いたくなるときがある。智久はキレるような性格じゃないけど、こうも上手く会話が噛み合わないというか、成立しないと、どうしていいのか分からない。

  「遠慮しないでよ。智くん、大歓迎。」

  「遠慮じゃなくて、拒否だ。」

  「智久、キャラ変わったのか?どうした?」 

  智久と佳正のやり取りを見ている利堂に横から言われたけど、考えてみたら同じ年なんだから、ずっと敬語もどうかと思ったまでだ。親切にしてくれた人にこういう態度は決して取ることは無いけど、この男は違う。人を巻き込んで楽しんでる。自分の権力でなんとかなるとか思ってるから、なんとなく流されるのが嫌だった。

  それに、さっきの奴らと危険な喧嘩をするとこは目に見えている。それが分かっていて、自分からそれに巻き込まれに行くような馬鹿じゃない。

  「折角スカウトしたのにな~。どうしてもダメ?」

  「ダメっていうか、ヤダ。」

  拒否。拒否。拒否。

それしか頭に入っていない。

  「じゃあ、今日のところは諦めるよ。智くん、意外にしぶといから。まーくん、さっきの資料コピーしといてくれた?」

  「あ、はい。」

  利堂が佳正に資料を手渡した。

ちらっと見えただけだから正確な内容までは分からなかったけど、さっきの奴らの身辺調査の件。でも、それだけにしては少し枚数が多いような気もする。

まあ、そういう事はよく知らないから、智久の勝手な意見なんだけど。

  佳正が資料を見ていて、その資料を智久は少し離れた所から眺めていたら、佳正が智久に気付いて、ニコって笑われた。智久はすぐに顔を逸らす。

  「興味ある?あの二人。」

  「別に。」

  「ハハハ。どっかの記者会見で聞いた台詞~。」

  そう言ってまた資料に目を移した佳正。智久はこの部屋唯一のドアに向かって足を進め、そのドアノブに手を掛けた。その時、佳正から声を掛けられた。

  「智くん、何処行くの~?」

  「・・・帰る。」

  「帰ってもいいけど~、この時間帯にこの辺りふらついてると、水商売の女に声かけられまくるよ。智くんカッコいいから特に。気をつけてね。」

  「そういうのは秩序を乱してるって言わないのか?」

  「秩序はね。ま、風紀は乱してるんだろうけど。この街の秩序・規律・最低限のルールを守っていれば、向こうも商売だからセーフってとこかな?」

  案外曖昧な定義で、最低限のルールとかってのも、個人差によるものだと思うけど、それで上手く歯車が回転してるんだから、構わないか、とそう解釈した智久は、ドアノブを回してエレベーターを降り、外へ出た。外は少し肌寒くて、もう一枚くらい着てくればよかったと後悔する。

  「いいんですか?行かせちゃって。」

  「いーんだよ。智くんは、この勝負にキーマンになると思うから、どの道逃げられはしないんだからね。」




  知らない道を通りたくはなかったから、来た道を戻る。佳正が言っていた通り、わずか十mほどの一本道を歩いている間に、五回以上声を掛けられて、その都度丁重にお断りをしていった。

女によってなのか、その店によってなのかは知らないが、すぐに諦めてくれる人と、しつこいくらいに腕を引っ張る人がいた。文字通り、鼻が曲がるかと思うほどキツイ香水を身体全体に纏っていて、智久にとっては不愉快なものに感じた。

まだ汗の臭いの方がマシだと思うけど、きっと女の人は違うんだろう。

  「頭がクラクラする・・・。気持ち悪・・・。」

  やっとの思いで抜け出して、近くのラーメン屋に入り醤油ラーメンを頼んだ。今はさっぱりするものが食べたいと思って。おやっさんと世間話をしながら食べていたら、少し心が和んだ。

店を出て、また同じような道を通らなくちゃいけない事を悟って、思わずため息が出た。

でも、一、二人にちょっと声は掛けられたけど、すぐに退散してくれて助かった。

さっきの道からさほど離れていないにも関わらず、差が激しいとは思ったけど、智久はとにかく早くこの香水が漂う場所から逃げたくて、足早に抜け出そうとした。

  あるお店から、聞き覚えのある声と、見覚えのある姿が見えた。そんなの無視して通り過ぎれば良かったんだが、智久の足はなぜか止まってしまったんだ。

  「やだー。ホント―ですかー?」

  「竜牙さんってば面白い~。」

  「本当だよ~。ほら、俺って紳士だから、女性が寄ってきちゃうんだよね~。あ、でも、君たちが一番キレイだよ~。」

  ゾクッ・・・。

―寒気がする。何だ今のクサイ台詞は。久々に聞いたんだけど。

その男はまだ智久の存在に気づいてはいないようだったから、下を向いて走って行けばなんとかなるだろう。




  人生、そう甘くは無かった。

ガシッ。

強く掴まれた智久の左腕は、自分の腕では無いと思いたかったけど、視線を肩かた肘、そして手首から先を順に追って見たら、やっぱり自分の腕だった。

  「やあやあ。確か、昼間会った青年だよね?俺と張りあえるくらい顔立ちがいいから、よ~く覚えてたよ。」

  「人違いです。俺昼間は家でゲームしてたんで。」

  「あ~!!あたしもこの人覚えてる~!!イケメンは忘れないし~!」

  ―何だこの女。知らねぇよ。別に俺イケメンじゃねぇし。

智久は、顔が歪まないように細心の注意を払いながら、男の方を向いた。男は、両手に花?なのだろうか、とにかく女を連れていた。

今すぐ鼻を指で押さえたい衝動に駆られたが、非難を浴びるのが容易に想像出来たため、止めといた。

  「いや、だから人違いです。あれじゃないですか?ドッペルゲンガ―。」

  「ハハハ。君、面白い事言うね~。俺、そういう人って嫌いじゃあないな。どう?俺の配下にしてあげてもいいけど?」

  ―どいつもこいつも馬鹿ばっかだ。

さきほどの佳正との会話が、智久の頭の中で思い出されて、反芻し出したもんだから、ちょっとだけイラッとした。

  「興味無いです。失礼します。」

  そうは言ったものの、この男、掴んだ智久の腕を離そうとはしない。ニヤニヤした顔のままで、智久が力を入れて振り払おうとしても出来なかった。

智久も負けじと無表情を変えることはしなかった。

  「あれ~?もう帰ったと思ってたのに、ま~だこんなとこにいたんだ~。」

  また聞き覚えのある声。しかも、ついさっきまで聞いていたであろう、姿なきその声。




どこにいるんだと思って、辺りを見渡したけどいなくて、空耳かと思っていた。そしたら、いつの間にか、智久と男の間には一人の男が入り込んでいた。

智久の腕は離されていて、晴れて自由の身だ。

  「だ~から言ったじゃない、智くん?危ないんだよ、って。」

  「こういう意味では言って無いと思う。てか、どっから来たんだよ。」

  「智くん、ホントに口調変わったね。ま、いいけど。あそこからだよ。」

  そう言って佳正が指差したのは、五メートルはあろうビルの横についてる看板。どうやら、ビルから看板に飛び移って、今の位置にいるようだ。

―運動神経とかの問題なのかな。人間離れしてんじゃないのか?

  「で?智くんを口説こうなんてね。俺、許可してないよ?」

  「『王子様』の許可が必要なんだ?そんなシステム初めて聞いたよ。以後、気をつけることにするよ~。」

  「ま、以後この街に来てほしくはないんだけどね。」

  近距離で睨みあってる。その空気に、女たちは店に戻って避難した。

―冷静な判断だとは思うけど、俺はどうしたらいいんだろうか。助けてもらった手前、勝手に帰るのもどうかと思うしな・・・。

恩を仇で返すわけにもいかない。借りは返す主義だから。

  「智くんって言うんだ。俺のことは、宗介って呼んでくれて構わないからね~。」

  「呼ばないですし、俺のことも呼ばないでください。」

  「まあ、今日は『黒様』と『白様』を見られたからいいや。収穫は十分。それに、珪ちゃんにまだ暴れるなって言われてるから、喧嘩も出来ないし。俺は真っ直ぐ家に帰るよ。」

  「早くしてくれるかな?目障りなんだよね。」

  竜牙はそのまま駅の方に向かって歩いて行った。智久も帰らなくちゃと思って、軽く礼をして駅の方に走った。佳正に手を振られて、明日ね、と言われたけど、正直もう来たくは無いと感じた。

  智久がアパートに着いたころには、時計の針は一二時を少し回っていた。




  小さいころから運動が好きだ。勉強はまあまあ。他人なんかどうでもいい。

食にこだわりも無く、お洒落にも興味は無く、周りに流されるのが嫌いだ。そういう性格。

無気力な俺を動かすものは、“好奇心”それだけ。理屈とか科学では説明できないものが、世の中にはゴマンとまるはずだ。それを探すまでの過程が楽しい。

  ―なのに、なんだ昨日のは。

情報ばかりが輝いていて、実際に会えたと思ったら、まさかの仕打ち。一つの噂にいつまでも首

を突っ込んではいられない。新たな噂や宙に舞う伝説を聞きたい。

そう思って、昨日同様に晴れ渡った青空の下、智久はとある駅の改札を抜けた。

―何か面白い話の一つでも聞けるならいいんだけど。

  「ねえ、またヤラレたんでしょ?今度は何処の学校の子だっけ?」

  「私立の鏡音麗林!お嬢様学校でしょ~?マスコミとかもすごかったよ~。」

  「今回の被害者、松宮財閥の一人娘なんだって~!!」

  ―ただの事件か?松宮財閥って言えば、確か最近よくニュースに出てくるよな。貿易から病院から銀行、自動車メーカーとして名前を轟かせてるんだよな。でも去年は不景気の影響もあってか、株も大暴落。どっかの会社に飲み込まれたとか。

  「あの~。」

  「え?」 

  智久が考え事をしながら歩いていると、さっきの女子高生に話しかけられた。

なんだろうと思っていたら、向こうでキャッキャッ言っていて、よく分からない。携帯を手にしていて、その携帯には、邪魔だと感じるくらいに掌より少し大きめのサイズの人形が、二・・・いや、三個ついていた。

  「番号交換してもらってもいいですか~?」

  「は?番号?」

  ―なんでだ?番号を交換したとして、俺に何のメリットがあるんだろうか。いちいち携帯を出すのも面倒だし、赤外線にまで押すボタンも面倒だ。

  でも、その女子高生たちは智久の話を全く聞こうとせず、携帯を赤外線にして、すでに交換する準備をしていた。

  「いや、俺交換とか・・・。」

  しないよって言おうとしたら、智久の携帯が、自分の目の前にあった。

  「智久くんの番号を交換したい人は並んでー。」

  「りっ、利堂さん!?」

  利堂が、智久のポケットに入っていた携帯を取り出して、勝手に交換を始めてしまった。

返してもらった時には、アドレスに知らない番号と名前が三つ登録されていた。しかも、利堂のまで入っていた。いや、交換してないはずだ。

  「いや~流石だよ、智久。」

  憎たらしい笑顔で智久の肩を叩く利堂を、思いっきり睨んでみた。効果は無かったようだが。見知らぬ登録を消去しようとしたら、利堂が慌てて止めに入った。

  「怒るなって。な?多くの人と番号を交換するってことは、それだけ多くの情報が手に入るってことなんだから。自分を誇りに思え。」

  「いや、意味分かんないから。俺別に情報とかそれほど欲してない。」

  財閥のお嬢様がどうしたこうしたは気にはなったけど、だからどうした、という感情があることも確かだ。事件とかは専門外で興味外。それは警察にでも任せていればいい。

  「さっきの女子高生が話してたヤツ、昨日の『空閑珪』が深く関係してるのかもしれない。」

  「で?」

  「本当は智久だって興味あんだろ?報酬はちゃーんと払うから、少しだけ手伝ってくんねぇ?」




  利堂の土下座に負けたわけではないけど、昨日助けてもらったから、借りを返す良い機会だと思った。バイトで貯めた金も底を尽きそうだったから、『報酬』という言葉に魅力を感じたのも確かだ。

  ―それに、どうも気に食わない。『黒』と『白』も然ることながら、金髪野郎とガム野郎の二人も。

  智久は、さっきの女子高生に連絡をして、最大限にまで愛想をよくしてみた。会ってさっきの話を詳しく聞きたいと言うと、即答でOKしてもらえた。

―最近の子は、もう少し危機感を持った方がいいと感じた。

  「でさー、ここんとこ、あたし達くらいの年代の子を連れ去って、脅し?みたいなことされるんだよねー。」

  「あれじゃん、あれ!誘拐みたいに、脅迫電話もあるって話も聞いた!」

  「金を払ったからといって、百%無事に帰ってくるわけでもないんだよねー。遊ばれた子もいるってー。」

  ファミレスでさっきの三人の女子高生と待ち合わせをして、利堂の奢りってことだったから、好きなもの食べていいよと言えば、遠慮なしに色々頼まれた。近くの席にいる利堂の顔が青くなったのは、見なかったことにしよう。

  「その狙われた子達って、どういう子?」

  ―とにかく聞ける事は聞いておかないと。早く面倒なことから逃げたい。

  「んー、よく分かんないけどー、お金持ちが多いかな?」

  「でもさー、親父が小さい工場の子もいたじゃん?」

  「小さい工場?どこの工場?」

  聞き出せる事を聞いたら、お会計を利堂に任せて、智久は被害に遭った人たちの家を回った。どういう家族で、どういう仕事で、人間関係はどうなのか、等。

そして、なんとなくだけど、被害に遭った人たちの共通点が見えてきた。

利堂と待ち合わせをした公園に、時間の一五分前についた。メモした紙を眺めながら、ボーっと待っていた。

  「よっ。お待たせ。」

  利堂が缶コーヒーを持って、智久の隣に座った。智久にも一つくれて、それを開けて飲んだ。

  「で?何かわかったか?」

  「まあ、おおよそ。多分・・・」

  智久が詳しく話そうと思ったら、携帯が鳴った。誰だろうと思ったけど、それは登録していない番号からで、智久は出ないで話を進めようとした。でも、利堂が出なよ、っていうから、仕方なく出た。

  「あの、どちら様ですか?」

  《もしも~し、智くん?分かった事、教えてくれる?》

  ブチッ。

智久は電話を切った。切って、またポケットにしまって、利堂に話を続けようとしたら、また携帯が鳴った。さっきと同じ番号で、出ずにポケットにしまおうとしたら、利堂に携帯を奪われて、通話になってしまった。

  「寺内さんに話した方が手っ取り早いからさ。」

  「・・・。もしもし。」

  《酷いな~。せっかくまーくんから番号教えてもらったのに~。》

  「プライバシーって知ってるか。」

  《まあ、いいじゃん。それで?何が分かったの?》

  「推測だぞ。」

  《うん。いいよ。》

  智久は諦めて、今ある情報から導き出される答えを伝えた。利堂は智久の隣で話を聞いていて、佳正も電話の向こうで、相槌を打ちながら聞いていた。




  被害者の親は有名な会社の社長、もしくは小さな工場の社長であること、世界を股にかけた仕事をしている人達であること、世界シェアを占める技術と物作りをしていること、誘拐された娘はみんな悪戯されていたこと、『空閑珪』の家族が、政治家・弁護士・医者であること、さらに『竜牙宗介』の親が警視庁の人間であることを総合的に判断した。

  《ふーん。つまり、もうこの街を喰い始めてるってことかな?》

  「そう考えて間違いない。あんたらに喧嘩を売るんじゃなくて、まず周りから落としていこうとしてるんだ。その結果、株の暴落や大幅なリストラに追い込まれてる。」

  《権力はあるから、あとはソレの使い様ってわけだ。》

  「ああ。徐々に侵食してる。こうしてる間にもな。」

  《ま、大体のことは分かった。ありがとね~、智くん。》

  ―そう言うと、一方的に電話を切った。・・・切りやがった。あの野郎。

  「智久、どういうことだ?」

  利堂がいたことを、智久はすっかり忘れていて、隣に人影が見えた時は吃驚した。

  「大手の社長、もしくは小さいけど世界シェアを占める工場の娘を誘拐する。そして、娘を餌にして脅す。『竜牙』もしくは『空閑』の街の大手の会社と合併しろ、それか聞かないようなら実力行使。喰い尽くす。会社を飲み込んじまうだろう。娘が帰ってきても、その娘は悪戯されてる。多分、写真とかビデオに撮られてるから、警察にも言いにくい。結果、この街の大企業から、世界シェアを占める子会社まで自分のものにし、掌で操れるってこと。」

  智久が一気に言って、隣の利堂の方を見ると、理解出来ているのか、今頭の中で理解しようと努力しているのか、目を閉じてブツブツ言っていた。

―でもまあ、あの二人が組んだのも、互いの家族のことを知っていたからかもしれない。警視庁勤務から政治家、金が回りやすいのは事実だし、真実を隠すのにも、もってこいだな。

  「なるほどな。もう勝負しかけてたのか。」

  「ま、こっちは暴力団の番犬と、ナルシストな用心棒。あっちの二人の方が、守られる力も、それを動かす力もあるってわけだ。抑止力は大切だと思うけどな・・・。」

  「抑止力?」

  「人間としての。喧嘩売るなら正面から。仁徳も道徳もあったもんじゃない。」

  ベンチから立ち上がって、智久は歩き出した。利堂が智久の後をついていく。

これから智久自身がどう動くのか、考えていたわけではない。ただ、コレが事実なのであれば、止めなくちゃいけないと思うし、それくらいしか出来ないだろう。

  今までに起こった事件は、四件。さっきの松宮財閥と、あと三件。これまた世界に名を馳せる某IT会社の娘、それから世界シェア六〇%を占める某流通会社の娘、そして町工場ながらも、匠の技を持つ技術者のいる、世界シェア九〇%を占める、某医療機器メーカー会社の娘だ。

  この街には、大企業から、そういった子会社まで、合わせて一五ある。

―きっと、あいつらはそれ全部を潰す気なんだろう。そしたら、この街は生命線を失う。完全に喰われてしまう。

  「どうすりゃいいんだ?止められんのか?」

  「さあ?だけど、使えるものは使わないと。」

  智久は携帯を取り出して、ある番号にかけた。十回コールが鳴った後、今まで寝ていたのか、掠れた声が聞こえてきた。




  「よお。有馬。久しぶり。頼みたい事があんだけどよ。・・・あ?違うって。この街の大手から子会社までの収益リスト作ってくんねぇか?その社長の子供の学校もな。」

  「誰だ?有馬って?」

  「俺の幼馴染。機械にめっぽう強くて、ハッキングすんのが趣味なんだ。」 

  「ハッキングが趣味!?」

  利堂が驚いている間に、智久はもう一人に電話をかけた。

  「大須賀?俺、五十嵐。うん、そう。今からこっち来れるか?頼むな。」

  「智久、お前、何者?」

  「は?ならず者?」

  利堂と街を歩いて二〇分。目的の場所に着いた。そこは昨日来た場所であって、もう二度と来たくは無いと思った場所だが、とりあえず報酬をもらいに来た。

利堂が脇から、やっぱ手伝ってくれんだ、なんて言っていたので、全否定した。

―そういうことではない。あいつらに物を頼むと、高くつくからだ。

  「あっれ~。智くん。どうしたの?嬉しいな~。」

  「ん。」

  「何?この手。」

  「報酬を貰いに来ただけだ。あんたから言われた事はやった。もういいだろう。」

  佳正の前に手を出して、請求した。佳正はその手をじーっと見つめていて、そのうち、手相を見始めた。

  「残念。智くん、生命線短いね。レイちゃんと良い勝負。」

  「誤魔化すな。俺は急いでる。」

  「でもね、智くん。智くん、これから何か動こうとしてるでしょ?そして、それは俺達と同じ目的のはずだよ?手を組んでも良いと思うけど。」

  「ここからは俺の興味だ。情報を流す心算は無いし、売るつもりも無い。」

  「それはどうだろう。智くんはもう十分係わってるんだよ。今回の喧嘩に。それに、折角智くんの優秀なお友達を動かしたんだから、俺からそっちに報酬も支払うよ?どう?」

  智久は駆け引きは苦手だ。先手先手を読んでる心算でいても、最後の切り札として残しておく事が出来ない性分。相手の思うつぼである事は分かっていても、それよりも今は、あいつらに払う報酬で頭が一杯だ。

  「良い話だと思うけど?」

  「・・・。分かった。しばらくはあんたと情報を共有する。」

  「物分かりが良い人は好きだよ。」

  大須賀に電話をし、場所をこのビルに変えてもらった。大須賀は最初戸惑っていた。まあ、無理も無い。誰でもそうなるだろう。

  「君が大須賀くん?噂はかねがね。人から話を聞き出すのが上手くて、時には枕で聞くって聞いたけど、本当?」

  「おう。情報を聞き出すためなら、相手の要望に応える。コレ鉄則。」

  大須賀は裏情報に詳しい。というか、裏にしか興味が無い。敏腕記者なのだが、その腕の凄さから、嫌われているのもまた事実。裏にあるものは表に出してこそ、裏であった価値がある、らしい。

―どうもそのへんは理解できないが、あいつのポリシーらしいから、しょうがない。

  「で?記事でも作ってくれるの?」

  「いや、俺の仕事は、あくまで裏情報の収集。記事にすんのは、証拠が全部揃ってからだ。五十嵐に頼まれた裏情報を持ってきただけ。」

  「この短時間で、何かわかんのか?」

  大須賀の自信満々な言葉に、利堂が驚いていた。そりゃそうだ。大須賀は本当に裏が好きだ。警察も政治家も弁護士も医者も、裏の臭いがプンプンするものばかり。餌に喰らいつくと、こい

つは絶対離さない。海の底だって宇宙の果てだって追っていく。ようするに、しつこい。

  「まず、『竜牙』の父親は警視庁警察学校の副校長で、普段は真面目で厳しく、不正行為は絶対に許さない姿勢だという。みんな良い人とか、頼りになるとか言ってる。だけど、これは警視庁内部でも一部の上層部しか知らない事だけど、一回、幼女趣味で処分を受けてる。ま、その処分っていっても、口頭注意だけだ。その女の子に話を聞いたんだけど、どうも息子のことで悩んでたらしい。」

  「大した趣味だね~。俺も気をつけようっと。」

  「で、ここから。その後も何度か未成年の女をホテルに誘ったことがある。それなのに、やーっぱり職は失って無い。・・・何でだと思う?」

  大須賀が至極楽しそうに話す。

―ま、こいつは結構分かりやすい性格なのかもしれない。こいつが好きなのは裏なんだから、大体の察しはつく。

  「『空閑』か。」

  智久がそう言うと、ニヤリを口角を上げて笑った。佳正は何を考えているのか分からないけど、窓から外を眺めていた。でも、その耳はちゃんと話を聞いていた。

  「そっ。『空閑』の母親が、弁護士の力で少女を黙らせた。あなたがされた事を、皆の前で話さなければいけない、とか、最中の証拠写真があるけど、皆に見られてしまう、とか言ってな。少女は訴えるのを断念。」

  「孕んだりしたらどーすんだよ。その子の親も黙ってらんないだろ。」

  利堂がすかさず聞いた。大須賀はその質問にも笑みを浮かべて、楽しそうに続けた。

  「医者がいんだろ。お兄さんが。」

  「医者が中絶の手術したのか。」

  「そっ。届け出が出てれば、法律的にも問題無いしな。親に内緒でやったんだろ。同意書だって、本人じゃなくて、『竜牙』の父親の代理人が書いてもバレないしな。」

  大須賀は此処まで言うと、今日はそれしか分かんないと言って、帰って行った。報酬は、全部の情報を提供してからでいいと言われて、智久も安堵した。

  すると、今度は有馬から電話がかかってきた。智久はすぐに出て、佳正にファックスがあるか聞いて、こっちに送ってもらう事にした。ガ―ッと音がして、数枚の紙が送られた。

有馬と電話を繋ぎながら受け取り、御礼を言ってから切った。

  「智くん、仕事早いね~。惚れ惚れしちゃう。」

  「なんでそっちは情報集めないんだよ。暇だな。」

  「集めてるよ~。今は、その報告待ち。」

  有馬から送られた資料を眺めて、今まで狙われたとこをマーカーで塗り潰した。

  「次は誰が狙われるか分かったか?」

  利堂に聞かれたけど、智久はそれを考えていたから、耳には届かなかった。

  「次のターゲットは、藤本美咲ちゃんだと思うよ。」

  「え?」




  佳正は、さっきまでのんびりと窓の外を眺めながらコーンポタージュを飲んでいたかと思えば、急にそんなことを言い出すもんだから、頭でも打ったかと思った。

  「ほら、コレ。」

  智久に向かって、何の資料か分からないけど、資料をバサッと投げてきた。もうちょっと大事に扱ってほしいものだ。

  「『空閑』の父親が、選挙のための演説をしに行く場所の近くで誘拐されてるね。今度の演説はここから少し遠いけど、五丁目の商店街だから、まーくん。車出せるよね?」

  「はい。」

  「藤本美咲・・・。五丁目にある総合病院の後継人。なるほど。」

  「智くん。勝負は明日。頑張ってね。」

  ―いや、何かおかしくないか?何で俺がそこに行くって決まってんだ?その情報源がどこからかは知らないけど、自分で行けよ。

  「ハハハ。智くん、すごく嫌そうな顔してる~。」

  ―ケラケラ笑いやがって。こき使うなら、利堂さんだけにしてほしい。それに、これは俺の喧嘩では無い。『黒』の喧嘩だろ。言いたい事は山ほどあったけど、なんかもう疲れた。

  「あんたは何すんの。」

  「俺だって忙しいんだよ?女の子の保護なんて、俺の規格外。そっちは智くんに頼むとするよ。」

  「・・・俺は全部が規格外だ。」

  そんなこと言っても、佳正が曲がるわけ無い。

第一、智久はこの街に愛情のカケラもない。この街が飲まれようと、自分には無関係だと思っていた。誰が誘拐されて。どこの会社が潰れようとも、智久は涼しい顔でこの街を歩けるはずだ。

それなのに、どうしてその智久が、今女の子の保護の任務を命じられたのか分からない。

  「俺、そこまではしない。別にその女がどうなろうと、関係無い。俺が興味あるのは・・・」

  「人間の心理・・・でしょ?」

  「!」

  人の心を見抜くような鋭い視線。

―そうだ。俺はこの男のこの目が嫌いなんだ。全てを見透かされてるような視線の先には、人の動きまでも読んで、自分では手を下さない。

  「ハハハ。智くん、俺のこと相当嫌いなんだね。じゃあ、分かった。女の子の保護はしなくてもいいよ。まーくんに任せるから。でも、情報は共有してくれるかな?それが、智くんのためでもあるんだからさ。」

  「俺のため?自分のためじゃないのか?情報は共有するつもりだ。それは、誰かを助けたいとか、この街を守るためなんかじゃない。面倒事が嫌だから、あんたらに早くカタつけてほしいからだ。」

  少しの間、といっても、ほんの一分くらいだと思うけど、智久にとってはその時間がとても長く感じた。睨みあっていると言っても過言ではない状況に、利堂が慌てていたのが分かった。

智久はその後すぐにアパートへ帰って、まだ四時だったけど、軽くシャワーを浴びたら布団にダイブした。




  ―確かに、あいつの言っていた事は当たっている。俺が興味あるのは人間の心理。こういう状況に陥った時の人間の行動範囲とか、感情とか、周りの人の言動が知りたいだけだった。慌てるのか、泣くのか、怒るのか、はたまた呆然としてしまうのか・・・。

―事件の被害者となる女の子は勿論、犯人の心理もそうだ。今回、事件に係わっているのが、警察や政治家、弁護士や医者だと知った時はゾクゾクした。

―権力も地位も名誉も金も。何もかも手に入れた奴らが、たった一つの街を手に入れるために犯罪を犯している子供をどう思っているのか。そして、その犯罪が明るみに出たとき、簡単に崩れていく全てを前にして、どんな事を思うのか。どんな風に絶望を迎えるのか。それが見たいだけ。

  智久が仰向けになって、寝かかっていた時、携帯が鳴った。表示には、『利堂雅孝』とあった。

あまり気が乗らなかったが、何回も鳴るもんだから、しょうがなく出た。

  《智久。ホントに明日その・・・来ないのか?》

  「ああ。俺は保護に興味は無い。俺は俺でやらせてもらう。心配しなくても、情報はちゃんと渡すから。」

  《うん。まあ、それもあんだけどさ、あっちの奴らも智久のこと探してるから、気をつけろよ。》

  「俺を?何で?」

  《智久は覚えてないのかもしれないけど、もともとこの街には最強無敵の組織があったんだ。どんな暴力団も手が出せない。その組織の奴に少しでも手を出せば、その何十倍にもなってやり返されるからだ。》 

  「・・・そんな組織あったのか?なんで無くなったんだ?」

  《いや、それは・・・あっ、寺内さん。》

  「・・・。」

  《じゃ、じゃあな。気をつけろよ。》

  さっぱり意味が分からない。どうして智久を探す必要があるのか。自分はこの街とは何も関係ないはずなのにと、首を捻る。




  「なんだ、この金は。」

  「だから、俺達の命を守ってくれよ。な?お前は番犬だろ?金を餌に食いつく番犬だろ?

この街で抗争が起ころうとしてるのは、火を見るより明らかだ。俺達はまだ死にたくねぇんだよ。」

  「そういう問題じゃねぇよ。どうして、隣町のてめぇらが頼みに来たかって聞―てんだよ。」

  「まあ、それはいいじゃねぇか。お前の方が強いって見込んだからだ。」

  「・・・。竜牙と空閑の策略か。」

  「なっ・・・。んなわけ、ねぇだろ?」

  「悪いが、俺が番犬を務めるのはこの街だけだ。幾ら金を積まれようとも、街以外の奴は守らねぇ。」

  「!!くそっ!!おりゃあああああああ!」




  早く寝たせいか、智久は次の日の朝、五時に起きてしまった。今日はきっと興味深いものが見られるのだ。なんせ、今日は女の子が誘拐される日だから。

その子の親はどういう反応を示すんだろうか。娘が悪戯されたと知ったら、どんなに怒り狂うのだろうか。それが今後のこの街に係わる伏線だと言う事も知らずに、会社ごと飲まれる感覚は、一体どういうものなんだろう。

智久はそのことで頭がいっぱいだった。人間の心理ほど、智久の興味を惹くものはない。

  「さて、と。」

  智久は動きやすいパーカーに着替えて、ズボンを穿き、少しの金と鍵を持ってアパートを出た。

空は雲行きが怪しく、傘がいるとは思ったけど、わざわざ傘を持ってまで出かけたくないと思い、戻ろうと思えば戻れた距離だけど、そのまま駅に向かった。

風が冷たくて、ネックウォーマーで口元を隠す様にして、凌いだ。五丁目の商店街では、政治家の大御所が来るというんで、朝早くから、地域の人で賑わっていた。・・・その陰で何が行われているのかも知らずに。

  お年寄りから若い人まで、よくもまあ、こんなに集まったもんだと感心するくらいだった。

主役が登場する前から盛り上がっていて、ホント、反吐が出る。

智久のに言わせりゃ、こんなのパフォーマンスだ。目を釘付けにして、感動もしないはずの出来事が、周りが盛り上がることで、その場の勢いで盛り上がってしまう、パフォーマンス。

  でも、そのパフォーマンスにはきっと穴がある。警察が事故を起こす様に、政治家が街を売る。

小雨がパラパラと降ってきたころ、その車はやってきた。最初に出てきたのは、付き人のような人。車の上に立って演説するのかと思えば、アスファルトの道路に立って、マイクを手にした。

  《私は、みなさんと同じ視線で政治をしていきます。みなさんを見下ろすような人が、政治家になれるでしょうか、いえ、なれません。》

  とか、これを言えばオチる、という台詞から始まったもんだから、智久は鼻で笑ってしまった。

―なんなんだ、この茶番劇は。虫唾が走る。付き人に傘を持たせておいて、何言ってんだ、このオヤジ。

どれくらい経ったかは分からない。とにかく欠伸の出る演説がやっと終わって、そいつらは地域の人たちに握手をし始めた。このままだ自分のとこまで来る。そう思った智久は方向転換して、近くにあった団子屋に入った。

  ―あの歯が浮くような台詞を綴っていた奴の握手なんて、金を払われても断る。

  店の中に入ったからか、少し暖かくなったように感じた。ま、朝飯もまともに食って無いから、軽食として食べようと思い、メニューに手を伸ばした。

すると、伸ばした手の延長線上に、いつか見たような背中が見えた。手に少しではあるが包帯をしてある。怪我でもしたのだろうか。

  とりあえず席を移動して、その人物の一個席を開けた隣に座った。そして、みたらし団子と白玉団子、三色団子の各セットを頼んだ。

  「こんにちは。」

  その人物は、智久に話しかけられて若干だけ目を見開いた。でもすぐに前を向いて、再びお茶を飲みだした。その人の皿には串が十本以上あった。きっと演説中、ずっとここで時間を潰していたんだろう。

  「五十嵐・・・だったか。なんでこんなとこにいる。あいつはどうした。」

  「あいつって?」

  「佳正だ。一緒だと思ったんだが。」

  「ああ。馬が合わないと判断したから、俺は俺で動くことにした。」

  レオナが少しだけフッと笑った気がした。佳正と一緒に仕事をしたくない理由はきっと、智久と同じはずだ。人間というものは、どう努力をしたって『合わない』という感覚が生じるときがある。このときに、無理に合わせようとすると、毎日が窮屈になってしまう。

だから、智久はあえて独りを選ぶ。そうすることで、合わせるとこは合わせるけど、嫌になったら自分のペースに戻すことが可能になる。

  「んで?五十嵐はここで何をしてんだ?」

  「・・・多分あんたと同じ事。」

  頼んだ団子が運ばれてきた。店員さんが智久の前に団子を置いて、その横にお茶を置く。

お茶を口に流し込み、潤ったところに団子を放り込んだ。

  「あの男か。お前らの方も掴んでるのか。」

  「ああ。あんたはその手の甲の仕返しかもしれないけど、俺は単なる趣味。ああいう奴の顔が歪むとこを、近くで見たいだけ。」

  「悪趣味だな。」

  「自覚してる。」

  そんな淡々とした会話をレオナとしながら、智久は次々に団子を口に頬張った。甘味はあまり好きではない。団子を食べている間、口の中が甘過ぎて、何回もお茶を流し込んだ。

  「で、その手は?」

  気になっていた事を聞いた。レオナは手の甲をちらっと見て、話してくれた。どうも、例の二人の使いっぱしりにヤラれたらしい。経緯も聞きたかったけど、そいつらを思い出したのか、段々と機嫌が悪くなったような気がして、聞かないでおいた。

  握手会もようやく終わるようなので、智久は勘定をしようと、席を立った。レオナは、もう少ししたら、と言っていたので、先にレジに行って勘定を済ませた。




外に出ると雨はあがっていて、さっきまで付き人に傘を持ってもらっていたそいつも、太陽の下、満面の営業スマイルを輝かせていた。いや、輝いてたのは頭かもしれない。

  選挙カーがどっかに消えて、智久は結果が知りたくて、五丁目の豪邸へと足を進めていた。

近くの公園まで来ると、車が一台止まっていた。選挙カーでは無い。近づこうとしたら、中から人が出てきた。それは誰であろう利堂で、智久は小走りで利堂さんまで近づいた。

利堂も智久に気付いて、手を振ってきた。

  「よお。無事に救出したぜ。二〇分くらい前かな?連中は家の曲がり角に潜んでた。誰の指示かは結局吐かなかったけどな。誘拐未遂で捕まった。」

  「ま、すぐ釈放されるだろうな。」

  智久は車の中に目をやった。そこには女の子が一人いて、下を向いて震えていた。ここで優しい言葉でもかけたなら、感謝の一つでもされるんだろうけど、智久にはそんな気は無い。

利堂が言うには、佳正は別用らしい。利堂は一人じゃなくて、他の仲間っぽい人と一緒に保護したらしいけど、ホントに佳正は無責任だ。

  女の子は一日学校を休んで、自宅に帰した。智久も利堂の車に乗せてもらったけど、見かけによらず安全運転の人だ。ブレーキをかけるとき、ちゃんと早めに踏んでるし、黄色になると停止。変なところで感心してしまった。

  そうしてると、目の前に人が飛び出してきた。利堂は急ブレーキをかけた。

恐る恐る目を開けると、そこに立っていたのはニヤニヤしている『竜牙』だった。

智久は車を降りて、そいつの前に立つ。パーカーのポケットに手を入れて、睨むようにして近づいた。

  「よっ。智久くん。今日は邪魔してくれたようで、御礼を言いに来たよ。」

  「俺は邪魔してねぇよ。高みの見物はしてたけど。」

  「ま、あの子はまた今度にするよ。俺が声をかければ、一発だ。」

  ―まただ。自信に満ち溢れた、というかこいつの自信は目障りだ。いちいち髪をかき上げる仕草だとか、周りの女にウインクするとことか、なんか全部が俺の癇に触る。

  「あっそ。で?御礼って?土下座でもしてくれんのか?」

  「ハハハ。それもいいかもね~。でも、違うよ。」

  そう言って、竜牙はいきなり智久に殴りかかってきた。智久は殴られる!と思ったけど、身体が自然とそれを避けていた。

一発避けたと思ったら、竜牙は蹴りをしてきた。今日は雨が降っていたせいで、靴には多少の泥が・・・。智久はそれは何としても避けたくて、また身体が勝手に避けていた。智久は脳と身体が別の存在なのかと疑いたくなった。

  「智久くん、やるね~。ひょっとして、こういう喧嘩、したことあるの?」

  「あるわけねぇだろ。俺は善良な一般市民だ。」

  「智久くんにはまだ御礼しなくちゃいけないんだよね。今日のこともそうだし、君のお友達が俺の女に手ぇ出したことと、それからこの間俺のこと迷惑って言った事。」

  竜牙が忍ばせていたナイフを取り出すと、女は怖がって店に逃げ込んでしまった。

―この状況で一番逃げたいの、俺なんだけど。

ナイフを智久に向かって投げてきた。避けられたけど、どんな教育されたんだ。親の顔が見てみたいと、そう思えた智久は、少し余裕があるんだと思う。でも、ナイフを投げるなんてバカだ。もう武器がないじゃないか、と思っていたら、竜牙は次々にナイフを出してきた。

―・・・手品師がここにいる。

  「遠慮しないでよ。智久くん?ささやかながら、俺の気持ちだよ。」

  「いらねぇ。」

  利堂が慌てたように携帯で電話をしていた。誰にかけてるかなんて察しはついた。

―あいつだ。あいつと竜牙なんて、同じ類の人間に挟まれたくない。

  とにかく智久はナイフから逃げるのに必死だった。服の端を切られたり、髪の毛をかすめたりしたけど、間一髪で怪我はすることなかった。

でも、そのすぐ後。智久の顔、頬に葉っぱで切った時に似た痛みがあった。なんだろうと思って、手で触ってみたら、少しだけど血が出ていた。避けられたとおもったうちの一本が、顔を掠めていたらしく、智久の中で、何かが吹っ切れた。

「智久くん?やっぱり顔は不味かったのかな?ハハハ。」

  「・・・。」

  「怒った?怒ったの?ハハハハハハハ!!そりゃあ、怒るよね~。俺だって、顔に傷がついたりしたら、怒ると思うな~。ま、その前に、顔に傷なんてつけさせないけ・ど。」

  何が弾けたのか、何が吹っ切れたのか、何が智久の中で渦巻いてるのか、答えは分からないけど、智久の本能とでもいうのか、防衛反応?攻撃本能?そのリミッタ―かなんかが外れた音がした。

  「それに~、俺の顔に傷一つでもつけたら、世の女性達が黙ってないからね~。智久くんもなかなかの顔だけど、俺様には遠く及ばない。ハハハ。ホントに愉快だな~。智久くんみたいなイケメンに傷がつけられるなんて。」

  「・・・ぜぇ。」

  「ん~?なんか言った?」

  「うぜぇって言ったんだよ!」

  頭は冷静なはずなのに、勝手に動いてしまった。

智久は竜牙の襟元を掴んで、竜牙の頭と自分の頭を思いっきりぶつけた。所謂“頭突き”を喰らわした。智久の額からも、竜牙に額からも血が流れていた。利堂はそれを見て口を開けたまま硬直していた。

  「あ~、さっきから黙って聞いてりゃあ、好き勝手言ってくれんじゃねぇか。ああ?別に顔に傷がついたって、俺はお前を咎めはしねぇ。心が広いからな。でも、気に入らねぇな。此処は俺の街だ。縄張りだ。てめぇらが手ぇ出していい領域じゃねぇんだよ。」

  そう言い終わると、竜牙がムクッと身体を起こして、智久の方を見る。額から流れた血は、竜牙の服の一部を赤く染めていた。そして、またナイフを取り出して、智久に向かって投げていく。

智久はソレを手で払いのけて、竜牙に詰め寄った。竜牙は少し怯えたような顔をしていたけど、智久は自分を止められなかったため、竜牙の頭をガシッと掴んで力を入れようとした。

  「はいはい、智くん。そこまでね~。」

  佳正が止めに来た。その後ろにはレオナもいて、いつの間にか野次馬もわいわいといた。

智久は竜牙の頭を離し、見下した。互いの額からは血が出ていると言うのに、喚く事は無かった。

  「竜牙くん?君、今日ははけた方がいいんじゃない?殺されちゃうよ?」

  佳正の言葉に、竜牙は腰を上げて、智久を睨むようにして帰って行った。利堂が最初に駆け寄ってきて、智久の傷口を見ると、救急箱がこの場に無いから、また佳正のビルまで来いと言われた。

智久の喧嘩を見て、レオナまでついてきた。佳正は笑いながら嫌がっていたが、承諾した。




  広い部屋の片隅で、智久は治療を受けた。利堂の少し手荒な治療にも耐えた。

その間に眺めていた窓の外は、止んでいた雨が、また降り出していて、それをボーっと見ているうちに、治療は終わっていた。

  「さてと、智くん。気にはなってたんだけど、智くん、どっかの組にでも入ってたのかな~?」

  「・・・入ってた?まあ、そうなのかも。」

  「なんだそれは。あやふやだな。」

  佳正とレオナに挟まれながら受ける質問は、まるで拷問だ、と普通の人は思うのであろう。でも、生憎俺はそんなこと思わない。なんせ、智久自身もあの行動を取ったことに驚いている。

大須賀と有馬に聞いてみるのが良いと思って、智久は大須賀を呼んだ。竜牙の言っていた、女に手を出した智久のお友達とは、大須賀だろうと確信してたから。

  電話をしたら、有馬は寝ていたのか、電話に出なかったから諦めた。大須賀はウキウキしたようにOKしてくれて、電話をしてから三〇分経った頃、大須賀が部屋に到着。

  「おっ!すげー面子が揃ってる!」

  とても嬉しそうにしてソファに座った。

  「で?なんだよ?情報が出揃ってから連絡するって言ったろ?」

  「そうじゃねぇよ。俺、中学・高校の頃の記憶が曖昧なんだけどよ、何してた?」

  「・・・は?五十嵐、思い出したのかと思ってた。俺とか有馬に連絡すっからよ。」

  「思いだした?」

  聞くところによると、智久は中学・高校と学校には行っていたけど、ある暴力団を創設したらしい。それは『ケイモン』という団体?で、本当の名前は『ケイモ―ン・ノテロス』と言って、ギリシャ語の『嵐』からきているのだと言う。

普段は喧嘩などしないのだが、今の佳正とレオナのように、街に手をだすような輩に会うと喧嘩が始まり、終わるとしーんとするから、嵐が来て去った、ということのようだ。

  つまり、智久はそれの創設者だと・・・。記憶が無いのは、ある日喧嘩の最中に警察が来てしまい、何やら頭を打って、それから記憶が部分的になくなったという。

その後、智久は大学が違う街になったため、引っ越した。そして、その団体は自然消滅した。

そして、現在に至るのだとか。

  「でも、俺のこと誰も知らなかっただろ?普通誰かが声かけてきそうだけどな。この二人も。」

  「俺達のこと~?智くんが創ったなんて知らなかったよ~。なんたって、その組織は横からも縦からもリーダーに辿りつけないような仕組みだったんだから。」

  「仕組み?」

  「そっ。勢力があまりに強すぎて、まとめるの大変だったからって、小さなグループを作ってたんだよ。そのグループ毎にリーダーがいて、本当のリーダーが誰か分からなかったんだよ。」

  「それに、ほとんどの奴らが寝返ったから、余計に情報持ってる奴がいないんだ。」

  レオナも会話に入ってきたのはいいけど、智久はそんなもの創った記憶がないんだから、言われてもどうすればいいのか分からない。智久にそんな統率力は無い。それに、今はこの二人がいるのだから、別にいいんじゃないのか。

  「どのみち、智くんのこと向こうにもバレたんじゃないかな?平凡な日常に戻る事は出来ないと思うよ?どうする、智くん?」

  「・・・。どうするってなぁ。何も覚えてないし。さっきだって、身体が勝手に動いただけだし。」

  「喧嘩売っちゃったから、智くんも覚悟しないとね。」

  そうだ。智久は竜牙に頭突きをしてしまった。喧嘩を売ったと思われても仕方ない。

でも、向こうがどれほどの戦力を用意しているかも分からない状態で、喧嘩をするのは危険だと思った。犠牲を出せばいいってもんじゃない。智久なりの喧嘩の仕方ってもんもある。

  「ま、俺とレイちゃんが手を組むことは出来ないけど、智くんに協力ならするよ。」

  ―こいつらがこうまでして仲良くやりたくない理由はさておき、どうするか・・・。

  「五十嵐。俺と有馬はお前について行くから、何でも言えよ。」

  大須賀に言われて、決断する時がきた。智久は今、あいつらの歪んだ顔が見たい。潰れた精神が見たい。趣味で。それに加えて、この街が無関係ではないと思った。

  「大須賀。とにかく情報が欲しい。向こうの戦力を調べてくれ。有馬にも伝えておいてくれ。どのくらいの連中が寝返ったのか、そして一人一人の住所や行きつけの店なんかもあれば調べてくれ。」

  「あいよっ。」

  ニッと笑って返事をした大須賀は、荷物を持って部屋を出た。

佳正が楽しそうに笑っていて、いつもならイラつくんだけど、何故か今はイラつかなかった。

  「情報なら、俺の専門分野かもね。まーくんは、引き続き女の子の保護よろしくね。」

  「はい!」

  「・・・作戦でもあるのか?」

  レオナに聞かれたけど、特には無いと答えた。すぐに作戦が立てられるような人間だったのだろうか。智久の中は、不思議と興奮していて、新しい玩具を見つけた子供のような気分になった。

  「喧嘩は、力も然ることながら、知恵も出さなきゃならない。所詮、組織なんてもんは、崩れやすい継ぎ接ぎでやっと繋がってるようなもんだ。」

  その日から、智久の生き方は変わった。

  適当に歩いていた街には、目を光らせて情報を集めたし、寄って来る女は振り払わずに、色々と聞き出した。今は選挙中とあってか、頻繁にこちらの街に来るようだ。その度に、利堂が保護してくれた。

  でも、警察に捕まっても、あいつらはすぐに出てくる。竜牙と空閑の親の権力を持ってすれば、そんなこと他愛もないのだろう。親の権力を良い様に利用するだろうし。

そこまでして守る価値のある息子たちだと思っているのだろうか。一回殴らないと分からないのではないか。ま、そんなことはしないけど。理性ってものがあるし、忍耐は大切だ。

  ふと前を見ると、数人の男がいた。前だけではなく、後ろにもいた。ああ、囲まれたってやつだ。しかもご丁寧にパイプを持っている。そんなものガラガラ引きずってきたのか。

  「よお。久しぶりだな、五十嵐。まさか、この街に戻ってきてるとは思って無かったぜ。」

  「誰だ、お前。俺の記憶からお前らは消去されたようだ。」

  「へへへ・・・。お前が記憶を失って、街を出た時は大変だったんだぜ。埋め合わせしてもらわねぇとなあ?」

  「そうか。迷惑かけたな。で?何の用だ?まさか、思い出話をしにきたのか?」

  「相変わらずの喋りだな・・・。もう俺達はお前の配下じゃねぇんだ。今は竜牙と空閑の仲間なんだよ。」

  「・・・とんだ貧乏くじ引かされたな。」

  「ああ!?やれ!!」

  裏切られたとか、憎まれてたとか、そんなことはどうでもいい。智久にとっては忘れた過去も今も、大して変わらないと思う。自分の生きたいように生きてきた。

喧嘩することで自分の居場所を探してた。仲間なんかいなくてもよかった。自分は一人でも生きていける人間なんだ。怖くなんかない、と。

  智久は我武者羅に喧嘩した。パイプを振り回すこいつらに、正面から突っ込んでいった。パイプなんか当たっても気にしない。殴って、蹴って、頭突きして。一人、また一人と倒れていくと、さっきまで偉そうに喋っていた奴が後ずさりしていて、智久の足下に転がる連中を見て怯えている。

  「どうした?俺に喧嘩売ったよな?俺に喧嘩売ったら、こうなる事は分かってたよな?分かってて、こんな玩具振り回してかかってきたんだろ?」

  「ヒッ・・・!」

  そいつを殴って、智久はその場を後にした。立ち去る道の途中で、パトカーとすれ違ったが、あくまで知らん顔。無関係を装う。それにしても、ブランクがあったせいか、手や足がピリピリする。   

―頭突きをし過ぎて頭も痛いような気がする。




また少し歩いて、腹が減っていることに気付く。この辺りの記憶も無いはずなのに、足が向く方に進んだ。五分少し歩いたころ、ある店の前で足が止まる。暖簾が出ていなかったから、やっていないと思い、踵を返した。その時、扉が開いた。

  「入れよ。智久。」

  「有馬?」

  そこは有馬の親が営んでいた定食屋。でも、体調を崩して、今は入院しているらしい。

有馬は大須賀から智久のことを聞いてたから、特に驚かれる事は無かった。

有馬と大須賀は、智久がこの街を去ってからというもの、たまに連絡を取り合っていたという。

いつも暴走したあと、この定食屋で有馬の父親から説教を喰らってたらしい。そして、その後に必ず出てきたのが、『生姜焼き定食』だ。

  「何か食べる?」

  「お前って、料理できんの?」

  「まあな。一応定食屋の倅だからね。」

  人に質問しておいて、もう料理を作ってる。例の料理を。味は覚えてないが、でも美味いと思った。さらに智久はみそ汁をおかわりした。

  「で?また喧嘩したのか?」

  「喧嘩・・・。まあ、そうなのか?でも、正当防衛だかんな。俺は襲われて、それを回避しただけだ。」

  有馬ははいはいと聞き流していた。そして、智久に今の状況を聞いてきた。大方話して、有馬は洗いものをしながら、ふーんと聞いてた。手を拭いて、一旦自分の部屋に戻ったら、アルバムを持ってきて広げた。

  「これが智久。こっちが大須賀で、これが俺。で、こっちがグル―プ毎に集まって撮った写真。メンバーが全員揃って撮ったのは無い。多かったからね。」

  写真を指さしながら説明をしてくれた。確かに、さっき襲ってきた奴も映ってる。

  「智久は悪くないよ。この街守ってたんだから。で、また復活するんでしょ?」

  「あんまり気乗りはしねぇんだけどな。目ぇ瞑って済む事じゃなくなったから、覚悟は出来てる。今じゃ、何の思い出も無ぇ街だけどな。」

  「ま、そういう諦めと言うか、潔さは変わって無くてよかったよ。口が悪いとこも。」

 



  「で?五十嵐智久はどうした?」

  「そっそれが、記憶はまだなんすけど、喧嘩の強さは変わらずケタ違いです。」

  「ふーん。最強無敵集団のリーダーは健在っと・・・。」

  黒の短髪、ヘッドフォン、ガムの男。空閑だ。ヘッドフォンからは酷い音漏れをしていて、耳が悪くなりそうだ。新しいガムを出して口に含み、またくちゃくちゃ噛みだす。

  「ま、猪突猛進の喧嘩なんて、とんだ素人だよ。心配するな。必ずあの街は喰う。」

  空閑がそう言うと、歓声が上がった。




  「あれ、達見さん。どうしたんすか?こんなことで。」

  「お前は確か、佳正んとこの・・・。」

  「利堂です。智久見ませんでしたか?」

  「あいつ、さっき『ローザン通り』の路地裏で喧嘩してたぞ。相手は竜牙たちんとこの連中だ。一五人くらいに囲まれてたな。」

  「え。智久、大丈夫だったんですか!?」

  「ああ。勝った。」

  レオナはそう言うと、颯爽と立ち去った。こういうとこが、佳正とは違って、キマッてるよな、と思った。佳正のことは尊敬してるが、クールな男に憧れるときもある。

―こんなこと、寺内さんには言えないけど・・・。

  「すげーな、智久。さっすが・・・。」

  利堂が佳正から頼まれた仕事を終えると、一服しようと、喫煙所を探した。でも、街中にはなかなか無くて、肩身が狭いと感じてることだろう。諦めてビルへ向かおうとして方向転換した時、誰かと肩がぶつかった。

  「あ、すんませ・・・」

  ぶつかった相手は、見知らぬ人達。でも、ガラが悪い。利堂の事を見て、何やら確認をしているようだ。その様子から、こいつらが竜牙と空閑の仲間だと感じた。

―まさかこんな時に合う破目になるとは・・・。

  「おめぇ、『王子様』んとこの優秀な『執事』か?」

  「は?執事?」

  利堂がそう言った瞬間、男たちの拳が腹に入った。利堂は腹を抱えて倒れこんだ。そして、倒れた利堂を囲むと、男たちは蹴ったり、仰向けにして腹に乗ったり、棒を持ってきてソレで殴ったりした。手を出さない方が良い。そう思った利堂は、とにかく耐えていた。

男たちが満足して帰って行く。その時に言っていた言葉は利堂の耳に届いた。

  「これで八人目だな。まだまだやるぞ。」




  「あれ?まーくん、どうしたの?その怪我。リンチにでもあった?」

  利堂の怪我を見て、心配するよりも、その姿を見て楽しんでいるような男がいた。利堂は苦笑いをしながら、肯定した。ソファに座ると、さっき自分の身に起こったことを全て話した。

  利堂が座ったソファの正面のソファに座って、足を組み直して紅茶を飲む。口元は笑っているが、内心は穏やかではないと信じよう。その男の仕草はとても落ち着いていて、仲間がリンチに遭ったようには見えない。まあ、利堂も焦って話しているわけではない。自分の持っている情報を、正確に、素早く伝えようとしているため、しっかりとした口調なのだ。

  佳正に伝えることを伝え終えると、利堂は自分で手当てを始めた。それほど重症ではないらしい。

  「まーくん、被害に遭った人を探してくれる?それから、智くんのお友達の大須賀くんと連絡って取れるかな?」

  「はい。でも、大須賀の番号は聞いてません。」

  そんな会話がされていると、利堂の携帯が鳴った。相手は五十嵐智久だった。

その携帯を寺内が手にして、通話ボタンを押した。

  「智くん?元気~?」

  《・・・。間違えました。》

  「切らないでよ。ねぇ、智くん。大須賀くんから、連絡あった?」

  《まだだ。利堂さんは?》

  「まーくんは怪我してるよ~。あいつらの仲間にリンチされたんだって。まーくんの他にも七人、ヤラれたようだよ。」 

  《・・・。そうか。》

  「智くん、今何処にいるのかな?あっ、三丁目でしょ?」

  《ストーカーか。》

  「ヤラれた人、きっとみんなその付近だと思うよ。まーくんがいたのもその辺りだから。まだ近くにいるかもしれないから、気を付けてね。」

  《ブチッ・・・。》

  「まーくん。俺、ちょっと出かけてくるから。安静にしててね。」

  薄手の上着を羽織って、エレベーターに乗った。一階まで下りると、ポケットに手を突っ込んで、マイペースに歩き始めた。

  電話を切って、智久は三丁目に向かった。三丁目になどいなかったが、きっと佳正は智久を三丁目に呼ぶために、ワザと言ったのだと分かってはいたが。

でも、四の五のいっていられない状況になった。一対一の喧嘩が出来ないような奴が、リンチなんて臆病なことをよくもやったもんだ。いや、臆病だから出来る事なんだろう。あいつらには、正々堂々なんて言葉は通用しない。卑怯なんて言ったって、気にも留めないだろう。

  そういう奴は、大抵自分の力をひけらかすためにやっている。大勢の力を、一人の力と錯覚する。理屈なんて理解できない連中だから、実力行使。




  案の定、いた。大勢の輩が集まっていて、その中心には人が一人。自分を守る様に、身体を丸くして自分で自分を抱えている状態だ。連中は智久に気付いていない。

  「へへへ。あと一人で、ノルマの十人だぜ!!」

  「それにしても、どいつもこいつも根性ないっすよね。抵抗もしてこないなんて。間抜けで弱虫。案外、簡単に行くんじゃないっすか?」

  「これじゃあ、『王子様』と『貴公子』の実力もたかが知れてるかもな。」

  高笑いしている姿が、非常に不愉快だった。

  「あ?なんだ、あいつ。さっきからこっち見てるぞ。おい!兄ちゃん!文句あんのか!?兄ちゃんも同じ目にあいてぇのか!ああん!?」

  「まさか。」

  「なら、大人しく帰るこったな。このこと、誰かに言ったら、承知しねぇぞ!」

  「・・・だ?」

  「あ?あんだと?」

  「何様の心算かって聞いたんだよ。」

  腹の底から出した声は、いつもよりもさらに低い声となって、智久の口から出てきた。

  「俺が笑ってるうちに土下座しろ。そしたら、赦してやる。」

  「何で俺達がてめぇに頭下げなきゃいけねぇんだよ!!やっちまえ!」

  相手が突っ込んできたから、智久は軽く避けて、そいつの顔面を思いっきり蹴り飛ばした。

そいつは鼻血を垂らし、前歯を数本失っていた。立ち上がろうとしたようだが、腰が抜けたのか、ただ力が入らないだけなのか分からないが、とにかくちゃんと立つことが出来なかった。

それでもまた別の奴が喧嘩を仕掛けてくると言うのが、人間の心理の面白い一面だ。

圧倒的な力の差を目の前にしても、『諦める』という行動に出るものは少ない。逃げる事が負けだと教えられたからだろうか。例え、殴られると分かっていても、喧嘩を止めない。

  「・・・つまらねぇ。実につまらねぇ。」 

  こんな喧嘩しか出来ないような奴らが、どうして自分に喧嘩を吹っ掛けてくんのかが理解できない。人間は本当によく分からない。恐怖に足が竦み、痛みに顔を歪ませる。そういう未来像が描けるにも係わらず、それを現実にする。

  「調子に乗んじゃねぇ!!」

  そいつらが取り出したのは、チャカ。所謂、拳銃。

―どこであんな物騒なもん・・・ああ、そういうルートは確保出来るからな・・・。

これは喧嘩だったはず。拳銃を持ち出した時点で、これは喧嘩ではなくなった。

  バンッ!バンッ!

―・・・本当に撃ちやがった。当たったら死ぬだろ。

相手は使い慣れていないのか、全然当たらない。というか、まともに引けてすら無い。

  「えーいっ。」

  ヤル気の無い声が聞こえてきたと思ったら、佳正だった。拳銃を持っていたはずの奴は倒れていて、佳正の手に拳銃があった。でも、その拳銃は再び相手に奪われた。

ヤバいかな、と思っていたら、一気に相手の人数が減った。何事かと思ったら、そこには拳銃を取り返したレオナがいた。

  「あれ。拳銃なら俺の方が慣れてるはずなのにな~。」

  慣れてるという言葉に恐ろしいと思いつつ、残りの奴らはヘナヘナと腰を抜かしたからいいとした。

智久はそいつらに近づいて行って、どうしようか考えていたら、全員が気絶してしまった。しょうがないから、縄で括って放置することにした。

  パンッ・・・。

  一発の銃声が響いた。聞こえてきた場所からして、レオナが撃ったのではないと分かった。しかし、そうなると誰だそうと、銃声が聞こえてきた方に顔を向けると、そこには原因の男たち。

竜牙と空閑が、二人して並んでこちらを見ていた。銃を発砲したのは竜牙の方。空に向けて撃った銃を、今度はこっちに向けてきた。

  「雅孝、目立つ事するな。足がついたらどうすんだ。」

  「そしたら、珪ちゃんのお母様なりお父様なりになんとかしてもらうよ。」

  「ったく。そういう軽率な行動は慎んでほしいもんだ。」

  街中で堂々と発砲した挙句、人に銃口向けきた。こいつらは本気なんだ。

たかが街一つを奪うために、どんな手段でも使うつもりだ。こういう奴らのために、警察はあるんじゃないのか。

まあ、そんなこと思ってても、口にはしない。あのガム野郎はいいとして、竜牙はきっとすぐに撃つ。短気は損気なんだけどな。

  「俺らの仲間、よくもまあ、ここまでボコッてくれたもんだよな?智久くんよ~?」

  「先に手ぇ出してきたのはそっちだろ。俺の取った行動は、いわば正当防衛だ。それに、竜牙、お前は銃刀法違反だろ。早く掴まれ。」

  「よくそんな難しい言葉を知っていたな。単細胞だと思っていたが。」

  ―ああ。癇に障る奴らだ。俺を腹立たせるのが上手いようだ。キレたりはしないが、なんというか、こう・・・ああ、殴りたいなっていう気持ちになる。

―人の神経逆撫でして、何が楽しいんだか。とは言っても、こっちにもそういう奴がいるし。

  「ねえ~、空閑くん・・・だっけか?君、ヘッドフォンから音漏れしてるよ?それ、この街では俺の法律に反するから、何されても、隣町の警察のも弁護士にも文句は言えないよ?」

  「寺内佳正。お前の法律など、俺が守る義理は無い。隣町の住人だからな。」

  「どこの住人だろうと、この街にいる以上、この街のルールを守ってもらわないとね。それが守れないんだったら、さっさと出て行ってほしいんだけど。」

  ケラケラ笑っているこの男は、近くにあったビールケースに腰かけた。鋭い視線で竜牙と空閑を見ながら、頬杖をついてニヤリを笑うその笑みは、悪魔の化身だ。と、智久は思う。

レオナも拳銃を持ちながら、ダルくなったのか、壁に寄りかかった。

  「拳銃をこっちによこせ。」

  竜牙がそう言うと、レオナは何も言わずに、智久と佳正の方をちらっと見た。この拳銃が、どこから入手されたものだったとしても、渡すわけにはいかない。この街で拳銃を持ちながら、ふらついているだけで目障りだ。

  「早くしろ。あと十数える。それまでに渡さないと、撃つ。」

  レオナが、やれやれ、と言いたげにため息をついて、拳銃を投げる準備をした。片手でブラブラとさせ、そしてポイッと弧を描くようにして投げた。竜牙はニヤニヤ?ニコニコ?していて、空閑が拳銃を受け取るように、上を向き、軽く手を上に出した。

  「回収完了。」

  空閑が拳銃を受け取ると、ヘッドフォンを耳に当てて、智久達の方に拳銃を向けてきた。

あの大音量のヘッドフォンは、拳銃の音が五月蠅いからか、と理解したけど、どう考えてもそっちの音の方が五月蠅いだろうと思ったのは、多分、智久だけじゃない。

二人は引き金に指をかけ、満足げに笑った。あの笑い方はどうにかならないんだろうか。

  「じゃあな。」

  躊躇なく引き金を引く。一発は佳正の座ってたビールケースに当たった。佳正は身軽にそこから避けて、着地した。もう一発は智久の脳天を的確に狙ってきたから、それを瞬時に避けて、そのまま竜牙に蹴りを入れた。竜牙は積み重なった段ボールに突っ込んだ。相方が吹っ飛ばされたのを見て、空閑は少し驚いたような目で智久を見た。それでも拳銃を智久の胸に突き付けてきた、

  「あんまり調子に乗るなよ。五十嵐智久。」

  「それ、最近聞いたな・・・。」

  自分の胸に突き付けられた拳銃を掴み、智久は自分の身体から外した。もちろん、引き金を引かせないように、空閑の指を強く掴みながら。

ヘッドフォンを開いている手で外し、耳元で大声で言ってやった。

  「人と話すときはー!ヘッドフォン外せー!」

  後は、その勢いで殴った。すると、後ろに気配を感じて、振り返った。竜牙が上半身だけを起こして、智久に拳銃を向けていた。

―・・・ヤバい。




そう思ったら、空から・・・まあ、正確には近くにあった段ボールの上から人が飛んできて、竜牙の顔を踏みつぶした。

  「・・・礼はいらねぇぞ。」

  「言わねぇよ。」 

  助けてくれたのはレオナだった。佳正はその後、二人から拳銃を奪って、両手でくるくる回していた。

  「コレ、どうしよっか?落し物として交番にでも届ける?」

  「いや、この二人の腰に戻しておこう。」

  「そーだね。俺達が拳銃盗んだと思われても迷惑だしねー。」

  智久にとって、二人も十分迷惑な存在ではあった。そんな事言っても、きっと二人は気にしない。またいつもみたいにヘラヘラ笑うんだ。

  拳銃を二人の腰に戻し、隣町に捨ててきた。あんなのぶら下げて、この街で倒れられても困る。それこそ、智久達が捕まりかねない。ともかく、怪我した連中も命に別状は無いということだ

った。気付けば空は暗くなってて、なんだか疲れた一日だった。

佳正が、祝いに三人で呑もうよ、と言ったけど、乗り気だったのは佳正だけ。智久もレオナも、

早く風呂に入って休みたかった。

  「お前とは死んでも呑まねぇ。」

  そう吐き捨てて、レオナはくるりと踵を返した。

  「死んだら呑めないよ~。」

  ―まったく・・・。どうしてこいつはこう、人の上げ足ばっかり取るのか。

佳正はポケットに手を突っこんだまま、ケラケラ笑い続けた。

  「おい。借りは返す。」

  智久がそう言うと、レオナは一度足を止めて智久の方を向いたが、何か返事を言う事はなかった。またすぐに歩き出したその背中を見て、フッと笑ったんだろうな、と想像がついた。

佳正が智久の耳元に口を近づけていたことに、気付けなかった。急に聞こえた声に、肩がビクッと動いたのが、智久自身でも分かった。

  「羨ましいな~。仲良くて~。」

  「・・・。いつからお前らは仲悪いんだよ。」

  「俺はずっと仲良いと思ってるよ?ま、いつかちゃんと、白黒はっきりさせなくちゃいけないとは思ってるけどね。」

  その時は、意味が分からなかった。智久はそのまま楽しそうに歩いていった。スキップしているのだと思うが、上手く出来ていない。自分ではそのステップで満足しているようなので、まあ、いいか。

―・・・なんか違うんだよな。

  「智くん。敵に回したくないな~。」

  こんなことを言っていたことは、もちろん智久は知らない。

  「五十嵐智久。あいつがリーダー・・・。噂以上の実力だな。」

  達見レオナが、歩きながら呟いた言葉は、風に掻き消された。


  「ああ。疲れた。帰って寝るか。」

  智久は駅に向かい、改札を通り、自分のアパートに帰って、即寝た。




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