戦闘技大会1
ゴーレムキングダム 第2章 戦闘技大会
メザロニア市街では、暑い季節の到来を告げる嵐に見舞われていた。豪雨が家々の窓を割らんばかりに叩いている。街の住人は毎年のことで慣れているのか、慌てるものはいない。こんな嵐の夜には「龍」が現れて外に出たものをさらってしまうという迷信がある。嵐の夜は迷信を信じてか誰も表には出ないし、龍以前に嵐が怖い。
そんな嵐の中をずぶ濡れになりながら平然と歩く人物がいた。その姿は全身を白い布で覆い、異様に分厚いメガネをかけている。両手にはなにやら買い物袋に溢れんばかりの食材を積んでいた。飛び出したパンがふやけて垂れ下がっている。
白装束は町を出ると、郊外へと向かった。嵐はひどくなる一方だ。
目的の場所にたどり着くと、最近共に暮らし始めた青年が仏頂面を下げて門前にたたずんでいた。
「アイ。こんな嵐の日まで買い物しに行くんじゃない。心配するだろうが。」
青年の青い瞳に憤怒の相が現れている。言葉もやや乱暴になっていた。
「心配には及ばないよ、サティ。私は風邪など引かないし、風に飛ばされるほど軟弱でもない。前者の風邪は病気を表し、後者は気象現象を表している。」
「んなこたぁ、わかってるよ!あーあー、せっかく買ったものがずぶ濡れじゃないか」
「心配とは、買い物のこと?」
「違っ…。そうだよ。さっさと中に入れ。」
サティは買い物を半分奪い取ると、家の中にずんずんと入って行った。
アイもあとを追って家に入ると、黒い塊がアイをめがけて飛んできた。
一瞬身構えたアイだったが、黒い塊は目前で停止し、ふわふわと浮かんでいる。
「アイ君おかえり~。お菓子買ってきてくれた~?」
空中に停止した黒い人の頭のような形をした岩は無骨な姿に似使わぬかんだかい声を発した。人格もあり、言葉も話す。彼もまた、アイと一緒にサティの家に転がり込んだ居候であった。
「買ってきたよ。ピアーデ。」
アイは袋から菓子袋を取り出すとピアーデの目の前にかざした。
「わーい!チョコぷよだぁ~」
ピアーデの顔から小さい手がにょきっと生えると菓子袋をつかんだ。
「夕食の前にそんなものを食べるんじゃない。そもそも、お前は人の食い物じゃなくてもいいんじゃないのか?」
サティの声がキッチンのほうから聞こえる。ピアーデは気にせず、袋を破り、菓子をボリボリかじり始めた。
「んー。このほどよい甘みとサクサク食感のコラボは見事~。サティ君には分からないだろうなぁ。僕は生きる為に食べるんじゃない。食べる為に生きてるんだよ~」
サティが夕食の支度を始める。と言っても、食べるのはいつもサティ1人だった。アイは食事を取らない。恐らく普通の人間では無いだろうとサティは思っていたが、本人が話したがらないので、敢えて問い詰めなかった。
ピアーデは時折、裏庭に生えている雑草や小石などを食べた。一度お菓子を与えたところ気に入ってよく欲しがるようにはなったが、それで生きている訳では無さそうだ。
「そういえば、街でこんなもの見つけたんだが」
アイは料理をするサティを後ろから覗き込んだ。サティの手元をしきりに観察している。
アイの手にはずぶ濡れになった一枚のチラシ。大きな文字で『戦闘技大会 迫る!エントリー期限あとわずか!」
「ああ、戦闘技大会。知らないのか?4年に一度開催されている格闘の大会だよ。東西南北それぞれの領土で予選があって、優勝者どうしで首都圏でまた戦うのさ。」
「へぇ。女も出れるのか?」
「熱っ!お、おい。まさか出たいっていうんじゃ無いだろうな!」
鍋の蓋が熱かったのか、サティは耳たぶを触ってアイを睨み付けた。
「サティも出るのだろう?」
「俺は学内で予選があって、その中で数人が学生の部で出場出来るんだ。一般の部とは戦わないぞ」
「私はこの国の娯楽と言うものに興味がある」
アイはとても興味があるとは思えないほど機械的にそうサティに宣言した。
「サティ君~!僕も出たい!出たい!出た~い!」
菓子の袋を放り投げ、ピアーデがキッチンへと突入してきた。
「お前は絶対にダメ!お前の事が世間にばれたらどうするんだ!アイ!お前も。世間に隠れて生きてきたんじゃ無いのか?」
「私の関心はそこのピアーデであり、この国の人間がどういうものかということに移行している。君が心配するような無茶はしない。だから出場を許可して欲しい。」
サティは出来上がった料理をさらに盛り付けながら溜め息をつくしかなかった。
「はぁ~。別に俺の許可は要らないんだけどさ。まぁ。うまくやれるんなら出ればいいさ。」
アイは後ろに向き直り、右の拳を固く握った。
「何か、不安だなぁ」
「サティく~ん。僕も出たいよぉ~」
「お前は絶対にダメ!」
嵐は通り過ぎたようで、戸を叩く風の音だけが聞こえる。これからメザロニアは本格的に暑い季節を迎える。