第一章 ゲームの始まり
『笑って。ただでさえ役に立たないんだから、せめてムードメーカーくらいには役だって』
今でも思い出せば苦笑いを浮かべてしまう、《彼女》の言い分だ。
しかし悲しい事に、役に立たないのが事実であったため、俺は言いつけ通り笑う事にしていた。
その結果、唯一持ちえた他人より優れた知識の量とその設定が相反して、とんちんかんなキャラとなってしまった感が否めない。
苦しくても辛くてもとにかく笑って、飯も食えなくなっても笑って、とにかく皆の役に立とうと必死になっていた。
その最中に。
『こんな事していて楽しいの?』
俺が必死に足掻いているのを見て、《あの子》はそう言った。
勿論、全然楽しくない。楽しくなかったが、やるしか無かったし、やるべき事でもあったし、そもそも楽しめた物でもなかった。
しかし今思うと、あの子の言葉は間違っていなかったのかもしれない。
『じゃあ、私のためにあなたは死ぬの?』
《彼女》はその後に言葉を続けなかったが、明確な拒否だった。
それは彼女のためだったのに、それでもか、それだからか彼女はそれを否定した。
結局それは疑い用も無く、まぎれも無く、確信を持って言えることだが。
二重の意味で、それは俺のためだった。
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俺はゲーマーである。
少なくとも、このGardenにβテスターとして参加するまでの数ヶ月間、俺はずっとゲームをしていた。
食事、運動、ゲーム、睡眠の規則正しい生活を送っていたのだ。
生憎と、学校には通っていない。入学した記憶も無いのだから、恐らく確実に。
まあ、ちょっとショッキングな事件に遭って、軽く引き籠っただけである。今回のGarden参加は、その傷心旅行という奴だ。もしくは、過去の清算だろうか。
けれどよくよく考えてみると、俺はもしかすると、軽く期待を抱いていたのかもしれない。
なにせ世界観が良く似ていたのだから。
VRゲーム。俺達は皆、ある意味知っていたのだ。
このゲームが、もしかするかもしれない事を。
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Gardenでは、現実をあまりに意識しすぎた設定が多々ある。
その一つが、着衣だ。
ステータス画面で装備を変えるだけで服装が変わる、という事は無く、普通に着衣・脱衣しなければならないのだ。
Gardenの他の機能から考えればどう考えても不自然な設定だが、開発者がロマンを残した、という一言には頷ける何かがある。
女性のテスターも多いため、道具屋では覗き防止用アイテムなる物が売っており、本当にそうなのかもしれないとテスター達は皆思っているとかいないとか。
ダイスケにもらった防具のマントを羽織って、防御を僅かに底上げする腕輪を装着。俊敏を申し訳程度上げるブーツを履いて、どうしてか攻撃が上がる羽根つき帽子を被って準備完了だ。
日が東から昇り西へと沈むGardenの世界。
何も変わらず、この日もいつも通りに東の空で太陽がエデンを照らしている。
宿から出て天を見上げれば、結界という設定が作用している幾何学模様の浮かぶ空。
今日は、待ちに待ったフィールド開放の日だ。
もう既に多くの冒険者達がエデン唯一の出入り口、北の巨大な門へと向かって歩いていた。
初日に見たときよりも更にファンタジーらしくなり、鎧やローブ、マントと言った冒険者然とした格好の奴ばかりだ。
ちなみに現実では、今日はクリスマスイブであり、大通りには申し訳程度にクリスマスツリーが飾られている。
準備に抜かりは無い。
図書館で魔物の情報は調べたし、言質頂いたので毎日ダイスケの店で全武器のスキルを練習した。装備はお世辞にも良いとは言い難いが、俺の攻略プランからすればどうという事は無い。
審察眼で持っているアイテムに、昼食のサンドイッチと転移の羽根があるのを確認し、いざ出発。
「じゃあ、行ってくる」
俺の呟きには、誰にも返事をくれない。少しだけ寂しい。
サラは道具を売っていて忙しく、ミドリさんも食堂にいる。見送りはゼロ。
仲間? パーティー?
『魔法使い? MPが無くなれば役立たずだろ? そんな足手まとい要るかよ。他を当たってくれ』
『悪いね、珍獣はパーティーに入れられないよ』
『え? 君は冒険者だったの? マスコットなら良いよ』
何事も諦めが肝心だ、と三組のチームで俺は悟り、早々に仲間をつくるのを諦めただけだ。
俺自身、一度も死ねないこのゲームじゃ、魔法使いが足手まといになると十分に理解している。仮にも、仲間と呼ぶ奴らに迷惑はかけられないし、うん……仕方が無い。
一週間もあれば友達や仲間の一人くらい出来る訳で、俺の前を楽しげに話して歩く他の冒険者達。
ある者は自分の能力を自慢し、ある者はビジュアルを見せびらかす。絶え間ない会話。
沈黙し、一人歩く俺。
羽根つき帽子を無意味に深く被り、俺は北にある門へと向かってもくもくと歩いた。
「てめぇがぶつかって来たんだろうが! 謝れや!」
「馬鹿を言うなよ。あんたが前を見ずにふらふらしていたからだろう。謝るならあんたの方だ」
門の手前にある広場では、二人の男が対峙していた。
一人は短い金髪の男で、鎧を着て剣を構えているいわゆる剣士だ。
もう一人は弓を背負い胸当てをした、黒髪の弓使いの少年。
どうやら剣士が、初めての剣に浮かれてでもいたのか、前方不注意で弓使いとぶつかったようだが、それを謝れず口論、そして戦いへと発展しようとしているようだった。
辺りは門が開く前なのが影響してか、たくさんの冒険者達が見物している。他の冒険者の実力が知りたかったので、俺も例に漏れず見物に混じる事にした。
「はっ! いいぜ、いいぜ! 俺の力を見せてやるよ!」
舐めた事をほざき、剣士は剣を抜き、構えて弓使いに突っ込んだ。
攻撃エフェクト、一瞬剣士の足下に砂埃が舞った。そして残像を残して弓使いに肉薄する。
速い。動体視力の良い俺でも捕えきれない。恐らく、身体能力特化の超能力者だろう。身体は剣で出来ているとか、我最強我無敵! と言った類いの自己暗示を実現した能力者か。
だが、
「なっ——」
何故か、驚きの声を上げて剣士が顔から地面に突っ込んだ。
剣士は顔面倒立を見事に決め、仰向けに大の字で倒れる。
空は綺麗かい? 俺が審査員だったら、間違いなく十点満点、最高の着地だと評価している。
無様であるが、剣士は自滅ではない。問題は弓使いだ。
奴は一歩も動いていない。何故か突然、剣士の脚が動かなくなり頭から地面に突っ込んだ。そんな事が出来るのも超能力の一種、もしくは罠のような魔術だろうか。
どちらにしても、やはり切れ者は強い。剣士は噛ませ犬臭がしていたからな。
「え、あれ? ど、どうなってんだ……」
起き上がるが、何が起こったのかまるで解っていない剣士。どうやら頭も犬並みのようだ。
強打したはずの剣士の顔が無事なのはゲームであるから当たり前だが、こうもリアルな世界だと無理矢理解釈をこじつけたくなる。
HP。
RPGにはかかせない、攻撃への耐久度、もしくは命を数値化したもの。
このGardenにおいては、どんな攻撃をも防いでくれるバリア、といった感じじゃないだろうか。
恐らく、先ほどは顔の前にHPが現れ、直撃を防いだのであろう。戦闘開始から見えるようになった緑色のライン、剣士の頭上に見えるHPのバーが僅かに減っている。
「今のは新種の謝罪? 斬新過ぎて解らなかったよ」
「う、うぉおおお!」
剣士は起き上がり、跳躍。空の点となり、太陽を背に一撃をくわえようとする。
が、弓使いにあと数十センチと肉薄したと思えば、見えない壁に弾かれたように吹っ飛ばされた。今度は剣士も受け身を取り、すぐさまゲームのステップのように短距離を高速で移動し、弓使いに切り掛かる。
しかし、どちらも羨ましいな。何も気にしないでばんばん能力を使えて。
「ぎゃっ」
また剣士が吹っ飛ばされ、尻餅をつく。わずかだがHPバーが減少する。
能力に余程自信があるのか、端から見ていてもムカつく程弓使いは剣士を見下していた。こいつのHPはまるで変動しない。
「ふん、僕に喧嘩を売るからだ。身の程知らずのくそ犬が」
「うう……」
これ以上戦っても無意味と思ったのか、剣士は項垂れる。弓使いの口の悪さが露呈した。
「わ、悪かった。……俺が悪かった」
「解れば良い。じゃあな」
二人のHPバーが見えなくなった。戦闘終了だ。
そう言って踵を返す弓使いはナルシストの顔を浮かべていた。不気味と言っても過言ではない程の笑みが張り付いている。
『これから僕の物語が始まるんだ』、そう言いたげな愉悦の表情。
あいつはやばいと本能的に感じ取った。仲間になろうと言われても、こちらから願い下げレベル。
ぞわり。
「——ッ!?」
全身の鳥肌を立てる、冷静になる事を強いるような感覚が俺の脳裏に浸食して来た。不安に怯えるように全身が震える。
俺は、その感覚が何なのか知らなくて。
ただただ、その気持ちの悪い感覚に気分を害し、突然苦しくなった胸に手を当て、呼吸を荒くして。
ただその瞬間を見届けた。
「なんて言うと思ったか!」
剣士が、持っていた剣を弓使いに投げつけたように見えた。それは、剣士の能力で銃弾の如く加速し、空気を切り裂く爆音を響かせる。回転して飛んで行く剣の刃が、血に飢えた貪欲な獣の牙のように太陽の日差しで煌めく。
「止めろ!」
その言葉を一体誰が叫んだのか、それは解らない。
悪ふざけが過ぎる、という意味で叫ばれたのか。それとも、もっと深い意味があったのか。それも解らない。
ただ一つ言える事は、その言葉は正しかったという事だ。
投げられた剣は超能力でその速度が人知を越える。反射することも許さない速度で空を切り裂き、轟音を上げて剣は弓使いの後頭部を捕え、
ブチリと、弓使いの首を軽々と斬り飛ばした。
ゴツッと頭蓋骨が石畳に叩き付けられた音が、沈黙した広場に響いた。
「……え?」
誰とも言えない、その光景を目にした全員の口から漏れる、様々な思惑の音。
信じられない光景を見て思わず口から漏れた驚きの吐息か、予想外の事態に見舞われて拍子抜けしたような剣士の疑問か。はたまた、呆気なく終わった弓使い、その生首の最期の言葉か。
そんな事はどうでも良くなる。
一拍遅れて、弓使いの首があった所から噴水のように血が溢れ出した。
雨よりも密度の高い液体が、ぼたぼたと音をたてて降り注ぐ。
「きゃぁああああ!!!?」
甲高い女性のものを思わせる悲鳴が発せられ、誰のものとも言えない無数の悲鳴が広場を埋め尽くした。
「……嘘だろ」
どしゃりと、置物が倒れるように弓使いの身体が大通りに崩れ落ちた。血だまりが広がって行くのに比例して、周囲の悲鳴とここから逃げ出そうとする人達の数が増える。
その時、もう皆解っていた。だから誰も駆け寄らない。
もう弓使いは生き返らないと、皆が思っていた。
すなわち、死んだのだと。
※ゲームにて死亡された場合、強制ログアウト。再ログインは不可能となります。
「……じょ、冗談じゃないぞ」
俺達は既に知っている。
こういったVRの世界が死と隣り合わせになる、デスゲームと言う存在を。
「ま、待ってくれ! 何かの冗談だ! こんな……あり得ない! こんな話聞いてねぇ!」
剣士は狼狽し、懸命に身振り手振りを交えて悲鳴を止めようとする。
皆解っている。これはゲームで、こんな事あり得ないと。現実じゃないと。
だが、あり得なくとも実際に起こったのだ。
と、不意にアナウンスが入った。
『楽園の秩序を乱す者に断罪を』
大地を震えさせるような低い声に続いたそれは、一瞬だった。
「なっ、ぎゃあぁあああ!」
気付けば、剣士は巨大な黒い手に掴まれていた。
どこぞのゲームで見たような、白いフォルムで丸みのあるファンシーな手ではない。
ミイラを思わせる骨の浮き出た、黒々しく生々しい悍ましい手だ。
突如現れた黒い手が、剣士の男を人形のように掴んでいる。
そしてそれがエデンの上空、あの幾何学模様が描かれていた空に映されていた。
このエデンにいる全ての存在に知らせるように、大画面のスクリーンが広がったのだ。
その異様な光景に、悲鳴がぴたりと止む。
再びアナウンスが入る。どこか聞き覚えのある男の声がエデンに響き渡った。
『箱庭を生きる者達よ。これはデスゲームである』
ふっと男の横に黒い箱のようなものが現れた。『4096』と番号が振ってある、人が入りそうな大きな黒い箱。
ファンタジーの世界に似合わない、鉄製のそれ。
ボックスだ。
『罪深き者に、粛正を』
黒い手が男をボックスに無造作に投げ入れた。ガシャンと鎧がボックスとぶつかり甲高い音を響かせる。
そして俺達が何かをする前に、勢い良く蓋が閉じた。
「た、助けてくれ!」
くぐもった悲鳴がボックスから漏れてくる。けど、誰も動けない。
信じられない。
現実と変わりない世界であっても、ゲームだった。
HPを失って、ポリゴンが砕け散るのが俺達の知るデスゲームの死だ。
こんなの、俺達の知っているゲームじゃ——物語じゃない。
ボックスの蓋が沈んでいるのが見えた。
激しく蓋を叩く音が聞こえるが、その音はだんだんと短いテンポで強さが増してくる。
蝋燭の炎が消える間近で激しく燃え上がるように。
圧迫感に焦りと苦しみが重なった、男のくぐもった悲鳴が響く。
「苦しい、たす、助けて、助け——」
ぐしゃりと、肉が潰れる音が男の声を遮った。
もう……男の声はしない。
代わりに、ボックスから血が吹き出てきた。ゆっくりと蓋が沈み込み、押し出された血が溢れ出る。滴り落ちる血が、ぽたぽたと赤い水溜まりを作って行く。
誰もが、悲鳴を上げる事すらも忘れて、ただただその光景を見ていた。
『これが私のプレゼント、棺だ。これは君達の身体をプレスし、ログアウトしてくれる。
今回は特別サービス、公開処刑とさせていただいた。私がこの街に介入するのはこれが最期である。この通信が終わり次第、自分のボックスであればいつでもこの機能を使えるように設定しよう。
人生を止めたくなったのならば、入るといい』
男の声を聞きながら、俺も含めて、およそ十万人全てがこう思ったはずだ。
ログアウト出来ない? いや、これではまるで——。
人生そのものの、ログアウトではないか。
ゲームであるはずなのに、あまりにもリアル過ぎて。
今なお道に転がったままの弓使いの生首が、こちらを見ている気がした。何も知らず、苦しみすらも味合わずに死んで行った弓使いが憎たらしく思えてくる。
誰も喋れない。事態を認識出来ていなかった。
それこそが、男の目的だったのだろうか。エデンの街が罵声でもなければ悲鳴でもなく、沈黙で支配されたのを確認したように、アナウンスは告げる。
『これは現実だ。生き残る術は与え、棺も用意した。
安心しろ。外の世界はもっと酷い。この街は楽園だ』
絶望し切った人々が呆然とする中、最後の通信がされる。
『だがもし、この世界から出たいと言うのであれば、このGardenにある洞窟を攻略しろ。
そうすれば、Gardenから解放される。
……これはデスゲームであっても、ゲームだ。
では、残りの人生を楽しんでくれ』
空の映像が消え、いつも通りの結界の文様が浮かぶ空がエデンの上空に広がった。
途端、宙に浮かせていた力を無くし、がしゃんと棺が地面に叩き付けられたが蓋は開かない。
「………………」
しばらく沈黙が続いたが、遂に誰かが罵声を発し、それに釣られて辺りは騒然となった。
いや、エデン全域だ。
先ほどの通信は、やはりこの《Garden》に存在する全ての人類に向けて発せられたものだった。今まで溜め込めていた罵詈雑言、言葉に鳴らない思いを叫ぶ。
「あ、あ、うわぁぁぁぁ!」
「嫌だ、こんなの、嘘に決まってる! こんなの、ゲームじゃねぇ!」
エデンは喧騒に溢れ返った。とにかく叫び声を上げる者。路上に座り込み泣きじゃくる者。放心して口を半開きにして笑う者。
皆が騒ぐ。けれど暴動は起きない。
未だ二つの死体が広場に残されていた。触れる事すら躊躇われる、リアルな死体。
皆、人を殺したくないのだ。
俺は何も言わなかった。何も言わず、行動する。
「……大丈夫だ。行ける」
頬が持ち上がっている。それがどんな笑みなのか、俺には解らない。だがそれでもそれはきっと、待ち望んでいたとでも言うような不敵な笑みだろう。
俺はもっと絶望的な状況を過ごした過去がある。
明確なゴールなど無く、倒すべき敵は人間。味方は殺すな殺せと矛盾した事を叫び、出来た人間程早く死ぬ。
それに比べて、今回は何だ?
七日も、一週間も準備期間があったじゃないか。倒すべき敵は明白、到達すべき場所も見えている。決意を惑わせる味方はいないし、この街にいさえすれば守ってやる必要も無い。
なにより、俺達は物語としての攻略法を知っている。
重畳、最高のゲームだ。
大丈夫だ。もう失敗しない。強くもないが、それほど弱くもないんだ。
ナインだけに。
くだらないな。不敵な笑みを、自嘲するような笑みに変えた。
決意の鈍らぬうちにさっさと行こうと門へと向かえば、誰かに肩を掴まれた。
「おい、ちょっと待てナイン! どこ行くんだ!」
振り返った俺の目に映ったのは、明らかに混乱したダイスケだ。その瞳には恐怖と困惑が刻まれている。
「街を出ようと思っていたんだが……どうした?」
「どうしたじゃねえだろ! お前、さっきの通信聞いてなかったのか!? 死んじまうぞ!」
狼狽してガクガクと肩を揺らしてくるダイスケ。
俺は安心させようと、不敵な笑みで答える。
「馬鹿を言うな。俺が死ぬだって? 別にラスボスに挑む訳でもあるまいし、何を言ってるんだ。その程度の覚悟はとうに決めていたぞ」
「な、何言って——」
「お前こそ何を言ってるんだ、ダイスケ」
俺はダイスケの手を肩から下ろして、その目をじっと見て言う。
「俺は最初からこのゲームで死ぬつもりは無かった。死亡したら強制ログアウト、再ログイン不可能なんて、このβテストが始まる前から聞かされていたからな。死ねない理由が明確になっただけだ」
とは言っても、この世界での死が現実の死だと決まった訳でもない。確かめる手段も無いし、確かめたくもないが。
「だ、だけどよ……」
言い渋るダイスケがいつか見た物語にあったやり取りに似ていて、思わず苦笑してしまう。
だが、少しまずい状況だ。
「俺の代わりに、冒険者達に伝言を頼めるか? んで、この混乱した状況を収めてくれ」
不安げなブランを押し切るように伝言を頼む。
「最安定行動は、一ヶ月間いつも通りにここで暮らす事だ。今日の事なんか無かった事にしてな。
いくら外界と遮断された孤島と言っても、一ヶ月後には迎えが来るはずだ。一ヶ月後のテスト終了日にゲームが終わらなければ、おかしいと思えば良い。
その頃になれば、不死鳥の尾羽も手に入るようになっているはずだ。例え効果を発揮しないとしても、何も後ろ盾がないよりはましだろうし、その頃までには俺みたいのが何らかの情報を出せる」
俺のように、門から今まさに出て行こうとしている奴らを指差す。
別に、誰もが怯え切っている訳ではないと言う事だ。単純に、こんな馬鹿な話があるかと思っているからかもしれないし、もしくは英雄にでもなりたいのか。
いや、それよりも何よりも、この状況は既に予測されていたと言うべきか。小説やアニメ、デスゲームを題材にした作品はいくつも存在する。これは、それを再現しただけに過ぎない。
既に、数々の主人公達がこの手のゲームのクリアを果たしている。クリアしたければ、俺達はそれをなぞれば良いだけだ。
一カ所に集められずとも、全員に知らされた『デスゲーム』という真実。それにより生じる混乱。これ自体がβテストのため事前の攻略知識は無いが、七日間の修業期間によりプレイヤーに与えられた即時攻略を進めるという選択肢。
これはある物語に準拠した流れだ。
その物語に従えば、これから起こるのは冒険者によるフィールドアイテム争奪戦。だから、このゲームのクリアを目指した奴らはすぐに動き出した。
が、それは間違った予測だと俺は考えている。
アイテム争奪戦が起こるという予測は、そのデスゲームが大規模オンラインRPGで、アイテムや経験値、金が限られていたからだ。
だがこのGardenは違う。
多くの冒険者、超能力者と魔術師は経験値が必要ない。このゲームではアイテムを自分自身で作成出来るし、武器などのアイテムより明らかに超能力や魔術の方が強い。更に、NPCが存在しない事により、俺のように住民相手に融通が利く。
よって、このゲームにそんな争奪戦は無意味だと言う事が解ると思う。
だからそんな急いでフィールドに出る必要は無い。
ここでのんびり、最強武器でも最強魔術でも、超能力の練習でもしていれば良いのだ。
「わかった。……けど、なんでお前はそんな危険を冒す真似をするんだ?」
自分で最安定行動が何か言及しておいて、俺はそうしないなんておかしいよな。
ぶっちゃけ、その通りだ。俺がこんな危険を冒す必要はまるで無い。
主人公だの英雄だのを目指して出かけて行った奴らが、いつかクリアするだろう。
だけどな。
必要がないだけで、駄目という訳ではないだろ?
「魔法使いは、元々ゲームの要素を詰め込まれた存在だ。ゲームを攻略するのに尤も適しているのは、間違いなく俺達魔法使いだと思う」
昔出来なかった事だから、とは言わない。精神論は語らない。
俺がやろうとしているのは、所詮ただの過去の清算だ。
同情なんて要らないし、俺がやりたいだけなんて言ったら止められるだろう。
だからこそ、もっともらしい言葉を適当に重ねる。
「皮肉な話だが、魔法使いは超能力者や魔術師と違って鍛錬が必要ないんだ。魔法って奴は、すでにプログラムされている。Levelが上がってMPさえあれば、すぐに強力な魔法が使える」
魔法使いはMPが無くなれば役立たずだろうが、MPさえあれば十分戦える。ここ数日で、アイテム使用以外のMP回復手段の一つや二つは見つけた俺だ。問題ない。
それに、だ。
「現実に、俺が死んで悲しんでくれる奴はいないから、さ。危険を冒して戦うべきなのは、俺みたいな奴だろ。このゲームを攻略するのは俺がここにいる意味だ、とか言ってみたいし」
最後はちょっと茶化してみると、ダイスケの表情が少し緩んだ。
サラやミドリさんは、俺が死んだら悲しんでくれるだろうか? 死ぬ予定も無いし、俺が死ぬようなヴィジョンは想像も出来ないので、何とも言えない。
我ながら傲慢な精神だ。
言うだけ言ったので、再び門へと歩き出す。
「俺が元の世界に帰れるようにするからさ、楽しもうぜ。ここでの時間も、現実での時間と同じなんだ。俺達は、他の誰もが経験出来なかった事を経験出来るんだぞ。デスゲームだろうと、これはゲームなんだから、楽しまなくちゃ損だ」
「……ナイン」
ムードメーカーの役は解雇されたが、元の職業の能力を引き継ぐのはバグでもなんでもない。
ダイスケが厳つい顔の男に似合わない、涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑う。
「生きて返ってこいよ、ナイン! そん時は、俺の最高傑作を渡してやる!」
今渡せよ、と軽く愚痴りながら、騒がしいエデンの街に背を向け、俺は巨大な門からフィールドへ向かった。
ダイスケの言葉選びに少しだけ感謝する。
俺達は生きて再会出来るから、未来の約束でも何ら問題ない。
☆☆☆
エデンの街は巨大な壁に囲われており、同じく巨大な門を抜けなければ外へと出られない。
今まではチュートリアル期間で、門は開けられていなかった。そのため、この外の世界は未だに語られていないのだ。
それゆえ冒険者達は、まだ見ぬ外の世界を色々想像していた。
見渡す限りの草原だとか、すぐ目の前に洞窟があり、その迷宮を探索させられるとか。
ダイスケの他にも何人かに声を掛けられたが無視し、俺はエデンの外へと出た。
ここからが、この《Garden》というゲームの始まりだ。
『あなたは英雄になりたいですか?』
アンタはこれを知っていたのか? 女神様。