第一章 タンスの中身は想像がつく
『あなたは英雄になりたいですか?』
[はい]/[いいえ]
「この世界に英雄は要らない」
白衣の女性の言葉に、俺は憮然とした態度で答えた。
選択肢外を選べるのは、人生だけ。ゲームじゃ不可能。
ここで明確に、このゲームが人生と呼べる事を確認しておく。
場所は《箱庭島》で唯一存在を確認した白いドーム、その内部にあるベッドと机程度の簡易な診察室だ。
そこで俺達、冒険者として選ばれたテスター1万人は最後の身体検査を受け、Gardenへとログインすることになっていた。
Gardenは従来のネット回線を使用せず、独自の通信手段を利用したゲームであるため、この孤島に場所を移動してのテストとなっている。
妙な質問をして来た女性は、ここのスタッフか雇われた医師か。どこかで会ったような気がするが、左手薬指の指輪から残念ながら運命の出会いの線は消えている。
女性はどことなく神秘的な雰囲気を醸し出しており、その年齢はまるで窺えない。大人びた雰囲気があるが、顔立ちはとても幼げで、雪のように白い肌がそれに拍車をかける。雰囲気こそ大人の物だが、十代後半か二十歳そこそこではないだろうか。
その神秘的な容姿から、女神様、と心の中で呼ぶことにしよう。
崇拝の意は無いが、容姿だけではなくその意味深な問いからも、彼女は女神様としか呼べない。
『英雄』
二十一世紀の現代に『英雄』なんて単語、日常会話でも面接でも診察でも聞いた事は無い。携帯電話会社なら知ってるが、文脈があわないのであり得ないだろう。あったら斬新すぎる。
ならば十中八九、この『女神様』の問いはゲーム関連の質問だ。
ステータスやらアビリティなんかの部分でゲームに作用する類いの質問とみた。
その中でも、このゲームの特徴であるセンスバトルシステムに作用する線が怪しい。
思考の具現化、第六感を実装したこのゲーム。この質問は、想像力が試されているに違いない。
だが悲しいかな。捻くれ者の精神はあっさりと口を滑らせ、俺の本心を吐露してしまっている。
なんだよ、英雄は要らないって。
まずい、まずいぞ。今の一言、間違いなく地雷ジョブの戸を叩いてしまった。
「理由を聞いても良いですか?」
面白い人を見つけた、と言わんばかりの微笑みを浮かべて女神様が尋ねてくる。
嫌な意味で好感触。
だが特に深く考えていなかったので、もう正直に俺は軽く肩を竦めた。
「別に。悲劇無くして現れない英雄なんて、必要ないと思っただけだ」
多くの者が不幸になる事件がある。それから人を救えば英雄だ。
俺は、その大勢が不幸になる出来事を未然に防げれば良いと思っただけなのだ。
過去の教訓。
「それなら、あなたは一体どんな人物になりたいんですか?」
これが一番大切な質問に違いない。読めたぞ。
フッと笑ったせいか、不敵な笑みになった気がするが、俺は会心の答えを口にした。
俺は……。
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冒険者募集。仮想現実の世界を体感しませんか?
『世界で初めての仮想現実、それを実装したRPG、《Garden》。
センスバトルシステムが、あなたに第六感《超能力》・《魔術》・《魔法》を提供します。
夢にまで見た異能の力を体験してください。
年齢不問、職業学歴不問、性別不問。テスト期間は12月17日から1月17日までの一ヶ月間。
日給十万円(別諸手当有り)を前払い。テスター資格は、健康な身体のみ。家族での参加も可能です。
テスト参加前に、精密検査を行います。外部との連絡手段の持ち込みは禁止。
※ Gardenにて死亡された場合、強制ログアウト。再ログインは不可能となります』
体感する異能の力、超能力、魔術、魔法を駆使して全五十層のダンジョンを攻略せよ!
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圧迫感を孕んだ闇がそこに広がっていた。
「うっ……?」
その闇は不思議と息苦しくなく、むしろどこか過ごし易い。温かく、包容力があるとでも言うのだろうか。記憶にあるはずもない赤子の気分だ。
だがそれとは別に、妙な違和感が頭にこびり付いており、それが頭痛を生んでいた。軽い痛みだが、気になるものは気になる。
頭を抑えようと手を動かそうとすると、空気が抜けるような音共に、徐々に光が差し込んで来た。突然の光に眩しさを覚えつつ、俺は前へと手を伸ばす。
何か硬い物に手が触れた。金属の板——と、そこで俺はやっと気付く。
これがGarden専用端末、ボックスの内部だと。
Gardenの世界と現実世界を繋ぐ装置、それがボックスだ。
現実世界でも仮想世界でも、ボックスに入る事でゲームのログイン、ログアウトを行う。ある種のRPGでどこでもセーブが出来ないように、このGardenもまた、強制以外はどこでもログアウトが出来ないのだ。
徐々にボックスの蓋が開かれ、そして俺はその世界を初めて目にした。
「……凄いな」
入って来た光に眩しいと感じ、感嘆の言葉を吐く。
木の香りがほのかに漂う小さな部屋だった。木が惜しげも無く曝されている、ロッジのような部屋。静かな部屋だが、窓から差し込む日差しのおかげかどこか暖かみがある。
起き上がってよく見れば、ここが《宿屋》と呼ばれる冒険者達に与えられた個室に良く似ていることが解った。
Gardenはその開発環境や技術的な事などは未知数だが、ゲームの情報は多く提供されており、ここは公式HPで見た光景だったからだ。
部屋にはベッドとタンスがあり、木製の机が窓際に備え付けられている。天井にはランプがぶら下がっており、いかにもゲームであるという雰囲気を醸し出していた。そのくせ、部屋の入り口の横にはシャワールームがあると言う、よく解らない世界観。
ただ一つ、部屋の隅にある黒塗りの衣装ケースのようなもの、ボックスがその世界に不協和音を奏でており、ここが仮想現実なのだと感じさせている。
起き上がった時に身体を支えた手、木の匂いを感じる鼻、窓から部屋に差し込む淡い光を認識する目。現実と一切変わりない感覚だ。
「すごい。これなら味覚や第六感も期待出来るな」
ぺたぺたと自分の頬を嬉しくもない触診。言葉を発せば喉も動く。
Gardenのセールスポイントその1、『現実と遜色無い完璧なヴァーチャルリアル』だ。
見て聞くのが従来のゲームならば、このGardenは見聞きし触れて匂いを嗅ぎ、味すらも楽しめるゲームだ。おまけに、現実には無い『超感覚的知覚』という第六感すらも実装している。
「さすが、国が情報隠蔽を徹底するだけある」
何度か手を握ったり開いたりをして、現実とまるで変わらない感覚を確かめる。
皺一つないベッドに腰掛ければ、シーツに皺が出来た。掴んでみると多少ごわごわした手触りを感じる。中指だけ指を立てると若干痛む。第一関節だけを曲げることも出来た。
「無駄リアルだな……」
一体、ゲームのどこに第一関節だけを動かす必要性があるというのだろうか。現実でも必要ない技能だぞ。
さて、ではゲームのシステムチェックといきますか。
手を伸ばし、一度目を閉じる。精神統一、カッと目を見開きその手を凝視した。
停止。
瞬間、世界から視覚以外の全てが排除された。鼓動も聞こえない、俺の瞳だけが唯一動ける世界が広がる。深海に沈み込んだような静寂の世界は、非常に居心地が悪い。
この世界において俺の目は、掲げた手の横に文字と数値が浮いているのが見えている。
[ステータス]
[Name] ナイン [Level] 1
[HP] 400/400 [MP] 12/12 [状態] 異常なし
[攻撃] 30 [防御] 30 [敏捷] 42
[種族] 人間 [職業] 魔法使い
ゲームによくあるステータスを可視化したのだ。従来のゲームの要素を詰め込んだ《魔法使い》にのみ見える情報。他にも視界には、[アイテム]や[システム]などのメニューがある。
無駄にリアルだろうと、やはり俺はゲームの世界に来たのだ。
瞳を閉じれば、世界に動きが戻ってくる。呼吸の僅かな音が聞こえ、何故だか無性に安心した。無音の空間というのは、寂しさなんかを通り越して軽く鬱になるみたいだ。
しかし。
「魔法使い、ねえ」
ベッドに寝転び手の周囲を見るが、そこには文字も数値も存在していない。けれど、先ほどは確かに数字と文字から成る情報が見えていた。
ゲームなのだから当たり前だろうが、まるで自分の目じゃないみたいだ。だが違和感は無い。
《審察眼》。
職業魔法使いにのみ許された、自身、他者の能力を数値と文字で表す能力。発動中は体感時間が限りなくゼロに近づき、発動者の思考と瞳だけが動く世界となるというものだ。
俺が女神様から頂いた、貴重なアドバイスの一つ。
地雷ジョブ、魔法使いを与えられた俺への配慮だ。
『面白いあなたに、面白いジョブです』
地雷ジョブ与えられて、こっちは全然面白くなかったけどな! だが、俺の発言は確かにこれを望んだような物言いだったので、完全な自業自得。
まあ、女神様の笑顔が見られただけ、御の字としておこう。女神様、本当に女神みたい。久方ぶりに現実で癒された。
「解っていた事だけど、HPもMPも少ないな」
身体が動く感覚に違和感が無いかを確かめ、適当に動き回ってHPが無くならない事も確かめる。これはβテストだ。無理な動きをしてHPが減りました、なんてこともあり得なくもない。少なくとも、指の関節関係でHPに変動は無いようだ。あったら嫌なゲーム。
歩き回る事から始まり、ストレッチ、倒立やバク転など、生身で出来る事をどんどん確かめて行く。それだけでも、Gardenが従来のゲームと一線を画しているが解る。
本来ゲームに置いては、プログラムされていない事は出来ない。例えば、RPGにおいて操作キャラは基本的に歩く・走る・ジャンプくらいの動作しか出来ない。それは、プログラムにそれしか記述されていないからだ。もしもアクロバットな動きをしたいなら、modでプログラムの追加を行わなければならない。
ところがどっこい、このGardenではそんな心配は要らない。完璧なリアルを謳うGardenでは、『現実で出来る事は全て可能です』と大きく宣伝しているのだ。一体どんなサイズのメモリと複雑なプログラムを組んだのか。オーバーテクノロジーとしか言い用が無い。
と、俺がベッドをトランポリン代わりにフルツイストを決めようとして、
「失礼しま——ッ!?」
「うおっ!?」
突如ドアが開き、驚いた俺は盛大に尻餅をついた。見れば、若干引いた顔で少女が見つめている。
何故か、だんだんと少女の顔が赤みを帯びて行き、パクパクと口が動く。金魚の物真似を何故今? とすっとぼけて首を傾げると、少女はドアに身体を隠し、こちらをあまり見ないように睨んで来た。
「……何をしているんですか?」
地獄の底から響くような音程の丁寧な言葉遣いは、私とあなたは他人です、とでも言いたげだ。簡素なエプロン姿のこの少女は、宿屋の娘さんだろう。
不審者扱いしてくる娘さんに、俺は自信満々に言い切った。
「テスターらしく、身体能力のテストだな。なんかおかしい?」
「……ええっと」
僅かに逡巡し、けれど少女ははっきりと答えた。
「服を着てません」
「…………」
ゲームだから良いんじゃない? と思い、俺は笑顔で返す。
誰とも知らない男を笑顔にさせた、飛っきりの笑顔だ。
「転職したてだからさ」
『リアル無職』から『ゲーム魔法使い』に転職したのだ。
なんて良い話だ。
対して少女は呟く。
「……変態」
無意識のうちに、俺の身体はタンスの中から服を取り出していた。