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12.想定外


 家の方角から緊急事態を知らせる色つきの煙、赤い色の狼煙が上がっているのが見えた。


「……帰るぞ」

「え? オークの群れは……?」

「そっちは後回しだ」


 若いのを掴んで、一気に家まで飛んだ俺を待っていたのは厳しい顔をした妻だった。


「アナタ、これを……」


 その手に持たれているのは、開封済みの手紙が一枚。

 受け取って、表を見ると、俺の名前が書いてあった。

 その中身には、上等な紙に書かれた丁寧で柔らかい筆跡の文字があって。


 ──これは、あいつの字?


 我が子がいなくなって、残されていたのは一枚の手紙。

 そこには『勇者』宛のメッセージが記されていた。

 友達宛でなく、引退を宣言したかつて勇者と呼ばれていた男へと向けられた言葉が。


「……なにを、考えて、いるんだ」


 まさかの事態だった。

 よりにもよって、仲間の手で。

 僧侶によって勇者の娘が誘拐される。

 そんな馬鹿な事があっていいのか……?


「何があったんですか?」

「……読んでみろ」


 そこに残されていたのは僧侶から俺に宛てた置き手紙だった。


 これまでの長い戦いの中で人間側は随分と疲弊した状態に追い込まれている。

 今現在すぐに動かせる残存兵力だけでは、今回の魔族の侵攻を押し返せない公算が高い。

 そうなったら無視できない人的な被害が出てしまうことだろう。

 結果によっては、このまま全面的な戦争へと突入してしまいかねない。

 ……だからといって、このような行為が許されるはずがない。

 自分のとった方法が最悪の選択であることは重々承知している。

 だが、それでも、あえて選ばせてもらった。

 こんな言葉を、かつての仲間に対して使うのは心苦しいが、あえて言わせてもらう。

 勇者よ。娘を死なせたくなければ、今回の魔物の侵攻を止めるのに協力して欲しい。

 アナタさえ動いてくれれば、今回の悲劇はきっと回避できると信じている。

 ……最後に。

 今回の戦いが無事に終わった後なら、自分を殺してくれても構わない。

 貴方には、それをするだけの権利があり、私にはそれをされるだけの責任がある。


 そういった内容が、数枚の紙に渡って書かれていた。


「……ついに王はしびれを切らしたってことか?」

「我が王は、こんな馬鹿な命令を出したりしません!」

「ただひたすらに、お前に俺を説得してこいと言ってるだけか」

「……」

「大方、それでも動こうとしないなら、無理強いをしなくてもいい。

 奴はもう十分にワシたちのために働いてくれた。

 あとは軍の仕事だとか、無駄にカッコイイ事言ってたんじゃないか?」


 そんな俺の言葉に若いのは噴きだすように苦笑すると大きくうなづいていた。


「よく分かりましたね」

「あの人とも、それなりに長い付き合いだからな……」


 だから見捨てられないんだな……。困ったことに。


「だが、王がすでに覚悟を決めているんだとしたら……。

 何故だ? 何故、あいつは、こんな馬鹿な真似を……」


 頭が混乱してきていた。

 乱れた思考が、冷静さを俺から奪っているのを自覚する。


「破滅に向かいつつある今の大きな時代の流れを変えたかったんだと思います。

 ……アナタをどうしても戦場に引っ張り出したかったんでしょう」


 ……そんな馬鹿な。

 俺が出て行ったからって、どうしろっていうんだ。

 何万もいる敵相手に一人で勝負を挑める訳がないだろう。


「アナタなら何とかできると、きっと彼女は信じているんです」


 俺に魔王と同じ事をしろっていうのか?

 敵の指揮官クラスを皆殺しにしろって?

 ……そんなの出来るわけないだろ。

 俺の言葉に妻は小さくうなづいていた。


「……そうですね。魔物の軍隊は人間の軍隊とは根本的に違う。

 指揮官は先頭に立って部下たちを引っ張っていくだけで、指揮はしないのが一般的。

 ……前進、突撃、停止、後退、撤退の5つしか命令しない。

 あとは勢いと数で押し潰すのが魔物流……」


 そんな集団において下手に指揮官クラスの将を狙い撃ちで殺したら動きが止まらなくなる。

 やるなら、総大将に一騎打ちを挑んで、その間に全軍停止を命じさせるしか……。

 そんな俺の考えを読んだのか、妻は小さく首を横に降っていた。


「……でも、今回の敵軍は……」


 魔法使いからの手紙によると、今回の敵軍には明確な総大将が存在しないらしい。

 魔族の集団の中でも、極めて珍しいタイプの集団だった。

 いわば有象無象の魔物達が押し寄せてきてるだけの単なるヒステリー集団だ。

 そんな連中の前に、奴らにとっては不倶戴天の敵だろう俺なんかが出て行ってみろ。

 大混乱の発生は必至だ。

 下手したら暴走状態に突入して、連中が全滅するまで終わらなくなるぞ。


「もし、そうなったら……」

「ああ。人間の側も致命的な被害がでる」


 一匹一匹は大したことのない奴らでも、今回は数が桁違いだ。

 こういう場合においては、数は純粋な意味での"(パワー)"だった。

 こんな単純な力こそ、受け止めたり跳ね返すのが難しいからだ。


「……負けますか? 我々は」

「流石に、負けはしないだろう。

 ……もっとも、勝てもしないだろうが」


 おそらくは、ただならぬ数の死人が出ることだろう。

 そして、今回の騒動に勝者はいない。

 しいていえば、ぶつかった時点で、両方が負けということになる。

 双方に致命的な人的被害が発生した段階で、この戦いは負けが確定するということだ。

 そうなれば、もう全面戦争しかなくなってしまうからだ。

 どちらかが全滅させるまで、延々と殺しあう終わりの見えない戦争が始まる事になる。

 ……そうなって欲しくないなら、どうにかして、連中を止めるしかない。


「何万もいる魔物の軍勢を、どうにかして追い返せってか」


 無茶を言ってくれる。


「それでも貴方なら……何とかしてくれる。

 彼女は、それを期待しているんだと思います」


 妻が視線にこめている意味は俺にだって分かる。

 若いのが俺に言いたいことだって、分かるさ。

 いくら引退を宣言したといっても、俺は伝説の勇者なんだ。

 こういう時にこそ立ち上がらないで、何が勇者だって……。

 本当は、分かってはいるんだよ。

 本当は、何をしなくちゃいけないのかも。

 妻の言いたいことだって分かってるつもりだ。だが……。


「……すまん。少しだけ考えさせてくれ」


 結論が出ないんだ。俺の中で。

 覚悟が決まらない。俺の中の。


「明日の朝までには答えを出すから」


 それを聞いて、二人は小さくうなづいていた。


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