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後編

「おう起きたか、アキラ」

 カーテンが開き、井上が姿を見せた。彼はジーンズを穿き、ブルゾンを羽織った私服姿だ。傍らに、アキラの着ていた服が丁寧に折りたたまれている。革ジャンは壁際にハンガーで吊られ、揺れていた。

「慣れ慣れしいな、井上さんよ」

「まあそう言うな。クソガキと呼ばれるよりはいくらかマシだろ。ところでアキラ、そのペンダント、どこで手に入れた」

「どうだっていいだろ、そんなこと。路上販売で手に入れた安物さ」

「そんなにとんがるなよ。アキラとはこれから共闘する仲なんだからな」

「は? 話が見えない。何言ってんだ、おっさん」

「単刀直入に言おう。アキラ、お前さんをスカウトしたい。俺たちはEDF。公的には存在を秘匿されているが、歴とした国際組織だ」

 背筋を伸ばし、自衛官募集ポスター――いや、着ている制服を考えれば警官募集ポスターか――のモデルもかくやという笑顔を向け、歯を光らせて告げる井上に対し、アキラは半目で睨み返した。

「おいおいおいおい。俺の自由意志は無視するのかよ。スカウトって言うより拉致だぞこれは」

「拉致とは心外な。その気があったら拘束してるよ。我々は寝床を提供しただけだ。しかも、アキラの要求に従ってな」

「ふん、よく言うぜ。単車(あし)奪った上で寝てる間に車で三時間も移動しやがって」

「言ったろ、存在を秘匿されているって。あの場に留まっているわけにもいかないし、まっすぐ目的地に向かうわけにもいかないのが現在の我々の立場だ。三時間とは言え現場からびっくりするほど離れているわけじゃねえ」

 そこで言葉を切った井上は、口元に歪んだ笑みを浮かべたまま、どこまで本気かわからない口調で告げた。

「判っていると思うが、俺たちは異星人(エイリアン)と戦っている」

「へえ、あの虹色の奴ら、エイリアンなのか」

 アキラは口角を上げたものの、その目に笑みの色はない。明らかに作り笑いだ。RGからの逃走中、アキラは既に井上の口から“エイリアン”という単語を聞いている。とぼけるのは無駄と判断したのか、アキラは作り笑いをやめた。

 異星人だの異世界だのと、いい大人が大真面目に言えば言うほど非現実感が募る。だが、あんな化け物を地球上のどこかの国家ないし組織が兵器として開発したと考えるのは、それ以上に非現実的――というのが、アキラの感想である。

「逃げるので精一杯だったが、奴ら、白い車を攻撃しやがった。あのままじゃ街がめちゃくちゃだ。逃げるしかないのかと思うと、口惜しかった。世界とか日本とか、逃げてる間は……、いや、今でも考えちゃいねえ。でかすぎてよくわかんねえからな。とにかくこの街だけは守りたいって思ったんだ。でも、どうやってかは知らないがやつらに身体を持ち上げられて、このままじゃやられると思って――」

 ふと、アキラは自問した。身体を持ち上げられたあの瞬間、自分は何を考えていただろうか。街どころかリュウたち仲間のことさえ頭の中から飛んでいた。ただ、目の前のものだけ――ありすだけを守りたい。そのための力が欲しい。

「――気付いたら赤い巨人の中にいた。たぶん、俺は巨人の体内に吸い込まれたんだろうな。けど、視界は巨人の目を通して外を見ているような感じだった」

 アキラは、ありすが出現させた扉のことをわざと省略した。

「試しにやってみたら、自分の身体を動かすのと同じように巨人の身体を操れるし、空まで飛べてハイになってた」

 もしかして、夢でも見てたのか――そう続けた言葉は、井上と平野に二人がかりで否定された。

「アキラが身につけている鍵のペンダントだけどな、それ、ちょいと特別なものじゃねえのか? 路上販売で手に入れたってのは嘘なんだろ。……おっと、睨むなよ。入手経路とか、今は追及するつもりはないぜ。肝心なのは、それをアキラが手に入れたってこと。科学班の設備で調べない限り断言はできんが、そいつは多分――」

 オーパーツ。鍵のペンダントを指し、井上はそう説明した。

 大昔――とは限らないが――にエイリアンが地球に持ち込んだもの。現代の地球の科学では説明のつかない不思議な力を秘めていることが多く、かつ、オーパーツ自体が持ち主を選ぶことがあるとも言われている。

「それはともかく、どうやらRGどもはお前さん本人というよりその鍵に用があった可能性もあるんだな、これが」

「…………」

「あたしとしては、一般人の仲摩くんを巻き込むことになって申し訳ないと思ってる」

 平野だ。アキラがペンダントの鍵を手に乗せ、それを見つめて黙り込んでいる間に、井上に対して目で断った上で割り込んできた。

「でも、このまま仲摩くんを帰したとして、再びRGに狙われずに済むという保証はない。RGたちは、最初のうちは鍵のペンダントを持つあなたを捕獲するのが目的だったのかも知れない。でも奴らを撃破したことで、あなたが連中に敵として認識された可能性が高い」

「…………」

「今回、我々はRGに負けた。でも、奴らの存在を探知する手段を持っている。あなたの協力があれば――。身勝手な言い分だけど、我々にはあなたの協力がどうしても必要なの」

 ようやく鍵から手を離し、アキラは平野の目を正面に捉えた。

「協力って言われてもな。あの巨人がどこから来て、どうして自分が乗れたのか。それだけじゃねえ、どうしてあんな途方もない力を使いこなせたのか。もう一回同じことをやれと言われてもできるかどうか。わかんねえことだらけなんだぜ」

「できるかどうか、か。それは今気にすることじゃねえな。なに、単純な話だ。可能性が〇パーセントならはじめからスカウトなんかしねえ。だがお前さんは一度巨人を操って見せた。たった一人で俺たちのVMAA三機を上回る力を使いこなして見せたんだ。たとえ、もう一度その力を使える可能性がたった一パーセント、いや、コンマ一パーセントにさえ満たないとしても、その可能性に賭けたいと思うのが道理だろう」

 シニカルな笑顔しか見せなかった井上が真面目な顔をしている。口角泡を飛ばすような熱弁ではないが、静かに諭すような口調の中に確固たる熱意を込めている。その変化に対し、しばしあっけにとられたアキラだったが、短い沈黙の後、面倒くさそうに告げた。

「俺は臆病なんだ。今回はたまたま赤い巨人に乗れたし、たまたま連中にも勝てた。だが次にあの化け物どもに襲われた時、またあの巨人が来てくれるとは限らねえ。確実に呼ぶ方法なんて知らねえんだからな。そんな状態でこの先ずっとエイリアンと戦い続けるなんざ、お断りだね」

「もう遅いぜ。地球人(こちら)側にとっての切り札はエイリアン側にとっての脅威だからな。さっき平野が言ったが、お前さんは連中に敵として認識された可能性が高いんだ。……できることならその役目、この俺に回して欲しかったんだがな。残念ながら誰でもいいって訳じゃないらしい。実に羨ましい話だぜ」

「何言ってんだおっさん。こっちはいい迷惑だっての」

「いいか、よく聞け。エイリアンにも二種類いる。我々地球人との共生を望む奴らと、やたら攻撃的な奴らだ。我々にとって重要なのは前者のエイリアンがこの地球に持ち込んだに違いないアイテム、つまりその鍵にアキラが選ばれたってことだ。何故かはわからんのだが、な」

「何……?」

 井上の言葉に、アキラは片眉を上げると視線を彷徨わせた。あの時――アキラが声をかけた時、ありすは妙なことを言っていた。

 ――多分、鍵がアキラを選んじゃったの。

 そしてもう一つ。

 ――この先、何も起きなければそれでいいんだけど。

 それは、何かが起きることを予見した言葉だったのだろうか。

「思い当たる節があるようだな」

「知るかよ! 憶測で物を言ってるだけだろうがっ」

 アキラは大声を張り上げ、次いで自分の声に驚いたように声のトーンを落として言葉を続けた。

「……何を訳知り顔で決めつけてやがるんだ、おっさん」

「ふん、まあいい。それより、念のために言っておくが俺はまだ二九だ。アキラと一回りも違わない」

「いやそれほぼ一回りだし」

 彼らの会話に咳払いの音が割って入った。ふた組の視線が集まる先に、平野の姿があった。

「小隊長。基地到着まで一〇分を切っています。親交を深めるのは後回しにして、私から仲摩くんに概略を」

「これのどこが親交を――」

「とりあえず黙って聞いてね、仲摩くん」

 抗議の口を開いたアキラに、平野は静かな笑顔を向けた。しかし、実際に光を放つかのような彼女の視線に射竦められ、アキラは口を閉ざした。無言で苦笑する井上をよそに、平野は説明を始めた。


 井上たちが所属する組織はEDF(アース・ディフェンス・フォース)の極東支部だ。有り体に言ってしまえばエイリアンと戦うための国際的な組織、その日本支部である。EDFに参加する各国の政府や軍の内部にスタッフが浸透しており、可能な限り活動の痕跡が残らないよう配慮されている。

 地球には時期も定かでないほどの昔から、様々な星からやってきたエイリアンが住み着いていた。その中で、どのような理由からか母星に帰ることができず、あるいはわざと帰らず、地球に居続けている者がいる。

 しかしながら、EDFの目的はそういったエイリアン全てを抹殺することではない。

 多くのエイリアンが地球人との混血を果たし、世代交代を繰り返してきた。地球人としての生を全うすることが望みなのであろうか、エイリアンの親たちは子どもたちに混血であることを知らせないのが普通だという。そもそも、生まれた星のことを何一つ知らず、寿命はもちろん身体構造も周囲の地球人と全く同じである以上、最早それらの混血をエイリアンと呼ぶのは難しい。

 しかし、住み着いたエイリアンの中には地球人との混血が不可能なほど異質な者や、頑なに混血を避けてきた者がいる。そういった“純血種”の中に地球人に対して攻撃的な者が多く含まれるという。その一つが、アキラたちを襲ったRGと呼ばれる虹色の巨人だ。もっとも、RGは生物というよりは兵器というべきだろう。

 それらの連中が地球人に危害を加えた時、あるいは地球人への明らかな敵対行動の兆しが見えた際にこれを排除、撃退するのがEDFの目的なのである。


「端折った説明で悪いけど、RGは自律行動できるロボットのような兵器だそうよ。これまで我々極東支部が対戦してきた中で、最も出現頻度の高い敵」

「ふうん。じゃ、何者かがそのRGとやらを使って、俺たち……というか、俺を襲ったってのか」

 アキラが質問を挟むと、井上が割り込んできた。

「そうかも知れんが、RGは自律型の兵器だからな。誰かの命令ではなく勝手に起動した可能性もある」

「勝手に?」

 アキラは戸惑う表情を浮かべた。再び彷徨う視線は何かを思い出そうとするかのようだったが、途中で諦めたのか、井上に視線を合わせた。渋面を作り、抗議するかのように言葉を吐く。

「勘弁してくれよ。じゃあ、偶然起動した兵器が、たまたま奇妙な力を手に入れた俺を狙っていると――」

 アキラは言葉を止めた。老婆の声を思い出したのだ。

(今夜のことは、こやつらの本意ではない。少なくとも、好きでやったことではないのだ)

 それでは、RGたちに命令した奴がいるというのだろうか。

 押し黙るアキラの顔色をちらりと一瞥し、井上は芝居がかった身振りを加え、演説口調で言ってきた。

「チャンスじゃねえか。アキラの手に鍵があるんだ。地球人との共生を選んだ連中の先祖が、今我々が直面している事態を予見し、それに対処できるシステムを用意してくれていたんだと思うぜ。それを、アキラが自由に使えるんだ」

「ふざけんな。その事態とやらに対処するのはあんたらの仕事だ。俺には関係ないね」

「だからよぉ、アキラ。そのシステムってのが俺様を選んでくれれば何の問題もなかったわけよ。だが、何度も言うが選ばれたのはお前さんだ……。ここはひとつ、考えてみてくれねえか。RGみてえな危険物、仮にいま起動しなくても未来のいつかの時点で起動し、結局はこの街で暴れるに違いねえんだ。いま目の前に現れた敵はいま潰す。残念ながら俺たちでは力不足だったが、アキラにはそれができる」

「なんかもう決まったことのように話を進めるの、やめてくんないかな。押しつけられたところで“はい、そうですか”って引き受けられるわけねえだろ」

 うんざりした口調と共に刺々しい視線を突き刺すアキラに対し、井上はまるで動じず陽気に応じた。

「そんなに心配すんなって。俺たちゃプロだから、力が足りねえ分は他の面でカバーするし、別部署の研究チームも日々パワーアップのための研究をしている。アキラ一人に頼ったりしねえ。だから、一緒にやろうぜ」

 口元を笑みの形に歪めて眼光をぎらつかせる井上は、陽気な口調からは想像できないほどに、全身から闘気とも言うべきオーラを発散していた。

「あんなRG(ばけもの)を地球に持ち込んだエイリアンの先祖たちは、あたしたちのことを野蛮な種族と思っていたのでしょうね。実際そういう面があることは否定しないけれど」

 対照的に平野は静かな口調で呟く。その自虐的な内容に対し、思わずといった態で訝る視線を彼女の顔に向けたアキラは、しかし何も言わなかった。なぜなら、平野もまたクールな表情の下に隠しきれない闘志の炎を燃やしていたからである。

「我々のVMAAは、これまでに交戦してきたエイリアンたちが使っていた技術をいくつか採用した結果、現在の地球の科学力を上回る性能を誇る戦闘マシンになった。それでも今回、歯が立たなかった。私たちは力が欲しい。そして、その力はいま目の前にある」

 ほとんど睨むような目で平野に見据えられたアキラは、それでもなお返すべき言葉を探した。ここで自分がうかつにEDFへの協力を約束してしまえば、リュウたちはともかくありすを巻き込むことになる――その思いが、アキラの抵抗に気力を与えていた。しかし平野の眼力を押し返すに足る言葉を知らず、口を開くことができない。

「君が力を手に入れた。そうである以上、君の気持ち次第で自由に使いこなせるはずよ。我々が望んでも与えてもらえなかった力を」

「のっ……」

 望んで得た力ではない――アキラは大声で言い返そうとして口を開いた。しかし、意味のある言葉を紡ぐことができなかった。

「!?」

 頭上にベッドが見える。

 水中を漂うかのような、非現実的な浮遊感。

 一拍おいて、衝撃音が耳に届く。

 何が何にぶつかったのか考える間もなく、鼓膜が裂けんばかりの甲高い音。

 ――ああ、さっきも聞いたな、これに似た音。何だっけ? 確か白い車の……。

 非現実感からなかなか抜け出せずにいたアキラの脳裏に、急ブレーキの文字が浮かぶ。

 そして。


 冷たい空気が身を震わせる。頭を打ったが、せいぜい小さなこぶが出来た程度だろう。混乱し、何が起きたのかすぐに把握できないが、気絶していたわけではない。しっかり目を開き、周囲を探る。

 暗い。トレーラーのコンテナ内を照らしていた室内灯が消えている。

「ぐっ」

 アキラはひとつ呻き、身体をもぞもぞと動かした。複数の打ち身ができているらしく、身体のあちこちに痛みがある。だが、動くのに苦痛を伴うほどではない。

 何か、柔らかいものの上に乗っているようだ。起きあがろうと床についた手が、ぬるっと滑る。

 ぞくりと身を震わせた。鉄の、臭い……。

 自分の下敷きになっていた場所に目を遣ると、

「お、おい。平野さん!」

「……うるさいわね、仲摩くん。人の……耳許で」

 すぐに返事があったが、平野の様子がおかしい。いまひとつ呂律が回っていない。

「なかなか頑丈じゃねえか、アキラ。ここから降りるぞ。外は寒いから今すぐ服を着ろ」

 井上が普段と変わらぬ平静な声で告げた。彼が投げて寄越す服を、アキラは急いで着た。

「悪いが、平野の足を持ってくれ。まずは簡易ベッドに乗せて、ベッドごとコンテナから出るぞ」

 平野の上半身を抱え起こした井上の言葉に、アキラは是非もなく従う。

「いち、に、さんっ」

 ――ポチャッ。

 確かに耳に届いた、液体が跳ねる音。音は一度きりだったが、耳の奥で余韻を引き、アキラの鼓動が早鐘を打つ。

 平野が何事か呟いた。彼女の足首のあたりにいるアキラには、その内容を聞きとるには声が小さすぎた。

「うるせえ。怪我人は大人しくしてろ」

 井上の言葉は、アキラの耳に届いた。口調はぞんざいだが、妙に優しげな声だ。

 コンテナの扉は開いていた。否、ひしゃげて後方の路面に落ちていた。

 ベッドごと外に出る。街灯はないが、月明かりのせいか車内よりは明るい。ベッドを下ろしたアキラは、横たわる平野を見た途端、その場に立ち竦んだ。

「平野、さん」

 スウェットの右肩がどす黒く変色している。

 懐中電灯を取り出した井上は、手慣れた様子で平野の怪我を確認し、

「肩だけで済んだか」

 右肩を照らす。

「うっ」

 鮮烈な赤色が目に飛び込み、アキラの思考が止まった。

「なんて……顔してんのよ。男……でしょ。こんなのかすり傷……よ。でも、両肩やっちゃった……。今RGに来られた……ら、戦えない……わね」

 ついさっきまでアキラに強い視線を突き刺していた女性が、か細い声で、しかし気丈に微笑んでいる。アキラから見て、とてもかすり傷と呼べるような怪我ではないはずだ。にもかかわらず、平野は強烈な意志を漲らせている。

「そういうことだ、アキラ。平野は俺が診る。お前はあっちのトレーラーだ」

「ありす! リュウ!」

 アキラは弾かれたように駆け出した。併走していたトレーラーも、同じように扉が壊れた状態で停まっていたのだ。

 数歩走ると、それまでアキラが乗っていたトレーラーの影から出て、視界が開けた。その途端――

「――――っ!」

 勘を頼りに前方へ身を投げ出す。

 革ジャンの袖を光が掠める様子を視界の端に捉えつつ、構わずに飛び込み前転の要領で一回転した。

 立ち上がると、革ジャンの左肘付近が浅く裂けているのがわかった。肘を曲げて確認しようとして、

「つうっ」

 鋭い痛みに顔をしかめた。どうやら出血しているらしい。

(ようやくリャオナの呪縛から解放されたと思ったらこれだ。王族の血縁者としての立場を忘れ、地球人(やばんじん)どもと混血をなすだけでも許し難い背信行為だというのに。このような取るに足らぬ少年ごときに我らの〈ガイアゴア〉を授けてしまうとはな)

 頭上から降り注ぐ重々しい声。圧倒的な――物理的な質量を伴うかのような声に、アキラは思わず耳を押さえたが、それは頭の中に直接響く声だった。

「リャオナ? 〈ガイアゴア〉?」

(ほう、私の声が聞こえるか。それも、単語が聞き取れるほどにはっきりと。ならば、貴様には高い純度で我が同族の血が流れているのだろう)

「何を言う。俺は地球人だ……」

 立ち上がり、見上げたアキラは絶句した。紫の光が彼の目を射る。

 赤い巨人と瓜二つ。身長七メートルの紫色に輝く巨人がこちらを見下ろし仁王立ちしていたのだ。

(これの名は〈ルーナゴア〉。一応言っておくが、貴様が手に入れた〈ガイアゴア〉と我が〈ルーナゴア〉は対をなす存在だ。しかし〈ガイアゴア〉の力はこれの足下にも及ばん。大人しくしていることだ)

 我知らず、アキラは奥歯を噛み締める。ぎり、と音がした。

(選ばせてやるぞ。その鍵を寄越せ。そうすれば、同族のよしみでリャオナの娘と貴様を含め、地球人どもの一部くらいはペットとして飼ってやろう。〈ガーディアン〉……RGと呼ぶ地球人もいるようだな。あれらは消耗品だ。先ほど四体破壊したことは不問に付す)

 紫の巨人――〈ルーナゴア〉が右手を挙げた。

 大地が鳴動し、視界が揺れる。

 尻餅をつき、うっかり左手で体重を支えてしまったアキラは声にならない悲鳴を上げた。

 ――轟音。

 大地を割り、怪物が地中から這い出してくる。角と尻尾を持ち、身体を虹色に光らせた怪物――RG。その数、四、五……、合わせて六体。

 二台のトレーラーを見下ろし、七メートルの巨人と三メートル半の怪物たちが取り囲む。

 アキラは首だけを回してぐるりと見回し、唇を噛んだ。孤立――。

 一方のトレーラーでは、井上が簡易ベッドをトレーラーに押しつけつつ様子を窺っている。もう一方のトレーラーからは誰も降りてこない。

 アキラは肘の痛みを無視し、革ジャンの上から鍵を握って呼吸を整えた。

「リャオナの娘とは何だ?」

(リャオナは我が母星における王族の血縁者。だから私は敬意を払い、気に入らぬやり方であっても最大限逆らわず協力してきた。だが奴は、母星に戻ることを早々に諦め、同胞どもに対して地球人との混血を奨励する始末。他の――我が同胞以外の異星人どもが地球人との混血を進めていくのは好きにすればいい。だが、こともあろうに我が誇り高き同胞に対し、野蛮な地球人との混血だなどと狂気の沙汰だ。ところが、あろうことかリャオナの奴、私の諫言を聞き入れるどころか幽閉しおった)

 声が途切れた。アキラが見上げる視線の先で、紫の巨人は夜空を仰ぎ、瞑想するようにじっとしていた。ほどなく、再び声が降ってくる。

(幽閉されている間もただ手をこまねいていたわけではない。何体かの〈ガーディアン〉はこっそり私の支配下におくことに成功したのでね。ほんの少しずつではあるが〈ガーディアン〉に改良を加え、リャオナの動きを監視させることができた。そうしたらリャオナの奴、一八年前に娘を産み落とし、地球人と同じやり方で子育てを始めたというではないか。ついに王族の血縁者自らが、地球人との混血を産み落としたというわけだ。この暴挙、なんとしても母星の王室に報告せねば)

「……興味ないね。くだらないおしゃべりしてんじゃねえよ。俺がてめえに鍵を渡したとして、ありすと俺以外の地球人をどうする」

(貴様の仲間の地球人どもくらいは同じように飼ってやる。後の連中の処遇は決まっている――排除だ。この惑星(ほし)は疲弊している。この恵まれた星に野蛮な地球人をこれ以上住まわせておくなど有り得ん)

 アキラは、低い声で告げた。

「おい、さっきから聞いていれば好き勝手言いやがって。ふざけんな。てめえは自分たちが優れているから地球を有効に使ってやるってか。俺たち地球人が邪魔だから皆殺しにするってか。冗談じゃねえぞ。ここは俺たちの星。俺たちの街だ。後から押しかけてきた奴につべこべ言われる筋合いはねえ。盗人猛々しいんだよ」

(威勢が良いのは褒めてやるぞ、混血の少年。だが、その怪我で何が出来る? どのみち、たとえこの場に〈ガイアゴア〉を呼べたとしても私の敵ではないのだぞ)

 アキラは服の上から鍵を握りしめたまま、二台のトレーラーを見る。潰れた運転席――ドライバーは絶望だろう。

「……渡すかよ。死んでも渡さねえ」

(ならば貴様もろともことごとく排除するまでだ)

 巨人の身体から、ではなく、地面の下から紫の光が飛び出した。避ける間もない不意打ち。

 光が右脚をかすめ、アキラは熱を感じて見下ろした。

「……ぐ、ああっ」

 太腿の外側が抉れ、鮮血が噴き出している。激痛に襲われたのは、その場に膝をついた後だった。

(うむ、遠隔攻撃の勘はまだ戻らぬな。退屈しのぎにじっくりといたぶってやろう)

 〈ルーナゴア〉の右手の人差し指が光を纏い、その指先がアキラに向けられた。角度を変え、彼の左脚を狙う。

 思わず目を閉じたアキラは、複数の駆け寄る足音を聞いた。

 目を開けると、何者かがアキラの視界を塞いでいた。彼に背を向けて手を広げ、壁を作る人影が三つ。

「リュウ、クロ! ……ありすまで! お前ら何してる、どけっ」

(邪魔だ、リャオナの娘。それに、我が声も届かぬゴミども)

 予備動作もなく、〈ルーナゴア〉の指先から光が迸った。

「くそっ、これまでかっ。……!?」

 反射的に閉じかけたアキラの視界に白い物が飛び込んだ。新たな闖入者は、三人の仲間たちの前にさらに壁を作る。

 VMAAだ。白い巨人もまたこちらに背を向け、両肩の砲塔を〈ルーナゴア〉に向けている。

 〈ルーナゴア〉から紫色の雷撃が迫る。

 VMAAの両肩が光る。

 プラズマ砲の輝きだろう。しかし、後出しの不利は明らかだ。

 ――今度こそ、全員まとめてオダブツか。

 知覚だけ高速化されたかのようなスローモーションの世界の中、アキラは迫り来る紫の光を睨み付けた。

 紫色をした破滅に包まれる絶望の中、アキラの頭に声が届く。

(高木だ。巻き込んですまなかった。せめて一度だけでも、君たちの楯となろう)

 一秒の何分の一、何百分の一にも満たぬ時間の中、頭にはっきり届くVMAAパイロットの声。彼も混血――いや、自ら話しかけてきたということは“純血”なのだろうか。周囲の時間の経過から切り離されたかのような不思議な体験の中、アキラはたしかに高木と会話をした。

(おい何言ってんだ! 充分に訓練を積んだ戦いのプロが、俺たちみたいなガキ守って無駄に自滅するんじゃねえよ)

(俺の訓練はお前を活かすためにあった。そう思えば無駄なんかじゃない。この一撃だけは、なんとしても防ぐ。一度防いだ程度で絶望的な状況は変わらんが、後はお前の手でこの状況をひっくり返せ。身勝手は承知だが、期待してるぞ)

 VMAAの両肩を中心に、白い光が拡散していく。

 まずい。〈ルーナゴア〉の雷撃が先に届き、プラズマ状態を維持するための力場が無効化されたのかもしれない。

 しかし。

(なんだと。貴様、何をしたっ)

 〈ルーナゴア〉から苛立つ気配を帯びた声が届く。

 拡散した白い光は壁となり、VMAAの正面で紫の光とぶつかると、火花を散らして拮抗した。

(おのれ! 加勢せよ、〈ガーディアン〉ども)

 左右および背面に控えるRGたちが一歩ずつ近づき、虹色の輝きを一層強めた。

 アキラたち目掛けて首を伸ばすと、六体の口の周囲が光を放つ。

「う、お……」

 高木の肉声が漏れる。変わらぬ調子で雷撃を放ち続ける〈ルーナゴア〉に対し、高木の機体は小刻みに振動し、飛び散る火花が爆発の恐怖を煽る。

「もう保たない。お前たち、この機体から離れるんだ」

 高木が叫ぶ。

 しかし、口を光らせたRGたちに囲まれている以上、逃げ場はない。

 せめて目を閉じることなく――。そう叫ぼうとした時、アキラの視界が金色に染まった。

(今度は何だ)

 〈ルーナゴア〉の動揺がRGに伝わったかのように、取り囲むRGたちが周囲を見回している。

 アキラの耳に、心地よい声が届いた。鈴の鳴る声。鼓膜を通して心に染み込む、可憐な声だ。

「選択の扉よ、金色(こんじき)に輝け。その鍵穴に、主の心を受け入れよ」

 リュウたちより一歩遠くへ踏み出し、ありすが胸の前で両手を組んでいる。

 彼女が両腕を天に伸ばすと、周囲を満たす金色の輝きが一層強まった。

(撃て)

 ――雷鳴。

「あああうっ」

 周囲が真昼と化す中、ありすは悲鳴をあげ、膝をついた。

 アキラは痛む足を引き摺ってありすに近付き、叫ぶ。

「全員でありすを支えろ!」

 叫びながら右腕を天に伸ばす。

 リュウとクロは地面に膝をつき、アキラと一緒にそれぞれの右手をありすのそれに重ねた。

 やがて周囲に満ちた金色の光は、彼らを中心に渦を巻き始める。

 取り囲むRGたちは、二撃目を放つことなく一歩後退する。まるで、気後れしたかのように。

(ええい役立たずがっ)

 〈ルーナゴア〉は新たな雷撃をVMAAに突き刺した。

 ――轟音。

 噴き上がる爆炎を突き抜け、周囲にVMAAの破片が飛び散った。

「高木さ――」

「ったく、下っ端のくせにかっこつけやがって」

 叫びかけたアキラの耳に、ふてぶてしい声が届く。

 声の方を見ると、ブルゾンの埃を払いつつ男が立ち上がるところだった。井上だ。傍らに、警官の制服姿をした高木が横たわっている。

 RGたちは攻撃してこない。それどころか、さらに一歩さがる。

 爆炎がおさまるのと同時に、アキラたちを取り巻く金色の光は明確な形を成していた。

 扉だ。金色に輝く巨大な扉。

 〈ルーナゴア〉と向かい合うアキラたちは、その扉を背にして立つ格好となった。扉は強烈な光を放射させ、あたり一帯にさながら半球状のドームとも言うべき金色の閉鎖空間を作り出した。

 アキラとありす、リュウとクロ。井上と高木。RG五体。……そして、〈ルーナゴア〉。それだけの者たちが、いまこの閉鎖空間の中にいる。

「何してる〈ガーディアン〉どもっ! 俺の命令を聞けえっ!」

 大音声(だいおんじょう)が響き渡る。若い男の声だ。

 声の源は――。

 全員の視線が〈ルーナゴア〉に集まる。

 井上と高木以外の者は、その目を限界まで見開いて。

「その声……。お前……、シロ」

 呆然と呟いたのはリュウ。その隣で、クロが握り拳を小刻みにふるわせている。

「そうさ。俺は“純血”だ。俺はうんざりしてたんだよ。地球人どもにも混血どもにも。そしてありす。お前にも、お前を生んだリャオナにもな。〈ガイアゴア〉は我が誇り高き同胞の所有物だ。いくら適合率が高くても、混血なんかにホイホイ渡すんじゃねえよ」

 その言葉を聞き、立ち上がったありすの背がアキラの視界を覆う。口元を引き締めたありすは〈ルーナゴア〉を決然と見据え、女王の演説もかくやという気品と共に宣言した。

「“〈ガイアゴア〉は常に在るべき場所に在る”――おばあちゃん、いえ、母の言葉よ。意味を教えてはもらえなかったけれど、あの赤い巨人の名前だったのね。鍵は誰が渡したわけでもない、〈ガイアゴア〉がアキラを選んだのよ。〈ルーナゴア〉から降りて、シロ。そうでないと、〈ガイアゴア〉はあなたを……。シロを、斃す」

 数秒の沈黙。

「くはっ」

 〈ルーナゴア〉から大きな笑い声が聞こえてきた。声は時折裏返り、噎せ返ってもなお笑い続ける。狂ったような哄笑は二〇秒以上続いた。

「混血の分際で、この俺を“斃す”ときたか。この恵まれた星に住む権利があるのは俺たち高等生命だ。間違っても、自分たちのことを知的生命だと勘違いしている地球人(やばんじん)なんかじゃねえ」

 堪えきれない笑いと共に吐き出していたシロの声は、途中から低く唸るような調子に変わった。時折、しゃくり上げるような息遣いが混じる。

「地球人も混血も、俺たち“純血”と比べてやたら脆い身体と短い寿命しか無い癖に、とことん諦めが悪くて嫌になるぜ。だから、〈ガーディアン〉を使って少しだけからかってやったんだ。たとえ〈ガイアゴア〉ごときを使って悪あがきしたところで、お前らでは俺に敵わねえ。とっとと絶望しろ。絶望しちまえよっ」

 クロが立ち上がった。〈ルーナゴア〉を正面に見ながら言う。

「シロ。お前、なに涙声で喚いてんだよ。俺たちの仲間になりたいんだろ、本当はよ。エイリアンだの地球人だの“純血”だの混血だのって、どうでもいいことにとらわれて変な意地張ってんじゃねえよ。そんなロボットからとっとと降りて、こっちに来い」

「うるせえ」

 ――雷鳴。

 〈ルーナゴア〉の頭部から、紫の稲妻がドーム天井へと伸びてゆく。

 方向を変え、急降下する稲妻がクロに襲いかかる。

 クロの身体を焼くかに見えた光条は、しかし地面に届くことはなかった。

 アキラが見上げると、いつの間にか空中――彼らの頭上に浮かんでいた一体のRGが、その背で雷撃を受け止めていたのだ。

 RGはふらふらと舞い降りると、アキラたちから離れた場所に着地し、そのまま俯せに倒れた。しばらくその背を白いスパークが這い踊り、消える。同時に、虹色の輝きも消え失せた。倒れたRGの周囲に残り五体のRGたちが集まっていく。

「お前らまで……、お前らまで俺の言うことを聞かねえのか。おのれ、皆殺しだっ」

 闇よりも黒いオーラが〈ルーナゴア〉の全身からたちのぼり、紫に光っていた全身を黒く染め上げてゆく。オーラは炎のように揺らめいて、周囲の闇の密度を高めてゆく。

「ずっと独りだったんだ。今さら仲間だと、ふざけんな。野蛮人の分際でなに上から目線でもの言ってんだよ。思い上がりも甚だしいぜ。思い知れ、てめえらの無力さを」

 〈ルーナゴア〉の中でぶつぶつと呟くシロの声が、質の悪い拡声器を通したかのようにその場に響き、全員の耳に届く。

 ありすはアキラを振り向いた。

「この金色の扉が、母が言ってた三枚目の扉。あの時はわからなかったけど、今ならわかる。アキラ、あなたが選んで」

 怪我の痛みに歯を食いしばりつつ、アキラは立ち上がった。

「選択肢はふたつ。扉を閉ざし、その鍵であたしたちごとこの場所を永遠に封印するのか。扉を開き、あたしたちと地球人、手を取り合って生きていくのか」

 ありすの言葉に応えようとしたアキラだったが――。

「混血どもが、勝手なことをっ」

 シロが激昂し、地面が揺れた。

 アキラたちを中心に、蜘蛛の巣状に地面が割れ、地中から紫色の光が漏れ出してくる。禍々しい紫の槍が意志を持ち、生きとし生けるものを串刺しにすべく哀れな獲物を探しているかのような光景だ。

「終わりだ。地球人も混血も、みんな終わりだああ」

 ――びじっ。

 悪寒が背筋を這い登る。

 やけに鮮明な音がアキラの耳に届いた。

 布を裂く音だ。……いや、わかっている。裂けたものは、布などではない。

 だからこそ、その音はアキラの背筋を泡立たせ、顔面に濃い陰影を落とす。

 のろのろと振り向くアキラの視線の先で……。

 呆然と立ちつくしているのは、井上。

「た……か、高木いぃぃぃ!」

 彼が見下ろす先には肉塊がふたつ。

 高木だ。彼の身体が、上半身と下半身に分かれてしまっていた。

 信じられない量の血液が、地面と――、井上の全身を赤く染め上げている。

 血溜まりの中で痙攣している長いものは……。おそらく、内臓。

 リュウとクロは四つん這いになり、嘔吐した。

「はっは! 脆い、脆いぞ地球人」

 その瞬間、アキラは己のこめかみのあたりで何かが切れる音を聞いた。

 赤い輝き。

 アキラの胸元から放射される光が、紫の槍を駆逐する。

「いくぞ、ありす」

「はいっ」

 突然せり上がった岩塊が足場を揺らし、〈ルーナゴア〉を翻弄する。

 たまらず尻餅をついた黒い巨人を、赤い巨人が見下ろしていた。

「来たか、〈ガイアゴア〉め」

 いま、アキラは七メートルの高さから相手を見下ろしている。

 静かに赤い右手を向けると、その腕に蛇のごときオレンジの光が巻き付いた。

「くらえ」

 真っ直ぐに伸びるオレンジの蛇。

 黒い巨人の腹に命中し――。

 しかし、突き刺さることはなかった。

「甘いっ」

 起きあがりつつ、〈ルーナゴア〉は左手を振り上げる。

 次の瞬間、〈ガイアゴア〉はその場に片膝をついた。

「くそ、右腕が……っ」

 千切れ飛び、地面に落ちたのは〈ガイアゴア〉の右腕。肩から先が、まるごと持って行かれた。

 見上げると、立ち上がった〈ルーナゴア〉が両腕を高く振りかぶっている。その手に握るのは長い得物――黒い剣。

「〈ガイアゴア〉は惜しいが、棺桶代わりにくれてやる。ただし、ズタズタに切り刻んだ上でな」

 振り下ろされる黒い剣。

 〈ガイアゴア〉は左腕を頭上にかざす。

 ――轟音。

 目を閉じて、衝撃を……。

 しかし、アキラは何も感じなかった。

 頭上で虹色の光が瞬いている。

「お前たちっ」

 五体のRGたちが集まり、〈ガイアゴア〉の頭上に壁を作っていたのだ。

 正面を見ると、再び尻餅をついた黒い巨人の姿が目に入った。

「血迷ったか、〈ガーディアン〉の分際で」

 立ち上がり、手近なRGへと斬りかかる〈ルーナゴア〉。

「そこまでだ」

 その黒い刀身を、アキラは〈ガイアゴア〉の左手の掌で掴んだ。

 動きの止まった〈ルーナゴア〉の腹をめがけ、〈ガイアゴア〉は右足を繰り出した。

 赤い巨人の足に蹴り飛ばされ、自らの剣を手放した〈ルーナゴア〉は三度目の尻餅をつく。

 アキラは左拳を強く握る。すると〈ガイアゴア〉の左手の中で、黒い剣は塵と消えた。

 〈ガイアゴア〉を取り巻くようにRGたちが着地する。五体そろって、〈ルーナゴア〉と対面する格好で。

「調子に乗るな」

 シロの怒号。

 地面から紫の槍が突き出し、虹色の巨人たちが吹っ飛んだ。

「みんな!」

 ありすが悲鳴を上げるが、RGたちの被害を確かめている余裕はない。

 視界が傾ぐ。

 〈ガイアゴア〉が横倒しとなり、身動きがとれない。

 こちらに近付く〈ルーナゴア〉が、その手に何かをぶら下げている。

 赤い足――〈ガイアゴア〉の右膝から下の部分だ。

 いつの間にか、恐るべき握力で膝を引き千切られてしまっていた。

「手こずらせやがって」

 シロはそう吐き捨て、赤い足を横に放り投げた。

「ごふっ」

 腹に衝撃。

 一度身体が浮き上がり、再び地面に倒れ込む。

「――――っ」

 頭が万力で締め付けられるかのように痛む。

 〈ルーナゴア〉に蹴り上げられ、踏みつけられているのだ。

「言ったはずだ、力が段違いだと。混血のくせに〈ガイアゴア〉に触れたこと、存分に後悔してから逝け」

 さらに蹴り上げられ、殴りつけられる。

 口の中に鉄の味が広がり、視界が霞む。

「アキラ、アキラ!」

「すまん、ありす。……痛いよな」

 アキラは、激しく首を振るありすの気配を感じた。

「違うの、アキラ! 今は、衝撃が全部アキラにっ。鍵を頂戴。あたしと替わって! もうアキラは限界よっ」

 アキラは食いしばった歯の隙間から声を絞り出した。

「ふっ、ありすは痛くないんだな。それ聞いて……安心したぜ」

 風を切る音が迫る。

 〈ルーナゴア〉が、組んだ両手を振り下ろしてきた。

「うおおおおっ」

 倒れたまま、〈ガイアゴア〉の左拳を突き上げる。

 〈ガイアゴア〉にとっては圧倒的に不利な激突の瞬間――。

 ――閃光。

 真っ白な光が、黒いオーラも赤い巨人も、そして金の扉をも塗りつぶす。

 白い光の中、RGたちが虹色の尾を曳いて空へと舞い上がる。

「お。これは一体――」

 リュウが。クロが。井上が。ありすが。アキラが。

 それぞれ、RGの体内に吸い込まれていた。

 五体のRGが一箇所に集まる。

 次の瞬間。

「…………が、合体だと。貴様らごときゴミどもが……。なんでだよ」

 一〇メートル。圧倒的な身長差で〈ルーナゴア〉を見下ろす巨大RGが、地面に屹立していた。

 最後に、その身に〈ガイアゴア〉をも吸い込んで。

「ふざけるな」

 シロが叫び、紫色の稲妻が巨大RGに突き刺さる。

 RGはまるで意に介さず、左腕を無造作に振り下ろした。

 風切る轟音が谺する。

 しかしRGの左腕は空振りに終わり、〈ルーナゴア〉の巨体が空中に浮いていた。

 意味不明の叫び声を張り上げるシロ。時折混じる、どうやって発音しているのかわからない奇妙な音声は、あるいは異星の言語だろうか。

 おそらく、本当に(・・・)パニックを起こしたシロ。

「…………」

 路地裏での一件がアキラの脳裏を過ぎる。バイクでRGに突っ込むシロの悲鳴。あれは演技だったのか。

「寂しいぜ、シロ」

 巨大RGは、空中の〈ルーナゴア〉に右ストレートを叩き込んだ。

 ――轟音。

 虹色の輝きと共に、ドームの端まで弾け飛ぶ黒い巨人。その背がドームの壁面に激突し、金色のスパークが〈ルーナゴア〉の巨体を包む。

「くそ、この俺が。“純血”の俺がっ。おのれ。おのれおのれ」

 まるで水中でうねる長い髪――〈ルーナゴア〉の黒いオーラが、RGへと伸びてくる。

 RGの四肢と首筋に、オーラが巻き付いた。

「道連れだ、〈ガイアゴア〉」

「…………シロ」

 RGの口から漏れたのは、リュウの声。

 金色のスパークに包まれたまま、〈ルーナゴア〉の肩がぴくりと上下する。

「お前は誰も、道連れになど……、できん」

 ――ぶつっ!

 音を立ててオーラが千切れた。

 音もなく飛び上がったRGは、両脚を〈ルーナゴア〉に向けると、空中を光の速さで滑って行く。

 紫電一閃。

 赤。紫。橙。

 様々な色の光が、ドーム内を駆け巡る。

 荒れ狂う光と轟音の饗宴。

「……………………シロ」

 再びリュウがその名を呼んだとき、光はおさまり、〈ルーナゴア〉の黒い巨体は跡形もなく消え去っていた。


   *   *   *


 金色の扉を背に、両手を合わせていた井上が立ち上がる。

「高木。……ばかやろう。部下が先に逝くとは何事だ。貴様は殉職しても、二階級特進の栄誉なぞくれてやらん。ざまを見ろ」

「なんつー弔いの言葉だよ、井上のおっさん」

「ふん」

 すかさずアキラが突っ込みを入れたが、井上は肩をすくめ、鼻を鳴らすだけだった。

 アキラは井上から視線を外し、隣を見た。

 そこには、さきほどから口を開いては閉じるという遠慮がちな動作を繰り返しているありすがいた。

「あ……」

 視線を向けられ、ありすはおずおずと口を開いた。

「あたしは、アキラと一緒なら。このドームを封印しても構わな――」

 ありすの言葉が終わらないうちに、アキラは彼女の肩を抱いた。

「答えなら初めから決まっているさ」

 そう言って、周囲を見回す。

 しゃがんでいたリュウとクロが立ち上がり、アキラを見た。

「俺たちはいつだって、アキラに従う」

「…………」

 井上は背を向けたまま、何も言わない。

「よお、井上さん。俺の勘違いでなければ、あんたのところ、欠員が出てるよな」

「……ふん」

「俺たち、まとめて雇わねえか」

「よく言うぜ。俺が誘ったときは乗り気じゃなかった癖に」

「事情が違うだろ。それに井上さん、ドームの外で待ってる人がいるだろが」

「ふっ、知った風なことを。……そんなことより、ウチは給料安いぜ」

 最後まで背を向けたまま、肩をすくめることで井上は会話を打ち切った。

 アキラは横を向き、ありすを見つめた。

「アキラ……」

 アキラは笑顔を向けるありすの頭に手を置いて、

「じゃあ行こうぜ、みんな」

 金色の扉を振り向くと、しっかりと鍵を握りしめた。


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