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猫耳のイケメンと白い部屋

 気づいた時には、花凛の体は動き出していた。


 重い体を引き摺る仕事帰り。夕暮れに染まる街並み。あぁ、今日も疲れたなぁ、なんて思いながら花凛が歩いていると、目の前をトラ柄の猫が走っていった。


 夕焼けに染まった、その猫は——少し前に死に別れた愛猫のレオに、よく似ていて。


 トラックに怯えたように止まってしまった、その猫(こ)を認識した瞬間には、花凛の体は動いてしまっていた。


 腕を伸ばし、その子を抱き止め——

 次の瞬間には、強い衝撃が彼女を襲う。

 重苦しい痛みと息苦しさと。暗くなっていく視界の端に、心配そうに彼女を覗き込む猫と。


「無事で良かった……だいじょうぶ、だよ……」


 心配するように猫がニャアと鳴いた。

 それが彼女の最期の記憶となった。


————

 

「この度は申し訳ありません!」


 叫ぶような謝罪に花凛は首を捻った。

 真っ白な空間で、青年と着物を着た少女が花凛に向かって綺麗な角度で頭を下げていた。彼女の艶やかな白髪がさらりと音もなく流れ、青年の茶と白のメッシュが入った金の髪が揺れる。


「あの、頭を上げてください……。その、私……状況が飲み込めてなくて」


 花凛の声に少女が顔を上げた。青と金のオッドアイが印象的な可愛らしい少女だった。頭に生えている白い猫耳がペタリと伏せられ哀愁を漂わせていた。隣の青年は、まだ頭を下げたままだ。その耳もペタリと伏せられている。


「この度は……こちらの住民が、ご迷惑をおかけしまして……花凛様は、その……亡くなってしまわれたのです」

「……あー……そうなんですね……」

「……随分、落ち着いて、いらっしゃるのですね」


 今度は不思議そうに少女が首を傾げた。そんな彼女に花凛は苦笑する。


「というより、あまり実感がなくて。まぁ幸い……って言っていいのか分からないですけど、天涯孤独の身の上なので。私がいなくなっても、多分、誰も困らないというか」


 両親は既に亡く一人っ子で、恋人もなく、長年連れ添った愛猫のレオも、もういない。友人や会社の同僚は悲しんでくれるだろうけど、気掛かりというほどでもない。


(……レオを見送った後で良かったなぁ。そういえば……)


 最期に見た、レオとよく似た、あの猫(こ)は無事だっただろうか。


「……あの猫ちゃんは、無事でしたか?」

「はい、無事です。彼はこちらに」

「それは良かった。……こちらに?」


 彼女が示したのは猫ではなく青年だった。

 スッとようやく青年が顔を上げ、その黄色とも緑とも付かない不思議な色合いの双眸が見えた。シュッと縦長の瞳孔は、まるで猫のようだ。


「……リオンと言います。この度は大変、ご迷惑をおかけして……」

「あ、リオンさんって仰るんですね。……その、初めてお会いすると思うんですけど」


 猫耳がついたイケメンだ。一度会ったら忘れないと思うけど、と花凛は首を捻る。

 

「あなたが助けた猫が俺です」

「……でも、人間ですよね? ……まぁ、ちょっと猫耳が生えてますけど」

「猫獣人です。花凛様の世界には猫獣人がいないので、猫に変身していました」

「はぁ、そうなんですね……?」


(よく分からないけど、猫に変身出来るなんて便利、なのかも? 可愛いし。あ、でも自分が変身すると、撫でる訳にはいかないのかぁ……モフモフできないの残念かも)


「リオン、見せて差し上げたら?」

「はい」


 少女の言葉に頷いたリオンの姿が音もなく姿が消えて、そこには茶トラ柄の猫がいた。レオにそっくりな、あの猫だ。花凛は思わず、猫になった彼の前に手の甲を差し出すと、彼はその手の甲にスリッと寄ってくる。その頭を、花凛はそっと撫でた。


(レオそっくり! ふっわふわ! あー、やっぱり、猫っていいなぁ)


「お分かり頂けましたか?」

「はい! 猫って最高ですね!」


 花凛の言葉に少女はニッコリと頷いた。音もなくリオンが青年の姿に戻り、首を横に振る。


「違います、お二人とも」

「……そうでしたね、リオン。猫が最高なことは周知の事実。今は花凛様へのお詫びの話が優先ですね」

「お詫び、ですか?」


 少女が微笑んで頷いた。


「花凛様の元居た世界は、私(わたくし)の管轄外なので、生き返るのは無理なのですけれど……リオンの生まれた世界なら、花凛様をお招きできます」

「それって……猫獣人たちが住む?」

「えぇ」

「……私も猫獣人になるってことですか?」


 少し間の空いた花凛の答えに少女の顔が曇った。猫は好きでも猫獣人は嫌なのかもしれない、と、耳がしょんぼりペタリと伏せられる。


「えぇ……お嫌なら別の獣人も可能ですが……人間はいないのです」

「猫獣人でお願いします! 私も猫にもなれるってことですか?! 柄! 柄は選べますか?! あ、もちろん、どんな柄も可愛いとは思うんですけど! 選べるならレオみたいな茶トラがいいなって!」


 勢いよく言った花凛に、少女は驚いた表情を浮かべたあと、嬉しそうにニコニコと笑った。


「分かりました。では、花凛様は茶トラの猫獣人として生まれ変わっていただきましょう。……赤ん坊からがいいかしら?」

「あー……子猫姿になれるってことですか? 最高ですね! ……でも、ただでさえ異世界だし……ここは……大人で」

「……そんなに悩むことですか?」


 呆れた顔のリオンに花凛はムッとする。


「そりゃ、子猫は別腹ならぬ別子猫なので! 何匹だって、いていいと思います! でも、自分が子猫になっても撫でられないじゃないですか……赤ちゃんから異世界となると、色々大変そうですし」

「……まぁ、そうですね」


 よく分からないという様子のリオンに花凛が信じられないという目を向ける。それを少女が苦笑しながら見て口を開いた。

 

「花凛様には、この世界で暮らすための住居と生活に必要なもの、お金を用意します。もちろん、私からの祝福も。それと……リオン」

「はい」

「あなたにも責任がありますね?」

「はい、もちろんです」


 リオンが頷いたのを見て、少女も頷く。

 

「花凛様が、この世界に慣れるまで、お世話して差し上げなさい」

「はい、もちろんです」


 迷いのない返事だった。


「花凛様、他に願いはございますか?」


 花凛はフルフルと首を横に振る。猫になれる猫獣人になれて、住居とお金まで貰えるのだ。これ以上は欲張りというものだろう。


「そう、それでは。花凛様の猫生(ニャンセイ)が素晴らしいものになるよう、祈っておりますわ」


 

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