袖の中は四次元
午前八時三十分。
頂天学校の入学式に出るため、俺こと佐藤誠一と、その護衛をする忍田三首は寮の部屋から外に出た。
寮から学校までは五分程度の距離しかないようなので、このくらいの時間で丁度いいだろう。
カッ、カッ
「靴って下駄なの?」
「そうでござるな」
「寒くない?」
四月の上旬はまだ寒いと思うのだが、三首は苦でもなさそうに足丸出しで歩いている。
「忍者なので」
「メチャクチャ足音鳴ってるけど……」
「これはカッコいいから鳴らしているだけでござる。消そうと思えば簡単に消せるでござるよ」
セリフと同時に、足音が消えた。さすが忍者。
「……結構学校に近づいたのに、生徒っぽい人全然いないな」
「生徒数がとても少ないので。事前情報によると、一学年につき一クラスのみで、約二十人しかいないそうでござる」
「それだけ厳選された人のみが通うってことかぁ。ちょっと胃が痛くなってきた」
俺が無意識に腹を押さえた時、横から三首がピョコっと顔を出した。
「大丈夫でござるよ。主殿は拙者が絶対に守るワン!」
「……やっぱお前犬じゃねえか」
「なんのことでござるか?」
……新しい学校に入る前で、ナイーブになっていたけれど、三首の無邪気な笑顔を見ていると、なんだか気が楽になってきた。
お礼に頭を撫でてみると、とても嬉しそうにしている。
コイツ、ホント犬みたいだな。
触ってみると、耳も犬みたいな感触だし。
「お、校舎見えてきたぞ」
四階建てで、中が抜けて庭になっているタイプのごく一般的な校舎だった。
一年の校舎は二階にあるらしいので、階段を登って、つきあたりにある教室に入る。
「いくぜ、ロイヤルストレートフラッシュ!」
「絶対イカサマだゾ!」
「もう一回や!」
「あなたもゼジー教に入信しませんか? 特別なことは、何も必要ありません。ただ、信じるだけでよいのです」
「え、遠慮しとくっす」
教室にはまばらに人が座っており、もうトランプでゲームをしていたり、宗教勧誘をしている人もいたりと、個性的な人が多く、早くも不安になってきた。
「名前が書いてある席に座ればいいみたいでござるね」
「そうだな」
五十音順に名前が書かれた机が設置されており、辿っていくと、一番前の席の一つが俺のもので、その一つ後ろが三首の席だった。
神の配置に歓喜の声を上げながら、ドカリと座る。
「よっしゃ、「さ」と「し」だからワンチャンあると思ったけど、三首の近くだ!」
「近くて守りやすいのは助かるでござる。まあ、拙者なら遠くでも――」
「あっ!」
パァン!
背後から爆発音。
反射的に目を閉じて、顔を伏せる。
「な、なんだ?」
何もなさそうなので、ゆっくりと目を開けてみると、爆発した方向から飛んできた、破片のようなものを三首と……見知らぬ金髪の女性が全てキャッチしていた。
「主殿、大丈夫でござるか?」
「あ、ああ。ありがとう。アンタも――」
「いえ、無事でよかったです」
「ごめんねー!」
訳も分からず呆然としていると、爆発した方から三首くらいの小さな少女がトタトタと駆けてきた。
「ちょっと理論に無理があったみたいで、爆発しちゃった!」
「……まぁ、怪我はないからいいよ」
「ホント!? ならよかった!」
「よくないです。爆発する可能性がある実験は家でやりなさい」
「はーい!」
爆発の少女はあまり反省した様子がないまま戻っていき、金髪の女性は呆れたように溜息をついて、教壇に上がった。
あの人、教師だったのか。
「三首も大丈夫か?」
「大丈夫でござる。全て取ったゆえ」
「おい、手を隠すな」
シレっと俺から見えないように隠した手を引っ張り出すと、傷はないが軽い火傷が出来ていた。
「申し訳ない、熱までは避けられず……」
「だとしても、隠そうとするなよ」
「任務開始早々、失望されてしまうのではと――」
「しないって、ちゃんと守ってくれたし。改めて、ありがとうな。三首がいなかったら、初日から死んでたかもしれない」
「主殿――」
「時間になったので、みなさん、お静かに」
教壇に立った金髪の女性が、凛とした声で教室を鎮めた。
生徒がおとなしくなったのを見て微笑んでから、ペンを握ってホワイトボードに名前を書き始めた。
「天上甘音です。このクラスの担任になりました。学年が上がっても担任は変わらないので、三年間、よろしくお願いしますね」
そう言って頭を下げ……翼を広げた。
「種族は天使です」
『……は?』
クラスの一部の人間が、驚愕の声を漏らした。
天使……? そういうのいる世界観だっけ?
三首と一緒に爆発から守ってくれたから、普通の人間ではないとは思ってたけど……。
金髪にエメラルドグリーンの瞳と、厳しくも優しそうな顔に、かなり高めの身長。
よく見ると、腰から腕より長い翼が生えているし、頭の上には黄色の輪があるので、察しがよければ分かったかもしれない。
その後、入学式で校長が長話をしたり、生徒達が自己紹介したりしてから、今日はひとまず解散となった。
さっさと帰ってしまう者、友達になれそうな人に話しかける者と、みんな思い思いの行動を始める。
俺は……とりあえず、三首を保健室に連れていくことにした。
決して人見知りをしたんじゃないぞ。うん。
「三首――」
「あ、すみません」
立ち上がった時、帰ろうとした生徒の一人にぶつかってしまった。
別に痛くもなかったので、軽く謝って終わりにする……つもりだった。
「こっちこそごめんね」
「は、はい。では」
「ちょっと待つでござる」
立ち去ろうとした子を、三首が手首を掴んで止めた。
三首と同じく、身長が百四十くらいしかない小さな子で、弱気な言動から、小動物のような印象を受ける。
変わったところと言えば、毒々しい紫色の髪と、両袖に付いたチリチリとうるさい鈴だ。
そんな子に、三首は厳しい口調で問い詰める。
「今、主殿から、何か盗ったでござらんか?」
「え……分かるんですか!?」
彼女は、何故かパァっと明るい笑顔になり……袖から、俺のスマホと財布が出てきた。
「ええ!?」
さっきぶつかった時に、スられたらしい。
驚愕したのは、その腕前だ。スマホと財布は違うポケットに入れていたのに、その両方を盗られていた。
「すみません、クセで盗んじゃって」
「……それで許されると思っているのでござるか?」
「すみません! すみません!」
彼女は連続で謝罪し、遂には土下座までしようとしたので、さすがに止めた。
「本当にすみません……」
「もういいって、返してくれたし。えっと――名前何だっけ」
「内盗静枷です。窃盗学校から来ました。静枷って呼んで下さい」
「何でござるか、その物騒な学校」
「窃盗の手法を学ぶことで、それを防犯に役立てるという、真面目な理念の学校なのです! ……表向きは」
……何か不穏なワードが最後につけ足された気がするが、聞かなかったことにしておこう。
俺と三首も軽く自己紹介をしてから、静枷の事情を聞き始めた。
「私はあまり治安が良くない地域の出身で、小さい頃は、外に出たらポケットに入れていた物は全て盗られてたんです」
「うんうん」
「それが悲しくて、自衛のために窃盗学校に入ったら――外に出たらポケットがパンパンになるようになってしまいました」
「うん?」
「またスってるでござるよ」
「あ、すみません」
話している時に触れてしまったらしく、袖から俺のネクタイが出てきた。
いや、ネクタイ結んでたんだけど? もうそれスリじゃなくない?
「なるほど……盗みの才能があり過ぎて無意識に盗ってしまうのか」
「今まで誰にも気づかれなかったのに……忍者さんはすごいです!」
「当然でござる。姑息な窃盗などが、忍者に勝てるわけがないでござろう」
三首が高笑いしながら胸を張り――静枷は目を細めた。
「へー。……これ、何でしょう?」
静枷は袖に手を入れ、細長い真っ白な布を取り出した。
俺には何かサッパリ分からなかったが、三首は顔を真っ赤にして、腰に手を当てた。
何だアレ、手ぬぐいじゃなくて――ふんどし?
「忍者って、パンツじゃなくてふんどしなんですね」
「か、返すでござる!」
「誠一さん、あげます」
「こっちに渡すな!」
三首がふんどしを巻きなおしている間に、また静枷が袖に手を突っ込み、細長い布を取り出した。
「ブラってさらしなんですね」
「返すでござる!」
「もうこれ超能力だろ」




