4 今もなお、この胸に残る温もりは
Γママー、サンタさん今日くるかなぁ?」
温かな光が満ちているマンションのリビングで、5歳になる娘が私の腕の中で絵本を読みながら、そう問いかけてきた。
あれから、20年は経っただろうか。
私の運命は、あの冬の夜を境に変わった。ぼんやりとしか覚えていないが、私は悲惨な環境から救い出され、養父母に育てられた。二人とも優しく、精一杯の愛情を私に注いでくれた。おかげで私は不自由なく育ち、仕事を得、今は愛する夫と娘とで家族を築いている。その可愛い娘の無邪気な問いかけに、私は微笑みながら答えを返した。
「ええ、きっと来るわ。紗矢がいい子にしてたらね」
ドクン。
そう答えた時、私の胸の奥で、なぜか言葉にできない不思議な疼きが走った。
Γ大丈夫だもん!紗矢はいい子にしてるし、サンタさんに来てくれるようにお祈りだってしてるもん!」
ドクン。
なんだろう?
何かを忘れているような……
それもすごく大事な事を……
「……ねえ、ママ?サンタさんお祈りしたら来るよね?」
ドクン。
その問いに、考えるより先に口が動いた。
「――違うわ。『声に出して、叫ぶのよ』……?」
……???
ちょっと待って。
今のは、何!?
私は自分でも驚いて、言葉を止めた。
そんなの……誰にも教わってないのに。 だって養父母はいつも「サンタさんはいい子にして、お願いしていたらきっとお空からくるよ」と言っていたのに。
「えーさけぶの?『助けてー!』って?」
娘の笑いながら言う声が、やけにはっきりと部屋に響いた。
その瞬間。吹雪のようなノイズと共に、すりガラスの向こう側にいるような「帽子をかぶった黒い影」が一瞬だけ蘇る。
怖くはない。
なぜか、ちっとも怖くない黒い影。
むしろ、その影は凍てつくような世界で唯一、私を「人間」として扱ってくれたほの温かさを感じて――。
「……ママ?」
「ごめんごめん。なんでもないわ。さあ、もう寝なきゃ。早く寝ないとサンタさん、通り過ぎちゃうよ?」
「それやだぁー!紗矢、もうねるー!」
寝室に慌てて駆け込む娘を見ながら、私はソファーに絵本を置き、リビングの明かりを落とした。
娘を寝かしつけた後、私はふと思い立ち、棚の奥にしまっていた小物入れを開け、小さなお守り袋を取り出した。そこには、幼い頃からなぜか大切に持っている、古ぼけた飴玉の包み紙が一つだけ入っている。
中身はとっくにない、ただのゴミ。 けれど、ずっと捨てられなかった。それは、不安に襲われたとき、これを握ると何故か安心感に包まれたから。
私は手の中の包み紙をそっと握りしめた。もしかしたら、これが「黒い影の人」と何か関係あるのかもしれない。
そして、もう一つ。
絵本で見たのか、TVで見たのかわからないけれど、ずっと忘れられないフレーズがある。
私は寝室に眠る娘の頭を撫でながら、そのフレーズをそっと呟いてみた。
「……『合言葉は、サンタクロース』よ」
言ったところで、何も起こらない。
けれど、何故か胸の奥が温かく、そして少しだけ淋しさが込み上げてくる。
どこかで私は、きっとこの言葉に救われたんだろう。それを思い出せないのが、残念でならない。




