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第9話『ハジメ君。君のいる世界を、私は守るよ』

私は長く生きてきて、幸せにならなければいけないと強く自分に思い込ませてきた。


そうしなければきっと、世界の闇に我が身を預けてしまうと分かっていたから。


あの人が死んで、本家の人間が今更迎えに来た時にも。


姉君が、何も知らぬ顔をして、自分を姉だと思って欲しいと言った時にも。


唯一あの人が残してくれた物を燃やされた時にも。


化け物と罵られながら最前線で戦い、多くの命を奪った時にも。


私は決して憎しみに身を委ねる事なく、ただ幸せを願い、人間として生きる事を選んだ。


そうしなければ、あの人が亡くなった意味が無いから。


でも、それでも、私の中に眠る憎しみの炎は決して消える事はなく、今日まで燃え続けているのだった。


いつかこれが消える事を信じて。




「東篠院さん!! デートをしませんか?」


「え?」


私はハジメ君に招待された家の中で、あまりにも理解を超えた言葉に思考を停止させてしまった。


ハジメ君が? 私をデートに? 何故……?


「えっと」


「もう一度言いますね。僕とデートしましょう」


「それは、喜んでという所なのですが、何故私なのでしょうか」


「そりゃあ、東篠院さんが良いからですね」


「え?」


「はい」


なんだか奇妙な感じになってしまい、私は頭に浮かんだ疑問符に溺れそうになってしまう。


しかし、続いてハジメ君から出てきた言葉にようやく私は状況を理解した。


「……やっぱり難しいですか? 古谷と藤崎さんをくっ付けるのに、ダブルデートという物で一緒に出掛けて適当な所で離れればいい雰囲気になって二人が結ばれるかと思ったんですが」


「あぁ。そういう事ですか! ビックリしました。そういう事なら喜んでお受けしますよ」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


嬉しそうに笑うハジメ君を見て、私は胸をなでおろした。


それから落ち着いた私は詳しい話を聞き、そのダブルデートの為の準備を進めてゆくのだった。


そしてダブルデート当日。


世間はクリスマスイヴという事で大盛り上がりだ。


私はと言えば、それなりにおめかしをしつつ、あくまで主役の綾乃ちゃんが目立つようにと控え目にセットして戦場へと挑む。


思えば、今日までデートという様なものは経験がなく、どういう作法が正しいのかサッパリ分からないが、なる様になると信じて、アドリブで頑張るだけだ。


「し、詩織さん。お待たせしました!」


「いえ。まだ私しか来ておりませんし。綾乃ちゃんも大分早いですね」


「もう緊張しちゃって。きょ、今日こそ古谷君に、告白……!」


「ふふ。頑張ってくださいね。あ、そうだ。頑張る綾乃ちゃんに私からちょっとしたプレゼントをお渡ししますね」


「プレゼント、ですか?」


「はい。恋愛成就の御守りです。私の力を込めておいたので、効力は期待して下さい」


「う、うぅ。ありがどうございまずー」


「わ、わ。泣かないで下さい。大丈夫。綾乃ちゃんなら、心配はいりませんよ」


私は綾乃ちゃんの涙をハンカチで受け止めながら一緒に化粧直しに向かうのだった。


そして準備万端。また待ち合わせ場所に向かえば、そこには既にハジメ君と古谷君が立っていたのである。


「お、お待たせ!」


「いや、今来たところ。なんだけど、ちょっと待たせすぎたかな。ごめんね?」


「ううん。大丈夫」


どこか初々しい二人が見つめ合い、多くの言葉を語らずとも想い合っているのがよく分かった。


いい関係だと思う。


いつか私もこんな関係を築ければ、なんて出来る訳もない妄想をしてしまうのだった。


「じゃあそろそろ行こうか! まずはショッピングかな!」


「そ、そうだね」


「あ、あぁ。行こうか」


二人はハジメ君の言葉に動揺しながらも、歩き出すときは自然と手を繋ぎながら歩き出した。


それを見て、私は無言のままハジメ君と笑い合う。


どうやら私達がそこまでお膳立てをしなくても、自然と結ばれそうな空気である。


しかし、まぁそうやって放置し続けてこんな年齢になってしまったのだ。


今日ここで決めて貰おう。




それから私達は街を回り、いい雰囲気になってゆく二人を見守りつつ、ハジメ君と楽しくクリスマスを過ごした。


そして、いよいよ駅前の巨大なクリスマスツリーを見に行こうという話になり、私達はそこへ向かう為に歩き出す。


しかし、そろそろ良いだろうと私たちはわざと二人とはぐれる事にした。


人も多いし、そこまで違和感のある動きではない。


「じゃあ、古谷の携帯に別行動でって連絡しておきます」


「そうですね。それが良いと思います」


ハジメ君が携帯で連絡しているのを見ながら、私は静かにクリスマスツリーを見上げた。


多くの人の願いが、淡い光の結晶になって空へ舞い上がってゆく。


これら全てが叶う事は無いだろう。


でも、私は、私が人間として戦う為に、両手を合わせて祈る事にした。


世界中の人の願いが叶う様にと。


大切な人と、終わりの時まで幸せに過ごせますようにと。


世界に対して、人に対して憎しみしか抱けない私だけど、それでもこの願いだけは心からの真実であった。


「詩織、さん」


「……?」


私は不意に誰かに名前を呼ばれた様な気がして目を開き、周囲を見渡す。


すると、古谷君への連絡が終わったのかハジメ君が頬を赤らめながら私をジッと見ていた。


「どうかしましたか?」


「いえ。ただ、東篠院さんを見ていました。その……綺麗で」


「ふふ。褒めても何も出ませんよ」


「ちがっ、僕は、その、とにかく違うんです」


「鈴木さん?」


「僕は、まだ学生で、東篠院さんに比べたらまだまだ子供かもしれません。でも、僕だって、男なんです」


「……」


「だから、今日は言います。詩織さん。好きです。僕と付き合ってくれませんか?」


それは、衝撃というにはあまりにも大きすぎるものだった。


ずっとこの言葉を望んでいた筈だ。ずっとこの言葉を願っていた筈だ。


でも、その言葉を聞いてしまった事が酷く悲しかった。


「……ごめんなさい」


「もし、嫌でないなら理由を聞いても良いですか?」


私はただ、黙って唇を噛みしめる。


「好きな人が居ましたか?」


首を横に振る。


誰かを好きになった事なんて、無かった。


「僕の顔とか見た目が好みじゃない?」


また、首を横に振る。


見た目なんて気にした事が無い。


「なら、もしかして僕が年下だから?」


違う。


年齢なんて、どうでも良い。愛するのに、そんな事は関係ない筈だ。


「という事は、やはり年収が……僕は期待値が低い感じですかね」


「違うっ! そうじゃない。そうじゃないの」


「なら、やっぱりそうか……そうじゃないと良いなって思ってたんですけどね」


「鈴木、さん?」


「一人で……死ぬ、つもりなんですね」


心臓を掴まれた様な気持ちだった。


口を開いても言葉は何も出て来ず、ただ白い息が漏れるばかりだ。


「酒井さんという方に聞きました。貴女がおかしいと。まるで終わりに向かって突き進んでいるようだと。そう、言われました。東篠院さん。いえ、詩織さん。僕では助けになれませんか? 少しでも、貴女の抱えている物を、僕にも背負わせてくれませんか!?」


「ハジメ君」


私は拒絶する様に彼の名を呼んで、彼の動きを止めた。


もう十分だ。


私は、もう十分。


これからハジメ君は輝かしい世界へ行くだろう。


私達が居る様な昏い闇の世界に関わるべきじゃない。


「ありがとう。君を好きになって、良かった」


そしてハジメ君の唇に軽く触れるだけのキスをして、彼の記憶から私や妖たちの記憶を奪う。


残すのは、一条立夏の記憶だけで良い。


彼は偶然一条立夏の墓参りに行き、そこで彼女に出会ったのだ。


それだけで良い。


私は、茫然と立ち尽くすハジメ君から離れ、人込みに紛れながら、家路を急いだ。


最初はゆっくりと歩いていたのを早足に、そして最後には人の消えた街中を走る。


涙が溢れるのは気のせいだ。


この結末が正しかった。


こうあるべきだ。


こうあらねばならない。


私は、運命の中で生まれた。


私にはやらねばならない事がある。


しかし、その運命の中に……彼と未来を歩む道はない。


でも、それでも、私は戦う。


「ハジメ君。君のいる世界を、私は守るよ」


たとえ、この身がどうなろうと。




百鬼夜行まで、後三日。

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