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第8話『百鬼夜行の兆候在り、至急調査されたし』

どの様な事にも原因があって結果がある。


では、ハジメ君の家が妖怪ハウスになった原因は何だろうかと考えた時、思い至るのはハジメ君に憑りついた少女の霊であった。


大した力を持っていないが、未だ妖怪どもの影響を受ける事もなくごく当たり前に浮遊霊として存在しているのだ。


それがどれくらい異常なのかは言うまでもない。


あり得ないと言い切ってもいいくらいだ。


どの様な綺麗な池であっても、泥を注ぎ込まれ続ければ、その美しさは失われるだろう。


それが妖怪と共に居るという事だ。


生きている人間であれば魂は流動し続ける為、多少の泥は影響をそれほど受けない。


しかし、死者の魂は流動しない。変化はなく、ただ周囲の影響だけを受ける。


そうなればさほど時間も掛けずに魂は黒く染まり、悪霊と化す。


まぁ多少本人の資質によって前後はするが、それでも二年、いや三年も掛ければ立派な悪霊になるだろう。


だが、あの浮遊霊は鬼神の近くで長く活動し、今は名だたる大妖怪どもと同じ場所で生活しているのだ。


これで未だ変化無しというのはちょっと無理がある。


私は長年戦い続けてきた経験から、この浮遊霊に何かあると考え、ハジメ君が連日の練習で疲れて眠っている時を狙い、少女に話しかける事にした。


ハジメ君の近くでふよふよと浮いている浮遊霊に話しかけ、マンションの屋上に移動して話をする。


「わざわざ申し訳ございません。少し確認したい事があったものですから」


「何? 怖いお姉さん」


「まぁ本当にただの確認ですよ。そんなに警戒しなくても良いです。貴女が何もしなければ、私も何もしない。どうでしょうか?」


「……うん。分かった」


「では単刀直入にお聞きします。貴女は、何ですか?」


「何、って言われても。私は一条立夏だよ」


「名前を聞いている訳では……いえ。聞いたところで答えていただけるとは思っていませんから」


私は彼女の体に触れ、その中に手を伸ばす。


彼女が生まれ、両親の元で育ち、病気が発覚し、入院。


そして、偶然ハジメ君達と出会い、勇気を貰い病気と闘った事。


最期には、彼らの活躍をテレビで見ながら、感謝を告げ亡くなった事。


しかし、残されたハジメ君たちの後悔を知り、どうにかしてお礼を伝えたいと願ったこと。


「これは……」


「そこまでにして貰おうか」


私は背後から聞こえてきた声に、一条立夏を背に庇いつつ、札を懐から抜く。


そして屋上に勝手に入り込んでいる不法侵入者を睨みつけた。


「いったい何者ですか」


「何者かと問われてもな。何者でも無いよ。俺は」


「ふざけないで下さい。私に感知されず近づける人間なんて……いや、違う。貴方は人間じゃないですね!?」


「そこまで分かるのか。厄介だな。お前は」


私はごく当たり前に屋上で立っている男を、その魂を視て、人間ではない事を知り、警戒を強めた。


だが、男は私や一条立夏に何かをするつもりは無いらしく、ただこちらを静かに見据えていた。


そんな男に私は警戒を強めたまま、ふと男の中にある輝きに既視感を覚えた。


何処かで見た事がある。いや、そうか。思い出した。


「そう。横倉村に現れたという天使ですか。天野という名の」


「記憶を見たのか?」


「いえ、貴方の中にある輝きに見覚えがあります。おそらくは一族の人間を手に掛けたのは貴方ですね?」


「なるほど。お前の知り合いか。本当に余計な事をしてくれたよ。もしかしたら、あのまま幸せになる道があったかもしれないというのに」


男から怒気と殺気が溢れ、鋭い刃となり、私を貫いた。


しかし、不思議と男から私に何かをしようとする気配は感じられないのだった。


どういうつもりなのだろうか。


「私が憎いのならば、私を殺しますか?」


「それは出来ん。お前には役割がある」


「……役割?」


「そうだ。約半年後の12月27日、お前はたった一人で百鬼の妖に立ち向かう事になる」


「っ」


「救援はなく、お前は孤独のまま死ぬだろう。強い憎しみと絶望の中で」


「……どうやら私の思い違いだった様です」


「なに?」


「私は死など怖くはありません。この様な世界に生きているのです。まともに死ぬ事は出来ないでしょうし、老衰など夢の世界の話でしょう。ですが、どの様な状況であろうと、私が死に際に絶望する事などあり得ない。貴方の予言は当たりませんよ。ペテン師さん」


「……」


「貴方の中にある輝きから、貴方が神かそれを殺めた人間かと思いましたが、どうやら私の考えすぎだったようですね。しかし、一つ感謝しておきますよ。情報を頂けた事。ふふっ、これで慌てずに済みますね」


「そうか。お前がそれを望むのならば、良い。俺からいう事はない。あの世に逝ったら恨み言くらいは聞いてやる」


「おや。私は貴方が来るまで待たなければいけないのですか? 生まれ変わるならさっさとしたいのですが」


「フン。その心配はない。俺もその日が終わりの日だ」


「そうですか。では互いに後悔の無い半年を過ごしましょう」


「そうだな」


男はもう要件は終わったのかさっさと何処かへ消えてしまった。


何の用があったのだろうか。


いや、もしかしたら一条立夏の中にある天使の欠片を隠したかったのかもしれない。


かつて似たような物をいくつか見た事があるが、それらは全て『願いの奇跡』に関わった人間の中に眠っている様だった。


まるで冬眠をしている動物の様に、ただ静かに眠っている。


しかし、何かの切っ掛けで目覚めれば、それは大きな力を生むだろう。


そう、何かの切っ掛けで……。


待てよ。


そうか。そういう事か。


私は携帯端末を取り出し、世界中の情報を集め、そして頭の中を整理してゆく。


意図的に集められた視線、願いの方向、中心に居るのは、夢咲陽菜と立花光佑……?


いや、違う。あの二人は切っ掛けだ。本命は別にある。


まだ何か情報が足りない。決定的な情報が。


「いや、関係ありませんね。私が考えるべきはそこではない」


そう。私がやるべきは。


これから街にやってくるであろう妖共を全て排除する。


その為にも。


まず私は、何が何やらで話に付いて行けず茫然としている一条立夏に微笑んで帰りましょうかと告げた。


そして、歩きながら携帯で姉君に連絡を取る。


【百鬼夜行の兆候在り、至急調査されたし】と。




さて、屋上で妙な男と出会ってから約三ヵ月が経ち、本家の調査で百鬼夜行が真実であると判明した。


そして本家では多くの人間を雇い対策を進めているらしい。


しかし、ここで気になるのは何故私がその百鬼夜行で死ぬのかという所だ。


こう言っては何だが、雑魚妖怪がどれだけ集まろうが、大したことはない。


それこそ神話レベルの化け物でも出てこない事には……。


「ぬわー!! おい! 鬼神!! 今のは流石にズルじゃろ!!」


「よく見ろ妖狐。ゲームはどこも壊れていない。つまりルール上許されているという事だ」


「卑劣な手ばかり使いおって!」


「何が卑劣か! お前に言われたくは無いわ! 姑息な小技ばかり使いおって! 我のはな。作戦というのだ。覚えておけ!」


「なーにが作戦じゃ! ハジメに教えて貰った技の癖に! 偉そうに語るな!」


「友情の技という奴だな。フフン。悔しいのか? 妖狐」


「おーおー、よう吠えるわ。見とれ。今度こそボッコボコのボコにしてやるわ!」


「フン! 返り討ちにしてくれよう!!」


「ちょっとー? 二人ばっかりやってないで、そろそろコントローラー渡しなさいよ」


「独占は、良くない」


「あーん? しかしな。この卑劣鬼神と決着を」


「なら、こっちのゲームやりましょうよ。ダリオカート。これなら全員で遊べるでしょ。アンタらは勝手に決着付けてなさいな」


「ふむ。それもそうだな。では次はこのゲームをやろうぞ!」


「望むところじゃ! ぶっちぎりの一位になってやるぞ!」


わいわいと騒がしい連中を見ながら、私はふと気になった事を口にしていた。


「貴方達は」


「なんじゃ! シオリ! お前も遊ぶか! ま! 妾の前では等しく雑魚じゃがな! 挑むのもよかろう。カッカッカ。さぁ、挑んでこい! 雑魚共!! んにょおおおお!??」


私はピーピーとやかましい狐の腹に拳を叩きこみ、静かにしてから話を進めた。


「貴方方妖怪は、どの様にして他の妖怪とコミュニケーションをとるのですか?」


「どうやってって、まぁ、山で偶然会ったらとか? とは言っても、山に入ってきた奴は大抵餌だけど」


「お前の山に行った我が一族が帰ってこない理由はそれか! おのれ絡新婦!」


「餌になる方が悪いんでしょ! って、そうか。あの子鬼ども、アンタの一族か! 私の可愛い子どもたちを殺してからに! 許すまじ!」


「貴様が言えたことか」


「はいはい。喧嘩しないで下さい。という事は貴方方は集団行動は基本的にしないのですか?」


「まぁしないな。あ、いや。する時もあるぞ」


「百鬼夜行じゃな!? ありゃあ愉快でな! おぉ、そうだ。今度はお前も参加するか。シオリ!」


「私、妖怪じゃないんですけど」


「なに!?」


「え!? 本当に!?」


「遂に自分が何者かすら分からなくなったのか」


「人間のフリをしても、無駄」


「随分な言い様ですね。そろそろこの世とお別れする覚悟はできましたか?」


「冗談じゃ!! 冗談!! でも、まぁシオリなら参加しても問題無いじゃろ」


「いや、問題しかないと思いますけど」


「そうか? 本当に、そうかのぅ」


「……何が言いたいのですか?」


「かつて、人から妖になった者は多くいる。その殆どは人間への強い恨みや、憎しみの中で妖に転じたんじゃ」


「……」


「シオリ。お前は真実、人を憎んでおらんのか?」


狐の目が私の迷った心を捕える。


しかし、私は狐の頬を全力で叩き、視線を切った。


「あだぁぁああ!! シリアスな場面で何をするんじゃ!!」


「顔が近くて、獣臭かったので」


「毎日綺麗に洗っておるわ!! まったく」


私は焦る心を隠す様に、視線を狐から逸らした。


しかし、鬼神も絡新婦も雪女も、皆隠しきれない喜びを抱えた様な顔で私を見ていた。


その瞳に、表情に、どうしようもない恐怖を感じる。


「妾達はな。確かにハジメを気に入っておる。少なくとも、ハジメが生きておる内、ハジメの子孫がいる場所では何もせんじゃろう。しかしな。ここにいる理由はそれだけじゃ無いんじゃよ」


狐は妖しく嗤う。


伝承にある、人を惑わし操ったとされる妖狐らしい笑みで。


「のぅ。シオリ。例えば……じゃ。お主が、世界に強い憎しみを抱いたまま、多くの妖に囲まれて、死んだ場合、お主はどうなるんじゃろうなぁ。そう。例えばお主が辛うじて世界に対して親しみを持てている家族に裏切られ、百鬼夜行の中で、その命を落としたなら。ふふ。ふはははは。実に愉快な事になるじゃろうな」


「そうね。ふふふ」


「あぁ。まったくだ」


「クスクス」


私は背筋に流れる汗を無視し、強い心を持って彼女たちを見据える。


「戯言です。私は、闇になど、落ちない」


「あぁ。そうじゃろうな。今は、まだ」


「そう。今は、まだ」


呼吸が荒くなる。


このまま放置していては取り返しのつかない事になる。


それが分かっているのに、私は動く事が出来なかった。


「ふむ。どうやら頃合いの様だな。行くか、妖狐。絡新婦。雪女」


「おい! 指図するな鬼神!」


「まぁ良いんじゃないの。まとめ役はいた方が良いでしょ」


「妖狐じゃ、無理」


「言ったな! 雪女!! この妾の名配役を見て震えるがいい!」


「その手腕が発揮される事は無いぞ」


「そうねぇ」


「という訳だ。我らは今より闇に戻る。しばしの別れ……だが、また会おうじゃないか」


「ふふ。今度は仲間として、ね」


「仲間になったら、シオリの嫌いな人間はみんな殺そうね?」


「じゃあの。シオリ」


そうして彼らは消えた。


立ち尽くす私を残したまま。




百鬼夜行まで残り三ヵ月。

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