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第7話『お二人はどうしたいのですか?』

最近ふと思うのだが、もしかしてハジメ君はトラブルを呼び寄せる体質なのではないだろうか。


現在、ハジメ君は元々住んでいたアパートは狭いという事もあり、私が借りているマンションの横に一つ部屋を新たに借りて、そこに住んでもらっている。


まぁ、安全上の理由だとか色々と理由を付けたが、最もやりたかったのはハジメ君の家を私が用意するという点だ。


これで少なくとも私が居なければハジメ君は住居を失うし、ハジメ君が私の手の中にいるという喜びもある。


しかし、時折お邪魔する家の中が日に日に酷い状態になっている事は、何とも言い難い事実であった。


3LDKの中で一つの部屋は狐が、そして一つの部屋は鬼神が、最後の一つにはハジメ君が住んでいるのだが、ロフト部分には絡新婦が住み着き、さながら妖怪ハウスである。


しかも隣には私も住んでいるし、おそらく世界で一番危険で、一番安全な所にハジメ君はいる。


だが、その記録もまた更新しようとしている所だった。


それは私がハジメ君の家に手料理を差し入れて、妖怪共にマズイだなんだと文句を言われている時の事だった。


客人があり、その相手をしに行ったハジメ君の悲鳴が家中に響き渡ったのだ。


私はと言えば、悲鳴の出始めくらいのタイミングで居間を飛び出し、札を構えて玄関に行き、そこで信じられない光景に一瞬固まったが、すぐに妖怪の体に札を貼り、ハジメ君を救出する。


今回はマッハだ。


マッハでコイツを処理する。


どこからどう見ても妖怪である。


ハジメ君に余計な事を言う前に処理を……!


「ユキ姉!!」


「おぉ、雪女じゃ。珍しいのぅ」


「こんな都会に来るとは。珍しい事もあるものだな」


「お前らが言えた事か」


「「それは確かに」」


おぉ、神よ。何故。何故この様な試練を私にお与えになったのですか。神よ! ちょっと降りてこいや!!


私は嘆き、天上の神に祈りを捧げたが、生憎神は不在であった。


「ユキ姉。大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ。ありがとう。ハジメ君。相変わらず優しいね」


「とにかく廊下ではアレですし。中で話をしませんか? 私も貴女が敵ではないとまだ信じる事が出来ていませんので」


「……はい」


そして、私たちはその儚げな美人の見た目をした雪女をハジメ君の家の中に招き入れた。


しれっとここが私の家ですよ。ハジメ君とは親しいですよとアピールしたが、鈍感なのか。頭の中までシャーベットなのか。雪女は気にした様子はなく、ただ静かにジッとハジメ君を見るばかりだ。


なにやらヤバそうな気配のする女だな。


嫌な予感しかしないでゴザルよ!




「それで、お話を聞かせて貰えますか? ハジメ君。この方との関係を」


「いや、お主にそれを聞く権利は無いじゃろ……ひぃっ、そんな目で妾を見るな」


余計な口を挟んできた狐を追いやり、私は随分とハジメ君に近い距離感の雪女を見る。


そんなに近づいたら体温で溶けるし、離れた方が良いと思うのだけれど。


何故か図々しくも雪女は当たり前の様にハジメ君の横に座って小さく微笑むばかりであった。


腹立たしい。


「ユキ姉は、なんて言うのかな。友達って言えば良いのかな。親戚の家に遊びに行った時に山で会ったんだよ。それで仲良くなったって感じ」


「そうですか。ではその山まで送れば良いですかね」


「っ! 待ってください!」


「はい。待ちません」


「待ってと言ってるだろ。少しは落ち着かんか退魔の小娘」


転移用の札を取り出そうとした所、その右手を絡新婦の糸と鬼神の腕に止められてしまう。


いや、まぁこの程度容易く振り払えるけど、家を壊すつもりもハジメ君の好感度を下げるつもりもない私はとりあえず止まる。


「どうしたの? ユキ姉。もしかして僕に何か用があったの?」


「……実は、私の住んでいた山が、無くなっちゃったの」


「えぇ!?」


「開発だって言って、木も山も川も、何もかも無くなってしまったわ。残されたのはかつてそこにあった者たちの悲しみだけ」


「……」


「まぁしょうがないじゃろ。いつもの事じゃ」


「嫌なら人間どもをニ、三人殺っとけば良かった話だな」


「貴女たち。ここに誰が居るかすっかり忘れている様ですね」


「じょ、冗談じゃ! イチイチ脅してくるでない!」


「みんなとは違って、ユキ姉は大人しいんだよ。あんまり争いごとが好きじゃ無くてさ」


突如雪女のフォローをするハジメ君に私は首を傾げながら、何か操られてないよな。と確認する為にハジメ君の体から悪意を全て消す。


そして、ついでに怪しげな力も残っていないか全身をチェックした。


「んにょおおお。ぞわっとした! 急にやるな! 予告しろ!」


「ハジメが妖を庇おうとすると、すぐに全身チェックするな。この女」


「この女はそういう女だよ。すぐ嘘を吐く人間ほど疑り深い」


「鈴木さん? 私が知る限り、雪女というのは非常に残酷な性格をしています。食べる為、生きる為ではなく人を殺める恐ろしい妖怪です。騙されてはいけませんよ」


「ワハハ。見ろ。狂犬保護者が何か言っと……んにょおおお!?」


「アイツも余計な事を言わなければ良いのにな」


「まぁタマはそういう所あるわ」


私はぎゃいぎゃいと騒がしい狐を壁に向かって吹き飛ばしながら、雪女が平和主義者だ。なんてあり得ない事を言うハジメ君を見据えた。


しかしハジメ君は私の視線にも臆することなく、まっすぐに見返してくるのだった。


「東篠院さん。僕はそんなに妖怪の事とか幽霊の事に詳しい訳じゃない。でもさ。本に書いてあるのはそういう種族が居ますよってだけだ。ユキ姉の事じゃないよ」


「それは、確かにそうですが」


「それにさ。タマちゃんだって、鬼神様だって、絡新婦さんだって、みんな危険だって東篠院さんは言ってたけど、今日まで何も起こってないし。みんな良い人ばっかりだよ。人っていうのかは難しいけど」


「……ではお聞きしますが、鈴木さん。雪女さん。お二人はどうしたいのですか?」


「僕は、ユキ姉がどうしたいのか聞いて、その手伝いがしたい、かな。ね。ユキ姉は、どう?」


「私は……」


雪女はハジメ君に問われても、もじもじと指を絡めるばかりで、話をしようとしない。


なんて決断力のない女であろうか。


伝承にある惚れた男を氷漬けにして山に連れ帰るアグレッシブさはどこに置いてきた!


それとも男が絡まないと何もできない子ちゃんなのか!? あぁん!?


「ユキ姉。大丈夫。みんな良い人ばっかりだから。勇気を出して」


ハジメ君が雪女の汚い手を握り、微笑む。


その笑顔は正直雪女には勿体ないと思うが、文句を言えばハジメ君に嫌われてしまうというリスクがある。


男の影にコソコソと隠れてさ! なんか嫌いだわ。この女!!


「ねぇ、私、どうしたら良いかな。ハジメ君」


「別に山なら国内にいくらでも残っていますし、神秘が多く残ってる霊山も多い。そちらに移住されてはいかがですか?」


「……ハジメ君は、どうして欲しい?」


聞けよ。おい。


うじうじしている割にはこちらを一切シカトしてハジメ君にばかり意識が向いている嫌な女である。


社会性無さそう。


って、思えばコイツ妖怪だから初めから社会性なんて無いわ。


だから嫌われるんだよな。コイツ等。


「ユキ姉は行きたいところ、ないの?」


「私、無い、どこも、怖いし、私、一人で生きていけるほど、強くない」


いや、ここまで一人で来られましたよね?


少なくともハジメ君の話じゃ近所の山って感じじゃないし。普通に特急とか乗ってきてますよね?


「ユキ姉が頼れる人、とか妖怪っていないの?」


雪女は遂に口すら開かなくなり、ただ黙って首を振った。


このまま何処か遠くの山に飛ばしてやったら気分が良いだろうななんて思いながら、私は静かに二人のモタモタした話を聞く。


「でも、この家はな、僕も借りてる身だからさ。一緒に住もうとは言い難いんだ」


「そう……なんだ。じゃあ無理は言えない、ね。でも、大丈夫、だよ。私は、また空に還るだけだから」


あーはいはい。消えるのね。そらようござんした。


いっそ盛大にさよなら会でも開いてやろうかと考えていたが、ハジメ君の訴えかける様な視線に私は小さく溜息を吐く。


ホント、私ってば優しい女だわ。


「私は妖怪を匿っても良いなんて言える立場の人間ではありません。ですから、これはあくまで鈴木さんだから許可をするだけです。それをはき違えない様に」


「のぅ鬼神。こういうの。なんて言うか知ってるか? ツンデレって言うんじゃ、にょぉぉおおお!??」


「懲りん奴だな。お主は」


また一歩妖怪ハウスに近づいたハジメ君の家に頭痛を感じながら私はこの邪魔者どもを排除する方法についてまた考えるのだった。

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