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第6話『私は闇を照らし、人の生きる世界の安全を保たねばなりません』

悪い事というのは重なるモノである。


前々から計画していたスキー旅行であるが、なんと図々しくも狐や鬼がハジメ君に付いていきたいと騒いだのだ。


しかも奴らは悪辣な事に、メンバーの中で最も頼まれごとに弱い紗理奈ちゃんに目を付け、行きたいと強請り、さらにはキーホルダーなどの小物に化ける事で費用が増えない事もアピール。


さらには私が居るから暴れる事なんて当然できないぞと無害アピール。


なんと悪辣な。


今すぐ危険ですよ。と言いながら滅ぼしてやろうかと考えたが、中身がどんな物であれ、小動物を抱きしめて「狐さんも一緒に行きたいって」と私に訴える紗理奈ちゃんの目に勝てなかったのは確かだ。


おのれ、女狐。


貴様だけは絶対に許せん。


しかし、一度頷いてしまった以上は今更駄目だという事も出来ず、私はスキー場へ向かって走るバスの中、横目で女狐と戯れる紗理奈ちゃんや綾乃ちゃんを視界に入れつつ、偽ショタになった鬼とカードで遊ぶハジメ君たちを眺めた。


しかし、考えようによってはこのメンバーと一緒にスキー旅行へ行けるのも、この妖共が一緒に行きたいと駄々をこねたからだ。


感謝……は別にしなくても良いけど、本気でただ遊ぶだけみたいだし、放っておいても良いか。


なんて私は考え、見逃すのだった。


さて、そんなこんなでスキー場へ着いた私たちだったが、正直初心者にちょっと毛が生えた程度である私は滑るつもりが殆ど無い。


その為、ロッジ近くで紗理奈ちゃんや狐、鬼と共に雪遊びなどを楽しむのだった。


何だかんだと雪遊びも楽しめ、そろそろ日も落ちるし、夕食をどうするか話さないとな。なんて考えていたのだが、異変に気づいたのは焦った顔で降りてきた佐々木君たちの顔を見てからだった。


「東篠院さん! 鈴木と藤崎さんは降りて来てませんか!?」


「何かあったのですか?」


「それが、二人ともどこに行ったか分からなくなっちゃったんですよ」


「なんですって!?」


私はすぐさま山の全域に力を飛ばし、ハジメ君と綾乃ちゃんの行方を探す。


「うぉっ、なんかぞわっとするのぉ」


「相変わらずというかとんでもない力だな」


「……見つけた。ちょっと迎えに行ってきます」


「何!? 妾も行くぞ!」


「我もだ!」


私は全員にロッジで待っている様に言うと、すぐさま雪を巻き上げながら高く跳んだ。


そして背中に付いている余計な二匹の事は考えず、空中を蹴って、ハジメ君と綾乃ちゃんの所へ向かう。


「にょわわわわ、もっと手加減せい!」


「くっ、飛ばされる! 本当に人間か!?」


空を飛びながら二人を感知した場所まで向かっていた私は視界の中に二人と大物の妖を見つけ、二人を守る様に雪を大量に巻き上げながら地面に降り立つのだった。


「お待たせしました」


「東篠院さん!」


二人を庇いつつ、正面に居る虫を睨みつける。


食らうどころか、触れる事すら出来ないだろうが、それでも不愉快は不愉快だ。


こんな雑多な妖怪如きがハジメ君に手を出そうとしたという事実が。


「ありゃ絡新婦ジョロウグモか。まだ生き残っておったんじゃのぅ」


『お前は、西の妖狐か。そういうお前も生き残っていたのか』


「まぁの。何とかやっておるよ」


『まだ世界征服なんて考えているのか?』


「いや妾。そういうのはもう卒業しての。今は愛に生きるキツネちゃんじゃ」


『相変わらずふざけた奴だ。それで? そんなお前が何故退魔師なんぞと一緒にいる』


「まぁ、成り行きって感じかの?」


『随分と見ぬ間にふざけた事を抜かすようになったものだ。忘れたのか。我らの世界を壊したのが誰か』


「……忘れてなどおらぬよ」


『ならば、何故そのような奴と一緒に居る! 共に戦え!!』


「世の中出来る事と出来ぬ事があってな。妾は今、人間と戦う気は無いんじゃ」


『そちらの鬼神もか』


「同意だ」


『そうか、やはり子供らの言うように時代は変わったのだな。ならば!! もはや何も遠慮はいらぬ!! 腑抜けた貴様らと共に退魔師を全て! 一匹残らず殲滅してくれるわ!! 我が一族の恨み!!』


「絡新婦!! この女は止めた方が良いぞ!」


『黙れ!! 敵に寝返った者の言葉など聞く気はない!!』


「……まったく。どこもかしこも、こんな者たちばかりですね」


私は懐から一枚の札を取り出すと、それをデカい図体をした蜘蛛に向かって飛ばす。


蜘蛛は私の札を打ち落とそうと眷属であろう手のひらくらいの大きさの蜘蛛や、糸を飛ばすが、その全てを焼き切って蜘蛛に付いている人間の上半身の様な部分に張り付いた。


そしてその全身を焼く。


耳を塞ぎたくなる様な汚い悲鳴が蜘蛛から上がるが、気にすることはない。


このまま消し去るだけだ。


そう考え、私は蜘蛛に右手を向け、それを握り、全てを灰にしようとした。


しかし、その右手を何故かハジメ君と綾乃ちゃんが掴み、駄目だと必死に訴えているでは無いか。


私はすぐさま蜘蛛を燃やしていた炎を消し、何もしてませんよとばかりに両手を下げた。


「止めてくれて、ありがとう」


「いえ。何か事情があるのですか?」


「それが」


「詩織さん! 絡新婦さんは悪い妖怪さんじゃないの! 道に迷ってた私たちを助けてくれて、しかも熊から守ってくれたんだよ!」


綾乃ちゃんが指さした方に視線を向けると、確かに熊と思われるものが倒れていた。


距離と立ち位置から考えて、二人を襲おうとしていた熊を絡新婦が殺したのだろう。


理由は分からない。


自分の餌に手を出そうとしたからかもしれない。


「そうですか。ですが、私は闇を照らし、人の生きる世界の安全を保たねばなりません」


「……相変わらず、傲慢だな。お前たち退魔師は」


「どうとでも。私には守るべきものがあり、その為ならどの様な相手であろうと手を下すだけです。


「な、なら!! 家に来なよ!!」


「は!?」


私は思わず驚いてシリアスな顔を作る事も忘れハジメ君を見てしまった。


ハジメ君は真剣な表情のまま絡新婦と私を交互に見つめる。


正直、意味が分からなかった。


「どういう意味だ? 遠き町の子よ」


「そのままの意味だよ。今、僕の家はさ。お客さんでいっぱいだから今更一人増えた所で、何も問題は無いって事!」


「意味が分からない。お前の家に行ったとて、私たちを退魔師は消しに来るだろう。どの道戦い、その果てに滅びるだけだ」


「そんなのは悲しいじゃないか。だから、僕の家に住んだら良いって言ったんだ。大丈夫。もう僕の家にはタマちゃんとか、鬼神様が住んでるし、東篠院さんが守ってくれるから、退魔師の人とだって争わなくて良い。そうでしょ? 東篠院さん」


私はその純粋で疑いを知らず、無垢な信頼を向ける瞳相手に首を横に振る事など出来ず、ただ肯定した。


なんて駄目な女なんだ! 私は!


このままじゃ、将来ハジメ君と結婚した時に、ハジメ君の我儘を全部聞く事になっちゃうぞ!


うん。それは困った。困る。困るよぉ。ハジメくぅん。


私、ハジメ君なしじゃ生きていけない体になっちゃった……かも。


「という訳だから。どうかな」


「どう。と言われてもな。ならば問おう。人の子……いや、ハジメ。綾乃よ。かつて共にあった仲間を皆殺され、ただ復讐する事でしか生きられぬ私が、生き永らえる事になんの意味がある」


「意味は無いかもしれない!」


「ほぅ?」


「でも。少なくとも僕は嬉しい。絡新婦さんと話していて、楽しかった」


「そ、そうだよ。昔の話とか色々教えてくれて、私も楽しかった。何もなく死んじゃうなんて悲しいよ。私だって、もし絡新婦さんがこのまま消えちゃったら、誰かを恨まないといけないかもしれない。それが絡新婦さんの望む事なの!?」


「……そうだな。恨みを選べば遺恨は消えぬか。先に逝った子供らを想えば、私もただ静かに、自然のままに終わりを迎えるべきかもしれん」


何やら嫌な予感がしてきた。


いやいや、まさかまさか。


資料によれば絡新婦は大変危険な妖怪であり、和解はあり得ないとあった。


ならばきっと戦闘継続を選ぶだろう。


なぁ!? お前も誇り高き妖怪の一角! 人間に恭順する事なんて……!


「ハジメ。綾乃。私が子供らにあの世で伝える為に、何か面白い話を、教えてくれないか」


「喜んで!」


「美味しいご飯だっていっぱい教えるよ!」


バカな!!?


プライドはどうした!!


戦え!! 最後まで戦え!! 逃げるな!!


「……あの、東篠院さん。勝手に話進めちゃったんですけど。その、どうでしょうか?」


心配そうに尋ねるハジメ君と、同じ様に不安そうな瞳で私を見る綾乃ちゃん。そして、その他。


私は、こうなってしまった以上反対してもハジメ君からの好感度が落ちるだけだと、小さく頷いた。


そして、この日よりハジメ君の家に、また余計な生き物が住む様になってしまった。


どうしてこうなった。


どうしてこうなった!?


もう本当に分からない。


分からないが、ハジメ君からの信頼は相当上がったので、とりあえずヨシとしよう。

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