第八章:触媒としての苦難
四月に入り、桜が満開となった。
施設の庭には、古い桜の木が一本あり、毎年見事な花を咲かせる。入居者たちは、窓から、あるいは庭を歩きながら、その美しさを楽しんでいた。
ある日、葵は中島春子から、意外な話を聞いた。
「水瀬さん、私ね、若い頃、一度死のうと思ったことがあるの」
葵は驚いて顔を上げた。
「えっ……」
「もう五十年以上前のこと。二十五歳の時でした」
中島は、静かに語り始めた。
「当時、私は小学校の教師になったばかりでした。理想に燃えて、子どもたちのために尽くそうと思っていた。でも、現実は厳しかった。うまくいかないことばかりで、自分の無力さを感じていました」
「それで……」
「ある日、クラスで大きな問題が起きました。いじめです。私は気づくのが遅れて、一人の子どもが深く傷ついてしまった。その責任を感じて……」
中島は目を閉じた。
「自分を責め続けました。『私は教師失格だ』『子どもたちを傷つけた』って。そして、ある夜、もう生きていけないと思った」
葵は、言葉もなく聞いていた。
「でも、死ななかった。正確には、死ねなかった。ベランダに立って、飛び降りようとした時、母の顔が浮かんだんです。私が死んだら、母はどんなに悲しむだろう、って」
「それで……」
「その場で泣き崩れました。そして、誰かに助けを求めなければ、と思った。翌日、校長先生に すべてを話しました。校長先生は叱るのではなく、一緒に解決策を考えてくれた。カウンセリングも受けるように勧めてくれました」
中島は目を開け、葵を見た。
「あの経験が、私を変えたんです」
「どのように?」
「それまでの私は、完璧でなければならないと思っていました。失敗は許されない、弱さを見せてはいけない、と。でも、あの危機を通じて、人間の脆さと、同時に強さを知りました」
「脆さと強さ……」
「ええ。人間は壊れやすい。でも、壊れても、また立ち上がることができる。そして、自分の弱さを認めることが、実は強さなのだと」
中島は桜を見た。
「あの経験がなかったら、今の私はないわ。教師として三十年以上働けたのも、多くの子どもたちと関われたのも、あの危機があったから。そして今、老年超越の状態に入れているのも、若い頃の危機があったからかもしれない」
葵は、エリクが語っていたことを思い出した。
「人生の危機は、老年超越への発達を促す触媒として機能する」と。
その日の午後、葵は立花とも話した。
「立花さんも、人生で大きな危機を経験されたことがありますか?」
「ええ、あります」
立花は、少し間を置いてから語り始めた。
「六十歳の時です。妻が亡くなりました」
「それは……お辛かったでしょう」
「ええ。四十年近く連れ添った伴侶を失うことは、想像を絶する痛みでした。最初の一年は、ただ茫然としていました。何をしても空虚で、人生の意味が見出せなかった」
「どのように、その時期を乗り越えたのですか?」
「乗り越えた、というより、変容した、という方が正確かもしれません」
立花は窓の外を見た。
「妻の死は、私に死の現実を突きつけました。それまで、死は抽象的な概念でした。哲学の本の中にある言葉に過ぎなかった。しかし、最愛の人を失って、死の重さを知った」
「それは……」
「しかし同時に、不思議なことが起きました。妻は死んだけれど、完全には消えていない、と感じたのです」
「と、いいますと?」
「彼女との記憶、彼女から受けた影響、彼女が残したもの――それらは、私の中に生き続けています。そして、子どもたちや孫たちの中にも。彼女の笑顔、優しさ、価値観。それらは、形を変えて存在し続けている」
立花は葵を見た。
「その経験が、私の死生観を変えました。死は終わりではない、と。個人としての存在は消えるかもしれないが、その人が残したものは、別の形で続いていく」
「それが、老年超越につながったのですね」
「おそらく。妻の死という危機が、私を新しい段階へと押し上げたのだと思います」
葵は、他の入居者たちにも、それぞれの危機があったことを知った。
田中誠一郎は、四十代で会社が倒産し、一時期ホームレス同然の生活を送った。その経験が、物質的なものへの執着を手放すきっかけとなった。
山本静江は、看護師として働いていた時、患者の死に立ち会えなかったことを深く後悔していた。その経験が、生と死について深く考えるきっかけとなった。
佐藤一郎は、海外赴任中に重病にかかり、死の淵をさまよった。その経験が、人生の優先順位を見直すきっかけとなった。
葵は、パターンに気づいた。
彼らは皆、人生のどこかで大きな危機を経験し、それを通じて何かを学び、変容していた。
そして、その変容が、老年期の超越につながっているように見えた。
ある日、葵は森本麻衣と話す機会があった。
「森本さん、最近、入居者の方々の話をよく聞いているんですが、皆さん、人生で大きな危機を経験されているんですね」
「そうなんですか?」
「ええ。そして、その危機が、今の彼らを形作っているように思います」
森本は少し考えてから言った。
「でも、危機って、誰でも経験するものじゃないですか? 特別なことなのかな」
「確かに、誰でも経験します。でも、それにどう向き合うかが重要なんだと思います」
「どう向き合うか……」
「危機を否定したり、逃げたりするのではなく、それと向き合い、そこから学ぶ。そうすることで、人は成長するんです」
森本は少し神妙な表情になった。
「実は、私も最近、悩んでいることがあるんです」
「どんなことですか?」
「この仕事、続けていけるのかなって。毎日、高齢者の方々と接していると、自分の無力さを感じることが多くて。何をしても、老いは止められない。死も避けられない。それが、辛いんです」
葵は、森本の気持ちがよく分かった。かつての自分も、同じような感情を抱いていた。
「森本さん、私たちの役割は、老いを止めることでも、死を避けることでもないんです」
「じゃあ、何なんですか?」
「寄り添うこと。その人の人生に敬意を払い、その人なりの老い方を支援すること。そして、その過程で、私たち自身も学び、成長すること」
「学び、成長……」
「ええ。高齢者の方々は、私たちの先輩です。人生の先を行く人たちです。彼らから学ぶことは、無限にあります」
森本は、少し救われたような表情を見せた。
「水瀬さん、変わりましたね。前は、もっと……活動的というか、目標志向だったのに」
「ええ、変わりました。この施設に来て、立花さんたちと話して、老年超越について学んで。私自身が、変容したんだと思います」
「変容……か」
森本は、窓の外を見た。
「私も、変われるかな」
「きっと変われます。でも、それには時間がかかるかもしれません。そして、もしかしたら、何か危機のようなものが必要かもしれません」
「危機……」
「ええ。でも、危機は必ずしも悪いものではありません。それは、成長の機会でもあるんです」
葵は、自分自身の言葉に驚いていた。
数ヶ月前の自分なら、こんなことは言えなかった。
しかし今、確信を持って言える。
危機は、変容のための触媒である。
そして、変容は、人生のどの段階でも起こりうる。
若い時期の危機は、老年期の超越への準備となる。
そして、老年期の危機――喪失、病気、死の近さ――は、最終的な超越への道を開く。
人生は、連続した変容の過程なのだ。
葵は、この洞察を胸に刻んだ。
そして、自分自身の人生にも、いつか危機が訪れるだろうと思った。
しかし、それを恐れる必要はない。
むしろ、それを成長の機会として受け入れることができれば、自分もまた、新しい段階へと進むことができるだろう。
桜の花は、やがて散る。
しかし、その美しさは記憶に残り、そして来年、また新しい花を咲かせる。
それが、生命の循環。
それが、老年超越が教える真理なのかもしれない。




