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【老年的超越短編小説】秋光の庭 ~老いの眩い輝き~  作者: 霧崎薫


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第四章:文化を越境する理論

 十一月末のある日、秋光の家に一人の外国人が訪れた。


 エリク・リンドストローム。四十代半ばのスウェーデン人研究者で、老年学を専門としている。長身で金髪、穏やかな青い目を持つ彼は、流暢な日本語で自己紹介した。


「桜井施設長、お招きいただきありがとうございます。私は、日本における老年超越の文化的表現について研究しています」


 桜井は笑顔で応対した。


「エリク先生、ようこそ。実は、うちのスタッフの一人が、最近老年超越理論に興味を持ち始めたところなんです。水瀬さん、こちらへ」


 職員室にいた葵が呼ばれた。


「こちらは、作業療法士の水瀬葵です」


「初めまして。エリク・リンドストロームです」


 エリクは丁寧に頭を下げた。


「あなたが老年超越に興味を持っているとお聞きしました。それは素晴らしいことです」


「あ、はい……まだ学び始めたばかりですが」


「それでいいんです。重要なのは、好奇心を持つことです」


 桜井の提案で、その日の午後、エリクによる小規模なレクチャーが開かれることになった。職員数名と、興味を持った入居者も参加することになった。


 会場となった大会議室には、十数名が集まった。立花もその一人だった。


「皆さん、こんにちは」


 エリクは前に立ち、プロジェクターで資料を映しながら話し始めた。


「私は今日、老年超越理論について、そしてそれが日本文化とどのように関わるかについてお話しします」


 彼は、トルンスタムの写真を映した。


「ラルス・トルンスタムは、1989年にこの理論を提唱しました。彼は、高齢者へのインタビューや調査を通じて、既存の老年学理論――活動理論や離脱理論――では説明できない現象に気づいたのです」


 エリクは、グラフや図表を示しながら説明した。


「老年超越には三つの主要な次元があります。第一に、宇宙的次元。これは、時間と空間の認識の変化、生と死の境界の超越、世代とのつながりの実感などを含みます」


 葵は熱心にメモを取った。


「第二に、自己次元。自己中心性の減少、身体への執着からの解放、利他主義の増加などです」


「第三に、社会的次元。表面的な社会的交流への興味の減少、内省と孤独の価値化、物質的所有への関心の低下などです」


 エリクは参加者たちを見回した。


「重要なのは、これらは病理ではなく、正常な――むしろ望ましい――発達的変化だということです。トルンスタムは、これを『物質的・合理的世界観から、宇宙的・超越的世界観への移行』と表現しました」


 立花が手を挙げた。


「質問してもよろしいですか?」


「もちろんです」


「この理論は、西洋で生まれたものですね。しかし、私たちの文化――日本や東洋の文化――では、もともとそのような考え方があったように思います。たとえば、禅仏教や老荘思想には、似たような概念があります」


「その通りです」


 エリクは嬉しそうに頷いた。


「実は、トルンスタム自身も認めています。彼の理論は、禅仏教と東洋哲学から大きな影響を受けているのです。西洋社会では、老年期を否定的に捉える傾向が強い。しかし、東洋――特に日本では――老年期を精神的成熟の時期として、より肯定的に捉える文化があります」


「なるほど」


「私の研究によれば、日本の高齢者は、スウェーデンの高齢者よりも、老年超越に到達しやすい傾向があります。それは、文化的な土壌が整っているからです。『無常観』『自然との一体感』『世代間のつながりの重視』――これらは、日本文化に深く根ざしています」


 葵が質問した。


「でも、現代の日本社会は、かなり西洋化していますよね。活動的であること、生産的であることを重視する。そういう価値観が、老年超越を妨げているのではないでしょうか?」


「鋭い指摘です」


 エリクは真剣な表情になった。


「確かに、現代日本社会には、そのような緊張があります。伝統的な価値観と、西洋的な近代化の価値観が共存している。その中で、高齢者は時に混乱します。『活動的でいなければならない』というプレッシャーと、『静かに過ごしたい』という内的な欲求の間で」


 エリクは、スライドを切り替えた。そこには、日本庭園の写真が映された。


「しかし、興味深いことに、日本には老年超越を支援する環境的要因も豊富にあります。たとえば、自然との関わり。最近の研究では、自然環境――特にバイオフィリックデザイン――が、老年超越を促進することが分かっています」


「バイオフィリックデザイン?」と葵が尋ねた。


「生命や自然との親和性を取り入れた環境設計です。植物、太陽光、水の流れ――これらの要素は、人間の心理的ウェルビーイングに深い影響を与えます。そして、老年超越の発達も促進するのです」


 桜井が微笑んだ。


「それで、この施設の庭園を充実させているのですね」


「その通りです。秋光の家の庭園は、素晴らしい例です。日本庭園の伝統的な要素――池、石、木々、四季の変化――これらは、老年超越を自然に促す環境を作り出しています」


 レクチャーは一時間ほど続いた。


 エリクは、最新の研究成果も紹介した。老年超越と主観的幸福感の関係、抑うつの予防効果、テロメラーゼ活性(生物学的老化マーカー)の改善など。


「最も驚くべき発見の一つは、中国での研究です」とエリクは語った。「太極拳を週五回、六ヶ月間続けた高齢者グループでは、老年超越レベルの増加だけでなく、テロメラーゼ活性の改善も見られました。つまり、老年超越は心理的な構成概念だけでなく、生物学的な基盤を持つ可能性があるのです」


「生物学的な……」と葵は驚いた。


「ええ。心と身体は分離できません。精神的な発達は、身体的な健康にも影響を与える。そして逆もまた真なりです」


 レクチャーの後、エリクは入居者たちと個別に話す時間を持った。


 立花との対話は、特に深いものとなった。


「立花さん、あなたの経験をお聞かせください」


 エリクは、録音の許可を得た上で、インタビューを始めた。


「私が最も興味を持っているのは、時間認識の変化です。あなたは、それをどのように経験していますか?」


 立花は少し考えてから答えた。


「若い頃、時間は線のようなものでした。A地点からB地点へと、一方向に進む。しかし今は……円環のようなものに感じます。過去も現在も未来も、ある意味で同時に存在している」


「具体的には、どういうことでしょう?」


「たとえば、五十年前の記憶を思い出すとき、それは『遠い過去のこと』とは感じません。むしろ、今ここで起こっているかのように鮮明です。同時に、その記憶を振り返る今の自分も存在している。過去の自分と現在の自分が、同じ空間に共存しているような感覚です」


「それは、記憶の混乱ではないのですね?」


「全く違います。むしろ、より明晰な認識です。若い頃は、過去を忘れることで前に進んでいました。しかし今は、過去を保持しながら、それを現在に統合している。人生全体が、一つの全体として見えるのです」


 エリクは興奮気味にメモを取った。


「素晴らしい。これは、トルンスタムの理論と完全に一致します。そして、日本文化特有の要素も感じられます。『一期一会』『今ここ』という禅の概念と、世代の連続性という儒教的概念が、統合されているように思います」


「確かに」と立花は頷いた。「私は西洋哲学を専門としていましたが、老年期に入ってから、東洋思想の深さを再発見しました。頭で理解していたことが、今は身体で分かるのです」


 その夜、エリクと葵は、施設近くのレストランで夕食を共にした。


「水瀬さん、あなたはこの分野に、大きな貢献ができると思います」


 エリクは真剣な表情で言った。


「なぜ、そう思われるのですか?」


「あなたは、若い世代でありながら、高齢者の世界を理解しようとしている。それは稀有なことです。多くの専門職は、自分たちの価値観を押し付けようとする。しかし、あなたは違う」


「いえ、私も最初はそうでした。活動的であること、目標を持つことが大切だと思っていました」


「しかし、あなたは変わった。それが重要です」


 エリクはワイングラスを手に取った。


「老年超越理論の最大の課題は、若い世代との断絶です。高齢者が経験していることを、若い世代は理解できない。その結果、医療や福祉の現場で、ミスマッチが起こる」


「具体的には?」


「たとえば、高齢者が静かに過ごすことを好むと、『うつ病』と診断される。過去を振り返ることが多いと、『認知症の初期症状』と見なされる。社会的活動を減らすと、『社会的孤立のリスク』と警告される」


「確かに……私もそう考えていました」


「それは、若い世代の価値観からの評価です。しかし、高齢者にとって、それらは正常で健康的な変化なのです」


 エリクは身を乗り出した。


「水瀬さん、あなたのような人が、架け橋になれるのです。高齢者の世界と、若い専門職の世界をつなぐ。そのためには、あなた自身が両方の視点を持つ必要があります」


「両方の視点……」


「ええ。科学的・医学的な知識と、老年超越の理解。エビデンスと、個人の主観的経験。それらを統合することが、これからの高齢者ケアに必要なのです」


 葵は、エリクの言葉に深く考え込んだ。


 確かに、彼の言う通りかもしれない。これまで学んできた知識を捨てる必要はない。しかし、それだけでは不十分なのだ。


 高齢者の内的世界を理解し、尊重する視点を加えること。それが、真の意味での「パーソンセンタードケア」なのかもしれない。


「エリクさん、一つ質問してもいいですか?」


「もちろん」


「あなたは、まだ四十代ですよね。老年超越を経験していない世代です。それでも、この理論を深く理解できるのは、なぜですか?」


 エリクは微笑んだ。


「良い質問です。確かに、私は老年超越を直接的には経験していません。しかし、理解しようとすることはできます。それは、共感や想像力の問題です」


「共感……」


「ええ。人類学者が異文化を研究するとき、彼らは自分自身がその文化の一員になるわけではありません。しかし、その文化の人々の視点から世界を見ようとする。それと同じです」


 エリクは窓の外を見た。


「そして、もう一つ重要なことがあります。老年超越は、老年期だけの現象ではないかもしれない、ということです」


「どういう意味ですか?」


「トルンスタムの研究によれば、老年超越への発達は、実は若年成人期から始まっています。ただ、老年期に最も顕著になるだけで。つまり、若い私たちも、すでにその旅路の途上にいるのです」


 葵は、その言葉に何かを感じた。


 自分自身の中にも、何か変化の萌芽があるのかもしれない。立花たちとの対話を通じて、自分の価値観が揺らぎ、新しい視点が芽生えている。


 それは、もしかしたら、老年超越への第一歩なのかもしれない。


 エリクは翌日、施設を去った。しかし、彼が残した影響は大きかった。


 葵は、新たな使命感を抱いていた。


 高齢者の世界を理解し、それを若い世代や専門職に伝える。そして、真に高齢者を支援するケアの在り方を模索する。


 それが、これからの自分の役割なのかもしれない。




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