螺旋を登る
アゾトの城の螺旋階段を登る。
白い壁は、手に触れると冷たい。
戦いを終えて時間が経つと共に、体が熱を帯びてくるようで、いつしか壁に手をかけ歩いていた。
「どうしたのマーストン?」
僕は背広の袖をあげ、腕を見る。
背広の袖は、執事によって切れ目がほつれ、布地を寄せるとゴワコワしてくる。
それをシャツとともに無理やり押し上げると、くっきりとした鞭の痕が赤く、そして熱を帯びてあった。
「わぁー痛そう……」
「セラティー、治療して貰っていいですか?」
それを聞いた彼女は、指と指を絡め、手をクロスさせる。
「それが……治療してあげたいのは山々だけど、昨日のレイソン、そして今日と戦いで魔力が切れみたい」
言葉を交わした僕らは、同時に後方を見る。
クリスティーヌに手を引かれながら、ニンフがゆっくりと螺旋をあがって来る姿が、視界を遮っていた壁から現れて来る。
そして僕らの視線に、気付いたのだろう。
今度は逆にニンフが螺旋の内側を通り、今度は彼女が、クリスティーヌを引っ張る側になった。
彼女たちは嬉しそうな顔で、いつしか歩調を合わせ僕らの前へと一緒にやって来た。
この姿だけでは確認できないだろうが、戦いを終えた後にしては元気そうではある。
「マーちゃんおんぶして♪」
僕の後ろにまわるニンフ。
僕は彼女を振り返り戸惑うが、今の現状で、『お姫様抱っこして』って言い出さないところが、僕の現在の体力の無さを考慮してるのだろう。
「あっ……ニンフ」
「うーん……、はい、ちょと体力悪いのよね?」
振り返った僕の顔を、まだ? って嬉しそうに眺めた後、彼女は僕の顔を見つめた。
そして僕に薬草を差し出し、そう言った。
「ありがとう……」
手渡された薬草を食べる。
「いつもより、まずい……」
「えっ……」
「そんな事ありません! 美味しいのです!」
僕が薬草を食べると、信じられない。って顔をするセラティーが僕の顔を見て固まった。
そんな2人を見て、ニンフは僕に向かって怒っている。
理不尽な怒りを諭すために、僕は薬草を少しいだけちぎり、ニンフの前に差し出した。
「お食べ……」
「マーソトン、私の薬草は試食するべきものでなくて、ありがたく食べるべきものなのよ」
それだけ言うと、彼女は腕を組み、そっぽを向く。
ニンフが喋れない間は、なんでそっぽ向くのだろうと考えていたけど、そんな事考えてたのか……。
冒険者になり、ニンフが僕の世話を焼きだしてからの秘密が、また1つとけた。
ニンフに差し出した手を引っ込め、手渡すはずだった薬草を食べる。
「生産者だから、優先して食べろとは言わない。試食くらいたまにはいいじゃないか……」
「大丈夫よ。ちゃんとおじいちゃんも『元気になるよ。ニンフ』って言ってくれたもの」
「そっか……それはありがとうニンフ」
「どういたしましてだわ」
祖父が歳のわりに元気だったのは、ニンフのおかげだったのか。
僕は残りの薬草も食べ、ふたたび歩きだす。
「マーちゃん、忘れてる!」
僕は怪訝な顔をして、金の糸の様な髪を、首の所で後ろに払うニンフと見つめ合う。
「ニンフちゃん、私がおんぶしましょうか?」
「あらあら、マーストン、お子様のお守りも大変だね」
そう言ってセラティーは階段を上がりだし、それにニンフはちょっと怒った顔で、そんな彼女を見つめている。
そんなニンフを覗き込むように見て、ちょっとだけ焦っているクリスティーヌ。
クリスティーヌがニンフをおんぶしていけば、アゾトが『クリスティーヌが、ニンフをおんぶしているだなんて、まるで仲良し姉妹じゃないか!? 良かったな、クリスティーヌ』って言いだしそうだ。
……それもいいかもしれない。
だがそれは、長い時を生きる彼女たちの、旅路から僕が抜けてからの話だ。
いつか、彼女たちは、僕との別れを惜しみつつも、いつか前を向いて進むことになる。
だから、アゾトとの友好関係は大切だ。
だが、今は……。
「ニンフ、今日は頑張ってくれたからね特別だよ」
僕は、彼女の前でかがみながら言った。
昔、子どもの僕の前に現れた美しかった彼女、今では立場は逆になってしまった。
けれど、僕と彼女が、この時を過ごすために、祖父、両親、他にも多くの人々がかかったなら……。
いや……、そういう事ではないのかもしれない。僕には未来はわからない。
しかし今は、手を引いて歩こう。
それだけの理由でいい。
ついでに、幼いあの時の、気持ちを思い出して……。
◇◇◇
僕は彼女を背負い、城の螺旋階段を歩いた。
そして今、足の膝が笑い、屋上の階段付近に座っている。
僕は召喚師、最近、剣士の真似事を始めたが、やはりそれは最近であって、そんなに体力はついて無かった。
「大丈夫か? マーストン……」
そう言ってやって来たアレックスは、顎に手をやり僕を見る。
「地上に戻ったら、特別メニューを作ろう。今回の戦いで、マーストンには持久力がない事がわかった。それを補うためにも、まず、朝の練習に30分ほど追加してみよう」
そう、うちパーティーの体力の師匠とも言うべき、彼が言う。
そう、僕は学んだ。会話こそ大切なんだ。
しかし――。
「朝は無理です。朝食の時間に間に合うようにするならば、30分、早起きしなければならないですよね? 朝は召喚師として、魔力回復のために眠る時間を削れません」
「『魔法剣士の体力改造』って本を読んだが、日頃の使う程度の魔力なら、今より30分、早く起きても問題そうだぞ?」
「無理です。眠い……。そこだけは譲れません」
座り込む僕と、かがみ込み僕を見つめるアレックス。
会話は大事だ。だが、まず、無理である事をだけ伝えてしまった。
うーん、なかなか、人が変わるのって難しいかもしれない。
そしてアレックスの肩に、手が置かれる。
アレックスは立ち上がり、僕に手を差し出しながら、その人物を見る。
「諦めなよアレックス、ボクがマーストンと初めてあった時、彼はわりと物分かりのいい子どもだった。しかーし朝、起きる事に関しては、歳相応の子どもだったんだよ。ちょっとたちの悪い部類で、驚いたくらいのね。そしてうちの母が言ってたけど、伯母様もそうらしいんだ……。遺伝なのかな、召喚師だからじゃないよねー? でも、召喚師だけ、そうだったら怖くない?」
セラティー……、そんな事を考えてたのか……。
「夕方の練習で頑張りますよ」
そう言ってアレックスの手を掴む。
彼は「そうか……」と、短く言い、僕は睡眠が確保できたことに安堵して、笑顔がこぼれる。
彼に手を引かれ起きた後は、地上に落ちて来たものも入っているのだろうか?
パラソルのついている机が、いくつも屋上にならび、戦闘で死の一歩手前だっただろう執事がかいがいしく、お茶などを運んでいる。
僕はその様子を見ながら、空いている席に腰を掛けた。
驚く事に――。
隣の席に座って体ごと向こうを向いていた人物が、こちらを振り向くと、それはレイソンだった。
僕と彼は、お互い、驚きの顔を見合わせて――。
「あぁーん?!」
次の瞬間、肉食動物が威嚇するような声が、僕の耳に届いた。
続く
見ていただきありがとうございます。
またどこかで。




