マーストンとレイソン
椅子に座ったホワイトが、口を開いたのは、それからしばらくしての事だった。
「マーストン、君たちパーティーと、一度破れた彼のパーティー、2戦も行っていては劇場の客席も冷める。もう、彼らはいいんじゃないかな? 彼らは一度、負けてるし」
クリスティーヌとニンフが、アゾトで家族の会話を楽しんでいる。
そこから離れた場所で、終わった話を蒸し返すホワイトは、やはりマーストンとは違うようだ。
彼はエルフで、こちら側で、彼の長く生きてきた時間を推し量る事はできない。
……もしかして、執事やアゾトにとっても、彼は不可解な老人なのかもしれない。
現に、アゾトはホワイトの事をくそじじって言っていた。
だが、この一応、まるく収まりそうな時にいう事ではないと思う。
「けれどホワイト、レイソンたち戦う気でしたよ?」
「しかし彼は、通常なら死んでいた。今回の目的は執事に力の差を見せつけ、ダークエルフに対する未練を、刈り取る事が最善となるはずだ。それにぶちゃけもう飽きた。帰りたい」
マーストンは一歩、下がる。
さっきの、説明の段階で言ってください……。
そして……彼のお目付け役と言っていい、ラドルさんの口角は確かに上がった。
今回、迷宮へ潜るために、ギルドから派遣された2人の舵は、もうきられてしまった。
……そう考えた方がいいだろう。そこを踏まえて考えるんだ。
「傷が浅い内に、レイソン達に伝えましょう!」
「うん、頼んだよ」
ホワイトは、マーストンに優しく微笑む。
「ハハハ」
マーストンは思った。何故、エルフが聖域へ、引き込まる事態になったのわかった気がした。
それはもしかして、エルフへの風評被害であったかもしれない。
しかし……、仕方ない。人類がエルフと言えば、ホワイト、彼なのだから……。
◇◇
アレックスはマーストンと、ホワイトの会話を見ていた。
田舎からやって来た素朴な青年と、長年生きている王宮の老獪なエルフ。
アレックスが貴族でなくても、この状況で【世界樹の葉】の実質的なリーダーがマーストンとしても、助け舟を出さねばいけない事態という事がわかる。
「うちはこれ以上、【正義の鉄鎚】ともめると、地上に戻る際の障りになりますよ」
「人間はとても愚かだね……。彼らは負けたんだ。負けたから、救助に、我々が駆り出されたんだよ。彼らにはとうにとやかく言う権利なんてない」
「そうですが……」
ホワイトは、明らかに煮え切らない態度の、マーストンにも苛立ちを感じているようだった。
「そうだ。マーストン、ここで無駄にレイソンへ譲れば、彼の仲間達にも危険が及ぶ事になる。俺たちが迷宮へ訪れた時、彼女たちの姿を思い出した方がいい……」
そう言ったアレックスを、マーストンは静かに見つめる。
やっと理解できる発想に安堵さえ覚えた。
……確かに、アレックスの言う通りだった。
森に隠れる様に立っていたクリシアに、敵の目の前で死にゆくリーダーを少しでも癒そうと懸命に力を尽くしていたケイト。
傷つき、意識をなくしていたレイソンは、その様子を知らない……。
そう……、彼は初手で無様に、死ぬほどのダメージを腹に負い死にかかっていただけだった。
「はぁ……、僕はもう正義の鉄鎚、彼らとは違うパーティーで、彼らの命を委ねられるのは、ごめんだと思っていたのですが……、また僕がNOと言わなければいけないのですね」
「変わるか?」
そう言ったアレックスは、僕が断る事がわかっているかのように笑顔だ。
「いえ、大丈夫です。今回は忠告ではなく、決められた事です。難しければホワイトや、ラドルさんを頼ればいい分、今回は気が楽ですし」
「えっ、いやだ!」
そうホワイトは声をあげた。
「その場にいるエルフのホワイトは、その場で『えっ、いやだ!』と、素っ頓狂な声をあげた」
「事務員の君!」
「ラドルです」
その会話までラドルさんの不思議なペンはすらすらと、ノートへと記入していく。
ラドルさん自身はそれを眺めつつ、優雅に紅茶を見ながら30分おきぐらいに時計を眺めているだけだ。
「物語は楽しく、勇敢で、美しくなければいけない。だら、事実をもとにしても、そう――美しく手心を加えられないと駄目なんだ! わかるかい!?」
そう珍しくホワイトが詰め寄る。
「すみません、生憎、私はギルドのいち事務員なので、ギルドマスターがそうと決めたのならば従う事も可能なのですが、尊い血筋のホワイト様に、いくらそう言われましても……」
そう困惑している雰囲気で、ラドルさんは答える。
「そうか、わかった。ギルドマスターはシスタリアだね! もう、ギルド職員は頭が固いのからな――」
「ホワイト様、現在のギルドマスターはスザークです。それは2つ前のギルドマスターの名前です。あの頃は、ギルドマスターと仲がよろしかったんですか?……、あの頃の記録が、サルベージの際に最悪なのはそのせいなのですか?!」
「うーん、どうだったかな?」
そう言うと、ホワイトは机の方をみて座り直し、紅茶を飲み出した。
それを見て、ラドルさんはこちらを見て頷いた。
どうやら、話はまとまったらしい。
……まとまらないまでも、最悪の事態に備え、丸投げするための足掛かりは掴んだようだ。
アレックスもうなずく。彼もついて来てくれるようだ。
ありがたい。
「少し、正義の鉄鎚と話て来る」
そうニンフとクリスティーヌに告げると、クリスティーヌは一緒に来ようか迷っているようだったが――。
「まーちゃん、いってらっしゃい」
そうニンフが言うと、クリスティーヌもニンフも同じように「いってらしゃい」と、心配そうではあるが言ってくれた。
何故か……、その横で、アザトも笑顔で「いってらしゃい」と、言って手を振っていて、それを執事が渋柿を食べてしまったような顔で見ていた。
そして気付けば、僕の横でセラティーもそんな彼らに手を振っていた。
「レイソンと話すんでしょう? マーストンが苦手な交渉なんかはボクに任しておいてよ」
セラティーは金色の三つ編みをなびかせて、胸をはって答える。
「ありがとう、セラティー、そしてアレックス」
◇◇◇
僕らが、この大空洞で初めての居場所、玉座の間からだ出ると、揉めている声が聞こえた。
「おにいちゃんは、意識を失ってたからそんな事が言えるのー、マーストンが来てくれなかったら……」
クリシアがレイソンにくってかかり、ケイトはその隣りでうずくまって泣いているようだ。
そしてクリシアは、背後から現れた僕らの存在に気づかない様だが、レイソンは明らかに不機嫌な顔をして舌打ちする。
それで僕らに気付いたのだろう、クリシアが僕らの元へ飛んで来る。
「私たち棄権するわ。もうこれ以上やってお父さん、お母さんに会えなくなるんて嫌なの!?」
そう思いのたけを、僕らに伝えててくる。
僕の横に立っていたセラティーが、「待っていて、ケイトと一緒に元の部屋へ戻ろうか」と、言うと……クリシアもこらえていた気持ちが決壊したのだろう。
瞳から、大粒の涙が零れだす。
クリシアには決して、勇気がない。という事はない。
彼女はしっかりと自分たちと、執事との力を見極め、ここで退く事を選んだのなら……勇気ある撤退だと言えるだろう……。
もちろん、レイソンもそんな事はちゃんと考えていると思う。
少なくとも、僕が彼のパーティーに居た頃は、彼はそんな人間だった。
しかし、レイソンがこの場でその判断ができないのは、少なからず僕の存在が関係あるのだろうか?
「こういう事だ」
レイソンは感情の乗っていない声で、ボソッと呟いた。
「わかった。ギルド側でも、【世界樹の葉】が戦うよう求めてきている。しかし僕と彼らの関係は複雑だ。戦わないに越した事はない」
それはもともと、レイソンを落ち着けるための、アゾトの出した答えだ。レイソンにとっては結果は戦っても、戦わなくでも同じだったかもしれない。
――だが、冒険者なら……。
「俺は負けてない、パーティーの状況がこの結果を招いた」
彼は廊下に握りこぶしを当てて、そう話す。
マーストンも、アレックスもそれを聞いている。
「俺のパーティーにセルティーが居てくれたなら、俺とお前の立場が入れ替わっていたなら……そう、思うと悔しくてたまらなくなる」
そう、彼が言い、廊下の壁を叩くと、彼のこぶしから血が流れはじめる……。
「不愉快です。レイソン、何故いつも仲間を見ないんですか?」
そうマーストンが言うと、レイソンは悪意の籠った笑顔でマーストンを見る。
しかし……彼は、マーストンが自分を見ずに、まるで敗者のように立っている姿を見て、ふたたび苛立つ。
「レイソンはまだ負けてない。死んでいなければ、負けていないんですよ! 僕は貴方のパーティーでいつも苛立っていた、レイソン、君も! 僕も! 仲間を見ていなかった。セルティーのように、アレックスのように、仲間を怒らせずに済む方法があったのに、僕にはそんな事に考えも及びませんでした。僕は君を見ると自分がみじめになる……。まるで、自分を見ている気分です。はぁ……すみません、失礼します……」
マーストンはそれだけ言うと、言っている間も、レイソンの事を見る事はできなかった。
頭を抱え、自分の中の彼に目を背ける。
レイソンの居ない方向へと、マーストンは今は、何も考えられず歩いた。
そして……通路の終わりで、立ち止まる。
アレックスが静かに、マーストンの背中を軽く叩き、マーストンを労う。
そこでも彼は、言葉を発しなかった。
彼に何か言われれば、余計自分がみじめになる。
マーストンは自分が蓋をしていたものの重みに、今はただ、1人でこらえるしかなかった。
続く
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またどこかで。




