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苦痛

 迷宮の魔方陣は、そこにあった。


「今回は多めに、護符をあるだけ配ります」


 朝が明けきらない中、チトセに声が響く。

 全員に護符が多めに配布され、ホワイトや、ラドルさんのもとへとへも配られる。


 みんなの口元に息が白くあがる。それに加え、チトセは疲れ切った顔をしていた。


「いいですか、もう一度いいます。昨日、迷宮へ入った2チームの中で、1チームまるまる帰って来ていません。チームの名前は『正義の鉄鎚』です。皆さんに、彼らの救助を対応お願いします。」


「「はい」」


「ホワイトの許可はおりているのか?」

「いえ、今回は自警団から王宮へ掛け合い、王からの要請という事に便宜上しましたが……」


「たぶん、ダメだよ。僕は魔法を使った罪で、聖域へ連れ戻されてしまう。今まで、慣れ親しんだ場所なのに……」

 そうホワイトが悲観的な様子で、嘆く。


「しかし誰が、ホワイトを連れ帰るんだ?」

「確かに……」

 ここ港町アオハジへやって来て、見たエルフと言えば、ホワイトくらいだ。


「そんな時は、王宮でお暮しください」

「えぇー!」

 ここで、ホワイトの事は、チトセの中で終わったのだろう、マーストンたちの方へと顔を向けた。


「絶対に帰って来てくださいね、皆さん」

「任せてください」と、マーストンが言った。


 そして……みんなの視線はラドルの方に向いて、マーストンたちは一歩下がった。


「やだ、なんでなんで!? どうして? 行かないの?」

「チトセ、明日のお弁当は何が食べたい」


「えっ? え、あ、野菜が沢山入ったダイエット食、とかですかね?」

「わかった。じゃー、行こう」


「ねぇ? 何がわかったと思う?」

「野菜美味しいこと?」


「ま、ここで自分の好みをしっかり主張するのが、チトセらしい」

「まぁ、そうだね」

 それぞれ、感想を言い合い、マーストンたち魔法陣を囲む。


「楽しみだなー、お弁当」

「作りませんよ」

「酷い!?」と、ラドルさんと、ホワイト様がやっているところで、ニンフもラドルさんのズボンを引っ張り催促していた。


「ラドルさん、ニンフがすみません」

「大丈夫ですよ。こう見ても私は、人をあしらうのは上手いので」

 そんなことを、朗らかな笑顔で言われても……。


 今回はマーストンが、最初に入る事になった。


「では、行きます」

 そう言ってマーストンが、足を踏み入れる。

 一歩、踏み入れた途端に地面が揺らぎ、蟻地獄へ落ちる様に世界は崩れた。


 ◇◇◇


 魔法陣と同じ、夏の空の青さの光が去ったのを、瞼の裏で感じとり、目を開けると、やはりあの森……。


 マーストンと【正義の鉄鎚】の分岐点で、彼らは何を思ったのだろう。


 彼は今、月の色と混ざる闇の色の前髪をかきあげ、辺りを見回すが、誰の事も見つける事は出来なかった。


 そこへアレックスが現れる。

 アレックスは闇の中で、目を開ける。

 赤い炎の様な瞳がマーストンを見つめ、それに答えるように彼は首を振る。


「やはりあの家か。あの家はどんな姿をしているんだろうな? 今も、イックをやろうとした、魔法の痕跡は残っているのだろうか?」


「どうですかね? でも、それに意味はないのかも? そう作っているのかもしれません? 痕跡がなければ毎回、僕らの世界を復元している、可能性が上がりますが」

「どうなってるかなー?」

 そう言ってアレックスは、頭の後ろで手を組んで、柔軟体操を始めた。

 これは……、やるべきなんでしょうね……。


 マーストンも柔軟体操を始める。彼の腰には、剣の為の新しいホルダーがかかっていた。


 そして7人目のダークエルフさんが訪れる事で、ふたたび大所帯が完成する。


「ここで改めて、皆さん聞いてください。ここに残されている者が居ます。詳細は不明です。なので、今回救出ししだい、この作戦は終了になります。残されたものが無事に見えて、それはリスクなしの状態ではない。そう心に留め、行動をおねがいします」


「僕の行動は……要領の悪いエルフのリスクを確認する事か。悪い予感がしてた……。ダークエルフの姿を見た時、それは多くの場合、エルフがやらかした過去の対面を意味する。僕は善良なエルフなのに、まったく困ったよ」


 そう言って彼は近場の、葉の付いた細い枝を折った。


「あの……ごめんなさい。ホワイト様」

 そう、ダークエルフさんは謝り、それをホワイトは無視した。


「ダークエルフさん、大丈夫だから」

「でも、……」

「そう、そう、気にしない。気にしない」


 僕とセラティーが言う横で、ニンフがホワイトを睨みつけている。

 そんなニンフを見て、ホワイトがふっと、気を許すように笑う。


 彼の思考には、少し理解できない部分がある。善良なのか、悪よりなのかも?


「高貴なものはおいそれと謝れない。裏を読まないと、彼を理解するのは難しい」

 アレックスはそれだけ言うと、剣を出し「では、行こう」と、先陣を切って歩きだす。


「はい!」と、言ってダークエルフさんは彼に続く。

 今回は試験的に、彼女をもとの前衛の位置に戻す。


 それはアレックスの言いだした事で、彼女が出来ると言った。

 だから、彼女はその位置に戻った。


 森と、あの家の境目、その木の影にクリシラが居た。

「マーストン!? セラティー!」


 そう言うと、サラティーの所へ飛んで行って彼女の、白い装備を掴む。

 そしてこちらに振り返える。


「なんなの? なんでこんな所にエルフがいるの? あんたに関係あんの?」

 その手は、ダークエルフさんを真っすぐに指さす。


 パーティー全員が彼女を隠すように前に立ち、セラティーがクリシラの肩に手を置く。


「クリシアの気持ちはわかるけど、そんな事を言ってはだめだよ」

「でも、おにいちゃんが捕まってんのよ? なら、助けてよ! セラティー」

「わかってる。わかってる」

 そう言ってクリシアの背中を擦る。


 ここで、現状を知っているのはクリシアだけだ。

 だが、ここで無理に彼女に聞きだすのは、得策ではないと言う話になり、しばしこの場で休憩する事になった。


 今、一応、セラティーが落ち着かせるためについている。


 しかし、彼女は泣くばかりで、中にレイソンの事を考えると、無理に聞きださず、安全を考えて帰還させた方がいいかもしれない。

 けど、無理だろう。彼女は兄を……このままにしておけない、違う事を考えることにする。


「ホワイト、セラティーが感覚を遮断する魔法を張っているが、中のエルフは気付いてるか?」

「そりゃー気づいているさ、エルフを甘くみないほうがいい。と、言いたいところだが、僕は人間界の文明の速度に慣れ過ぎていて、わからないよ」


 そう話す彼の、片眼鏡の奥からはどんな感情かも読み取れない、薄いブールの瞳がアレックスを見ている。

「彼は狩るものだから、敏感さは……、けれどこの空間が彼の作りだしたものなら、あるいは……」


「とにかく、ホワイト様、来ていただいてなんですが、本日、救助が優先ですのでそれが解決するまでは、無用な揺さぶりはおやめください」

「わかっている、僕を誰だと思っているんだい?」


 ラドルさんの言葉に対し、その早い返答の返し……に、マーストンたちは顔を見合わせる。


「ありがとうございます。では、【世界樹の葉】の皆様は、救助の優先、何よりお早くお願いします」

 うーん、たぶん、ホワイトが行動を起こす前にって事だ。

 ホワイトの守りを考えた方がいいのだろうか? しないでいい守りでは……、戦闘の邪魔になる可能性もある?


 その時、カサッ、と音がしてクリシアが立ち上がり剣を出した。

「いいかい、クリシア? 今回のクエストのメインは、君たちの救助だ。敗者は緊急の場合を除き、次の挑戦者より前へ出る事は許されない! 君の冒険者なら覚えているよね?」


「クッツ、知ってる」

 彼女は悔し気に、顔を歪ませる。


「それを踏まえて、君の兄を退かせることは?」

「わかってる。やるだけ、やってみる」

「頼んだよ。ここでレイソンが下手を打つと、次の救出が見込めなくなる可能性がある」


「わかってるってば!! ……………………ごめんなさい……」

 クリシアは、セラティーに大声をあげたが、その後、幽鬼のように立ち尽くす。

 彼女は、限界だ。誰が見てもわかっただろう。


 けれども、止める者はいない。冒険者だからだ。


 続く


見ていただきありがとうございます。


またどこかで。

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