閉じ込められていたダークエルフさん
ギィー…………、そう扉は音をたてて開く。
闇の妖精の住処
助けて、絶え間なく、聞こえる叫び。
マーストンは闇の妖精の住処だと思われる小屋へ足を踏み入れて、息を飲む。
酷いありさまな小屋で、その室内では、「あけて」という助けと願う声が、より悲痛さを増して、今も続いている。
まわりで飛ぶ水の精霊を、目で追う。
感知されるような、危険はない。
そして深く深呼吸するとし、ゲホゲホと、咳こむ。ライト石を掲げれば、光に当たりどこから流れる風とともに、白く、小さな埃が、暗闇の中をまっていた。
無意識に、眉間に皺がよっていたことに気づき、うんざりする。
歩きだせば、軋む床、注意しなければ、腐った床下に足、いや、体ごと落ちるかもしれない。
乱雑としたものの中に、口が開き中身を抜き出した鞄が、落ちている。
光を掲げると、キッチンと思われる場所にも、幾つかそれっぽいものが、集められて置かれている。
「ふむ、…………魔女は、ここにはいないか……」
そう、キッチンを見てマーストンは、一人呟く。
叫び声は玄関から廊下を、まっすぐに進んだ先から聞こえる。
しかし彼は廊下と地続きの、キッチンを考え込むように見つめていた。
――「声のぬし」
その声のする扉の中に閉じ込められているのは、ヘンゼルとグレーテル?
彼らは魔女に閉じ込められていた。本当に声の主は、そんな弱者な存在なのか?
腐った食べ物の臭いは、生存者がなんとか生きていけるほどの生活環境だったかが疑わしい。
しかし、彼はやはり声のする方へ進むようだ。
廊下はまっすぐ続いていて、声の主の所まで、思った以上に早く辿りいてしまった。しかし今でもマーストンは、2階へと続く階段の下にある扉の前で考え込んでしまっている。
扉からは引っ切り無しに「あけて」と声が続いている。
叫び声は「あけてー!」と、だけ、僕が扉の前に立った事で、その声の大きさと、回数が増えた。だが、それだけだった。
――普通だったら、怪しく、その扉を開けることに戸惑うだろう。そして僕も戸惑い、迷っていた。返事自体が禁忌な魔物もいる。
そう考えながら、僕は右側にある階段の下にある扉と、窓の下にある左側の壁の足元付近、それをつなぐ様に前方に右から左へと視線を動かす。
そこには木が渡され、扉を開けれない様に支えている。
――扉は中の人物にはあけられない。やはり、扉を破壊できない程の何かが、閉じ込められている可能性が高い。そう考えた時、心臓がドクッっと大きく動いた。
ふぅ……心臓は、決めてしまったらしい、僕が扉を開けると。
そして心臓に従い、僕は扉を開ける事にする。
きっと闇の妖精に『声の人物』が、閉じ込められている。
そうなら、不快になる想像しか出来ない。気が重い。だが、やらなければいけない事だ。
――そう、開けなければならない!
僕は高い位置になっている方、扉側の棒を蹴り上げた。
そして扉は自由になる。
僕は思いっきり、壁側を通り後ずさった。
ライト石を光る側を下にして、手に持つ。
ギィイィ…………。中の人物が力を加えたのだろう。
扉は外側へあっさりと開いた。
そしていざという時は、逃げるか、不意打ちをして逃げようと、思っていた僕の前に、褐色の手が現れる。指先は細い。
そして黒髪で、水色の瞳のダークエルフが、扉のあった空間から、顔だけ出してこちらを見ている。
――顔だちから、僕と同じくらいの年齢に見える。なら180歳くらい?
彼女は、彼のライト石の光に、少しだけ目を細めながらもこちらを見た。
迷宮での罠を発見するためにも使える。って品物なので、下へ向けていても、光はなおも明るいようだ。
ダークエルフの女の子は、ボロボロの男性服の上下を身につけていた。
パジャマにも見えるそれを着た彼女は、今、目を見開いてマーストンを見ている。
そしてマーストンも同じように彼女を見ていた。
――彼女は、挿絵で見たダークエルフそのままだった。彼女の黒く長い髪、褐色の肌、いつか見たエルフよりも、彼女からは野生的なしなやかさを感じる。
そして気品のようなものも……。初めて見る、ダークエルフの彼女から感じていて……やはり目を離す事は出来なかった。
「こんにちは」
「あっ、あぁ……こんにちは」
慌てて、僕も挨拶した。
普通のダークエルフは、魔法に優れ、野生的というか、孤高の種族で、人間に敵対してると聞いたことがある。
しかし彼女は今は、ただニコニコと笑うだけだ。
「わたしは おてつだい します」
「君、おとうさんと、おかあさんは?」
「うん?」
話してみると、最初の印象とは違い、柔らかさのある。
子どものような可愛らしさで、彼女は首を横に傾ける。
嫌な予感がもくもくと頭のなかで雲を広げる。彼女は僕と同じ精神年齢だとしても、幼すぎるようだ。
『チェンジりリング』、『妖精の取りっ子』
そんな言葉が僕の頭に浮かぶ。
妖精が、どこかの家の子どもを、自分達の子ども交換して召使にしているって話。
僕の子どもの頃、いや、もっと昔からある怖い噂話。
今でも、年に一度は聞く定番な怪談話だ。まぁ妖精と言ったらそれだろう。
『やってくれたな――!? 何やってるんだあの妖精たちは! 普通でも少ないダークエルフを探し出すのも難しいのに、その子どもを親の元へ帰すのは到底むりだ!?』
心の中でそう叫んだ。顔に出さないことは大変難しい。
彼女の過ごした年月を考えれば、怒らないでいられる方が難しかった。
いや、取り換え自体駄目な事だが、年月の大きさに、そりゃーどうしても怒りに囚われてしまう。
だからか、ダークエルフさんは、一瞬、彼の顔を見てうん? と、言う表情をした。 そしてすぐ後、少しだけにっこりと笑った。
――その表情に少しだけ陰を、僕は勝手にみいだし、心臓の辺りがぎゅっと握られたように重くなる。
彼女の今までの人生で培った。意志の通じない、闇の妖精と過ごすための処世術の様に、僕には見えたから……。
しかし……いくら今、彼女に同情しても、Bランクパーティーを抜けたばかりの僕に、何が出来るのだろう?
僕自身は忙しさにかまけて、この2年間、ギルドの進級審査を受けていない。
チームランクがチームメンバー違えば、そのメンバーは進級検査を受けることが、必須なのに、それを僕は怠ってきた。
だから、ランクも2年前と変わらず、Dランクだ。
進級ランク試験は半年に一度開催される。
最高2回、合格すればいいかと、安易に考えていたから……。
――あぁ――もぉ――!? と、鼻先に痛いほど、左手の人差し指を押し付け考え込んでいた。
「あの、あの、お腹痛い?」
目の前をみると、ダークエルフさんが僕の顔を覗きこみ、僕を心配している顔だ。
「あ……大丈夫です。癖なので、気にしないで」
本当に悪い癖が出た。無暗に、厄介事に足を突っ込む悪い癖だ。
パーティーからたぶん追放され、今度はダークエルフの取り換えっ子なんて、僕の手に余る。
――身分不相応だ。
「ダークエルフさん、取りあえず僕と町にいきましょう」
「うん、いく」
彼女は、素直にそう言った。僕は逆に倒れそうになった。見ず知らずの異性に簡単について行く、女の子なんて大変なことになる。
そしてマーストンは頭を押さえながらであるが、彼女の手を取る。
彼女は裸足で、靴も履いていない。
彼女の身なりを整えたら、念のため朝を待って出発しょう。
きっと、僕に出来ることは、彼女が幸せな明日へつながります様に……。
そう祈ることだけ、彼女とは町長か、ギルドの受付に相談すればそこでお別れ。
あとは、居場所を失った僕という召喚師の居場所を、見つけるのが精一杯。
……なのに、なぜ、美味しそうに僕の非常食を、水で煮詰めものを食べるダークエルフさんに、心が痛むのか。
気が重くなりながら、僕は彼女を見ている。
続く
見ていただきありがとうございます!
またどこかで。




