彼女の正体の手掛かり
子どもの頃の夏、じりじりと焼け付くような砂場で村の子どもが集まっていた。
買い物帰りの僕とニンフは、見かけは同じ年頃だったが、彼らとは遊ぶことなく、その横の道を通り過ぎた。
だから、僕らは見ていただけだった。
彼らが蟻の巣へ、バケツに水を入れて流し込むのを。
そんな彼らに興味を示し、彼らのもとへ行こうとした。ニンフの手を強く引いて僕は家路を急いだ。
◇◇◇◇
「おい! そこのお前、えっとー名前が出て来ない、取りあえず動け!?」
イックが、僕に向かって、大声を張り上げていた。
「あぁ……、今、ちょっと昔の事を思い出して……」
「何も無い内から、走馬灯を見るな!?」
ガァ――ン!!
音のする方へ目を向けると、僕らの前では、迷宮の迷路の壁!、壁!、壁! その中で、ミノタウロスが斧で振りまわし壁を砕いている。
そこには壁に突き刺さる斧と、飛び散ってくる瓦礫!
壁へ斧がくい込み、身動きができなくなったその刹那に、懐へ飛び込むラスクたち前衛を、驚く速さでそいつは斧で凪払う。
そんな碌な抵抗も出来ず、蹂躙されてしまいそうな未来が、過去の思いを浮かび上がらせたのだろう。
魔法も何回か、斧で威力を反らされ、不発に終わっていた。
皆、怪我を負っているが、ヒーラーのノロシは動かない。
各人、怪我を瞬時に癒すだろう、薬を使う者も居ない。
ミノタウロスを倒すための光明は見えず、僕らは長期戦を覚悟していた。
考えろ! 考えろ! 考えろ!
コイツの破壊力と速さで、魔法の岩で囲むのは難しい。
僅かな時間も止めておけず、回避される気配が濃厚。
風の魔法は、心地良さを与える程度だ。
黒魔術師のイックの奥義では、壁が張り巡らされているめているここでは、確実に僕らを巻き込むだろう。
それと同じ理由で、ウンデイーネもだめ。
「足を止める、お前らいさぎよく逝ってこい!!」
イックが魔法陣を描き吠えた。
「イックー! 僕は生き返らす事は出来ないよー」
そう小声で言う。ノロシに……。
「そんなの知らん! 『誰そかれ、影から生まれた者は、だいたい友だち』【影打ち!!】」
――迷路に明かりを灯す松明がいっせいに燃え上がる。
ミノタウロスの影を深く浮かびあがらせ、影を伸ばした。
ドス!ドス!ドス!ドス!
その時、音とともに、影から、先の鋭利な杭の先が飛び出てくる。
またたまに、ミノタウロス影の中から串刺しに、その中の一本が、影を突き抜け天井を砕きながら深く刺さった!
「回転切り!」
前衛の攻撃が一斉に開始された。
ラスクが体を回転させ大剣を振り回し、ミノの横っ腹を激しく切りつける。
そのラスクさんの肩を踏み台し、ダークエルフさんが真上から炎の剣技で攻撃し、素早く退避する。
そして気が付けば、ミノタウロスは腹を大きな風の力で攻撃され、そこを押さえくの字になってそのまま倒れ込んだ。
「穿て、……」
魔法の詠唱の途中で、聞きなれない音を聞く。慌て詠唱を中断し、辺りを見回した。
パチパチパチパチ、その音は……拍手のようで、迷宮で拍手と困惑だけが広がる。
「おぉ……やっとお嬢様の気配を感じ取れたと思えばこんなところで、素晴らしいお嬢様を守る騎士は皆様、御強いですね」
正体不明のある程度年齢を重ねた男性の声。
その声だけが、この迷宮に響いている。
それ以外はなぜか、とても静かだ。
そして気付くと死にゆくミノタウロスの上に、エルフがいた……。
しかしその様子は一瞬で消える。
エルフの重みに耐えかねた様に、ミノタウロスの体が飛散してしまったからだ。
あのミノタウロスが?
黒いスーツを着た白いエルフ、彼は執事のような身なりで、背筋が伸びていた。
そして僕の視線は、ミノタウロスが居た場所の向かって右を陣取っている、ダークエルフさんへ自然と向かう。
僕の視線を追うように、その白いエルフがダークエルフさんの前へ来て対峙した。
彼女の前に立った彼は騎士が、主人へするように彼女の前でうやうやしく跪いた。
だが、次の瞬間――。
彼女はそこにおらず、
ニンフ、彼女がダークエルフさんの手を引いて、僕のところへやって来た。
『頼んだわよ』彼女は僕の顔を見てそう言いたかったんだろうと思う。
すぐに僕の後ろへ隠れた。
「貴方は誰ですか?」
白いエルフは「おや?」って言ったのち、こちらを見たので、僕はそう尋ねた。
1対1は部が悪い。しかし皆、動けないのか動く気配はない。
「答えられません」
――そんなのありかー!?
「じゃー彼女が誰かだけでも!」
彼は値踏みする様に、僕を見る。
「クリスティーヌ様は、自分の名前をご存じないので?」
「はい」
そこで彼は初めて少しだけ、顔を歪ませて「お小さかったですし、仕方ありませんが……許しがたいことです」
――これは彼女がどこに居たか話したら、憤慨して僕らは八つ当たりで殺されはしないだろうか?
人種の差は、今のところを易々と倫理を飛び越えてしまう。
「怖い、僕はどうすばいいんだ」
「どうも、しなくてもいいのです。ここへ連れて来てくれて来た事に敬意を払いましょう」
「彼女を連れて行くのですか?」
「もちろんです」
話はここまで、ようかもしれない。僕はポケットの中を探る。
「えっと……彼女は、『妖精の迷い森』の迷い居たんです」
彼の眼光は、僕を警戒して厳しい。
「そこで妖精の夫婦に、物置小屋の中に囚われていました」
彼の顔色が変わる! 不幸な日々を想像したのだろう。
だからそれ見越して投げた大豆は見事彼に当たる。大豆だしね、警戒してもなかっただろう。
「こんなものを?」
「今だ、ニンフ! 成長させて!」
ニンフが地面に触れると、地面に接触していた豆から発芽していく。
それと共にまわりから、ドサッ、と、重いものが落ちる音がした。
「大丈夫か!? マーストン」
「全然、大丈夫ではありません! 前方に魔方陣が出ています! すぐ、この階を脱出しましょう」
「荷物は!?」
「命が欲しければ、置いていって下さい」
「くそっ!」
質問したノックさんの罵声が飛び、アレックスが進むように促している。
「ダークエルフさんは誰より早く、脱出してください!」
「でも……」
「……彼の話を聞きますか? 僕も一緒に残ってもいいですが、庇ってくださいね」
僕は出来るだけ、彼女の負担にならないように努めて、明るく言う。
「いいえ、剣を握るものは、一番、最後にでなきゃ」
――あぁー。そう言うこと?
「今回は、他人に譲ってください。行ってください!」
ニンフの力は大豆を成長させて、花開かせて、再び大豆を作り出している。
単純だが、詠唱する隙を与えなければ、目の前の紳士はなんとかなるようだ。
最後アレックスだけ、残ってくれるようだが、退避はほぼすんだ。
「ニンフ行くよ!」
小脇にかかえ走る。しかし彼女からの力を得ることが出来なくなれば、やはり大豆は脆いようだ。
後ろからぶちぶちと、蔓の切れる音が響き渡り。幾分も時間は稼げないようだ。
「待ちなさい! 私の言う事に何故、もっと耳を傾けないのですか?」
「俺たちを行動不能にして、何言っているんだ?」
「うるさい人間の分際が!」
「そんなエルフ至上主義も、何とかしてください」
そう僕が叫び終わったところで、地上だった。
アレックスがすぐに出てきた。
はぁ……とため息とは違う、安堵の気持ちが漏れ出て来た。
そしてニンフも安心したのか、僕の鞄を指さして、ちょんちょんと触っている。
「お疲れ様でした。ニンフ」
甘いハチミツ水を彼女に差し出すと、それを2つ受け取り、ダークエルフさんに手渡して、一緒に飲み休憩している。
そしてアレックスに手渡しながら――。
「ところで、ダークエルフさん、さっきのエルフの執事は誰か知っている?」
ニンフの隣でしがみなから、彼女の頬っぺたをちょん、ちょんしていたダークエルフさんは、「わからないです」と小さな声で答えた。
「では、クリスティーヌについては?」
そう言うと、彼女は胸を押さえ立つ。顔を上に向けていた彼女は、下を向き「わからないです……。でも、胸が……、いえ、やっぱりわからないです」
「うかつな事を言えないけれど、胸が響く、温かくなったとかした時は、自分の気持ちを大事にした方がいい。きっと君の心の何かを捉える何かがあるはずだから」
「では、少し考えてみます」
彼女はそう、心にしまい込むように答えた。
しかし……そんな会話をしていた『ブラックファイア』は、大惨事のようだ。
「すまん……分配前の、前回のクエスト代あっちの鞄に入れっぱなしだった……」
「あぁ、それは良くない。良くないよ!」
「大切なものはヒップバックに入れておくのが、常識だろう」
そうノックさんに、無口な2人が雄弁に語りかけていたのだった。
続く
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