取り残された者は、自問自答を繰り返す。
「マーストン、今頃起きたのか?」
まばゆいばかりの朝の光の中で、マーストンの祖父は、彼に優しく微笑んでいる。
「えっ、あっ、はい。おはようございます」
いつも着替えて、階段を降りてくる彼は、この状況と自身のパジャマ姿に戸惑い、自分の体を見回していた。
しかし彼は祖父と話す事を優先し、ここにとどまる事を決めたようだ。
祖父は、彼と同じ金色に近い茶色の髪と、緑の瞳。
そして痩せてしまった今では、上等な背広は、少しだけぶかぶかになってしまっている。
こじんまりした室内には、質の良い飾りのない家具が置かれ、クリーム色の壁紙がそのまわりを彩っている。そこに取り付けられた棚には、穏やかに笑っている家族の写真が数多く並んでいる。
そう言えば、仕事で飛びまわっている、両親とはしばらく写真でしか顔を合わせていない。
部屋の中央のダイニングテーブル、その上には硝子の一輪挿しに飾られたマーガレットからは瑞々しい蜜の香りがただよって来る。
それは窓から見る事のできる、咲き誇っている祖父の自慢の花々の中にも、それは植わっていた。
視線を戻すと、いつの間にか、先ほどのダイニングテーブルには料理が並んでいた。
――あれ? そう思い瞬きを繰り返す彼に、祖父は優し気に笑い、席に着くよう椅子を引いて、自分の席へと向かいすわった。
席に着いた彼の前には、
焼いたハムを乗せた半熟のとろとろの目玉焼きと、レタスとプチトマトの瑞々《みずみず》しい野菜サラダ。
そして少しだけ気の早い淹れたて紅茶の、まろやかな香りが漂いマーストンの気持ちを、少しだけ落ち着かせてくれていた。
「おはようございます……今日もなんだか眠たくて、休みなので、少しくらいは……と、思っていたらついついこの時間です。お待たせしてすみません」
そう言葉を選び伝えた。
祖父は僕の言葉に、2回ほどうなずく。
それを見て少しだけほっとしながら、机のより前へと椅子を引く。
「では、いただきます」と、だけ言い、目の前の紅茶を少しだけ飲む。
…………うん!!!!???
口いっぱいに広がる、独特の苦みのある味わいが、僕の脳天まで突き抜けた!
◇◇◇◇◇
「ぐはあぁ!?」
マーストンは、その口いっぱいに広がる、何とも言えない苦さで飛び起きた!
彼の手の下には、落ち葉がふかふかにおりかさなっている地面があった。
どうやら、その上で眠っていたようだ。
そして彼の前には、ふわふわとした金の髪、落ち着いた色合いの町娘の着る、服を身につけた精霊の娘が立っている。
彼は彼女と会話をする前に、精霊の娘の越しに、今も苦さを伝える口を抑えながら、周りの様子をうかがっている。
空は木々に覆われ、今が何時なのか見当もつかない。
そして彼の視線はふたたび、彼を心配そうに見つめる、精霊の娘のキャラメル色の瞳へと移った。その瞳を見つめてた彼に、眠る前の記憶が蘇ったようで、彼は小さくため息をついた。
そして片足を膝を引きよせ、その膝を掴まえるように両手を組む。
そうやって落ち着くとニンフの右手には、いつもの薬草の葉が1枚。
もう一方の左手も、僕の方にのびてきている所だった様で、彼女は変な姿勢のまま固まるように止まっている。
きっと左手は、僕の口をあけるため、いつものように鼻をつまもうとしていた最中だったに違いない。
そう思うと夢の中の味が、苦みがまして、余計に舌をピリピリと麻痺させてくる。
――だが、
きっとその苦さに見合うだけの薬草の効力で、魔力と、体力の回復もしばらくすれば始まる。
「あぁ――まずかった、ですが、助かりました。ニンフ」
「…………」
苦さを逃がすように、彼は大きく息をはきながら、ニンフに礼を言った。
舌の痺れ具合はまだあるが、彼の言葉はきっとニンフに伝わっているだろう。
そして寝ている間に口に咥えていた、薬草をなんとか咀嚼し終え、彼女に苦笑いにも似た笑い顔を向ける。
彼女もぎこちなく笑うと『おかわりどうぞ』と、言いたげに、右手に持つ苦い薬草を、彼の口へと押し当てた。
あーんというより口を開ける彼に、彼女はいつも通り無言で、薬草を彼の口へと突っ込む。
――まるで、ひな鳥の餌付けだ。僕は飽きもせず、そう思う。
僕とニンフの出会いは特殊で、その関係が、幼馴染というまるでチョココーティングのような甘さに包まれ成り立っている。
改めてそんな事を薬草の苦さに耐え、それを飲みくだすまでじーっと、見つめて来る、彼女のキャラメル色の瞳を僕も見ながら考える。
たぶん、こんな日だから余計に。
僕は膝を抱えて、その後味の悪さに耐えていた。
しかし…………それに見合うだけの、体力と魔力の回復を、心臓の辺りから感じる。
ぽかぽかとした温かみまでするし、もう薬草は僕の血肉となって回り始めているだろう。
ここまでくれば、後は問題はここに居ない彼らのことだ。
「あのレイソン達を知りませんか?」
しかし目の前のニンフの瞳は、僕の質問に反応も示さない。
瞳は左右、どこらかしこに忙しく動き、彼の体調を入念に確認している。
――僕はまだ、本調子ではない? どうなんだろう?
マーストンは自分自身の様子を探るのと、辺りの様子をふたたび探る様に見るが、森の様子は静かさと、暗闇に覆われ、ポケットに入れられたライト石の光は弱くなっているように思われた。
森の静けさの中で、時折、鳥のさえず声が聞こえる。意識を澄ますと、それらが急に彼の感覚の中に大きな音として伝わるが、人の歩く様子はない様に感じた。
「禍々しさが消えている……、闇妖精は討伐されているだろうな……」
けれども、何度も、辺りを見回してレイソンたちを探すけれども、彼らはどこにもいない……。いない事実は、決して変わることはなく、彼はそのことをやっと受け入れたようだ。
――闇妖精たちは旅人の金品を奪っていた。それを生活の糧にしていたはずだ。それを蓄えて、使用していた家を探しに行っているのかもしれない。
「そんなわけないか……。クエストにはそこまでしろと書いていなかった。きっと置いていったんだ。はぁ……」
ふたたび、地面に寝転がり、ため息をついていた。木々の景色の中に、青い空が混じっている様な気がする。
そう感じるのは、まだ仲間が少しその場を離れただけという希望を捨てられないからだろうか? と、そう彼は考えずとも、そう彼は感じている。
――しかしあの向こうに、青く素晴らしい空が広がっていても、晴れ渡るような気分には当分なれないだろうな……。
◇◇◇◇
――それにしても……、彼らは僕をお置き去りにした。
そのことについて、良心の癇癪や、少しの後味の悪い気持ちで、引き返して来てくれはしないだろうか?
しかしこの森から町にかけては、木こりや、旅人、通りすがりの冒険者、多くの人々が日常的……って言うのは言い過ぎだが、まぁ通るだろう。
そのために魔物も狩り尽くされている。
町中と変わらず、安全ならば、迎えを期待するのは無理か。
ゆうつうな思いに、ため息がひとつこぼれた……。
思い返せば、僕が物心がつくと、祖父も、両親も立派な人と言われる人たちだという事を感じてそだった。
そんな家族の家に生まれた僕の役割は、立派なモリッシャー家の息子って役だった。
そして僕はのどかな村で浮いた存在になり、友達と呼べるのは妖精のニンフだけとなっていた。
そんなものだ、と思いつつ、期待に胸を膨らませ村から出れば、確かに、僕を立派な両親を持つモリッシャー家の息子として、遠巻きに見る人々はいなくなった。
でも、僕はもともと下手だったんだろう。友達作りってやつが。
ギルドで僕はレイソンたちにスカウトされ、試しにパーティーを組んだだけだった。
その際に、不適合なヒーラーという職をするのだから『回復についてはまかして欲しい』と、お願いしたのに、それは叶わないまま終わってしまうようだ。
――結局、僕と、レイソンとは、分かり合えなかった。
しかしそこは戦場での、働き方の違いだろう。
後悔だけが引っ切り無しに、頭に浮かぶ。
結局、こうやって、戦闘職と回復を司るものが乖離していく。
それは初歩的な冒険者のパーティーの動きでやったはずだ。
そして答えが答えはこうだ。
『互いが、互いを思いやり、行動する事。みんなは一人のために、一人はみんなのために』
三銃士! その中に回復職はいない。
僕はどうするべきか、その答えは導き出されていないことを今、改めて思い出す。
――そろそろ、答えが出ているかも? 今度、ギルドで確認してみよう。
あぁ――2年の歳月はなんだったんだ。
いつかは……、いや、僕らはもう友だちかもしれない。そんな気持ちを感じた時はもちろんあった。
だが、2年パーティーを組んだ仲間に、見捨てられるって……。
彼らは、友だちではなかった。……のかもしれない?
「一体、何が駄目なんだろう……やはり『愚か……』だったかもしれない。『君は人を下に見ている』って先生に注意されたことがあったような、なかったような……」
心の淀みが、口から思わず溢れ出た。
それを始めとして、次々悪い未来を連想していく。
どうせ、ここから歩いて帰っても、時間的にはそう変わらない。
この森のどこかにあるだろう家を捜しだす。
その方がギルドのへの報告も精度が増すはずだ。
ついでに、帰宅のためのスクロールでも、見つけられればひとまず、落ち着く事が出来る。
だが、そんな旨い話はないだろう。
とりあえず、ギルドの調査があるかどうかも不明だ。
しかし事前調査をしていれば、決めやすいだろう。
そう思い、闇の妖精の住む家を探すべく、彼らが好みそうという理由で、今よりも深い森の茂みの方へと、重い足を引きずりながら――マーストンは歩き出した。
暗い茂みのなか、先の様子は見えにくい。
土の匂いと葉のしけった匂い。どちらかというと、好ましい匂いの中、彼は進んでいく。
そしていくらか歩いたところで、枝と枝の間の僅かな空間に入り込み、無理やり抜けることになる。
「あっ!…………」
その先には、突然ひらけた土地があった。
緑の芝生ひかれた庭と、その横に人参を始めとする、数少ない野菜たちが植わっている畑。
そしてその奥には人の住めるだろう、木で作られた小屋。
木々の天井が無くなったその上には、猫の爪のような月が、数多くの星の中で鎮座している。
「夜か……」
もしかしたら結構遅い時間帯なのかもしれない。
胸の内ポケットの懐中時計を見ればわかるが、今、わかったからと言って、どうしょうもない。
「うぅーん、妖精が住むには人の住処らしく、人が住むには変な風に乱雑で……そして困ったことに、中から人の声か……」
『あけて――、あけて!』と、その声は言っているようだ。
辺りを見回しても、神出鬼没のニンフはもう居なくなっていた。
一人になったマーストンの胸の奥に、森の寂しさは刺さり、そして心は音がするように軋んだ。
そんなかれは彼に助けを求める声を見捨てる事はできなかったようだ。
彼の足は自然と、声のする小屋の方へ進んで行く。
芝生の上を革靴で歩き、ギシギシと音をたて、玄関のステップを上がっていく。
――もしかしないても、床は腐り抜け落ちるかもしれない……。
彼は覚悟を決めて、玄関のすぐ横の窓から覗くも、暗がりで何も見えない。
そう確認している間も、助けを求める声は止むことはない。
――普通じゃない。僕の足音は中まで伝わっているのか? たぶんそれはないだろう……。誰も助けが来てない状態で、助けなんて求めるのかな? 消耗するだけなのに……。
ウエストポーチのポケットから、試験管を出して蓋を開ける。
魔力の消費を抑える、一番簡単な水の精霊の呼び方。
試験管からたち昇る、冷たさのある水。
それはシャボン玉のような姿へと、次々と変わっていく……。
月の光を食べて、少しだけ発光しているかのように、それは淡く光る。
そして彼らは、マーストンを守るようにまわりを飛びはしゃぎあう。
不測の事態に対しての対策は済んだ。
けれど武器を手に持つ冒険者に、守って貰わなければ、命の危機から逃げられない、召喚師にはそれが精一杯。
――速攻性のある攻撃方法も覚えるべきだろうが、契約がなぁ……。
戦闘準備…………、いや、それほどの力はあるのか? ともかく、逃げるための時間稼ぎの用意は出来た。
家の中へ入る前に、ウェストポーチから新しいライト石を取りだす。
魔力は残り少ないが、ライト石を使う分には、気にする必要はないだろう……。
ライト石の、光に照らされた扉は、目の前の1つの蝶番が取れかけている。
――精霊は扉を開けなくても、通り抜け出来るからなぁ……。
そしてマーストンは扉に手をかけ、扉をゆっくりと開ける。
ギギギィ――と音はたてて開いたが、声の人物が出入りしてるのか、開けにくさは感じなかった。
そして彼は第一歩を踏み出す。ギィーぃーと、その床は軋んだ。
続く
見てくださりありがとうございます。
またどこかで。




