サバイバルゲーム
かつての大戦の際には激戦地だったと言われている太平洋に浮かぶ小島、今では無人島となったその地でのサバイバルゲームは、陽太たちが今まで体験してきたいかなるゲームを超える最高のものになるはずだった。島に向かう船上で仲間たちみな興奮を隠しきれずにいた。
この日のサバイバルゲームはチーム戦ではなく個人戦で行われることになっていたため、島に上陸するとすぐに、仲間は森の中へと散っていった。
陽太も遅れまいと深い森に足を踏み入れた。しかしその瞬間から、楽しい時間は悪夢へと変貌した。木々のざわめきにかき消され、気づけばそこかしこに感じられていた仲間たちの気配はどこにも感じられなかった。もうゲームは始まっている。銃を握る手に汗が滲む。
だが、いくら進んでも途切れることのない森の中で、いつまで経っても誰一人として仲間と出会うことはなかった。森に入って彼此2時間が経ち焦燥感が募っていく中、唐突に感じた背後から忍び寄る気配に、陽太は振り返った。
仲間の誰か、そう思ったが、そこに立っていたのは、全身が泥と汚れにまみれた異様な男だった。古びた軍服を身につけ、錆び付いた銃を陽太に向けている。男の目は濁り、生気を感じさせない。次の瞬間、乾いた銃声が森に響き渡り、陽太は胸に鈍い衝撃を受けて地面に倒れ込んだ。
どれほどの時間が経ったのだろうか。陽太が意識を取り戻すと、あたりは薄暗く、先ほどの男の姿はない。信じられないことに、身体には銃弾を受けたはずの傷一つ見当たらない。あれは幻だったのだろうか。混乱した頭でも、まずは仲間たちと合流する必要があると考え、再び重い足取りで森の中を彷徨い始めた。
しかし、どれだけ歩いても仲間は見つからない。それどころか、森は深く、陽太の不安を増幅させるように静まり返っている。やがて、木々の間をぬけると陽太は開けた場所に出た。そこに佇んでいたのは、風雨に晒され朽ちかけたボロボロの木造の小屋だった。そして、その小屋の前には背中を丸めた一人の老人が立っていた。
老人は陽太の存在に気づくと、ゆっくりとこちらを振り返った。その顔は深く皺が刻まれ、目が窪んだ顔はまるで能面のようだった。不気味なほどに生気が感じられなく、陽太は本能的な恐怖を感じ鳥肌が立つの抑えられなかった。
「こんなところで、どうしたね」
老人の声は嗄れ、まるで枯れ木が軋むような不快な音だった。陽太は警戒しながらも、助けを求めようと口を開いた。
「あの、仲間とはぐれてしまって…」
老人は陽太の言葉を遮り、乾いた笑いを漏らした。
「仲間?ここには、お前さんの仲間なんかいないよ」
陽太が戸惑った様子を見せていると、老人は小屋の扉を音もなく開いた。
「さあ、入りなさい。こんなところで彷徨いていても仕方がない」
老人の言葉に抗う間もなく、陽太の足は小屋へと吸い寄せられるように動いていた。戸口をくぐると、じめじめとした空気が肌を這い、鼻をつくカビ臭さが陽太の不安を掻き立てる。小屋の中は薄暗く、蜘蛛の巣が張り巡らされ、長年手入れされていないことが一目でわかる。中央には古びた囲炉裏があり、微かに赤い火種が残っている。
「ここに座りなさい」
老人は低い声で促し、囲炉裏のそばの古びた座布団を叩いた。陽太は警戒しながらも、他に選択肢はないと感じ、おずおずと腰を下ろした。老人は陽太をじっと見つめ、その目はまるで獲物を定める蛇のように冷たい。老人は陽太の向かいに腰を下ろすと訊いた。
「お前さんは、ここで何をしているんだ」
あらためて老人に問われた陽太は、サバイバルゲームをやりに仲間たちとこの島に来たことを説明した。そして仲間とはぐれてしまったこと、先ほど軍服を着た男に襲われたことも話した。老人は黙って陽太の話を聞き終えると、再び乾いた笑いを漏らした。
「サバイバルゲーム、ねぇ。面白いことを考えるものだ」
その言葉には、陽太を嘲笑するような響きが含まれていた。
「この島はな、昔から『還らずの島』と呼ばれておるんだ。一度足を踏み入れた者は、二度と生きては還れないとな。だから誰も近寄るものはおらぬ」
老人の言葉に、陽太はぞっとした。まさか、自分たちはそんな場所に足を踏み入れてしまったのか。
老人はゆっくりと立ち上がり、壁際に置かれた古びた大きな木箱に手を伸ばした。
「お前さんたちの仲間にもな、皆ここで同じことを訊いたんだよ」
老人が木箱を開けると、中から出てきたのは、見慣れたサバイバルゲーム用の装備だった。使い込まれたリュックサック、迷彩柄のジャケット、そして、陽太のチームのエンブレムがついた帽子。それらはどれも泥にまみれ、所々破れていた。
「こ、これは…」
陽太は驚愕した。これは間違いなく、仲間たちのものだ。では、彼らは一体どうなってしまったのか。
老人はゆっくりと陽太の方を振り返り、その手には先ほど軍服の男が持っていたものとよく似た、錆び付いた銃が握られていた。
「この島ではな、戦いがずっと続いているるんだよ」
老人の目は、先ほどの能面のような無表情から一変し、狂気に満ちた光を宿していた。
「生き残るのは、たった一人だけだ」
それの瞬間、陽太には何故かはわからないが全てを理解できた。あの軍服の男も、今目の前にいる老人も、この島の住人などではない。彼らはこの島でずっと戦いつづけていたのだ。この島全体が、狂気に満ちたサバイバルゲームの舞台と化しているのだ。
乾いた銃声が再び小屋の中に響き渡った。しかし発射された銃弾は、陽太ではなく、老人の肩を撃ち抜いた。陽太は震える手で、自分のエアガンを信じられないといった表情で見つめた。だがやがて陽太はエアガンの銃口を老人に向けて必死に叫んだ。
「そうか......わかったよ。これはただの遊びなんかじゃない。生死をかけた本当のサバイバルゲームだ」
陽太は再び老人に照準を合わせた。この狂った島で生き残るためには、自分もまた、生死をかけたサバイバルゲームの参加者として戦うしかない。陽光の下での楽しいはずだったサバイバルゲームは、血塗られた悪夢の本当のサバイバルへと変貌したのだ。そして、陽太は生き残りをかけて、容赦のない一撃を与えるためにエアガンのトリガーを引いた。
銃声が小屋の中に鈍く響き渡り、老人の体はぐらりと揺れた。撃たれた肩と腹から血が滲み出し、垂れた血が床の埃をじんわりと赤黒く濡らしていく。老人の狂気に満ちた目は、驚愕と苦痛に歪み、陽太を捉えたまま硬直した。
陽太は息を荒げながら、震える手でエアガンを構え続けた。心臓が激しく鼓動し、全身から冷や汗が噴き出す。まさか、たかがエアガンにここまでの威力があることに驚いていた。老人の反応を見る限り、陽太の持つ実弾は出ないであろうと思っていた“おもちゃの銃”に油断していたのかもしれない。
「く…そ…がき…」
掠れた声で老人が呟き、よろめきながらも陽太に向かって手を伸ばしてきた。その目は依然として生気を失っておらず、底知れない憎悪が宿っている。
陽太は躊躇なく、再びトリガーを引いた。乾いた破裂音が連射され、数発の銃弾が老人の顔面を捉える。老人は悲鳴のようなうめき声を上げ、バタリと床に倒れ込んだ。その手から、錆び付いた銃がカランと鈍い音を立てて床に滑り落ちた。
しばらくの間、陽太は息を潜めて倒れた老人を見つめていた。 この悪夢のような状況から抜け出すためとはいえ、本当にこの老人を殺してしまったのだろか。疑念と安堵感が入り混じったような不思議な感覚が陽太の全身を支配する。
意を決して立ち上がると、陽太は落ちていた錆び付いた銃を拾い上げた。ずっしりとした重みが手に伝わる。その銃はよく見ると弾は装填されていないようだった。だが構えてみると不気味なほどの存在感を放っていた。
木箱の中を見回すと、仲間のものと思われる装備品が散乱している。彼らもまた、この小屋で、この老人や軍服の男と遭遇し、不幸にも命を落としたのだろうか。想像するだけで、陽太の背筋は凍り付いた。
小屋の外は、先ほどよりもさらに暗くなっていた。森の奥からは、不気味なざわめきが聞こえてくる。仲間たちの安否もわからない。しかし、ここに留まっているわけにはいかない。陽太はエアガンと老人の錆び付いた銃を持つと、小屋を後にした。
森の中は、昼間の明るさとは一変し、漆黒の闇に包まれていた。木々のシルエットが不気味な影を作り出し、陽太の不安を煽る。足元もおぼつかない中、陽太は慎重に一歩ずつ進んでいく。
その時、背後から微かな物音が聞こえた。陽太は咄嗟に振り返り、エアガンを構える。闇の中に、蠢く影が見えた。それは、先ほどの軍服の男だった。
しかし、その姿は先ほどとは明らかに異なっていた。全身はさらに泥と血にまみれ、目は完全に濁り、まるで生ける屍のようだ。口からは、意味不明なうめき声が漏れ出ている。
男はよろめきながらも、確実に陽太との距離を詰めてくる。その手には、先ほど陽太を撃った錆び付いた銃が握られている。
陽太は愕然とした。あの銃撃は幻ではなかった。確かに自分はこの銃で撃たれたのだ。では、なぜ傷一つないのか?そして、この男は一体何なのだろうか?
恐怖で足が竦む中、陽太は本能的にエアガンを構え、男に向けて連射した。しかし、先ほどは老人の体を撃ち抜いた銃弾が今はただのBB弾となっていた。当然、男の体に当たっても、まるで効果がない。男はうめき声を上げながらも、歩みを止めない。
絶望的な状況の中、恐怖に震える陽太の脳裏に、先ほどの老人の言葉が蘇った。
「生き残るのは、たった一人だけだ」
そうだ、これはただのサバイバルゲームではない。この島全体が狂気に満ちた、終わりのない悪夢の中にあるのだ。そして、陽太は生き残るために、この狂ったサバイバルゲームのルールに従うしかない。
陽太はエアガンから老人の錆び付いた銃に持ち替え、それを両手でしっかりと握りしめた。それは弾が入っていないただの鉄の塊かもしれない。しかし、それでも、この得体の知れない敵に立ち向かうための、唯一の武器だった。
男がすぐそこまで迫ってきた時、陽太は渾身の力を込めて、錆び付いた銃を振り上げた。その直後、振り降ろされた銃の鈍い金属音が、夜の静寂を裂き森の中に響き渡った。錆び付いた銃身は、男の腐敗しかけた頭部に激しく叩きつけられていた。ぐしゃり、という嫌な音と共に、男はよろめき、その場に崩れ落ちた。
陽太は息を切らしながら、倒れた男を見下ろした。男はピクリとも動かない。本当に倒せたのだろうか。陽太は荒い息を鎮めるように、しばらくその場に立ち尽くしていた。
しかし、安堵も束の間、周囲の森のざわめきが大きくなったように感じた。まるで、新たな脅威の到来を告げているようだ。陽太は再び警戒心を研ぎ澄ませ、周囲を見回した。
その時、遠くのほうから、微かな声が聞こえた。「助けて…誰か…」
それは、聞き覚えのある声だった。仲間の声だ。
陽太は一縷の希望に胸を躍らせた。まだ生き残っている仲間がいる。この悪夢のような島から、共に脱出できるかもしれない。
声のする方角へ、陽太は走り出した。暗闇の中、木の根につまずきそうになりながらも、必死に足を動かす。
やがて、開けた場所に出た。そこには、数人の男が倒れており、そのうちの一人が、先ほど助けを求めていた仲間だった。しかし、彼らの周りには、先ほどの軍服の男と同じような、全身が泥と血にまみれた異様な姿の者たちが、蠢いていた。
彼らは、倒れた仲間に群がり、まるで獲物を貪るように、むさぼりついていた。
陽太は、その目を覆いたくなるような光景に、言葉を失った。あれは一体、何なのだ。人間なのか、それとも、この島に巣食う化け物なのか。
仲間は、陽太の姿に気づくと、力なく手を伸ばし、助けを求めてきた。しかし、その顔はすでに絶望の色に染まっている。
陽太は、助けたいと思った。しかし、あの異様な者たちの数を考えると、無謀な行動だとすぐに悟った。自分一人では、どうすることもできない。
その時、背後から再び気配が迫ってきた。振り返ると、先ほど倒したはずの軍服の男が、よろめきながらも立ち上がっていた。頭部は陥没しているはずなのに、その目は依然として濁っており、陽太を憎悪に満ちた眼差しで見つめている。
陽太は深い絶望に襲われた。この島は、一度足を踏み入れたら、決して逃れることのできない、終わりのない悪夢そのものなのだ。そして、自分もまた、あの異様な者たちと同じように、朽ち果てるまで彷徨い続けるのだろうか。しかしその時、陽太の脳裏に再びこの島のサバイバルゲームのルールがよぎった。
「生き残るのは一人だけ」
それは、最後の最後まで生き残った者が勝者となるという意味だろう。陽太は、倒れた仲間たち、そして、再び立ち上がってきた軍服の男を見据えた。彼らは皆、この狂ったサバイバルゲームの“敵”なのだ。生き残るためには、躊躇している暇はない。
陽太は、錆び付いた銃をしっかりと構え直した。それは、もはやただの武器ではない。この悪夢を終わらせるための、最後の希望の象徴だった。
そして陽太は静かに、しかし決意を込めて、その言葉を呟いた。
「ここからが真のサバイバルゲーム......バトルロイヤルの開始だ」