第三章:石の重み、手の温もり
ラーグの怪我は少しずつ癒えてきていた。肩の傷はかさぶたに変わり、痛みも和らいできたが、腕を大きく動かすにはまだ無理があった。エルラはそれでも根気強く看病を続け、朝と夜には決まって地下倉に降りてきて様子を見た。
ある午後のことだった。空は灰色の雲に覆われ、リンダリー村の石壁には湿った霧がまとわりついていた。エルラは薪を集めに裏手の小道へ出ていた。だがその帰り道、いつも通りの緩い斜面で、足を滑らせた。
「きゃっ!」
抱えていた枝束が飛び散り、彼女は膝をついた。転げ落ちはしなかったが、足首に鈍い痛みが走った。
「くそっ……ああ……」
呻くようにして立ち上がろうとしたとき、家の扉が開いた。
「エルラ!」
驚くほど早く現れたのは、地下倉にいるはずのラーグだった。肩をかばいながら、それでも彼は坂を下りてきて、彼女の元に膝をついた。
「どうした、足か?」
「ちょっと捻っただけ……あなた、動いちゃダメよ」
「馬鹿を言うな。お前の顔色、真っ青じゃないか」
その声に、エルラは思わず吹き出した。
「“お前”? …すっかり馴れ馴れしくなったわね、人間さん」
ラーグは少し顔を赤らめたが、構わず彼女の腕をとり、そっと支えて立たせた。その手は大きくて硬かったが、優しかった。エルラはその手を振り払うことができなかった。
「本当に、歩けるか?」
「うん、なんとか。でも、ちょっと頼っていい?」
「それを言うなら……俺は今まで、ホビットって、自分たち以外は信用しない連中だと思ってた」
「正しい部分もあるわ。でも私も、人間は勝手で乱暴だって思い込んでた」
ふたりの目が合った。まるで長い霧が晴れたあとの空のように、澄んでいた。
「だけど――少なくとも今の私には、あなたが必要だわ」
「そして俺も、お前がいてくれて助かってる」
言葉は照れ隠しのようにぶっきらぼうだったが、ラーグの目は真剣だった。エルラは笑って、彼の手に自分の手を重ねた。
「不思議ね。協力し合えないと思ってたのに、こんなに簡単だったなんて」
「たぶん、簡単に見えないようにしてたのは、自分たちのほうなんだろうな」
ふたりはゆっくりと家に戻った。歩幅は合っていなかったが、どちらも急がなかった。寄り添いながら進む足取りは、やがて自然にひとつにまとまっていった。
エルラの足首は軽い捻挫だったが、ふたりの間に芽生えた信頼の重みは、もっと深く、確かなものだった。
そしてエルラは、この時初めて自覚した。
自分の中に生まれていた、ただの「助けたい」という感情が、今やもっと静かであたたかいものへと変わりつつあることを――。