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第二十六章:見つめる先に、あなたがいる

それからの日々、薬草園には静かな変化があった。

花の手入れをするふたりの姿を見て、子どもたちがこっそり真似をし始め、

若者たちは草を贈り合うようになった。

「言葉じゃなくても伝わる気がする」と誰かが言った。


村の老女はエルラに囁いた。

「昔もね、薬草の贈りものは“想いのしるし”だったんだよ。

治すためじゃない。寄り添うためにね」


ふたりの姿は、知らぬ間に周囲の人々の心に残っていた。


ある日。

エルラは市場で偶然、街の貴族の娘と再会した。

かつて薬草を馬鹿にしていたその娘は、今や薬草園の支援者のひとりだった。


「昔は、想いだけで何か変えられると思ってた。

でもあのふたりを見て、思ったの。

想いって、“伝える方法”がなきゃ、ただの独りよがりなのね」


エルラはそっと頷いた。

その言葉は、まるで自分たち自身への応えのように響いた。


その晩、ふたりは珍しく、何の用事もなく並んで座っていた。


「ねえ、ラーグ。あの草、また咲いたよ。春の約束」


「うん。ずっと咲いててほしいな。

季節は移っても、“想ってる”って伝え続けられる気がするから」


エルラは、彼の手にそっと触れた。

言葉はなかった。

けれどその沈黙は、どんな会話より確かだった。


「想いが強ければ、恋は叶う。

そう信じてたころよりも、

今のほうが、ずっとずっとあなたを大切に思えてる」


エルラのその言葉に、ラーグは目を伏せた。

その瞳の奥には、静かな、しかし深い愛しさがあった。


「……強さじゃないんだよな、きっと。

続けること。気づこうとすること。

そして、目の前の君を、ちゃんと見ること」


外では春の風が、草の葉をやさしく揺らしていた。


街と村をつなぐ道には、今も往来がある。

草を求める人、教わりにくる人、そして恋に気づく人。


でも、ふたりにとって大切だったのは、

そのどれでもなく――


目を合わせたとき、互いの中にあたたかい静けさがあること。


それこそが、すれ違いを越えてなお、育ち続けた“想い”の証だった。


ふたりの恋は、誰にも語られることはないかもしれない。

だが、薬草園に咲く小さな花たちが、

そっと、それを見上げていた。

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