第二十三章:ちいさな芽
春が深まり、山の緑もいよいよ濃くなったある朝。
ラーグとエルラは、村の集会所に顔をそろえていた。
街と村の双方から集まった大人たち、若者、魔法士、薬師、商人、農民――
誰もが期待と疲れを混ぜた表情で、今日という日を迎えていた。
それは、半年以上かけて準備されてきた“共生薬草園”の起工式の日だった。
薬草園といってもただの畑ではない。
村に代々伝わる草と、街で改良された品種を同じ場所に育て、
薬草学と魔法治療学を一緒に研究し、
誰でも無料で学び、分け合える場所にするという壮大な構想だった。
それはふたりの夢であり、皆の希望でもあった。
が――予想外の問題が次々と起きた。
水脈の調査で予定地が変更され、
街から運んだ改良種の草は、村の土壌と合わず、根付かないものも多かった。
何より、協力体制を維持するための調整会議に時間と気力を削られ、
「これ、何の意味があるの?」という声すら上がるようになっていた。
そしてようやく始まったこの日、広場に集まった面々の顔に、
かつてのような晴れやかな空気はなかった。
「結局、苗も半分しか根づかないままだしな…」
「畝立ても足りてないってさ」
「半年かけて、やっと“これ”か」
かすかなささやきが風に紛れた。
エルラもラーグも、その空気を肌で感じていた。
エルラは静かにスコップを持ち、何も言わず土を掘りはじめた。
ラーグも黙って後を追った。
――期待しすぎたのかもしれない。
結果を急ぎすぎたのかもしれない。
思いが大きくなりすぎて、それがそのまま“成果”になると、
どこかで思っていたのかもしれない。
皆の手が、次第に重くなる。
だが、午後になり、陽が高く昇ったころだった。
小さな声が広場のはずれから上がった。
「ねえ、これ…芽、出てるよ!」
エルラが振り向くと、子どもたちが囲む畝の一角に、
確かに、小さな、小さな双葉がのぞいていた。
それは、街から持ち込んだ改良草のはずだった。
「村の土じゃ育たないって言われてたのに…」
ラーグがつぶやくと、別の畝でも「あ、こっちも出てる!」という声が上がる。
青年薬師が泥だらけの指で土をかき分けた。
「…おい、ここ、3種類同時に芽吹いてるぞ。
この環境、まさか…混ぜたことで逆に力になってんじゃないか?」
いつの間にか、広場全体がざわめきに包まれていた。
「えっ、草が交わって、強くなってる…?」
「新しい種類ができてるかも」
「待って、それって文献にない品種じゃ…!」
疲れ切っていたはずの顔に、次第に血の気が戻っていく。
ひとり、またひとりとスコップを取り、
誰ともなく歌いながら畝を掘り、草を植え、土をならす。
笑い声が広場に響きはじめた。
「これ、“思った成果”じゃなかったけど…」
「“思ってた以上のこと”が起きてるんじゃないか?」
エルラは手を止めて空を見上げた。
陽射しが、淡く、柔らかく、苗の葉に降りそそいでいた。
「ねえ、ラーグ。
“成果”って、見えた瞬間に“過去”になるのかもね。
でもこの芽は、“これから”をくれる。私たち、いま、始まりにいる」
ラーグは頷いた。
「たぶん、この半年でいちばん大きなことは…
みんなで、がっかりしたことかもな。
そして、“それでもやる”って決めたことだ」
日が傾く頃、畑の中央にぽつりと立っていた少年が、
泥だらけの手を振りながら叫んだ。
「見て!草、笑ってるみたいだよ!」
誰かが笑った。誰かが泣いた。
そして誰もが、思った。
この景色は、みんなで作ったものだと。




