第二十二章:癒しの重さ
講演会から三日後、村の診療小屋にひとりの女性がやってきた。
街から来た商家の若妻で、肩と背にかけて重い痛みを抱えていた。
「治癒魔法で治ったはずなんですが、…また痛みが戻ってきて…」
エルラは静かに話を聞き、香草と泥薬を調合して手渡した。
「治癒魔法は、身体の“表面”にはすぐ効くけど、“根”の部分には届きにくいの。
痛みの形が変わっても、身体はまだ“無理を覚えてる”から、時間をかけて忘れさせてあげないと」
若妻は、しばらく黙ってそれを見つめていた。
そして、おずおずと聞いた。
「…この草の匂い、昔祖母が使ってたのと似てます。
でも…なんだか“弱くて頼りない”って思ってました。ごめんなさい」
エルラは微笑んで首を振った。
「そう思って当然。草って、じっくり効くから“派手に治した”実感が薄いの。
でも…そのぶん、“気づかないうちに、ちゃんと治ってる”ってこともあるのよ」
若妻はその言葉に、目を見開いた。
その夜、診療小屋の隅でラーグが記録をつけながら言った。
「エルラ、最近思うんだが――
“効く”ってのは、“見える”ことじゃないんだな。
むしろ、“効いたと気づかせない”ものほど、深く効いてる気がする」
「うん。魔法は“消す”けど、草は“寄り添う”。
どっちが上とかじゃなくて、“何が必要か”を決めるのは、受け取る人…
でも、渡す側がそれを“信じてる”ことが、何より大事なんだと思う」
ラーグは頷いた。
「俺たちが自分の手を信じてなかったら、草はただの雑草に見える。
でも信じて渡せば、それは“道具”じゃなくて、“助け”になる」
その日、街の診療所に呼ばれたふたりは、
魔法士たちが対処に困っていた慢性熱の患者を見た。
診断を終えたラーグは、静かに言った。
「これ、魔法だと“熱”を飛ばしても、また出ます。
でも“出させてから抜く”ほうが、身体には無理がない。…草を使わせてください」
魔法士はやや戸惑いながらも、うなずいた。
三日後、患者の熱は下がり、咳も止まった。
そのとき、魔法士の一人がぽつりと呟いた。
「こんなやり方…忘れてました。
僕ら、結果だけを早く求めるあまり、治癒って“静かに積もるもの”だってこと、置き去りにしてたのかもしれません」
ラーグは、どこか懐かしむような笑みを浮かべた。
「忘れてもいいんです。思い出せばいい。
治すことに“方法の優劣”はない。…あるのは、“どれだけ人に寄り添えるか”だけだと思います」
エルラがその言葉を引き取るように言った。
「私たちの手は、魔法のように光らない。
でも、草の力と気持ちを伝えることができる。
だからそれを、信じて選ぶことが、私たちの誇りなの」
その日、街の若い見習い魔法士の一人が、草の名前をひとつずつ尋ねてきた。
「教えてもらえますか?…その、“光らない癒し”を」
ふたりはゆっくり頷いた。
そしてその瞬間、薬草はただの草ではなく、
想いと技術のかけ橋へと変わっていた。




