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第二十章:やわらかな橋

朝霧の立ち込める丘の上に、街と村を結ぶ細い道がのびていた。

かつてはその道を越える者は少なく、街から来る者も、村から出る者も、ほんの一握りだった。

だが今、道の真ん中に、白布を掛けた長い木の机が置かれていた。


“村と街の共同薬草市”。

初めて、対等な立場で開かれる催しだった。


机には、村の老薬師が長年使ってきた保存薬や、街の新薬をアレンジした試作品が並び、

村の子どもと街の見習い薬師が並んで笑いながら販売を手伝っていた。


その中央に、セイラムの姿があった。

以前の彼なら、監督の立場として背後から眺めていたかもしれない。

だが今日は、村の青年と一緒に、新しく提案された標識板を自ら立てていた。


《ここから先は、“どちらかのやり方”ではなく、“ともに選ぶ場所”》


その文面に、周囲の人々が足を止め、目を細めた。


「こんなに柔らかい言葉を選ぶとは思わなかったな」

ラーグが笑いながら言うと、セイラムは照れたように肩をすくめた。


「最初は“調整区域”と書こうとしたんです。でも…エルラさんが、

“名前より、気持ちを伝える言葉の方が大事”って言ったのが、頭から離れなくて」


そのとき、村の老婆が近づいて、セイラムに手作りの小瓶を渡した。

「昔、あんたに話しかけても“ご意見ありがとう”しか返ってこなかったけど、今は違う。これは、うちの曾祖母のレシピだよ。誰にも見せたことなかったけど、…あんたに使ってもらいたくてね」


セイラムは、ほんの一瞬言葉を失い、

「……いただきます」と深く頭を下げた。


そのやり取りを見ていたエルラは、小さく呟いた。


「満たされて見える人にも、“受け取ってもらえる”瞬間がある。

それを、誰かが信じていなきゃ…その瞬間は、きっと来なかったんだろうね」


ラーグはうなずいた。


「どんなに自分を守っていても、誰かの手を受け取る“余白”は残ってる。

それが、人の面白さだよな」


市が終わるころ、道の両端にいた村の長老と街の助役が、

自然に中央で言葉を交わしはじめていた。


「……こんな日が来るとは、正直思っておらんかった」


「私もです。ですが、来てしまえば、どうして今までなかったのかと不思議に思うほどですね」


人は、本当に満たされているかどうかを、外見だけでは測れない。

そこに気づいたとき、見えてくるものがある――

“してあげる”ではなく、“ともに在る”という関係。


その気づきが、村と街に、じんわりと、けれど確かに共感の根を広げていた。


そしてラーグとエルラの姿は、もう特別な存在ではなかった。

彼らはただ、はじめに橋を渡った者たちだった。



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