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第十五章:その方法は、ほんとうに「正しい」のか

研究所の中庭に、白い天幕が張られた。

今日だけは、薬師たちによる公開調合の実演と品評会が開かれる日だった。

街からも遠方からも、学者や見習いが見に来て、村人たちは誇らしげに料理や薬草茶をふるまっていた。


その中で、ユリナとエルラは並んで新しい保存法を紹介していた。

少しだけ湿り気を残して発酵を促すという村の伝統を応用した調合法だった。


「え…水分を残すんですか?」

街の若い薬師の一人が目を丸くした。


「ええ。でも、香草によっては、乾燥しすぎると逆に効き目が弱くなるんです」


「でも、中央薬学会の教本では、“完全乾燥が基本”って…」


エルラは穏やかに微笑んだ。


「“教本に載っているから正しい”とは限らないと思います。少なくとも、私たちが何世代も守ってきた方法では、これがいちばん効いたんです」


若い薬師は戸惑いながらも、実際に香りを嗅ぎ、触れた。


「…あれ?やわらかい。でも、ちゃんと香る…これ、こんなに残るんですか…?」


周囲の見習いたちが次々と集まり始めた。


そのとき、後ろで見ていた老学者が口を開いた。


「その方法…確かに古い記録に似た手法がある。だが、いつの間にか“非効率”として捨てられていた」


ラーグが近くに立っていた。

彼はその言葉に、ゆっくりとこう返した。


「“捨てた理由”が、実験や検証ではなく、“みんながそうしているから”だったとしたら…それは怖いことだと思いませんか?」


老学者は言葉を詰まらせ、やがて小さくうなずいた。


「……若い頃、私もよくそう言っていた。“皆がやっている”。“標準がこうだ”。それで片付けていたかもしれない」


見習いたちの間に、静かな驚きが広がった。

「教わったこと」と「事実」が、必ずしも一致しないかもしれない。

その気づきが、彼らの目を鋭く、好奇心に満ちたものへと変えていく。


エルラはその様子を見て、ラーグにささやいた。


「ねえ、こういう驚きって、戦ったり論破したりしなくても、伝えられるのね」


「“正しさ”を押しつけるより、“問い”を差し出した方が、人は変わるのかもな」


日が傾く頃には、実演台の周りに人だかりができ、誰もが「中央の教え」や「古くからの常識」ではなく、自分の鼻や舌や感覚を使って確かめるようになっていた。


ユリナが言った。


「ねえ、思ってたよりも、皆“疑う準備”はしてたのかもしれない。ただ、誰かが最初に声を上げるのを待ってただけで」


ラーグはうなずいた。


「たとえ千人が“右だ”と言っても、自分が“左が正しい”と思うなら、立ち止まって考えること――それが、本当の強さだろうな」


その日、研究所に集まった多くの人々が、「みんながやっているから正しい」とは限らないと、初めて体感した。


そしてそれは、驚きと共に――

新しい視点と自由への感心へと変わっていった。



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