表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/28

第十章:未来が笑うほうへ

街から使者が再びやって来たのは、夏至を迎える直前だった。

ラーグとエルラが応対に出ると、彼らは軽く頭を下げてこう言った。


「新しく建てる薬草研究所に、監修者として名を連ねてほしいのです」


「私たちに?」

エルラは驚いて言った。


「技術の出処としてだけではなく、“協力のかたち”そのものを見本にしたいと、評議会が決めたのです」


ラーグはしばらく黙っていた。

その表情はかつての、何かを疑うような堅さはなく、ただ静かに何かを測っているような深さがあった。


「いいだろう。ただし、条件がある」


「条件?」


「名は、ふたりで出す。“ひとりではなし得なかったことだ”と、明記してもらう。俺がどこから来た者かも、隠す必要はない」


使者たちは顔を見合わせ、やがて誠実にうなずいた。


「それで問題ありません。むしろ、伝えたいのです。“種族の違いを超えた協力”が現実だったということを」


その言葉に、エルラは目を伏せたまま微笑んだ。

胸の奥にずっとあった、小さな想いが形になっていく感覚があった。


彼らの知らぬうちに、村の若者たちの間では“北の方法”を学ぼうとする小さな集まりがいくつも生まれていた。

最初は冷やかされていたノラドも、いまでは熱心な記録係になっている。


「こんなに一生懸命になれるなんてな…想いだけじゃ何も動かないって、ずっと思ってたけど」


「じゃあ今は?」

エルラに問われ、ノラドは照れくさそうに言った。


「想って、動いたら、ちゃんと道が見えた。あんたたちの言ってたこと、少しだけ分かってきた気がする」


ラーグはその様子を見ながら、小さくうなずいた。

誰かの思い込みが静かに変わっていく。

かつての自分のように、「無理だ」と思っていた者たちが、ひとつずつそれを手放していく。


その夜、村では小さな宴が開かれた。

研究所の設立が決まり、村の名前が文書に記されることになった祝いだった。

それは特別な晩餐ではなかったが、パンもスープも香草の香りも、どこかやさしく、未来を思わせる味がした。


ふたりは皆の輪から少し離れた場所に腰を下ろした。

風が通り、草の匂いがしていた。


「なあ、エルラ」


「うん?」


「俺たち、何か大きなことをしたのか?」


エルラは目を細めた。

遠くの灯が揺れていた。


「ううん、たぶん……とても、とても小さなことを重ねたの。でもね、きっと大事なのは、どれだけ想ったか、じゃなくて――」


「想いを、やめなかったことか」


「そう。続けたこと。迷っても、恐れても、続けたこと」


ふたりは見つめ合い、やがて顔をほころばせた。

笑ったその顔には、喜びだけではなく、これからの期待が宿っていた。


想いは、目に見えない。

だから人は「意味がない」と言いがちだ。

けれど、積もれば形になる。

重なれば道になる。

誰かと手を取れば、世界の手触りを変えることだってできる。


その夜、焚き火の煙がゆっくりと空へ昇っていった。

街と村の灯がつながるように。

過去と未来が溶け合うように。


ふたりの想いが動かした世界は、まだ小さくて頼りない。

けれど確かにそこに在り、喜びと希望を乗せて、

誰もが少しだけ、明日を信じたくなるような風を、

いま、村じゅうに吹かせていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ