第三章 捜索〜手がかりと違和感〜
「主任、これ……」
若い隊員が手袋をした手で、何かを拾い上げた。
樹海に入ってすぐの旧道脇。
湿った苔の上に、黒いスマートフォンが落ちていた。
画面は割れていたが、裏面のステッカーには“ヒロト”という名前が小さく書かれていた。
「持ち主、行方不明者の一人で間違いありません」
「周囲はどうだ?」
「……靴の痕が一本分ありますが、そこから先は――」
隊員が首を振る。
「消えてます。何かに引きずられた様子も、争った形跡もなし。携帯だけ、ぽつんと」
主任が眉をしかめた、その時だった。
「こちら病院班。リョウという生存者から証言が得られました。これより通信します」
無線から落ち着いた男の声が響いた。
「彼の証言によれば、彼らは旧林道から入り、途中までは一本道を歩いていたとのこと。
その後、足元に落ちていたメモを見つけた地点を境に、状況が変わったと」
「メモの内容は?」
「摩耗していて読みづらかったようですが、唯一読めたのは――
“こんなはずじゃなかった”」
無線が一瞬、ザーッとノイズを挟んだ。
主任が無言で地図を広げ、メモが見つかったとされる地点に指を置いた。
「――この辺りか。行くぞ」
隊員たちが再び進み始める。
落ち葉と小枝を踏みしめる足音だけが、静かな森に響く。
メモのあったと思われる地点には、草の間に微かに何かが踏み潰された痕跡があった。
「ここだ。こっから走った方向ってのは……」
主任が指示を出し、三人が懐中電灯を構えてその方向を探る。
進むにつれて、空気がひどく重くなる。
「無線、繋がってるか?」
主任が肩に付けたマイクに声をかけた。
「……こちら病院班、どうぞ」
ザ……ザザ……
「繰り返します、メモ発見地点より北西に進行中。何か異常があれば――」
ザ……ザー……ザザザ……ッ
「――し、か……まし、たか?」
無線が完全にノイズに変わった。
一人の隊員が呟く。
「この辺、圏外ですか……?」
だが、そんなはずはなかった。
さっきまでは、通じていた。
「何か、電波を遮るものが……」
主任が辺りを見渡した瞬間、彼の足元でカサリと何かが動いた。