第二章 混乱する青年
病室の天井は、やけに白く感じた。
見覚えのない天井。見慣れない空気の匂い。
「……気がついたか」
声に振り向くと、窓際の椅子にスーツ姿の男が座っていた。
年齢は五十代前後。警察の人間らしかった。
「わかるか?ここがどこか」
リョウは小さく首を振った。
「君が見つかったのは昨日の夕方。
場所は――富士の樹海だ」
一瞬にして、肺に冷たい空気が流れ込んだ。
男は続けた。
「近くの林道を散歩していた地元の夫婦が、倒れている君を発見した。
意識はなく、泥と枯れ葉に覆われていて……最初は遺体だと思ったそうだ」
リョウは、自分の手を見る。土が詰まった爪。傷ついた腕。
その感覚すら、どこか他人事だった。
「まだ詳細はわかっていない。
何人でいたのか、誰といたのか。
君が最初に目覚めてくれたから、少しでも話が聞けたらと」
男の声は穏やかだったが、どこか探るような鋭さがあった。
リョウはしばらく沈黙したあと、搾り出すように言った。
「……何があったのか……はっきりとは……思い出せません……」
男が、静かにうなずく。
「そうだろうな。混乱してるのはわかってる」
だが、その瞬間だった。
リョウの目に、誰かの顔がよぎった。
樹海で、何かを叫びながら走っていた――
「友達は……! みんな……!」
リョウの声が震えていた。
「ユウタ! アイは!? シュン、ヒロト……!」
リョウが警察の男に詰め寄る。
「どうして俺だけなんだよ! なんで……! なんで、みんな……!」
男が何か言おうとしたが、言葉は出なかった。
「助けたかったんだよ……! 逃げようって……! 俺だって……!」
涙が頬をつたう。
「……探しに行かなきゃ……!」
リョウが、ベッドの手すりを握って体を起こそうとする。
点滴が引っ張られ、機械が警告音を鳴らす。
「君、落ち着け――」
男が止めようと手を伸ばすが、リョウはそれを振り払うように体を起こした。
「行かなきゃ! まだ、あいつら……!」
足が床につく。だが、力が入らない。
リョウはそのまま膝から崩れ落ちる。
それでも、床を這ってでも行こうとした。
指先に力を込め、ベッドのフレームにすがる。
「お願いだ……行かせてくれ……!」
看護師が駆け寄り、注射器を取り出す。
男が低く命じた。
「打て」
細い針が腕に刺さると、リョウの体がゆっくりと沈んでいく。
涙が枕に落ちる。
「……俺だけなんて……嫌だ……」
瞳が閉じ、病室は静かになった。
そこに残ったのは、リョウの嗚咽の残響と、乾いた点滴の音だけだった。