第一章 倒れていた青年1
「おい、マジでこの道合ってんのかよ」
シュンが笑いながら言うと、前を歩いていたユウタが振り返って片手を挙げた。
「合ってるって!スマホのGPSまだいけるし。てか、ビビってんの?」
「は? ビビるわけねーだろ。なあ?」
「まあ、ビビってないやつはわざわざ言わないけどな」
ヒロトが茶化すように言って、全員が笑った。
頬にあたる風はまだ涼しく、木漏れ日が差し込む森の中は、どこか穏やかですらあった。
「ここってさ、本当にヤバいの?なんか変な話ばっか聞くけど」
アイが口を開いたとき、ノリの中に少しだけ現実感が混じった。
「まあ……迷うとは言うよな」
「けど死体とか見たら、さすがに笑えねーな」
それを言ったのが誰だったか、後になっても思い出せなかった。
少しずつ、木々の隙間から差し込む光が弱まっていく。
セミの声は遠のき、代わりに耳に入ってくるのは、自分たちの足音と枝を踏む音だけだった。
「さっきまで元気だったのに、みんな静かになったな〜」
ヒロトのその言葉にも、誰も笑い返さなかった。
「……なあ、ここ、さっきも通らなかった?」
誰かがそう言ったとき、全員が一斉に立ち止まる。
見上げた木の枝には、色褪せたロープがくくりつけられていた。
それが何に使われたものか――誰も口にしなかった。
足元に、何かが落ちていた。
ヒロトがしゃがんで拾い上げる。古びたメモ帳。
ページの端が破れ、文字はすれて読めないものが多い。
だが、かろうじて一行だけ――
「こんなはずじゃなかった」
声にならない声が、喉の奥で詰まった。
次の瞬間だった。
背後の茂みで、「ザッ……ザッ……」と草木を踏み潰す音が聞こえた。
誰も動かなかった。誰も、振り返らなかった。
空気の温度が、一気に数度下がったように感じた。