ツムギとバクと夢の城
幼稚園の先生はわるくないとツムギはおもっています。
じゃあ、だれがわるいのかっていうと、わかりません。もっといえば、かんがえるだけで、なんだかイヤな気持ちになってしまいます。
そもそものはじまりは、幼稚園でのことです。
眠り姫の物語は、シンデレラや白雪姫とならんで、女の子が大好きなおはなし。お祝いに呼ばれなかった魔法使いが呪いをかけるところは、男の子たちだってドキドキするぐらいです。
おおきくなったお姫さまが糸ぐるまの錘にさわってながい眠りについてしまうところだって、わかっていてもみんなでおおさわぎ。
先生の読み聞かせは、いつだってみんながたのしい時間。
けれど今日ばかりはすこしだけちがっていました。
おはなしがおわって、みんなでお昼寝の準備をしていたとき、引っ越してきたばかりの、あたらしいお友達である男の子が言ったのです。
「おまえ、ツムギっていうのか」
「うん」
「なら、おまえはわるい魔法使いだ。姫を眠らせてトゲトゲのお城にとじこめる、悪の手先だ。あっちいけよ。ツムにさわると眠ったまんまになっちゃうだろ!」
ツムギはおどろいてしまって、なにも言えなくなりました。
だってそんなこと、はじめて言われたのです。
ツムじゃなくて、ツムギだもん。
そんなふうに言えればよかったのですが、男の子がはやしたてる声のほうがおおきくて、ツムギの声はとどきません。
よりにもよって、いまからお昼寝の時間です。
そんなときに、眠り姫が眠ってしまう原因となった『ツム』のなまえをもったツムギがいるものですから、みんな、なんとなくツムギからはなれていきました。
いままでだれも気にしていなかったのに、男の子がおおきな声で言ったことで、ツムギを見る目がかわってしまったのです。
仲良しのナギサちゃんは、ちょっぴり早めの冬休み。今日から家族旅行でおやすみです。ツムギといっしょに寝てくれる子がだれもいません。
ツムギはいちばんはしっこの布団に入って、毛布をかぶりました。
ツーム、ツーム、わるものツーム
ツムがさわると眠ったまんま
男の子がたのしそうに歌うのを聞きながら、ツムギは眠ったふりをするのでした。
◇
「ツムギ、なにかあった?」
「……なんにもないよ」
子ども部屋で絵本を見ていると、小学校から帰ってきたおにいちゃんが、ツムギに訊きました。
ツムギのおうちはお店屋さんをしていて、おとうさんもおかあさんも、おじいちゃんもおばあちゃんも。みんなとってもいそがしくしているので、ツムギはいつもひとりであそぶのです。お正月がちかくなると、いつも以上にいそがしいのが和菓子屋さんです。
お店をのぞきにいったりもしますが、今日はなんだかそんな気分になれません。
あれから何日か経ちましたが、男の子はツムギの顔を見るたびに、意地悪そうに笑います。おかげで幼稚園から帰ってきても、男の子が歌う「ツーム、ツーム」の声が頭のなかに聞こえてきて、とってもイヤな気持ちになるのです。
なにも言わないツムギを見て、おにいちゃんは言いました。
「わかった。なら、お参りにいこう」
「おまいり?」
「ぼくには言えなくても、神さまになら言えるでしょ」
そう言っておにいちゃんは、ランドセルを机のうえに置いて、ツムギの手をにぎります。そしていっしょにお店のほうへ行きました。
おじいちゃんとおとうさん、ほかの職人さんたちがお菓子をつくっている音が聞こえます。
餡の甘い匂いはツムギにとって、生まれたときから当たりまえにあるもの。おにいちゃんは入口から声をかけました。
「おとうさん」
「どうしたイオリ」
「ツムギといっしょにお参りにいってくるね」
「そうか。ならお供え持ってけ」
やり取りを聞いていた職人のひとりが入口まで来て、できたばかりの大福餅を袋に入れて渡してくれました。まだほんのりあたたかい、おいしそうな大福です。
ツムギはぺこりと頭をさげます。
まゆげが太くて、からだがおおきくて、いつも怒ったような顔をしている職人さんですが、笑うとかわいいおにいさんです。
ツムギにはイオリおにいちゃんがいますが、おにいちゃんにとってはこの職人さんがおにいちゃんみたいなものです。
声が聞こえたのか、おかあさんがやってきました。
「神さまに会ったらよろしくね」
「うん、わかった」
◇
ツムギの家からほんのすこしはなれたところに、ちいさな神社があります。
赤い鳥居とちいさな祠。
とくべつ有名ではない、住んでいるひとたちでさえ、忘れてしまいがちなちいさな場所ですが、ツムギたちにとってはちがいます。
「アズキさま、こんにちは」
パンパンと手を叩いて頭をさげます。
ここにおわす神は、小豆之神。
なんとも風変りな神さまですが、ツムギたちのお店『菓子庵・はぎのや』を創業から見守ってくださっている、守り神さまだと伝えられています。
変わっているのはそれだけではありません。
この神社には、ときどきふしぎなモノがやってくるのです。
アズキさまご自身ではなく、その知己であるらしいのですが、ツムギにとっては、だれだっておんなじ『神さま』です。
神なんて御大層なもんじゃねえよとワハハハと笑った、おおきなおおきな、見上げるほどにおおきな入道がいたり、テレビで見るよりも、もっとずっと美人の、着物姿の女のひとだったり。
人間ではなさそうなひとがたくさんいます。動物の姿をしている神さまもいます。
みんなみんな、神さまです。
お願いごとをなんでも叶えてくれるわけではありませんが、なやみごとやこまっていることなどをこころのなかで相談すると、うまい解決策が見つかったりするといわれています。
「ほらツムギ、聞いてもらいなよ」
「……うん」
おにいちゃんは、ツムギのことなんてお見通しなのでしょう。
ちいさなあたまでなやんで、こまっていることなんて、とっくにわかっていて、けれどムリに聞き出そうとはしない。ツムギのおにいちゃんは、やさしいのです。
どういえばいいのでしょう。
ツムギはいったいなにがイヤだと思っているのか。
自分でもよくわからないけれど、幼稚園でのことを思い返して、こころのなかで神さまに言ったのです。
ツムギ、どうしたらいいのかなあ。
「ふてえ野郎もいたもんだなあ。こんなちっちぇ娘っこをよう」
ぎゅうっと目をつぶって神さまにはなしかけていたツムギは、耳にとどいたその声におどろいて、目をあけました。
すると祠のそばに、動物がいました。
犬でも猫でもイタチでもありません。
もちろん、馬や牛、羊や山羊でもありませんし、羽がはえた鳥でもありません。
黒と白のしましま模様はシマウマに似ていますが、ずんぐりむっくりしたからだつきは、馬とはおもえないのです。
いったいこの動物は、なんなのでしょう。となりにいたおにいちゃんも、おどろいた顔でとまっています。
「あなた、だあれ?」
ツムギは声をかけました。
このふしぎな動物は、ツムギが頭のなかでおはなしをしたから、あらわれたのだと思ったからです。
「あっしは獏でさあ」
「ばく?」
「ご存じでねえかい? 獏ってのはよう、夢を喰うのさ。ああ、夢といっても未来将来の展望、行く末を語らうあの夢とは別物。あっしが言う夢とは、おねんねしている合間に見る、あの夢のほうでさあ」
カラカラと楽しそうに語らう動物は、みずからを「バク」と名乗りました。
夢を食べるといわれるバクなら、ツムギだって知っています。絵本で見たことだってありますが、あのバクとこの神さまは、ようすがちがっていました。
けれど、アズキさまの知己である神さまたちは、本で読む神さまとは姿かたちがまるでちがっているのは、いつものことです。この世には八百万――うんとたくさん、かぞえきれないぐらいの神さまがいるといいますからね。
おにいちゃんがバクにたずねました。
「あの、バクさま?」
「よせやい。さま、なんてガラじゃねえやい」
「だけど」
「まあ? あっしはこう見えても? かの徳川公の夢枕にだって立ったことがあるし? 数々の夢を喰らいつくし、古今東西、ありとあらゆる夢を喰ってきたからなあ。どんな偉人武人、天下を取った将軍だろうと朝廷の帝だろうと、あっしにかかればちょちょいのちょいってなもんさ」
グシシシと愉快そうにからだを揺らして、バクは笑います。
「大福もいいけど、あっしにとって、もっとも美味なのは夢。この時期は年始の初夢があるもんだから、夢界隈は大繁盛ときたもんだ。楽しみだねい」
夢とは、どんな味がするのでしょう。
お出かけをしたり、好きなものにあふれていたり。たのしい夢ならばきっとおいしいのでしょうが、最近のツムギが見るたのしくないイヤな夢は、きっとおいしくないにちがいありません。
「悪食だなんて言う輩もいるが、あっしにとっては、どんな夢だって糧になるのさ。あっしは夢のおかげで生きていられるんだからな」
「ツムギのゆめ、きっとヘンな味がするとおもうけど、食べてくれる?」
「お安い御用。さあさ、そうと決まれば連れていっておくんなせえ。お宅はどちらで?」
それまで黙って見守っていたおにいちゃんが、そこでくちをひらきます。
「ぼくらのいえは、あそこ。はぎのやっていう、御菓子屋さんです」
「ほう。そうかい、噂の菓子屋の子かい」
「うわさ?」
「あっしら妖怪界隈では名が知れてらあ。旨い菓子を喰わせてくれるってな」
べつの世界でも、ツムギのうちのお菓子は大人気なようです。
いつもいつもお供えしている甲斐があったというものでしょう。おとうさんたちにもおしえてあげなくてはいけません。
ツムギとおにいちゃんは、バクを連れて帰りました。
うちに帰るとおかあさんがバクを見て「あらまあ」とおどろきました。おにいちゃんが説明をすると、おおきくうなずきます。
「どうぞゆっくりしていってくださいな。アズキさまのご紹介なら、我が家に仇なすこともありませんでしょう」
「こんなふうに歓迎してくださるとは思わなかったねえ」
「うちは視える者と、そうでない者がおります。私と母は視えますが、父はまったく。主人は霊感が強いほうなので、感知はできるのかもしれません。お気を悪くされないでいただければ助かります」
「いいってことよ。此度こちらに伺ったのは嬢ちゃんが夢でお困りらしいってことで、長く寄りつこうって魂胆は持っちゃいねえ。一宿一飯とはいかねえかもしれねえが、ちょいと御厄介になりやすぜ」
ふしぎなものを見かけることはよくあっても、こうして家のなかにまで入りこんでくることはありません。
会ったばかりの見知らぬおともだちをいきなり連れてきてしまって、おかあさんに怒られるかもしれないとおもっていましたが、そんなことはなく、ツムギはほっとしました。
「おかあさん、ツムギ、ばっくんといっしょにねてもいい?」
「もちろん。獏さん、娘をよろしくお願いしますね」
「合点承知」
◇
バクの姿は、やはりおじいちゃんには見えないようでしたが、だからといって、ないがしろにするわけではありません。とっておきの御菓子をつくってくれて、バクも大喜びでした。
「いやはや、供物ぶんの対価はきちんと払わねえとなあ」
上機嫌のバクは、ツムギのお布団のうえにゴロリところがります。
「さ、お嬢ちゃんはねんねの時間でい」
「……うん」
起きているあいだはあまり気にしていませんが、いざ眠りにつくとなれば、男の子が笑う声がどこからか聞こえてくるようで、眠るのがこわくなります。
いつもなら、おかあさんやおとうさん、おにいちゃんといっしょに寝るのですが、だれかといっしょに眠ることが、とてもこわくなってしまったのです。
だってもしもツムギといっしょに眠って、朝になっても目がさめなかったらどうすればいいのでしょう。
「さあさ、あっしを枕におやすみなせえ。頭ん中にどんなよからぬことがやってこようと、あっしがひとくちでペロリよ」
言って、グシシシと笑います。
それはなんだかツムギを元気づけているような気がして、ツムギのほっぺたもゆるみました。
お風呂に入ってホカホカのからだをさまさないよう、布団のなかにもぐりこみます。
バクを枕にするだなんて、ちょっとムリじゃないのかなあとおもっていましたが、なんともふしぎなことに、ツムギが頭を乗せると、やわらかいクッションのようになりました。
あたたかくて、そしてトクトクと、まるでおかあさんの胸に顔をうずめているときみたいな音が聞こえます。
一定のリズムを刻むその音を聞いているうちに、ツムギは夢の世界へといざなわれていきました。
◇
気づくとそこは草原でした。
青い空には太陽があり、風もそよそよ吹いています。背の高い草にかこまれてツムギには前が見えません。
いったいここはどこでしょう。
「ほれ、あっしに乗りな」
「ばっくん!」
ツムギのかたわらには、白黒しま模様のバクがいます。馬ほどおおきくはありませんが、ツムギがその背に乗ることができるぐらいのおおきさになっていました。
バクの背中にまたがると、そのままふわりと浮き上がります。そしてゆっくり前に進みはじめました。
「どこに行くの?」
「目的地はあっちさ。ほれ、お城が見えるだろう?」
絵本でよく見る、お姫さまが住んでいそうなお城――ではなく、おじいちゃんが見ている時代劇に出てくるような、日本のお城です。
「敵は本丸にありってな。飛ばすぜ嬢ちゃん、しっかり捕まってな」
そうは言っても、どこにもつかむところがありません。しかたなくツムギは、バクの毛皮をぎゅっとにぎりました。
「ばっくん、いたくない? へいき?」
「気にすんな。夢のなかは変幻自在。気のもちようでどうとでもなるのが夢のいいところさ」
たしかにそうです。
夢はなんでもありで、ツムギだって夢のなかでお空を飛んだこともあります。こんなふうになにかに乗って空を飛ぶのははじめてですが、びゅんびゅんと風をきっていくのは、とても気持ちがよいものでした。
「ばっくん、すごいね」
「あたぼうよ。獏だけに、爆走ってか?」
「ばくそー!」
ぐんぐん進みます。
どんどんお城に近づいて、てっぺんの一番高いところに降り立ちました。
「絶景かな絶景かな」
「ぜっけーかなー」
意味はよくわかりませんが、おなじことをくりかえしてみると、なんだか気持ちが晴れやかです。
「嬢ちゃんよ。おめえさんの心に巣食っている呪いは、夢魔がかけたもんだ」
「のろい? むま?」
「夢の魔物だ」
「ばっくんとはちがうの?」
「夢魔ってのは、夢を操る者だ。あっしは、そういう夢を喰うのが生業だから、まあ馴れ合うことは少ねえな」
夢の魔物はどちらかといえば、悪夢を見せることが多いのだそうです。
なにしろ魔物ですから、人間のイヤな気持ちがごちそう。ずっとながく、イヤな気持ちにさせるほうが、夢魔にとっては都合がいいのです。
「おめえさんは、不幸なことに、そいつに捕まっちまったってわけさ」
「ツムギが? どうして?」
「嬢ちゃんは、あっしらのような、普通のひとには見えない奴らを見ることができるだろう? そういうちからがある奴は、魔物にとってもいい条件の宿主なのさ。なにしろ異なるものに耐性があるぶん、長く使い倒せるからな」
バクが言っていることは、ツムギにはむずかしくてよくわかりませんでした。
わからないことを告げると、バクは「こまけーことはいいんだよ」と言い、グシシと笑います。
「おめえに呪いを――まあ、イヤなことを言い放ったふてえ野郎は、現実には存在しねえ、夢魔だったってこった。その証拠によう、そいつの名前を言えるかい?」
「えっとね、えーっと……あれ?」
もうすぐ冬休みという時期に、突然やってきた、あたらしいお友達。
たしかにそのはずですが、はて名前はなんといったでしょうか。
そういえば、顔もなんだかうまく思い出せないことに気がつきます。あの男の子がツムギに対して意地悪なことを言って、大きな声で笑って、何日もおなじように笑われて。
だけど、まわりの子たちはだれもツムギをそんなふうに笑ってはいませんでした。
それに先生だって、あの男の子を叱ったりしていません。
「そんな奴は、はじめっから存在してねえ。夢であり幻であり、ちょっとした不安につけこんで増幅させたにすぎねえ。おとな相手にやるぶんには、まあともかく、こんなちっちぇー娘っこ相手に仕掛けるには随分とタチの悪いやり方だ。気に喰わねえなあ」
「ひとの領域に勝手に侵入してきて、言ってくれるじゃないか」
知らないけれど、知っている気がする声が聞こえました。
ツムギたちのまえには、いつのまにか男の子が立っていました。
意地悪を言った、あの男の子です。
たぶん、きっと。
たぶん、とつけてしまうのは、男の子の大きさがめまぐるしく変わっていくからです。
ツムギとおなじぐらいの大きさかとおもえば、おとうさんぐらいのおとなのひとになったりします。
もっとちいさな赤ちゃんぐらいになったかとおもえば、おじいちゃんよりもっと年をとったひとになったりもします。
「ねえツムギ。眠り姫を呪いにかけた魔法使いのちからを手に入れて、僕と一緒にひとびとを夢のなかへ封印してみないかい? 君にはそのちからがある」
夢魔はツムギを見て言いました。
ツムギのツムは、だれかを夢のなかに閉じこめて、出られなくしてしまうというのです。
「夢のなかは素晴らしい世界だよ。君だって、幼稚園で嫌なことや大変だと思ったことはたくさんあるだろう。子どもの君が大変だと思う何倍もの苦しみを、おとなたちは担っている。きっと君のご両親もね」
いそがしいいそがしい、たいへんたいへん。
お正月にむけて、和菓子屋さんは大忙し。
ツムギはまだちいさいから、お店のお手伝いもきちんとできなくて、はなしかけても「あとでね」って言われてしまうから。だからいつも部屋でひとりであそびます。
さみしい、つまらない、なんて。
そんなわがままは言ってはいけないのです。
けれど、夢のなかにいれば、さみしいなんてことはありません。たいへんなこともしなくていいし、いつまでだってのんびりしていられるのです。
おとうさんもおかあさんも、おやすみできるのではないでしょうか。
「嬢ちゃんよう、おめえさんの名は『ツム』でなくて『ツムギ』ってんだろ? アズキの御大が言ってたぜ? 糸をつむぐ、縁をつなぐ、他者との仲を取り持つことができる良い名前だってな」
――ツムギの名前は、アズキさまにご相談して、付けていただいたのよ。
――おかあさんの名前もね、おばあちゃんがアズキさまに相談してつけてくれたの。
――アズキさまは、うちの守り神さまだからね。
萩野紬
それがツムギの名前です。
「ツムギはツムギだもん、ツムじゃないもん!」
「……ちっ、もうすこしで取り込めるところだったのに」
優しい声を出していた夢魔が、低く怒ったような声を出しました。
こわくて逃げ出したくなるツムギのそばに、しましま模様のバクが寄り添います。ふんわりやわらか、あたたかい温度に、ツムギはなんとか踏みとどまります。
「夢のなかはたのしいけど、ツムギはおうちがいいもん。みんないそがしくて遊んでくれないかもしれないけど、ツムギはひとりじゃないもん。ばっくんがいるし、ほかにもいろんな神さまがいるもん」
「そういうこった。とっくに神さまの加護を得てるんだ。余所者の夢魔はお呼びじゃねえんだ、帰えんな」
ごうごうと音を立てて、風が巻き起こります。
青かった空はいつのまにか灰色になって、雲がたくさんかかっています。
ゴロゴロゴロ、ドーン。
大きなカミナリが鳴って、空が光りました。
「ほうれ、お怒りだぜ」
バクがグシシと楽しそうに笑います。夢魔はくやしそうに顔をゆがめると、そのからだはちいさくなっていきました。
「喰っていいかい、ツムギよう」
「うん。イヤな夢は食べちゃって、ばっくん」
「合点承知」
バクのからだがふくれあがります。
そしておおきなくちを開いたかとおもえば、夢魔がいた場所をパクリとひと飲み。そこだけ切り取ったように、なにもなくなってしまいました。
穴が開いてしまいましたが、そこは埋めてしまえばよいのです。
ツムギが服に穴をあけてしまったとき、おばあちゃんが縫って直してくれたことがあります。
それだけではなく、縫ったあとが気にならないように、いろいろな糸をつかって、花の模様をつけてくれたのです。まるで魔法のようでした。
――これは、つむぎ糸って言うんだ。ツムギとおんなじ名前だよ。
おばあちゃんが教えてくれたことを、ツムギは思い出します。
そうでした。ツムギはお姫さまを眠りにつかせはしましたが、命をつないで、王子さまがやってくるまで守るお役目を果たしたのです。悪者なんかじゃないのです。
ドン。ゴロゴロゴロ。
お空ではまだカミナリが鳴っていますが、ちっともこわくありません。
お店では、カミナリは神鳴りといい、吉兆として、良いことの訪れを意味していると伝えられているからです。
だからこれだってきっと、カミナリさまがツムギに「がんばれ」と言ってくれているのだとおもいました。
「さて、そろそろ夜明けが近い」
「もう?」
「夢のなかは時の流れが違うからな」
「そっかあ」
灰色の空が、だんだん白く、明るくなっていきます。
まぶしくなって、目をつむって。
つぎに目をあけると、ツムギは布団のなかでした。頭のしたから声が聞こえます。
「起きたかツムギ」
「ばっくん、おはよう」
「どうでい、あっしの夢喰いの鮮やかさは見事だったろう?」
「うん、すごかったね。でもばっくん、あの夢、おいしかった?」
「応ともさ。前途ある若人が大望を抱かんと決意し、明るい未来へ目を向ける、なんとも素晴らしい最高に美味な夢だったぜい」
バクの言うことはむずかしくて、あいかわらずツムギにはよくわかりませんでしたが、どうやら満足したらしいことはわかりました。
だからツムギもうれしくなって、バクといっしょにグシシと笑ったのでした。
◇
もういくつ寝ると、お正月。
お年始にはアズキさまのところへお参りへ。
ツムギの見た初夢は、しましま模様のバクの背中に乗って、日本中を旅するものでした。
幼稚園がはじまったら、いちばんの仲良しであるナギサちゃんに、秘密のお友達であるばっくんのことを教えてあげましょう。
そうしていっしょに、夢のなかで空を飛ぶのです。
それはきっと、とてもたのしい夢になることでしょう。
お読みいただき、ありがとうございました。
この作品は「ぼくとタマさんと秘密のノート」という作品と同じ世界を舞台にしています。
あちらより、ちょっぴり過去のおはなしです。
また、守り神である「アズキさま」については、「神さまの奉公人」を読めば、わかるかもしれません。
シリーズにまとめているので、そちらからどうぞ!