転生したらヒロインが薩摩系でした
ユーシャちゃんはもう少しINTに
ステを振った方がいいですよ。
「ゴン閣下のお側にあって20年!
全盛を過ぎたとは言えこのダグラス!貴様ら若輩に遅れを取る事はないと知れ!」
追いついた先ではゴン兄さんの部下である軍人のダグラスさんと、ユーシャちゃん、ザンテツ、クオタの3人が向かいあう形となっていた。
「うわあ! 凄い気合! でもアタシだって負けないよ!」
ユーシャちゃんはあの細い腕のどこにそんな力があるのか3本の矢を同時にダグラスさんに向けて射る。
「踏み込みが足りん!」
だがダグラスさんは歴戦の猛者、キャリア数十年のでぇベテランだ。盾、剣、更には小手を駆使する防御術に長けた彼はその全ての攻撃を難なく弾く。
「それはそうでしょう。必殺の一撃を見舞うつもりもないのになまじ踏み込み、動きを止めるなどナンセンスです」
だが、それは囮だったのだろう。
クオタ君はユーシャちゃんが矢を放つと同時にダッシュでダグラスさんに肉薄しショルダータックルの構えに入る。メガネキャラなのにバリバリの武闘派なんだよね、クオタ君って……。
「だが手の内を晒すのは更に愚策なり!」
ダグラスさんはタックルをシールドバッシュで相殺。いや、力はダグラスさんの方が上。しかも鋼や鉄より遥かに強靭で重たい超合金製のシールド。交通事故でもそうだけど、ダメージは重量が軽い方が痛手になるんだ。
クオタ君は吹っ飛ばされつつも体勢を立て直し着地する。すげえな、ゲームや漫画の世界とはいえ目の当たりにするとマジ感心するわ……! って遊びに来たんじゃねえんだぞ! 解説やアトラクションの観客やってどうするんだ!
「クオタ君!」
俺は武技である『アイテムスルー』を発動させ、クオタ君にポーションを投げ渡した。
「ボン氏……?」
「ボン様!?」
クオタ君もダグラスさんも信じられないといった表情をする。そりゃそうだろ。名家の悪役貴族が平民と没落貴族の味方をするなんて誰が思うか。クオタ君はデータ魔だから特に。
『ダークイリュージョン!』
更に俺はダグラスに幻影を見せる魔属性の魔法をかける。これで暫く時間稼ぎが出来る筈だ。
「どったのボン君?わざわざ俺達を助けにくるなんて。しかも一人でなんて。噂に聞いた君らしくなくね? 増して俺達恋のライバルじゃん?」
ザンテツが鞘に収まったままの太刀に手をかけて尋ねる。それはそうだ。俺とダグラスさんがグルになっている可能性もあるからな。
【抜刀術】スキルを持っているからだろうけどいざ対峙すると怖い。
首を撥ねられて死ぬ瞬間のイメージが浮かんで頭から離れなくなる感じだ。
「ああ、うん。確かに君の言う通りだよ。俺には似合わない行動だと自分でも思ってる。だけど……ザンテツも言ってただろ?人間つるむ理由は楽しいかそうじゃないか、好きか嫌いかだってさ。俺はお前らといると楽しいし、好きだからさ」
何だか恥ずかしくなってきたがここで言わなければ男が廃る。
「だから助けるよ。友達として!」
「……こりゃ一本取られたね」
柄から手を離してザンテツは苦笑する。
「成程。感情のままに動くのは感心出来ませんが、そういうデータならありですね」
クオタ君も納得してくれたようだ。よかった……。
「……宜しいのですなボン様。
ジン様はおっしゃいました。『本来ならばあり得ぬことだがもし我々にボン様が向かってくるならば、いかなる理由があろうと手加減は無用』と」
幻影に包まれても俺のいる位置が解っているかのようにダグラスさんは語りかけてきた。やはりジン姉さんは俺が本物のボン・ノワールじゃないと疑っているのだろう。しかし、今更イモを引く訳にはいかない!
「ぬおおおっ!」
ダグラスさんは幻影に包まれても岩を散弾の様に剣で蒔き散らす事で反撃してきた。ゲームで命中率が下がらないのはバグじゃなくてこういう仕組みだったのか!? 俺は慌てて飛び退くが、ダグラスさんは目測をつけたのか魔法の矢『マジックアロー』を撃ってきた。
ヤバい! かわしきれない! だがその時、
「ぐあっ!」
クオタ君が俺の前に立ち、肩で受けてくれた。
「クオタ君!」
「大丈夫です、致命傷ではありません。データがそう示しています」
そう言いながらもクオタ君は膝をつく。タンク型とはいえダグラスさんのマジックアローをくらって平気でいられるわけがない。どうやってこの状況を打開する!?
「この……っ!」
矢の尽きたユーシャちゃんは弓の部分を刃にして斬りかかる! そういう使い方も出来るんだ……。
だが、
「若いな。そちらから来てくれるなら幻影には出せぬ気配も察知できるというもの」
「あぐっ……!?」
ダグラスさんはユーシャちゃんの攻撃を剣で防ぐと腹に膝蹴りを見舞い、更に顔が下がった所にトゥーキックを叩き込む。えげつねえ……!
慌ててユーシャちゃんの所に駆け寄ると気絶はしていないが顎が血塗れになっている!
「ゴフッ……! ヘーキヘーキ!」
赤黒い血を吐き出しているのに強がるユーシャちゃん。明らかに顎を砕かれているのにごくん、ごくんと口内に溢れている血を嚥下し、再び立ち上がる。これが主人公ってやつか……。
(大丈夫! 生きていれば何とかなるよ!)
と言いたげにサムズアップして俺を元気づけようとして来る。
「その根性、見事。しかし戦いは覚悟のみでどうにかなるものでもない……ぬう!?」
「キエェアァァァァ!!!」
その時ザンテツが凄まじい雄叫びと共に【抜刀術】をダグラスさんに向けて放つ!あの技は相手の鎧や小手の隙間を狙って出血状態にさせる技『彼岸花』だ。
けど、ダグラスさんには通らなかった。
「見事。だが練気に対し武具がついてこれなかった様だな」
ダグラスさんの小手は超合金製だ。しかも防御の為に魔法銀で編まれた手袋も装備していた。恐らくあれが防御力を高めていたんだろう。
そして、ダグラスさんは剣を持っていない方の左手に魔力を集中させ、
「破ぁー!」
掌底を放つとそこから衝撃波が放たれ、ザンテツが跳ね飛ばされた。
「どうやら五体満足なのはボン様だけの様ですな。いかがなさいます?
私ならば潔く降参致しますが……」
切れ味バツグンな剣を中段に構えながらダグラスさんは降伏勧告をして来た。確かにそうだ。普通はそうする。
いや、生前の俺なら「やってられねえよこんなクソゲー!」とか毒づきながらリセットボタンに手を伸ばしただろう。
だけど、いや、だから俺はダメだったんだ。クオタ君が俺を庇ったこと、ユーシャちゃんの痩せ我慢と根性、ザンテツの必死さはリセットしちゃいけないんだよ!
できることなら転生前に知りたかったが……まだ間に合う!
『ダークイリュージョン!』
再びダグラスさんを撹乱するための幻影を出す。
だが、
「実戦において二度も同じ手は通じませぬ!」
ダグラスさんは盾と剣を構えて突進して来る。歴戦の勇士に同じ手は2回も通じない。成功率減衰バグはバグじゃなくて現実だったのかもな!だが、俺は諦めねえ!
「うわああああ!!」
俺は両手をブンブン振り回してダグラスさんに飛び掛かる。いわゆる泣くと強いぞパンチって奴だ。
「……捨て鉢な特攻はノワール家の家名に傷がつきますぞ!!」
当然の様に俺が与えたダメージはゼロ。
寧ろ全身が砕けるんじゃないかって位の峰打ちを肩に食らわされた。まあ、当たり前だ。奇跡なんて起こるわけがない。
『なんか不思議な事が起こってダクラスさんが吹っ飛びました』なんてなったら現実未満のクソゲーだからな! けど捨て鉢に見えてもこっちには秘策がある。
「『ザミカル』!」
「ぐぬうっ!? 目がっ……!」
俺は至近距離で照明魔法の『ザミカル』を放ち即興のフラッシュグレネードに仕立て上げた。本来のゲームでは目潰し効果はないが効果はてきめん。
ダグラスさんは目を抑えて呻き声を出していた。
そこに更に俺は武技『アイテムスルー』でダクラスさんに油瓶をぶん投げた!
中身はただの灯り用オイルだが。
「ぬおおおっ!?」
ダグラスさんは更に暗闇状態になり剣を落としてしまった! これならどんな攻撃でもクリティカルになるはず……後は最大級の一撃を喰らえれば……! そこは学園一バーサーカー気質のユーシャちゃん! 咄嗟に顎が割れているのに血反吐を吐きつつ全力で走ってくる!
「ザン゛デヅグン゛ッ!! がだな゛ァっ!!」
普通なら百年の恋も覚めるんだろうけど、今は逆に惚れ直すね! ザンテツは咄嗟にユーシャちゃんに刀を投げ渡し、彼女は見事キャッチする。
「どり゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
俺とユーシャちゃんは同時に叫び、俺はユーシャちゃんのハイジャンプのための踏み台となり、ユーシャちゃんは渾身の力を込め、ザンテツの太刀を振り下ろす!ザンテツの太刀はダグラスさんの小手の隙間から入り込み、手袋に阻まれるもののダグラスさんの手首に突き刺さる!
「や……ったあ……!」
ユーシャちゃんは全力を使い果たしたのか受け身を取る余裕もない。だから咄嗟に俺がマット代わりになってユーシャちゃんを受け止める。これがホントの尻に敷かれるってやつかもね……。
「……お見事。これは私の敗北を認めざるを得ませんな」
ダグラスさんは文字通りに兜を脱いで俺達の健闘を讃えてくれた。初老で白髪の渋いおじさんだ。
歴戦の勇士だから回復魔法の一つや2つ使えるのは当然で手首の傷は完全に塞がっていた。
俺達も回復してほしいけどそれは流石に甘え過ぎだよな……。
「はは、どっちが勝ったのかわかんねーって感じじゃね?」
「全くですね。ですが勝負に負けたとて試合に勝ったのならば勝ちは勝ち……データがそう示しています」
「あはは! クオタ君面白いね!」
クオタ君はホント揺るがないなあ。眼鏡にヒビ入っているのに取ろうとしないし。ユーシャちゃんは口から血を垂らしながら面白がってるし。ユーシャちゃんも大概面白いけど。すると俺達を魔法陣が包む。
これは全員に長時間の再生効果をつける土の魔法陣『ルプリアルへ』の筈だ。だから名前に対して効果が分かりづらい! ダクラスさんのサービスかと思ったが彼は首を横に振る。
「やれやれ……戦闘終了後の回復を怠るなんてやはり平民、成り上がりの一代伯、辺境の没落貴族、極めつけはノワール家の残り滓のパーティは駄目だな。新鋭の男爵、マッセ家に生まれた私がフォローしてやらんと……」
などと言いながら現れたのはカウ・マッセだ。
来るのが遅い! お前はイベントバトルが終わった後やってくるNPCか! ……いや、NPCだったわ!
回復してくれるのはいいけどネ!
「えへへ! 治してくれてありがと!」
カウにユーシャちゃんが感謝のハグをする。人懐っこいよなホント、あとぶっちゃけ羨ましい。
一方のカウは耳まで真っ赤になる。
「は、は、離れたまえっ!これだから平民の娘はダメなんだ! 恥じらいというものがまるでない! いいレディがはしたないぞキミ!!」
ユーシャちゃんは素直に離れた。
カウのこのリアクション……アレだな。うん……アレだ。
ザンテツに目配りすると流石女好きのザンテツだ。ニヤニヤしながらカウの肩に手を回す。
「な、何だね! 礼を言うならば間に合っている!」
「いや〜、それよりカウ君童貞?」
「……ど、ど、童貞ちゃうわ!
いや、誰が童貞だ! 私は由緒正しきマッセ家の跡取りだぞ! 女性などこの学園に入学してから100人は抱いたわ!」
カウはゆでタコみたいに顔を赤くして反論する。なんだろう、ウソつくの止めてもらっていいですか? なんかそういうデータあるんですか?
「それは不可能だ。我々は学園に入学してから2週間と経っていないし女生徒は一年生で58人。ユーシャ氏を除いたとしても57人。一般市民の立ち入りは禁止しているから適齢期の店員や教師を入れても90人程度。しかも全員貴族の子女。手を出せば生徒の話題に登る筈。つまり貴殿は入学前、もしくは入学後に100人以上の女性経験はないはずだ」
「あああああああ!!」
やめてさしあげて! カウのマジックパワーはとっくにゼロよ! 泡拭いて倒れる寸前だよ!
「愉快な学友をお持ちになりましたな……」
あーもー! ダグラスさんの顔も引きつってるし! 早く刻印付の水晶を持っていって以上! 終わり! 閉廷! 皆解散!
ー
……で、結果から言うと俺達はビリから二番目の成績だった。
因みに一位はあのオレサマ・ノツモリダだけど皆しらーっとしていた。
まあ、俺とカウを見捨てて自分だけ水晶持って帰ってきたらそうなるよね……。
「どうして! どうしてよ! 私は一番でゴールしたのよ! なのにどうして皆、喝采の拍手をくれないの!?」
オレサマはみっともなく喚き散らす。でも誰も答えようとしなかった。そういうとこやぞ。
「え?俺にこの刀を!?」
「私にも弓と小剣くれるんですか!?」
「ガハハハハ!貴様らはボンを守るためにダグラスの奴が舌を巻くまでに健闘してくれた様だからな!
これは俺個人の好意の証だ!」
ゴン兄さんはユーシャちゃん達を呼び寄せるとそれぞれ武器を渡した。弓も刀も非売品のレアドロップ品じゃん。期間限定のザコからしかドロップしないからコンプするの大変だった奴だ……。そして最後にクオタ君の番になったんだけど。
「私個人には報奨は不要です。それよりも約定をいただきたい」
そう言ってゴン兄さんに向き合う。
真剣な顔つきにゴン兄さんも表情を引き締めた。
「約定か?なんだ? クラウド家の爵位を永世にしてくれとでも?」
「それは明らかに我家への過剰評価です。私が欲しいのは辺境警備兵への迅速な兵站並びに支援、辺境における定期的な技術交流の許可を頂きたいのです」
おお……クオタ君は俺よりも遥かに未来を見ている……。
クオタ君の慧眼ぶりにゴン兄さんの口角が上がる。
「いいだろう。後者は母者の仕切り故に確約はできんが辺境への兵站支援はこの俺の名と誇りにかけて約束する!」
おお、とダグラスさんを初めとした軍人さん達が感嘆の声を上げる。
流石はクオタ君。領土は違うけど同じ辺境扱いの所から来ているザンテツはクオタ君の手を取って感謝していた。
「切れる男だな」
「そうでしょジン姉さん!」
ジン姉さんは表向きクオタ君を褒めていたが俺は見逃さない。目は鋭いままでクオタ君を明らかに危険視している。そしてその疑心は俺にも向けられているのを。
「ガハハハハ! そう言えばボン!
今週の休みは地元に帰ってこい!」
「い、いや! いいよそんな!俺だって負けて悔しいし休日だなんて
言ってられないからさ!」
「ガハハハハ! ならば益々帰ってこい! 俺がマンツーマンで指導してやる!」
「やめておけボン。こうなった兄さんは絶対に引かないぞ」
ジン姉さんにこれ以上疑われるのは
マズイ。しかも休日返上トレーニングという事態に。
なんでこうなるの?
しかし、この帰省が新たな波乱を呼ぶことになるとはこの時の俺はまだ知る由もなかった。