転生したら害悪パーティーに編入されました
かくして魔法学園に入学した俺、ボン・ノワールとユーシャ・アベルだったけど前途は多難だった。ユーシャちゃんは平民出身でしかも俺がノワール家の権力で無理矢理合格させたと拡大解釈した噂が流れている。
しかも男女なのに相部屋だと言うイヤ〜な気の遣い方までしてきてる!
ゲスすぎんだろここの校長! 風紀はどうした風紀は!
俺は生前彼女いない歴=年齢のいわば色恋のNPC!
導かれしものではないからどうすればいいのか解らないっての!
とりあえずユーシャちゃんに嫌われない様にしないと……
「き、今日はいい天気だすね!」
何だよだすね! って! どこの田舎もんだ! でもユーシャちゃんなら許してくれるはず……。
「あはは! もう夕方だよ?」
「いやあ笑顔が眩しいからてっきり朝が来たのかなと……」
「ボン君って面白いね。私はユーシャ・アベルです。よろしくお願いします」
そう言って彼女は手を差し出してきた。握手を求めている様だ。やったぜ! 第一印象は今サンだけど仲良くなりたいと思ってくれてるみたいだ! これは好感度アップ間違いなしだぜ!俺は彼女の手を握り返す。
うわあめっちゃ柔らかい!
弓矢をポンポン撃ち出しそうなゴツゴツとした指とは違い、女の子らしい小さく華奢な手がそこにはあった。これが女子の手か……なんか感動するなぁ……。生前じゃ絶対に味わえない感覚だもんな。
「あれ? ちょっと汗ばんでない? もしかして緊張してた?」
ユーシャちゃんの困惑気味な声が聞こえてきた。
しまったあああ!! 俺ったらつい夢中になってずっと握っていたじゃないか!!これじゃまるで変態さんみたいじゃん!
「ごめんなさい!! 決して変な意味では無くてそのえっと……柔らかくて気持ち良かったというか……あっ! 別に変なこと考えてた訳じゃないんだよ!? ホントだよ!!」
テンパりすぎて自分で何を言っているのかよくわからない。でも何か言わないともっとヤバくなる気がする!
「そうなんだよボン君! 矢を放つ、剣を振る時に必要なのは硬さじゃなくて脱力と柔らかさなんだよね!」
なんか同好の士を見つけた早口オタクみたいな勢いでまくし立てている。だが美少女だ。マジかわいい。
「へー。そんな考え方もあるんですね」
とりあえず感心しているフリをする。するとユーシャちゃんは嬉しそうに話し始めた。
「そうなんだよ! それでさ……」
うん。やっぱりユーシャちゃん可愛いな。こんな子が相部屋とか最高すぎるだろ! この世界に転生させてくれた神に感謝だ! ありがとう神様! そしてついでに校長も感謝だ! そして俺はユーシャちゃんから武技トークを消灯時間ギリギリまで聞かされ続けたのであった……。
「で、あるからしてこの世界には6大属性と分派した12属性があり……」
座学の時間であるが先生の話はこのゲームのマニアなら「もう耳にタコだよ」って位聞いたであろう内容なので正直つまらない。属性多いけど正直デバフ撒いてバステにしてバフかけて殴った方が早いってゲームバランスだったしなあ。あと火、魔、風、毒以外に人権はない。
「コラ! ボン・ノワール! 聞いているのか! 今、私が言った事を復唱してみろ!」
「あっはい。この世界には六大属性とそこから分派した12属性がありまして……」
「ならその属性を暗唱してみたまえ。私の授業を聞き流そうとする位なのだから当然できるだろう?」
うわ〜……メンドくさ。こういうタイプって俺がスラスラ答えると顔真っ赤にして更に詰めてくるんだよなあ。かと言って解りませんと言えば嵩にかかってネチネチしてくるに違いない。それならば……。
「え〜と六大属性は火、風、水、土、光、闇で12属性はその6つに合わせて氷、金、毒、木、聖……え〜と、後はー……」
ホントは知っているが、ここは敢えて答えに詰まる。すると後ろの席にいたションベン漏らし……もといカウ・マッセが補足、もとい美味しい所を持っていった。
「魔属性だよ。君に唯一適性のある属性なんだから覚えておきたまえ。支援や妨害に特化した日陰者の様な魔法を使う事になるが、まあ君の実力では仕方ないだろう。何せ平民に遅れを取る様なノワール家の残り滓だからね」
はい出ました。こいつの嫌味攻撃。
なかなかデバフ攻撃得意じゃない?素質あるよ?
「すいませんでした……」
「フンッ!わかればいいんだ。全く、貴族でもない奴らに負けるなんて……。君のような出来損ないは本当に困ったものだよ。因みに僕は6大属性全てを扱えるが君は?」
マウントコンボに発展してるし。俺は凄い! お前はクズ、格下、劣化したゴミ! と熱弁しなければ死ぬ病気なんだろうか? 大変だなあ……。
そこで授業終了の鐘が鳴った。
「よし、今日はここまで。明日は実践訓練を行うからな。しっかり準備しておくように」
そう言って教師は教室から出て行き昼食の時間となった。
「ボン君ボン君! 一緒にご飯食べに行こーよ!」
ユーシャちゃんが誘ってくれた。嬉しい。でも俺なんかと一緒にいたらまた変な噂立てられちゃうんじゃなかろうか。しかし断る理由もないので了承する。俺達は食堂へと向かった。この学園の食堂はビュッフェ形式となっており自分で好きな料理を取りに行くスタイルである。き、貴族だな〜! いや、今は貴族なんだけどさ。タッパが有れば詰めて帰りたいがそんな恥さらしは出来ないし、そもそも無い! 悲しいなあ……。
というか、ユーシャちゃん肉取りすぎじゃない!? まるで肉のホールケーキ状態じゃないか!?
「ゆ、ユーシャちゃん大丈夫!?」
「何が?」
心配になって声をかけたが、ユーシャちゃんはキョトンとした表情をしている。そんな無防備な所もかわいい! じゃなくて!
「いや、そんなに食べられる?」
「ヘーキヘーキ! 私は食べても太らないタイプだから!」
彼女は笑顔で言い切った。何とも眩しい!
「でも無理はしないでね? お腹壊すかもしれないし……」
「ふふん♪ボン君って優しいんだね? でも大丈夫だってば!」
……大丈夫でした。しかもお替りすべく空き皿片手に再び列へと並んだのであった。と、とんでもないな……。やはり主人公故か? しかし彼女の食事風景を見ていると何故か幸せな気分になる。きっとそれは彼女が幸せそうに食べるからだ。俺も何か取って来ようかな。すると、誰か見知らぬ奴が座ってきた。
「ゴメン?ここ座っていい?」
事後承諾を取る辺り結構ずうずうしいタイプだな。髪は金でライオンみたいにツンツンしてる。イケメンではあるがなんかチャラそうだ。
……ていうかコイツはザンテツ・キリステじゃないか?
【ドレイクユニバース】の仲間キャラの一人で女好きで軽薄なキャラだが近接戦闘、特に刀の扱いに長けている。この世界じゃ廃れた【抜刀術】という特殊な技も習得していく強キャラなんだ。このゲーム素早さ至上主義だから手数の多さがそのまま強さに直結するからな。
ただパーティに男がいるとやる気を無くす事があるわ、かと言って女の子ばかりのパーティだとやたら口説いたり何なりして空気を悪くするという諸刃の剣。そういうキャラなのだ。
「あ、いいですよ」
「ありがとさん!」
ユーシャちゃんは料理を取っている。今度は肉のタワー作りにチャレンジしている様だ。
「食欲旺盛な子ってさ、夜の方も旺盛ってマジ?」
んぐっ!?遠巻きに見つめていたと思えばとんでもない質問を投げかけてきた。
「ちょっと、いきなり何を……」
「え? そういう関係じゃないの?」
目をパチクリさせながら悪びれる事なく俺に聞ける辺り、正直なタイプだなあ……。
「そ、そんなワケないだろ!
ここは学園だよ! 不純異性交遊は禁止されてる! 退学モノだよ!」
「ははは、言ってるだけだぜ。
ここの連中は言ってることとやっている事は違うんだよなあ……」
彼はそう言うと遠くを見るような目つきになった。
「えっと……?」
「ま、そんなゴシップは置いておいてユーシャちゃんとボン君ってマジで何にもないわけ?」
「ないよ!」
今、ユーシャちゃんにそんなことをしたら彼女の心に深い傷が残るでしょ! バッドエンド! クジョがドレイクスレイヤーを復活させて世界は崩壊しちゃうの!
「ホントにぃ〜?じゃ、俺がユーシャちゃんを狙ってもいいワケね」
そ、それも困る。恋人関係のキャラがいるとグッドエンドルートに進んでしまい、ドレイクスレイヤーが復活してしまう! 世界崩壊待ったなし!
「ダメだ!絶対に許さないぞ!」
「いや、フツーに意味わかんないけど?自分は手を出さないけど他人に手を出させるのも許さないとかどんだけ自己チューなのキミ?彼女の幸せ考えてる?」
陽キャの正論パンチはやめてくれ! 四倍弱点! 即死! めのまえがまっくらになってしまった!
「どしたん? 黙ってたらキミの本心がわかんねーけど? ワリーけど俺、人の心は読めねンだわ」
「ごめん……。でもユーシャちゃんは渡せない」
「フーン……」
ザンテツは俺を一瞥するとフッと口を歪めた。
「な、何だよ……」
「いや、何でもねーよ。ボン君とは仲良くできそーだなと思っただけ。けどユーシャちゃんは俺が貰うから安心しなよ」
え? 恋のライバル宣言されてる? しかも何か気に入られた。乙女ゲーでいうオラオラ系キャラのよくある「おもしれー女」みたいな顔されてるし。
「どしたのー?」
肉のタワーというか肉の山を形成したユーシャちゃんが席に戻ってきた。
「いや、何でも……」
「いや、俺とボン君で男同士の真剣な話をしてただけ。なっ、ボン君!」
肩をバン、と叩かれた。少し痛い。
「うん、そうだね……」
「へ〜! どんな話してたの?」
「それはヒミツ! ユーシャちゃんには教えらんねえな〜」
「え〜! 気になる〜! 私も仲間に入れてよ!」
な、なんという青春空間……。
しかも当事者になるとは。
「んー! おいひー!」
「お、本当だ! こりゃ美味い!
実家じゃ肉は高級品で滅多に食べられないからな〜」
ザンテツとユーシャちゃんはご満悦だった。しかしどこに入るのかな……あの量。ユーシャちゃんが幸せそうだから良いんだけどさ。と、その時。
「この料理を作ったの誰?」
まるで鞭を打つ様な声が響く。
見ればヘアバンドをつけた青いロングヘアの女生徒がいた。学食にケチつけるとか女王様だなあ……。すると調理スタッフらしき人達が前に出た。
「はい、私が作りました」
「貴方、こんな失敗作を堂々客に出していたの? 信じられないわ。これだから平民は嫌いなの。貴族に媚びる事しか出来ない能無しのくせに」
彼女は蔑むように言った。
確かに料理が冷めてるのはわかるが、どこが失敗作なの?
「料理が失敗作……?」
調理スタッフの人は頭にハテナマークを浮かべている。それが彼女の癪に触ったらしい。水を躊躇いなくぶっかけた。
「な、何をするんですか!?」
「ふん、まだわからないの? アンタはクビよ。さっさと消えなさい」
「な、何故ですか! 私はレシピ通りに料理をきちんと……」
「うるさいわね! この料理をどう見たら成功に見えますの! ほら良く見なさい! この料理はロースを使うべきなのにバラ肉が混じっているじゃない! これで良くレシピ通り作りましたなんて言えたものね! 恥を知りなさい!」
「うぅ……」
いや、切り損じが混じったとかそのレベルだよ!?寧ろ量が増えて今日はツイてるな♪ ってなるべき所だよ!?
「もういいわ。アンタは出て行きなさい。そして二度と私の前に顔を出さない事ね」
「そんな……! お願いします! どうか解雇だけは!」
必死に縋り付くそんな彼女に付和雷同するかの様に他の生徒達も騒ぎ始めた。
『そうだよなあ。何かちょっと違うなあって思ったんだよな』
『そうよね。流石オレサマ・ノツモリダ様だわ!』
『あーマッズ! 貴族に対してこんなゴミを食べさせるなんて、コイツ王国のスパイじゃないの?』
ええ?さっきまで美味い美味いって食べてたじゃんかコイツら! 手のひら返すの早すぎでしょ!
「皆さん……! どうして……!」
ショックを受ける調理スタッフさんに対して更にショッキングな事態が巻き起こった。
ガシャン! ガシャンガシャン!
何とオレサマとかいうやつのお付きのメンバーが皿ごと料理を床に捨て始めた。ギリシャの貴族だってもうちょっと頭がマトモだぞ!!
「何やってんだ! あんたら!」
俺は思わず叫んでいた。
「あら? 誰かと思えばノワール家の残り滓じゃありませんの?三世大公と謳われる名家に産まれる事に才能の全てを使い果たした無能が一体何の用ですの?」
「そうだそうだ! そこの平民に遅れを取った貴族の恥晒しは黙っていろ!」
「それにアンタだって入学前には嬉々として平民虐めに参加してたじゃない! 今更いい子ぶる気?」
いや、虐めって認めるんかい!
思わずモブっ子貴族にツッコミを入れる所だった。
「ふ、ふざけんな! お前らのやった事はいじめとかそういう次元の話じゃねえだろうが!」
「はぁ? 何言ってますの? これは教育よ! 平民は貴族に従うモノだと教える為の教育なのよ。私達は悪くないわ」
「そーよ! そーよ!」
「そうだそうだ!」
ダメだ、こいつ等話にならん。人間の感情の一部が欠落してやがる。俺が言葉を失っているとキリステが口を開いた。
「いや、フツーに食べ物粗末にしちゃダメでしょ? ユーシャちゃん。この辺の肉は床に落ちてないから大丈夫っぽいよ♪」
「ホント? やった!」
「いや、喜び方がおかしいからね!」
俺が言うと二人が苦笑した。
「いや〜面目ない」「メンゴメンゴ」
「……というか貴方、キリステ辺境伯の長男でしょう? そんな貴方が何故平民やノワール家の残り滓と馴れ合っているのかしら?」
オレサマが俺とユーシャちゃんを見て言った。しかし口を開けば罵倒か悪口雑言。帝国の民度終わりすぎだろ。
「え? フツーに意味わかんねぇ。付き合うのに理由っている?つるんで楽しいかそうじゃないか。好きか嫌いか。それで十分だろ?」
「あ、それ分かるよザンテツ君!」
な、何という主人公オーラ!? ザンテツってこんな侠気あるヤツだったか? 個別シナリオは見ているし恋人エンドも見ている筈だが……。
しかしこのオレサマってヤツも原作には登場していないし、どうなってんだ?
「ふん、まあいいわ。貴方達のような底辺貴族に期待しても無駄よね。せいぜい学園内でイチャイチャしてなさい。そして没落すればいいわ」
「な、なんですって!」
「あ、残念。ウチはもう没落貴族一歩手前だから♪」
これに関してら個別シナリオで見たからそれは俺も知っている。ザンテツの家は警備軍維持のため貴族にしては火の車だ。だから資金援助をもちかけるために学園の貴族の子に粉をかける必要があったんですね。
とにかくオレサマは不機嫌な様子で去って行った。
「なんなんだアイツ……」
「オレサマ・ノツモリダ。貴族至上主義者の筆頭ナニサマ・ノツモリダ侯爵の一人娘。彼女は自分の父親が権力者である事を笠に着てやりたい放題って子さ」
皆ゾロゾロ出ていく中、いかにもデータ重視系のメガネをかけたインテリ風の男が説明してくれた。ちなみに彼の名はクオタ・クラウド。攻略可能キャラの一人だ。
「ありがとうございます。けど、どうしてそんなに詳しいんですか?」
知ってはいるけど尋ねるのはお約束だからな、うん。
「それは秘密だ。ただ、一つ言えるのは彼女は君の敵ではないという事だ」
メガネをキリッとさせてとんでもない事を言われた。あんなのが味方とか縛りプレイにも程がある。
「……わかりました。ご忠告感謝します」
「ああ、健闘を祈る」
……あれ? なんか変なフラグが立ってないコレ? いや、マジであんな奴が味方とかないわー。マジでないわー。
「え?という事はボン君とアイツはいずれ友達になるってこと? 友達は選んだ方がいいよマジで」
ザンテツ君が真面目な顔で言う。その気持ちはわかる。でもな、もう手遅れなんだよ。
「あー……うん。頑張るよ」
俺は遠い目をするしかなかった。そして昼休み終了のチャイムが鳴る。
ー
「え〜……それでは午後の授業は3人でチームを作って、この調査用ダンジョンに入ってもらう」
やめてくれ先生、その提案は俺に効く。
それはそうとうわ、出た。序盤屈指の詰みポイントと言われるあのイベントだ。
回復アイテムは指定数しか持てない。
セーブポイントはあるけど回復施設がない。
ガンガン麻痺らせてくるザコ敵。
明らかに調整をミスッたボス。
中に宝箱がない。
……まあ、セーブポイント自体が今はないし、あとクソエンカの一因はボンが嫌がらせのためにゾンビ召喚をやらかすせいでもあるんだが……。
「……ねえ、ちょっといいかな?この授業って僕達の実力を見るためのものじゃないの?どうしてこんな低レベルな連中と組まなきゃいけないんだい?」
はい、来ました!このセリフを言うのは誰でしょうか?そう! カウ・マッセ君! 原作の俺……もといボン・ノワールの台詞をそのまま言うんじゃありませんよ!
「あらあら、カウ・マッセさん。貴方、まさか私達が足を引っ張るとでも言いたいのかしら?だとしたら失礼ですわよ」
オレサマが言う。貴方の家には鏡がないのですか?
「別にそういうわけじゃあないよ。ただ、僕はもっと実践的かつ高レベルのモンスターが潜むような場所の方が訓練になると思うんだけどな」
え? この子絶対自分が死なない前提で話してるよね? 何で無意味なリスクを取るの? ゲームだけどゲームじゃないんだから経験値100のモンスター一匹にギリギリで勝つより、経験値1のモンスター100匹に楽々勝った方が良くない? 負けたら死ぬんだよ? 戦闘不能じゃないよ?
「うーん……。確かに」
確かに。じゃないよユーシャちゃん! キミが死んだらこの世界破滅だよ!? わかってる!?いや、解ったら解ったで大変な事になるけど!
「ガハハハハ! 今期の新入生は皆元気があっていい! ボンも此の位血気に逸る所があればなぁ!」
「けれど元気すぎるのも問題だよ兄さん」
こ、この笑い声は……ゴン兄さん! それにジン姉さんまで! 原作にはこんなイベントはなかった筈なのに!?
「なに、お前がここで遊び呆けていないかと気になってな! 様子を見に来たのだ!」
「いや、遊んでませんよ!?」
俺が叫ぶとまたもや大爆笑が起こった。ユーシャちゃんやザンテツもクスクス笑っているがクオタはスルー。
「ガハハ! 冗談だ!」
「全く、貴方って人は……」
ジン姉さんがはあ、とため息を漏らしつつ軍帽を被りなおす。めちゃめちゃ苦労してそうだ。
「高レベルのモンスターがいないのが不満と言ったな? ならば俺がそのモンスターの替わりを勤めてやろう!」
この言葉にはクラスもざわめく。そりゃそうよ。序盤のダンジョンに終盤の章ボスとエンカしたらバグを疑うよ? ジン姉さん、何とか止めてくれ。
しかしジン姉さんは諦めた表情を浮かべていた。
「兄さんの事だからこうなった以上もう止められないね。まあ、兄さんは死なない程度に加減はできるけど万一の事もある。何人か兵士をモンスター役兼救護班として先行させておくよ」
さ、流石ジン姉さん。何らかの手を打ってくれている! これで安心……できないのが悲しいところだ。
何人かの生徒、それも貴族至上主義者はここがゴン兄さんに自分を売り込むチャンスだと思ったらしく、俺と組みたがる有様だ。
バカ! お前らNPCと組んでも命令聞いてくれねーし、経験値泥棒されるだけだろうが!くそっ!なんつー面倒な状況なんだ!
「モテモテだね、ボン君!」
「ま、俺ちゃんがきっちりユーシャちゃんを守ってみせっからさ! 大船に乗ったつもりで任せときなって!」
「前衛二人に後衛が一人……。まあ、何とかなるでしょう」
ああ! ユーシャちゃん、ザンテツ、クオタでパーティ組まれてるし! で、なんやかんやあって俺はよりにもよってカウとオレサマという地獄みたいなパーティーを組む事になった。頼む! 実力者であってくれ! ゲームの世界なのにステータス画面が開けないから確認できない! コントローラーが欲しい!そんな事を考えながらダンジョンへと入っていく。
「ボン様のご出陣! ご出陣!!」
するとジン姉さんが指揮する軍楽隊の演奏が始める。め、滅茶苦茶恥ずかしい! 穴があったら入りたい! そこにダンジョンがあるじゃろ? 喧しいわ!! しかもこの音楽、地味にバフ効果付きなんだよね。なんか下駄を履かされている様な気分だ……。
「ボン君は本当に閣下達に愛されているんだねぇ」
「勘弁してくれ……」
「ふふ、大丈夫ですよ。いざとなったら私が守って差し上げますわ♪」
オレサマが笑う。その笑顔はとても魅力的だったが、女ってコワ〜……。さっきは俺の事無能とかノワール家の残り滓って呼んでいたのに掌返しやがって……。それとも多重人格? 今は解離性同一性障碍っていうらしいけどネ!
ー
「えーと、取り敢えず奥にある刻印が掘られた水晶を持ってくればいいんだよね?」
周囲を明るく照らす『ザミカル』の魔法を発動させつつ、俺はカウとオレサマに話しかけた。
しかし『ザミカル』ってなんだよもっとこう『テラース』とか解りやすくしてくれ!
「はい、それでクエストクリアになりますわ」
「でもその前にまずは小手調べと行こうじゃないか。
おーい、そこのスケルトン達!
僕達にかかってきたまえ!」
オイオイオイ死ぬわ俺達。何でカウくんは自ら無駄な狩りを行うの? レアドロップでも狙ってるの? しかも魔法タイプなら無駄な消耗は抑えるべきだよね? まあ、俺も人の事は言えないけどさ。何て事を考えている内にスケルトンが3体こちらに向かってくる。
「へぇ、結構骨のある奴等だね。スケルトンだけに」
いや、俺上手いこと言ったよね? みたいな顔をされても……生前のクソ上司を思い出すからやめてくれ。というか何で三世大公のノワール家の三男が男爵家の次男に忖度せにゃならんのか……。
いや、いかんいかん。俺も貴族至上主義に毒されつつある。反省せねば。
「ワハハ、今のギャグ面白いですねー」
「そうだろうそうだろう」
「どこが?」
オレサマ君! キミは水と風属性使いかな!? 波風を起こすんじゃあないッ!
「先ずは小手調べといこうじゃないか! 『エクスプロージョン』!」
攻撃魔法は系統がわかり易いのは助かるがスケルトン相手に上級魔法撃つな! 俺のモットーはじゅもんせつやく! わかる!? ステイステイ!
俺の心の叫びも虚しくカウの放った爆発系魔法の爆風により、俺達は吹っ飛ばされてしまう。そしてそのまま壁に叩きつけられてしまった。痛い。泣けてきた。だが、幸いにしてダメージは殆ど受けていない。しかしオレサマが俺をクッション代わりにしたせいでダメージは更に加速した。いや増加だろ。
「な、何をなさいますのこのケダモノ!!」
オレサマの平手打ちが俺に炸裂する。成る程、沈黙付与の効き目があるのも納得だよ。あまりな仕打ちに言葉を失ったよ。
「おやおや。どうやら僕の魔力が強すぎたらしいねぇ〜? ただの『バーンショック』がここ迄の威力になってしまうなんて……また、やってしまったかな?」
防護壁も張れないのかこの無能めと言いたげにカウは肩をすくめながら呆れ顔になっている。
『この野郎!』とでも胸倉を掴むべきなんだろうけどなんというかそんな気にはなれなかった。ポンポン、と土埃を払い俺はマジカルポーチからマジックポーションを取り出して、カウに手渡す。
「……何のつもりだ?」
「いきなりイケボになるなよ。ビックリするだろ。それはそれとして使えよ、無理するな」
あんな大技をポンポン撃てる奴なら特待生扱いにならなきゃ不自然だからな。多分2発か3発……下手すりゃ1発か使えないだろう。
俺の言葉を聞いて少しの間黙っていたが、カウは妙な意地を張ることなく一気にマジックポーションを飲み干し、空き缶でも投げる様に俺に投げ返した。
「これで恩を売ったつもりになるなよ!」
「そんなつもりはねえ。それよりまたションベン漏らさない様に褌しめてかかってくれよな」
「フンドシ? 何ですのそれは?」
オレサマが不思議そうな表情を浮かべている。あ、そりゃそうだ……。ナーロッパメソッドに忠実なこの世界に褌はないよな。
「気にしないで下さい。ちょっとした方言の様なものです」
俺が適当に誤魔化すとオレサマは訝しげな視線を送る。後はマッピングしながら探索。皆、無言。
うわあ、ビミョーな空気……気まずい。煙草が吸いたいなあ。そんな時だった。
「おお、ご無事でしたかボン様。刻印付き水晶はあちらにございます。我々で何人かの生徒は捕縛はしておりますものの、まだ逃げ回っている者もおります故どうかご注意くださいませ」
赤い甲冑に盾、剣という重装兵の出で立ち、多分ゴン兄さんの部下の中でも実力者だろう人物が俺に会釈した後に声をかける。え、何それは……。まさか俺に首位を取らせるためにそんな真似してるの……!? 止めてくれよ……ビリより恥ずかしいわ……。俺は頭を掻きながら溜息をつく。そして、目の前にいる三人を見た後、もう一度溜息をついた。
「そういうのやめにしようぜ。正々堂々やったなら負けても仕方ねえじゃんかさ。実戦じゃないし」
「しかしながらボン様。貴方が謗られる事はそのままゴン閣下が謗られる事に繋がります。勝たねば何事も始まりませぬぞ」
か……硬え! この軍人さん、見た目の重装以上に頭が固い! どうしたもんかな、と考えていると軍人さんの背後に矢が迫る!
「危ない後ろ!」
「心配ご無用!」
矢の方向を振り返ろうとせず、軍人さんは矢を剣で弾き飛ばした。流石は精鋭部隊。矢を飛ばしたのはユーシャちゃんだ。後ろにはザンテツとクオタオもいる。多分ユーシャちゃんは俺がモンスター役の軍人さんに襲われてると勘違いしているんだろう。その証拠に目を輝かせて弓を構えていた。
つくづくバーサーカー入ってるなあユーシャちゃん……。
「や〜い、弱い奴しか襲わないへっぽこモンスター! 悔しかったらここまでおいで〜だ!」
あっかんべーってこの世界にもあるのね……ユーシャちゃんは俺達を逃すためにヘイトを稼いでくれたようだ。気持ちは嬉しいけど無茶がすぎる! 更にクオタが軍人さんに石を投げ、ザンテツが止めの煽りをかます。
「ユーシャちゃん。メガネ君。
なーんか向こうの方、臭くね?」
この煽りのトリプラー戦法には軍人さんのプライドが大分踏み躙られたらしい。赤い兜を震わせ大喝した。
「おのれぇ! ふざけおって!!貴様ら反乱軍だな!」
そう言って彼は猪の如き勢いで向こうへと駆けていく。俺達の事は忘却の彼方だろう……。
「フフ、平民と没落貴族にしては良くやったと褒めてさしあげますわ」
オレサマはユーシャちゃん達を嘲笑する様に髪をかきあげながら言った。まあ……コイツはそういうヤツさ。そう、ユーシャちゃん達を見捨てて刻印付水晶を持っていくのが首位を取る最適なんだろうよ。
けどさ。首位ってのは皆の手本にならなきゃいけないだろ? 自分さえよけりゃいいって周りを利用して、見捨てる様なヤツを皆の手本にすべきなのか?そんなヤツが手本になるのは生前の勤め先だけで十分だろ!
気がついたら俺は一人で走っていた。カウとオレサマは俺の行動が予想外だったのか唖然としている。ついてくる筈がない。だってこの世界じゃあいつらが多数派で正義だ。けど俺は悪役貴族で異邦人だからよ!
正義やら多数派やらなんて関係ねえんだよバカ野郎!