07_マヨウ森①
マヨウ森の道幅は広く、来た道を含めて東西南北、北東、北西、南東、南西と八つに道が分かれている。
どれが正解かは一目ではわからない。
「地図だとまっすぐなんだよな。とりあえず一直線に進んでみようか」
「うんっ……ラック、あれ見て」
エリーが指差す方向に、純白なリスが一匹。
「かわいーね、白いリスなんてわたし初めて見たわ」
「かわいいけどなんで白いリスが……?」
森にリスがいるのは珍しくはないが、どことなく不自然さを感じる。
白いリスは二人に気づくと、そそくさと北東の道へと逃げていく。
すると突然生成された五匹の魔物。三匹は毒針の噴射が得意な蜂『ドクドクバチ』、もう二匹が青いスライムの強化版、深緑色のスライム『グリンスライム』
「魔物が現れたか、戦闘開始だ……ってあれ?」
ラック達を狙わず、白いリスに攻撃を開始する魔物集団。
集中砲火されて十秒も持たずに白いリスは消滅し、次の矛先はラック達に向けられた。
「あのリスは仲間じゃないのか? とにかく今度こそ戦闘開始だ!」
さっぱり状況が飲み込めないが、いまは戦うしかない。
「ラック、わたしに任せて!」
魔法使いは、使う杖によって自身の魔力で出し入れが行える。
杖そのものに特殊な魔力がかけられているためだ。エリーの使用する青い杖も出し入れ可能であり、持ち運びが便利かつ無くさないので大変重宝している。
エリーは取り出した杖を構えると、いくつもの光輝く球体が空中に現れた。無数の葉っぱで若干見え隠れしているが、星明かりはしっかりと彼女を照らしてくれる。
少しでも星が見えていれば、そこはもう彼女の領域。
「じゃんじゃんいくわよ! スターショット!」
球体が、それぞれの魔物に一つずつ衝突する。
星魔法『スターショット』は、星の魔力を凝縮して相手にぶつけるという単純かつ強力な魔法だ。
一撃必殺。命中するだけで魔物を容赦なく倒し、森は穏やかな空気に包まれた。
「すごいなエリー、圧倒的じゃん!」
「えへへ、そうでしょそうでしょ! もっと褒めていいからねっ」
白いリスが気がかりだが、まずは用意していた紐をすぐ近くの樹木に括りつけるラック。
「なにしてるの?」
「迷わないよう目印をつけてるんだよ。これが見えたら一度来た道だってわかるだろ?」
「へー、生活の知恵だねー」
「生活……か? それじゃあ進もう」
目印をつけて二人は直進すると、また道が広がる地点で白いリスが現れた。
「またか、さっきのリス……じゃないよな? 倒されたはずだし」
疑問が解けないまま、今度は西の道に逃走していく白いリス。続けてまたもや複数の魔物が現れ、白いリスを倒すとラック達に襲いかかってくる。
これもエリーがなんなく撃退する。
進む。
白いリスが出る。
魔物が白いリスを倒す。
エリーが魔物を倒す。
その後も同じことの繰り返しだった。
相違点としては、白いリスの逃走する方角が毎回違う。現れる魔物の種類と数も固定ではないようだ。
本来なら多少の疲れが出るのかもしれないが、いまのところ苦も無く進んでいけるのは、紛れもなくエリーのおかげであった。
エリーの星魔法は圧巻の一言であり、魔物が攻撃する間もなく速攻で片付いていく。
もはやこの森はエリーの独擅場。夜に出発を決めたのは正解だ。
しかし、エリー無双といえど状況はあまり好転していない。
「あれ、最初の目印がなんでこっちに?」
「ほんとね、逆になってる」
一番最初に紐を結んだ樹木は右側だったはずなのに、いまは左側にある。二人は常にまっすぐ進んでいたため向きが変わるはずはない。
マヨウ森に満ちた不思議な魔力が、いつのまにか方角さえも狂わせていた。
「まっすぐ進むだけじゃやっぱダメか。かといって適当に進むのも余計迷いそうだけど……」
「なにか迷わない方法とかあったりするのかしら?」
「多分ヒントがあるはずだよ。どうにかして探してみせるから、エリーは引き続き魔物をお願いできるかな?」
「まっかせて! 今度はわたしがラックを守るんだからっ」
東の洞窟のときとはすっかり立場が逆転している。だが力の差は歴然だから仕方ない。
「ありがとうエリーっ。さて……」
まずは、正解の道に特徴があるかを調べてみる。
道幅はいずれも不自然なまでに等間隔であり、ラックがつけた目印以外は樹木におかしな部分はない。景色での違いは一切見当たらなかった。
そうなるとやはり気になるのは、逃げる白いリス。
すぐ魔物にやられ、消滅したと思ったら次の広い道でまた現れる。逃走ルートは常にランダム。
「もしかして!」
ラックは勘づく。すでに白いリスはいないが、次の道から試す価値はある。
「エリー、次から白いリスがやられる前に魔物を倒してくれないか?」
「リスを守るの? どうして?」
「もしかしたらあのリスが正解の道を教えてくれてるんじゃないかな。白いリスが逃げた道をずっと追いかければ、もしかしたら外に出られるかもしれない」
「でもリスがやられてもまた次の道で復活するわよ? 逃げる道だけ覚えてれば守らなくてもいいんじゃない?」
「多分、同じリスが進んだ道じゃないといけない気がするんだ。そうじゃないと魔物がリスを倒す意味がわからないからさ」
魔物が白いリスを倒すのは、森に踏み入れた者を外に帰さないようにするため。
あくまでも推測に過ぎず、それが正解かわかるすべもない。
だけど、考えなしに進むよりかはずっと建設的だ。
「わかったわ、ラックを信じる! それにリスを守るくらい全然よゆーよ」
頼もしい返事にラックは笑顔になる。
「ありがとう……じゃあ、作戦開始だ!」
早速次の道で白いリスの再登場。南西に逃げようとすると、やはり魔物が襲ってくる。
今度は『バブルフラワー』というボムフラワーの泡版も生成されている。基本種であり大きさは一メートルもない。
ドクドクバチが毒針を噴射するよりも、グリンスライムが飛びかかるよりも、そしてバブルフラワーが泡を放射するよりも遥かに速く、エリーの星魔法が魔物達を薙ぎ払う。
白いリスは無傷のまま南西の道を駆けていき、ラック達も急いで追いかけた。
次の開けた道に着くと、先ほど逃げた白いリスだけが残っている。リスは東の道へ逃げ、案の定現れる魔物の群れ。
あとはまた繰り返しだが、気をつけるべきは白いリスのみを生かして、見失わないよう急ぐこと。
いまのところは順調だ。このペースなら白いリスの逃げ足が速くても追いつける。
ラックの読みが当たっていれば、いずれ外に出られるだろう。
しかし。
「……ん、雨?」
頭から冷たい感触がし、水滴が顔に伝っていく。
やがて多量の粒が降り出し、天候は一気に荒れ模様。
同時に、エリーの青い杖が消えてしまった。
「ラック……どうしよう。星魔法が使えなくなっちゃった」
「え、うそ!?」
見上げた空は雨雲に満ちている。
それが原因だった。
「そうか、星が見えないから星魔法が使えないのか!」
「うわーんそうなの! ごめんなさいラック!」
エリーの星魔法が使える条件は、星が見えること。
星が見えなければ夜でも使えない。洞窟や密室、そしていま雲で星が隠れているこの状況も同様であった。
そうなると、いまのエリーは魔法の使えないただの女の子。
この状況、ひょっとしてやばいんじゃないかとラックは冷や汗をかく。
焦っていても時間は止まらない。逃げる白いリスに、やはり魔物が襲いかかろうとしている。
「作戦変更だ! エリーはリスを見失わないようにしてくれ、魔物は俺がなんとかする!」
「う、うん、ごめんねラック……」
気にするなと親指を立て、痺れ粉付着済みの短剣で魔物に斬りかかった。
スキル『オビット』により攻撃を与えてもダメージは1。
倒せなくてもまずは注意をこちらに引きつけたい。あわよくば麻痺が効けばよし、白いリスと一緒にひたすら逃げればいいだけだ。
相手はグリンスライムとドクドクバチが各二匹。グリンスライムには麻痺が効き足止めはできているが、ドクドクバチは小柄なうえ素早く攻撃を当てるのも一苦労。
しかも大雨という悪天候。足元が濡れた草木と土で、少しずつ滑りやすくなってきている。
「とにかく一回でも当てないと……!」
ドクドクバチの放つ毒針が、ラックの右肩に刺さる。
だがこれは織り込み済み。多少の痛みを伴いつつ、針を放った反動で止まっているドクドクバチの隙を見逃さないラック。まずは1ダメージ与えるが。
ドクドクバチに痺れ粉は効かなかった。
「……まっずい! 逃げようダッシュダッシュ!」
「ひえー!!」
状況は一転して極めて最悪。
魔物は倒せず足止めも充分にできていない。グリンスライムはともかく、麻痺は効かないし素早く飛び回るドクドクバチが厄介な存在に変わり果てていた。
ラックの鞄には、痺れ粉の他に毒の粉と眠り粉がある。どれも故郷の村で作った独自のもので、効果は中の上と評価している。
ドクドクバチに毒の粉は効くとは考えづらい。効いてしまえば名前負けもいいとこだ。
だとすれば残りは眠り粉。
これに懸けてみるしかない。
「エリー、まだ走れそう? 疲れてたりしない?」
大雨で体力はより消耗する。自分はともかく、エリーの体力が心配だった。
「へーきっ! わたしはまだまだ元気だから気にしないで!」
負担をかけさせるわけにはいかない。なんとか魔物を足止めさせねばとラックは奮起する。
急いで眠り粉を短剣にかけ、魔物側に振り返る。腹に刺さる毒針と引き換えに、ドクドクバチに一太刀浴びせた。
しかし、ドクドクバチの動きは止まらない。
「睡眠もダメなのか!? くっそ、こうなったら!」
白いリスを追いかけるエリーに背を向けたまま、ラックは覚悟を決める。
目を凝らし、反射神経を研ぎ澄ませる。
放たれる二発の毒針。そのうち一発は短剣で弾くも、もう一発は腕に刺さってしまう。
避けようとすれば避けられるが、万が一にもエリーや白いリスに当たってしまったらおしまいだ。防げるものはこの身で全て防ぐ精神で臨んでいた。
射出後にはドクドクバチがひるむので、本体そのものをできるだけ遠くに弾き飛ばして距離を置く。
これなら倒せなくても少しの時間は稼げるはずだ。
あとは、二人の体力が出口まで持つかが勝負。
あと何回繰り返せばいいかは、ラックが知る由もない。