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05_旅立ち

 最初に抱いた違和感は布団の感触。

 ふわふわな布団にくるまっていたはずなのに、なぜだか不思議と重量感。

 そして布団にあるまじき生々しい柔らかさ。

 果てには香草を焚いた覚えもないのに妙に心地良い香り。

 ただ、この感触や香りを昨日も味わった記憶がある。

 それはたしか――


「ってうわ!!」


 ぼんやりした意識から完全に目を覚ますと、ラックの体に顔をうずめるようにしてエリーが眠っている。

 抱き枕にされているのかというくらい密着度は百パーセント。思わずラックはエリーを突き飛ばしてしまった。


「ぐえっ」


 その反動でベッドから落ちるラック。エリーのほうはベッドの上を一転するだけで済んだ。


「んー……ラック、もう起きたの……?」

「ああ、おはよう。じゃなくて! なんで俺の部屋にいるんだよ!」

「だって、一人じゃさびしかったから……」


 エリーが寝ぼけまなこでそう答え、あくびと同時に体を伸ばす。

 寝巻の乱れにより肌の露出が目立ち、見てはいけまいとラックは目を背ける。


「と、とにかく、せめてくっつくのやめよう! 汗かいちゃ暑いし!」

「よくわかんないけどわかったー……それよりラック、起きるの早いね……」


 ラックにとってはいつもの時間だが、エリーにはまだ熟睡タイムだ。とはいえ、彼の朝はかなり早いので無理もない。


「ちょっとやることがあるから出かけてくるよ。出発するわけじゃないからエリーはまだ寝てていいからな」

「うん、おやすみらっしゃーい……」

「混ざってる混ざってる。じゃーいってきます」


 朝から大変ドキドキさせられてしまったラック。これが連日続くのなら、対策を講じなければ彼の心臓が持たない。

 落ち着いてから外に出ると、ラックはゆっくりと街の周りを走り始めた。

 最初はゆったりとした足取りで、徐々に速度を上げていく。

 特にノルマは決めていない。気が済むまでひたすら走り続ける。

 まだ店はどこも閉まっていて、人の行き交いも少ない。街を独り占めしている感じでこの時間がラックは好きだった。

 走り込みが終われば、自前の短剣で素振りをひたすら繰り返す。軽くて動きやすいという理由で短剣を愛用しているが、素振りのときだけはできれば両手持ち用の剣が欲しいという気持ちがある。

 これらは故郷から続けている日課だ。故郷にいたときはもっと長くいろいろな鍛錬をやっていたが、旅に出たいまは抑え気味にしている。

 スキル『オビット』により、いくら鍛錬をしても攻撃力が上がることはない。

 それでもラックは、いつか報われる日が来るんじゃないかとほのかに期待していた。


「そろそろエリーを起こさなくっちゃな」


 日課をあらかた済ませると、ラックは宿屋に戻ろうとする。店もちらほら開いている。


「あ、ラック! ラックー!!」


 遠くからエリーが大きく手を振って呼んでいた。とてとて走ってくる様子は犬みたいだ。


「起きたんだエリー、なにかあった?」

「ううん、ただラックがどこに行ったか気になっちゃって。それで酒場のおじさんに聞いたらいつも外で修行してるって言うから」


 心配させたみたいでちょっと申し訳ないが、エリーはラックに会えて嬉しそうだ。


「丁度修行も終わったからさ、あのお店で朝ごはん食べようか」

「うん!」と元気に同意し、二人は飯屋に入った。


 まだ早いからか客は少なく、店主の女性は暇そうにしている。


「おやラックの坊やじゃない、今日は一人じゃないんだね? 坊やの彼女?」

「はい、彼女ですっ」

「新しい仲間のエリーだよ。いつものを二人前頼むよ」


 男女二人隣合えば恋人同士と見なされるのだろうか。別に悪い気はしないが、年頃のラックにはいささか照れが生じてしまう。エリーはまったく気にしていない。

 本日の朝食は目玉焼きとベーコンが乗った焼きたてパンにグリーンサラダ。スープも付いて15リーンと非常に格安である。

 熱々のパンを一口含むとエリーは頬が緩んだ。


「かりかりしてておいしーっ、やっぱ朝はパンよね」


 あまりにもエリーが美味しそうに食べるので、五割り増しで美味しく感じてしまう。


「サラダもしゃきしゃきしてておいしーよ、ラック」

「そう言いながら豆だけ俺の皿に移すなよ」


 好き嫌いはハッキリしているエリーであった。


「ラックの坊や、今日でここから離れるんだって? 酒場から聞いたわよ」


 尋ねながら飯屋の店主はパンを袋に詰めている。


「そのつもりだよ。おばちゃんの作るごはんうまいからちょっと残念だけどさ」

「相変わらずおだて上手だね坊やは。ほら、これ持っていきなよ」


 差し出されたのはパンや水が詰められた袋。

 途中で野宿になる可能性もあるので、この差し入れはなかなか嬉しい。


「いいの? ありがとうおばちゃん、助かるよ!」

「その代わり怪我とかするんじゃないよ? ちゃんとその子と仲良くやるんだよ!」

「わかった! じゃあそろそろ行こうか。おばちゃんごちそうさまっ」

「ごちそうさまでした、ありがとうございました!」


 エリーも続けてお礼をし、二人はお腹をさすりながら飯屋を出ると。


「ラックお兄ちゃんやっぱここにいたのね!」

「今日も戦士ごっこしよーぜ!」


 街の少女がラックに飛びつき、少年は木の枝を振り回して待ち構えていた。

 ラックが暇な時間には、よくこの二人や街の子ども達の遊び相手をしている。鬼ごっこ、かくれんぼ、戦士ごっこ、魔法ごっこ、おままごとなんでもござれ。

 子ども達に懐かれるのは必然であった。


「あーごめんよ。もう街出るから遊べないんだ」

「え、お兄ちゃんいなくなっちゃうの?」

「マジ……?」


 あからさまに悲しい顔をされると、ラックとしても少し心苦しい。


「お兄ちゃんと永遠にここに住んでいつか結婚して幸せな老後生活を夢見てたのに……」

「魔族や魔物に殺されてやっぱこの街に一生いればよかったって後悔するかもしれないんだぞそれでもいいのかよ!?」

「子どものくせに重たい想像するのやめてくれよ……」


 ドン引きするラックに、いまもべったり抱きつく少女。

 それに耐えられなかったのか、エリーが丁寧に少女を引きずりおろす。

 そして、頬を膨らまして怒った。


「ダメよ、ラックはわたしのものなんだから」

「なによあなた! お兄ちゃんはもうわたしのものですー」

「ぐぬ……ラック、ほんとにほんっとにラックはこの子のものなの!?」

「んなわけないだろ」

「ほーらね、やっぱりラックはわたしのものなんだから!」

「誰のものでもないぞ!? やめやめとにかくこの話しゅーりょー!」


 喧嘩両成敗。

 年の離れた相手にムキにならないでほしいが、モテモテ気分で満更でもないラックであった。


「おーい坊ちゃん! よかったまだ出発してなかったんだな」


 盛り上がる彼らが目立たないはずがない。ラックを探していた酒場の店主は、あっさり見つかってほっとする。


「おじさん? どうしたのさ」

「北の入口に二人分のメリーメーを用意しといたから、途中まではそれに乗っていきなよ」

「本当? おじさんありがとうっ!」


 思わぬ移動手段だ。これでだいぶ時間を縮められる。


「いいっていいって。この先大変なこともあるだろうけどよ、がんばれよ」

「お兄ちゃん、また戻ってきてね!」

「次会うときは盗賊ごっこやろうぜ!」


 想定外の見送りに、嬉しくなる。

 ラックとしても、いつかまた戻りたい街だ。


「ありがとうみんな……じゃあ、いってきますっ!」


 惜しみながらも、二人はいよいよ出発した。

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