32_最強で最高の戦士
ピネス達と失敗作の戦いは激化していき、地形はとことん荒れに荒れていた。
二股の尻尾が地を這うだけで、近づいてもすぐにはねのけられてしまう。
かといって遠ざかり魔法や弓矢で攻めても、屈強な打たれ強さを持っていて足止めにすらならない。
巨体を活かした戦い方は単純かつ強力で、まともに受ければ気を失うどころでは済まなかった。
できる限り攻撃をいなして、失敗作の弱点を狙う。
ジリ貧の状態でピネスがとった行動だが、いまのところ弱点などどこにもない。翼も、角も、瞳も、体も、脚も、尻尾も、どこを叩いても燃やしても効き目は薄く、放てるだけの属性魔法も種切れだ。
「全滅は必至か……だが、まだ終わるわけにはいかない!」
長剣に魔力を集め、刃を熱くたぎらせる。やがて刃が見えなくなるほどに炎が盛っていく。
刃だけではない。剣先から持ち手まで全てが業火に焼かれ、ピネスの両腕は真っ赤に染まり果てていた。
「ピネスさん、それ以上は危険です! あんたの体が持たない!」
「構わんさ、奴に一撃をくらわせてやる!!」
周りの心配を振り切り、炎の強さを更に高めるピネス。
灼熱を身に纏い、炎の化身へと成りあがる。
猛り狂う炎の剣を振りかぶり、失敗作に浴びせようとする寸前。
失敗作の前脚から成る爪が、上から覆い被された。
「危ねえ!」
すんでのところで筋骨隆々の男が身を挺し、ピネスが避けるまでの時間を稼いだ。男は肩から腰にかけて切り刻まれるも、ピネスは止まらない。
代わりに、ありったけの力を失敗作に叩き込む。
「魔法剣――豪炎火斬!!」
炎の剣が失敗作に接触する。
火柱が叩き落とされ、爆破するように燃え広がった。
斬ると燃えるの両方が連鎖して襲いかかり、執拗に蝕んでいく。
「グォ……ォォォォ!!」
ここで初めて失敗作から叫びが放たれた。
渾身の一撃は、効いている。
だが、失敗作が倒れるまでには至らない。これをあと数十回繰り返せば倒せると確信するも。
全力を出し切ったピネスの限界が、近づいていく。
「やはり、駄目か……すまない、みんな……」
せめて、自分以外の仲間を逃がしておけばと悔いるも遅かった。いまのところ死者は奇跡的に出ていないが、みんな逃げる余力はとっくにない。
それでも抗うべく、ピネスは再び長剣を構える。
失敗作が次の行動に移ろうとすると。
「ピネス、さがっててくれ! あとは俺がやる!」
後ろからラックが疾走し、失敗作に迫っていた。
「ラック!? 逃げろと言っただろ、きみでもあいつを倒すのは無理だ!」
知ったこっちゃないと心の中で言い返すラック。
いまはもう、目の前の敵を倒すだけ。
「ねえレト、ラックって子は失敗作を倒せると思う?」
「……エリースターがなぜああ言ったかはわかんねえが、普通に考えれば無理にきまってる」
遠くからラックを見据えるレトとマーヤ。二人の会話はラックの耳に届いていないが、期待されていないだろうなとなんとなくわかっている。
だけど、いまだけは。
「いっくぞおおおおっ!!」
哮り、ラックは短剣で失敗作に斬りかかった。
いままで失敗作に深い切り傷を入れたのはピネス以外いない。失敗作の体は鉄のように硬く頑丈で、屈強な戦士でも弾かれるほどだ。
ラックでは、傷つけることすら適わない。
あまりにも無謀だと、ピネスも、レトも、マーヤも、ギルドの面々もそう思っている。
「ラック、あなたなら大丈夫っ」
両手を握り、エリーが祈る。
そして――
「グォォォァァァァッ!!」
失敗作が、痛みを露わに大きく吠える。
ラックが斬りつけた箇所には、鋭い切れ込みができていた。
「……は?」
思わずピネスとレトの声が重なる。
二人だけじゃない、この場にいる誰もがラックの一撃に驚きを隠せない。
ただ一人、エリーだけを除いて。
「通用する……いけるっ。これならあいつを倒せる!!」
自分の力を確認したラックは、次に足元を深く斬りつける。
これもまたすんなりと刃が通り、失敗作が初めて体勢を崩した。
ひるんだ隙にすかさずラックは失敗作の上に乗る。不揃いな翼に近づき、片っ端から切り落とそうと試みた。
数回で一枚目を斬ると失敗作はまたしても叫び、我を忘れて飛び上がる。
「ちょ、待ってくれ、暴れるなって! もう空はこりごりなんだからさ!」
乗っているラックまでも失敗作とともに高く上昇。空を飛び回る前に翼を削りたかったが仕方ない。このまま飛びながら続行する。
そんなラックの勇姿を、ピネスは唖然として眺めている。不可解な点がいくつかあり、目の前の光景を信じられずにいた。
「ピネスさん!」
エリーがやってくると、ピネスはすぐに確認を求めた。
「エリー、彼はいったい……スキルで1ダメージしか入らないはずでは……?」
「いまはそのスキルは使えないわ。あれがラックの本当の力なの」
緑のステラピースを見せると、ピネスは察する。
「まさか、そのステラピースには……」
「うん。スターダストコールっていって、一度だけ相手の魔法やスキルをしばらく使えなくするの。だからいまは1ダメージじゃないわ」
かつて、星の魔女が得意としていた無効化の魔法。ステラピース仕様では対象は一名のみで制限時間もある。
いま、ラックのスキル『オビット』は発動していない。本来の実力だけで失敗作と対等に、それ以上に戦えている。
二人が話している間にも、ラックは失敗作の翼をもう一枚切断していた。
「確かに彼の身体能力は並外れている。だとしてもだ。まさかあれが、ラックの本当の力だとは……」
けっしてラックをみくびっていたわけではないピネス。むしろ褒め称えたいぐらいだ。
しかし、これほどまでに驚異的な力の持ち主だとは思ってもみなかった。
三枚目の翼も落とし、残るは反対側の翼二枚。不安定ながらも失敗作はまだ飛んでいる。
「エリーは知っていたのか? その、彼の強さを」
「ううん知らない。でもなんとなくわかってたわ。だって……」
満面の笑みで、エリーは自慢げに唱えた。
「ラックはわたしにとって、最強で最高の戦士なんだからっ!!」
旅をする前から、家の手伝いをこなしつつ暇さえあれば鍛錬を続けてきたラック。おかげで軽快な動きや打たれ強さを身につけることはできたが、攻撃力だけはスキルによって実を結ばなかった。
いくら鍛えようが、重たい物を持てるようになろうが、与えるダメージは1のみ。
それでもラックは腐らずに、毎日毎日素振りを繰り返していた。走り込み、腕立て伏せ、薪割り、成長に繋がるものは全部。
いつかきっと、本当の力で戦える日がくると願って。
「……よしっ! これで四枚目!」
そしていま、あますところなく実力を発揮していくラック。
順調に翼を剥がしていき、いよいよ残り一枚。もはや浮遊も難しい失敗作は、少しずつ沈んでいく。
エリーと出会ってからラックの鍛錬は落ち着いていたが、培った力は全く衰えていない。
スキルがあろうがなかろうが、エリーだけが最初から信じていた。
ラック本人ですら信じられていなかった強さを、エリーだけが信じてくれた。
それがどんなに嬉しかったか。
それがどれだけ励みになったか。
いまはただ、エリーに証明したい。
――自分こそが、最強で最高の戦士なのだと。




