30_失敗作
それは、ラックがいままでに出会ったどんな魔物よりも大きく、怪鳥ウォルスがかわいく見えるほど。
継ぎ接ぎだらけの皮膚、左右非対称の翼は虫食いのような穴ばかり。
片目は潰れ、もう片方は血走った赤い瞳。前脚に生える六つの爪は長さが異なり、太くたくましい後ろ脚は地面を支えるには充分だ。
表面が溶けた角から、二股の尻尾まで合わされば全長十メートルは超えており、その異形な姿を一言で表すなら。
「化け物……」
誰かがそう呟いた。
竜のようで竜でない、歪な姿。おそらく全員が最初に抱く印象だろう。
塔から現れた化け物は静かに、静かに揺れている。あたりを見回すように首を揺らし、久々の地上を堪能しているふうに見える。
いまはまだ、ラック達の存在に気づいていないようだ。
「レト、あいつはなんなんだよ!? 魔物……なのか?」
「魔物……まあそう分類はされるか。ただ、基本種でも変異種でもねえし、ウォルスのような魔物と動物の融合種でもねえ。あれは魔族の失敗作だ」
「失敗作……?」
「より強く従順な魔物を一から作ろうとする研究があった。成功作は戦いに活用し、制御できない失敗作は処分か封印のどちらかだ……この塔はもともとあれを封印させるためにできた塔だ。だが、魔族を塔の管理者に設定すると、封印した失敗作の魔力を借りて魔気を広げることができる。管理者がやられちまった場合は……見てのとおりだ」
レトを倒したことで、誰の命令も聞かない強い魔物の封印が解かれた。
「一度出ちまったら死ぬまで消えねえ。魔気なんて関係なく、街だろうと城だろうと好き勝手移動して暴れ回るぞ」
「そうなると、あれを放っておくわけにはいかないようだな」
ピネスが剣を軽く振ると、仲間も各々の武器を整える。
「きみを問い詰めるのは後回しだ。いまはあの魔物を倒すとしよう」
「俺もいくよ、ピネス!」
「駄目だ」とピネスはラックの肩をぽんと叩いた。
「きみはエリーと一緒に逃げろ。きみが勇敢なのはわかっているが、今回は無謀なだけだ……奴は必ず私達が仕留めてみせる。だから安心してここから、いやずっと遠くへ離れるんだ……みんな、いくぞ!」
そうしてピネス達はラックをおいて突撃する。自分より何倍もの大きな相手でも、けして怖気づいていない。
「……やっぱり俺も!」
続けてラックも戦いに赴こうとするが、「ちょっと待て」と今度はレトが呼び止めた。
「あの女の言うとおり、お前が行ってもそのスキルじゃなんの戦力にもならねえ。どんだけ体力があると思ってんだ、わざわざ死ににいくようなもんだぞ」
「だけど確実にダメージは与えられるんだ! それにピネス達だっているんだから、いくらでかくても」
「あれを見ても倒せると思うのか?」
数名の戦士がいち早く接近し、斧を長剣を駆使して失敗作の体に全力で振り下ろす。失敗作は彼らに気づいていたが、避ける素振りは一切ない。
そもそも、避ける必要がないのかもしれない。
失敗作に浅い切れ込みが入るもそれ以上はびくともせず、振り抜けない。逆に武器を抜くのに時間がかかってしまう。
失敗作の視線は、しっかりと彼らに向けられている。
「まずい、援護しろ!」
標的を戦士から離すべく、魔法使いが急ぎ魔法を放った。
失敗作の頭上に五つの氷柱が叩き落とされる。他にも魔力の塊コルクを連射し、ピネスも魔法剣で炎の弾丸を飛ばしていく。
攻撃は全て当たっているにも関わらず、失敗作は意に介さない。気にもしないまま、二股の尻尾を左右に揺らすと。
しなる鞭の如く、戦士達を大きく払いのけた。
続けて前脚の爪で地面をえぐるように持ち上げる。巻き上がった土石がすさまじい勢いでピネス達に飛んでいく。
石や土の塊が襲いかかるだけでなく、土埃が舞い視界さえも悪い状況に。すでに負傷者が出ている中、ピネスは構わず突っ込んだ。
見えなくともすぐ近くにいるのはわかっている。土埃が収まるまで失敗作が待ってくれる保証はどこにもない。
先手を打たれる前に、打つ。
「魔法剣――炎土!」
意趣返しするように、ピネスもまた長剣で地面をなぞりながら上へと振り抜く。地面からは炎の導火線、空中から土にまみれた炎が発生し、すぐに衝突する音が聴こえた。
やがて土埃が止み、お互いの姿が見えると。
「…………っ!?」
ピネスの眼前に、不揃いの爪牙が迫る。
寸前でかわして眼を貫くことは免れたが、頭を掠め髪は切れ、血がボタボタと垂れていく。
失敗作の体は若干黒く焦げており、ピネスの攻撃は通じていた。それでも失敗作が衰えている気配は微塵も感じない。
「変異種ケルベルといい、最近の魔物ときたら厄介なのばかりだな……だが、退くわけにはいかん! なんとしてでもここで奴を倒すぞ!!」
戦闘続行。ピネス達はなおも攻め続けた。